ある日の朝 部屋の中 響く起床のアラーム
夢の中から私は少しずつ意識を覚醒させていく
「…ん、うぅん……」
寝返りを打ちながら私はアラームを止めた
ひんやりとした空気の部屋の中で上体をムクリと起こす
「ふぁあ〜……」
少しボサボサに跳ねた毛先の頭を片手でワシャワシャと触りながら小さく…いや、口を開けてそこそこのあくびが出てきた
眠気で開く気の起きない重たい瞼をなんとか開き、時間を確認する
「まだこんな……いや、もうこんな時間か」
時刻は8時を少し回ったところ
いつもならまだ惰眠を貪ってベッドとお友達になっている時間だが、生憎今日の私には予定がある
「空は…いいね、晴天だ」
カーテンを開き今日の天気を確認する
まばらに雲が浮かんでいるが概ね晴れの空模様
まさに絶好の…とまではいかなくともお出かけ日和なのは間違いなかった
そんなことを確認しているとアラームを響かせて以来沈黙をしていたスマホに通知が表示されたので確認すると
「…ふふっ」
相手の名前とメッセージに思わず笑みが溢れる
『おはようごさいます!
今日は良いお天気ですね
こんな良い日にスカイさんとお出かけできるなんてすごく嬉しいです!
待ち合わせ場所で待ってますね』
送り主はニシノフラワー
小さな蕾のように可憐で儚くて、真っ直ぐな心を持った優しい子
そんな彼女からのメッセージは優しさと思いやりに満ち溢れていた
「本当にフラワーは優しいなぁ」
こんなメッセージを貰って口角が上がらない訳なかった
私って単純なのかもしれない
そんなことを考えているとすぐに別のメッセージが
『でも遅刻はだめですよ
一緒にいれる時間が短くなっちゃいますから
するならちゃんと連絡はしてくださいね』
ちゃっかり釘を刺すのも忘れない
そんな彼女のことが私は大変好ましいのである
「『おはようフラワー
私も一緒に出かけるの楽しみにしてるよ
遅刻しないようにするね』……っと」
文章を口に出しながらスマホのキーボードをフリックして文字を入力し、そのまま送信ボタンを押した
「さーてさてと…ぼちぼち準備しますかねぇ」
ベッドから起き上がり床に足をつける
猫の顔が描かれたスリッパに足を入れてパタパタと歩き出す
向かう先は洗面所
電気をつけて蛇口を捻る
今の時期はかなりひんやりする水の流れに手のひらを突っ込む
「うへぇ…つめた……」
思わず顔を顰めてしまうほどに
骨の髄まで冷たさが染み渡る
が、それを我慢して手のひらで皿を作り水を溜めて顔を浸ける
……すごく冷たい
いや、分かってはいたけど本当に冷たい
すぐに顔を上げて鏡を見ると濡れた猫みたいな私が映る
「1回だけでいいかな」
鏡で見る限りは目やにが少しついているが指で払えば済む程度
いつもならやめている
しかし今日はフラワーに見られる
もちろんそんな至近距離で見られる予定はないけども
…こんな顔見せられない
「……もう1回だけ」
覚悟を決めてもう一度顔を浸ける
さっきよりは冷たさを感じないがそれでもやはり冷たいものは冷たい
同じようにすぐ顔を上げて濡れて水滴が頬を垂れる自分の顔を鏡で確認した
目やにはもうなかった
眠そうな眼差しももうなかった
「…よし」
心の中で小さくガッツポーズする
ふかふかのタオルで顔を拭いてその間に洗面器にぬるま湯を溜めて、鏡の扉を開いてドライヤーを取り出す
ちなみになんで顔をぬるま湯で洗わないのかというと、給湯器が温めるのが遅いからだ
おかげで顔を洗うときはいつも我慢することになる
「このくらいでいっか」
溜めたお湯を手で掬い、跳ねた毛先にトリートメントするようにつける
濡れてない手でコンセントにプラグを差し込んでスイッチを入れてブローする
ドライヤーから放たれる温風が昼寝をする時に吹く風のようで安心する
手櫛で整えながら跳ねた頭髪を整えていく
「こんなもんですかねぇ」
うん、良い仕上がりだ
口角を上げてニッとする
これだけ整えていれば彼女の隣に立っても浮くことはないだろう
