「ところで、私は何をすべきだったか。」
「学園都市の命運をかけた大事なこと。ということにしておきましょう。」
「…随分と、大きく出たな。」
少女――改め『七神リン』はエレベータについたタッチパネルで扉を開放する。
内部に入りこみ、透明なガラスで出来たそこから外を見つめて
ヒュ、という息をのむ音が、自分の体から出た事に気づいたのは数秒後だった。
ACの大きさをはるかに超えた高さに乱立するビル群に、鏡のように風景を反射し映す湖。
そして。
あまりにも美しい――青で一面埋めつくされた空。
あの惑星では見ることはかなわない。
自分とてアイビスの火以前のデータ情報でしか知りえなかった、青い空。
それを見た瞬間。直感的に、気づいてしまった。
この場所は、ルビコンではない。
彼女は。七神リンはルビコン解放戦線の人間では、それどころかルビコニアンですらない。
そうすると、彼女の先ほどの反応の理由にも納得がいく。
あそこまでの青い空だ。恐らくはコーラル、それどころかアーマードコアすらも存在しない。
であれば。私は、あの惑星で。
あの場でACに墜とされて死んだのだ。
どういった手段を持ち得たか不明だが、数奇な運命によりここに巡りついたのだ、と。
「『キヴォトス』へようこそ。先生。」
彼女のその言葉は、その頭に浮いた天使の輪も含めて
この美しい天国への案内人にも思えた。
「ここは、数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。」
「これから先生が働くところでもあります。」
あの部屋でも聞いた、学園都市という言葉。
学び、研究するための都市という点で言えば
我々が共同して撃墜に関わったザイレムと似ているだろうか。
「きっと先生がいらっしゃったところとはいろいろな事が違っていて」
「最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが…」
「でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう。」
彼女はどこか心配するように目を向け、そして僅かに笑みを浮かべた。
半ば信頼にも似たその視線に、思わず後回しにしていた質問を投げかける。
「…ところで、なぜ私を先生と?」
スパイとしては多少の経験はあるが、教職として子供に物を教えるのは門外漢と言って差し支えない。
解放戦線の者として、戦闘はそこそこ経験しているという自負はあるが
その兵士としての経験が、教職に生きるとは到底思えまい。
故に、帰ってきた言葉に思わず聞き返した。
「連邦生徒会長が、お選びになったと聞いています。」
「…私を、か?」
私を、選んだ。
その言葉で、思わず閉口してしまう。
私を知る、この世界でおそらく唯一の人物。
あの惑星で生き、恐らく死んだ私だ。この場所での知り合いなど一人としている筈もない。
仮にいたとして、ここまで大きな都市の上層部。仮に出会っているのであれば、覚えていてもおかしくは――。
キンコン、とエレベータが目的の階に到達したことを知らせた。
「…それは後でゆっくり説明するとして。」
思考の渦に意識を沈めていた私に、切り替えさせるように少女は言葉を吐いた。
――レセプションルーム。
受付前は大いに賑わっていた。
様々な人間が入り混じっているが、その中でこちらに目を向けた瞬間
飛び込んできた4人の姿があった。
「代行!見つけた!」
サッと現れたのは、黒のレディーススーツに白い上着、インナーに青を用いた服装。
そして二梃のPCC(ピストル・キャリバー・カービン)を携えた紫に近い髪色の少女だった。
彼女は焦りを隠すことすらせず、半ば怒りの感情をにじませながらに言葉を続ける。
「待ってたわよ…連邦生徒会長を呼んできて!」
それは、実に困った願いだ。
当然、起きたばかりである私には生徒会長とやらの居場所は不明で――。
今更ながらの違和感に気づく。
私を選んだのは『連邦生徒会長』である。ならば。
なぜ、私を案内するのがその人物ではないのか。
七神リンは、自らを『幹部』と呼んだ。
会長でも、副会長でもなく。
「うん…?隣の大人の方は?」
ひとしきり話した後、無言の間に在って冷静になってきたらしい彼女は
ようやく不審な男の存在に気付いたようだった。
挨拶を挟もうかと思った矢先、遅れてやってきた人影が声を上げた。
「主席行政官。お待ちしておりました。」
低く、うねるような声質で、ゆっくりと声を放つ。
長身の、長い髪をした少女だ。先の少女とは違い
黒で全体を纏め、赤の差し色が入った服を着ている。
その手には、エングレービングが入ったライフル――後ろ手に隠すようで見づらいが――を握っている。
その後ろから、また一人。
今度は髪を両脇に纏めた、白に近い髪の少女だった。
こちらは白いシャツに、黒のスカート。
肩には『風紀』と白い文字で描かれた腕章。
手には現代では見ないような古風な拳銃と
肩から下げた大きなバッグをつかんでいた。
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています。」
三人の表情は硬い。どういった状況かは知りえないが
銃を片手に握っている以上、穏やかな話し合いを持ち掛けに来たとは考え難いのは確かだった。
どう出るか決めあぐね、彼女ら3人と同じく七神リンに視線を寄せる。
注目の的になってしまった彼女は、眼鏡を外し、眉間をつまみながらに
「はぁ、面倒な人たちに捕まってしまいましたね。」
と言い放った。
銃を持った人間相手に、大立ち回りだ。
相手の機嫌を損ねればすぐに血塗れになるこの状況で。
ほう、と思わず息が出た。度胸は百点満点だろう。
「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった
『生徒会』、『風紀委員会』
その他時間を持て余している皆さん」
「こんな暇そ…大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よくわかっています。」
「今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために。でしょう?」
彼女の言葉は止まらない。顔には影がかかっているようにすら見える。
武器を構えもしていないというのに圧を放つ彼女に
しかし1人が食って掛かる。それに追撃をするように、1人、2人、また言葉を加える。
聞けば、何千もの学園が混乱している。風力発電所がシャットダウンした。
矯正局に送られた生徒が一部脱走した。
挙句の果てには戦車にヘリの流通が2000%上昇したという。
…この場所は戦後の混迷期であったりするのだろうか。
銃を手に取る少年兵が半ば当然のように存在したルビコン解放戦線でも
多少の内部分裂はあれど、そこまでの異常な治安悪化は存在しなかった。
惑星が変われば、そのようなこともある、か?
「こんな状況で、連邦生徒会長は何をしているの?どうして何週間も姿を見せないの?」
そんな現状を鋭く刺し込むセリフを言ったのは、例の二挺のカービンを持ったスーツの彼女だ。
その言葉は、ちょうど今さっきに感じていた疑問の正にど真ん中を突いた。
エレベータの壁際に背中を預け、腕を組みながらにその話に耳を傾ける。
七神リンは閉口する。
そして、ややあって。彼女は重い口を開いた。
「連邦生徒会長は今、席におりません。」
「正直に言いますと、行方不明になりました。」
「――行方、不明。」
まさかだった。唯一の私を知るであろう人物は、現状煙のように消えてしまったらしい。
目の前に鎮座していた3人の彼女らもその答えは予想に反していたようだ。
目を見開き、強い困惑を表していた。
「――結論から言うと。」
「『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。」
「認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
七神リンは困惑止まない彼女らの衝撃を尻目に捉え、しかし言葉をつなげてゆく。
もったいぶった言い方は、まるで新商品のデモンストレーションでもするようだ。
「それでは、今は方法があるという事ですか。主席行政官?」
そう掛かった疑問に、また彼女は強く首を縦に振った。
そしてこちらを向き直り、注目を