……逆に気合い入れすぎだと思われるだろうか
そんな不安を頭の中で振り払い、寝巻きから着替える
今日は公園でピクニックの予定なのでカジュアルなものが好ましい
緑の耳カバーを右耳に 黄色の花の髪飾りを頭の左側に着ける
そしていつものTシャツとオーバーオールを手にかけようとしてふとクローゼットの隅に眠るスカートが目に入る
彼女から誕生日に貰った淡いピンクのスカート
彼女がよく着ているカーディガンと同じ色をしているそのスカートを無意識のうちに手に取っていたらしく気づけば私はいつもなら制服以外で身につけることがないスカート姿で着替え終わっていた
「あはは……フラワーが見たらどんな反応するかな………」
鏡の前でつい苦笑いしてしまう
私には可愛すぎて似合ってない気がする
でも
「……大切なお出かけ、だからね」
彼女がこのスカートに込めた想いを 優しさを
無下にする訳には行かない
今日くらいは彼女の気持ちに応えるべきだと自らの気持ちを汲みかえる
「……髪少し長いかな」
最近少し長いかも、と考えてはいたがトレーニングだったりお昼寝だったり忙しかったので美容室に行く余裕もなかった
もちろん待ち合わせまでまだ時間はあるけど流石に美容師に行けるほどの時間はない
「まぁ…前髪くらいなら1人でもできるか」
少し整えるくらいなら自分でもできる
そう思ってハサミを手に取り鏡で確認しながらバツンと
「あっ」
切ってしまったことが後悔に繋がるとは考えてもいなかった私なのでした
「やりすぎた……」
手元が狂ったとはいえさすがに切りすぎた
眉毛の少し下くらいだろうか
そこから水平にバッサリと、敢えて言うならおかっぱ頭みたいな小さい子がするあどけない髪型になっていた
彼女に見られるのが恥ずかしくて少し深めに帽子を被って家を出たが道行く人達からの視線が刺さって痛い
「やっぱりおかしかったかな………」
居た堪れない気持ちを抱えて帽子を掴んでさらに深く被って早歩きをしてしまう
少し時間があるからといって余計なことに手を出すんじゃなかったと後悔が押し寄せてきた
しかし時間は戻らないし気がつけば彼女と待ち合わせの広場に着いていて
「スカイさん!」
声がする方向に帽子の中から目を向ければ
「おはようございます!」
小さくて可憐な彼女・ニシノフラワーがまるで瑞々しい蕾が花開くような笑顔でこちらに駆け寄ってきた
「おはよ、フラワー」
帽子を抑えながらいつも通り飄々と挨拶をする
「今日は帽子されてるんですね!
…あ!私がプレゼントしたスカートまで!」
「にゃはは
気づいてくれたかい?
フラワーとのお出かけが楽しみでね」
「私も楽しみにしてました!
嬉しいです!ふふ…♪」
嬉しそうに笑う彼女は名前の通り太陽に照らされ咲き誇る花のようで眩しい
「んじゃ、一緒に行こっか」
「はい!」
彼女と隣 間50cmほどの距離を空けて
私たちは目的地に向けて歩き出した
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした!」
お昼すぎ
時刻にするとおそらく13時より少し前だと思う
持ってきたレジャーシートを広げて
彼女が作ってきた昼食を食べて
まったりと流れる風と空気に身も心も委ねるこの時間が
私は好きだ
「毎度毎度作ってもらっちゃって悪いねぇ」
いつも出かける時に彼女は何かしら作って持ってきてくれる
今日もカラフルに、そして可愛らしく彩られたお弁当を2人分作ってきてくれていた
「いえ!スカイさんに食べてもらえるのすごく嬉しいので!」
「そう?」
「はい!」
屈託のない笑顔でそう返される
素直な子だからきっと本気で手間だとか思ってないんだと思う
彼女の素敵なところの1つだ
「……ところで」
「ん?」
彼女の紫の瞳が不思議そうに揺れる
「なんで今日はいつもと違うんですか?」
「……なんのことかなー?」
「今日はいつもの格好じゃないじゃないですか
帽子も被ってますし」
いつもと違う格好をしていることが気になるらしい
「そういう気分だったんだよ」
彼女の視線を横に遠くを見つめる
小さな花が咲き誇る芝生とどこまでも広がるような青い空が少し憂鬱で曇っていた私の心に光を差し込んでくれているようで
「うん……そういう気分だったんだ」
と彼女の顔を見てニカッとはにかんで笑う
その時
「…あっ」
びゅおぉっと一瞬だけ強めの風が吹いて被っていた帽子が飛ばされる
視線で帽子を追いかけて取りに行こうと立ち上がる直前自分の髪型を思い出して硬直する
まずい
この失敗した髪を彼女に見られる訳には
なんて考えていたが隣に座っていた彼女は目の前の芝生を全速力で走り出していた
飛ばされた帽子を目掛けてひたすら一直線に追いかけて
しばらくすると飛ばされた帽子と共に戻ってきた
先程見ていた景色に彼女がいるだけで1枚の絵画のようにこんなにも美しい景色になるなんて
そして目の前に来て帽子を私に突き出して
「取ってきましたよ!」
なんて眩しい笑顔で言うものだから
「ふふっ……ありがとう、フラワー」
私も釣られて笑ってしまった
やっぱりこの子には敵わないや
彼女から帽子を受け取ると
「スカイさんどうしたんですかその前髪?」
言われてハッとする
そうだった忘れていた
両手で隠そうとして……やめた
彼女は素直に私に向き合ってくれて、ずっと笑顔で話してくれた
それなのに私は隠してばかりで、今日だって片手に収まるくらいしか彼女のことを見てない
……もう隠すのはよそう
そう決めて
「いやぁー、朝切ったら失敗しちゃってさ……
フラワーに見られるのが恥ずかしくて帽子を被ってきたんだよ
……似合ってないからかすごく周りの人からも見られたし、フラワーにこんなところ見られたくなかったんだ」
ごめんね、と付け加えて事の顛末を話すと
「え?すごくお似合いじゃないですか!」
「…え?」
彼女の反応に私は気の抜けた返事をしてしまった
「きっとスカイさんが素敵だからみんな見惚れていたんだと思います……
私も最初見た時すごくドキドキしちゃいました」
えへへ…と照れくさそうに笑う彼女の言葉を頭で反芻する
え?似合ってる?この髪が?
「それに」
と彼女は続ける
「…私がプレゼントしたスカート履いてきてくれて嬉しかったです
髪も…その……お揃いみたいだなって思っちゃいました」
頬を赤らめながら話す彼女を見て私は呆気に取られていた
コーヒーみたいな苦くて苦しい気持ちだったのが
彼女のたったの一言で
甘いミルクを注がれてカフェオレになるみたいな
不思議な気持ちになっていた
彼女の優しさに その想いに
思わず溶けてしまいそうなほどの感情が頭と心の中を巡る
あぁ…すぐに「好きだ」と言って抱きしめられたら良かったのに
私も彼女の熱が伝播したのか恥ずかしくて顔が見られない
「……ありがとう、フラワー」
目を背けてそう伝えるだけで精一杯だった
そんな私を驚いたように目をまんまるに開いて私を見つめる彼女は嬉しそうに尻尾を振りながら
「あの…隣に座ってもいいですか?
……さっきよりも近くに」
なんて聞いてくるもんだから
「う、うん!もちろんだよ!
おいでおいで」
と、隣のスペースを手で叩きながら座るように促す
「あ、ありがとうございます…!」
そう言いながら彼女は腰を降ろす
肌と肌が触れ合いそうなほど近い距離で私の鼓動が聞こえるんじゃないかって心配するほどに
「そうだスカイさん」
「ん?どした?」
急に話しかけられて彼女を見る
彼女は私の耳に顔を寄せて小さな声で言葉を放つ
「私も好きです」
耳から聞こえたその言葉に体が震えて体温が上昇する
え?好きって……?
もしかしてさっき思ってたことが口から出てた……!?
思考回路を巡らせて考えていると
「…なんてね♪
これからは私に隠し事なんてしないでくださいね!」
と私の顔を見て、少しいじらしく笑った
真っ赤な顔の彼女に敵うはずもなく私は
「……にゃははっ
やっぱりフラワーには敵わないなぁ」
自分の気持ちを隠さず素直に伝えることにしたのだった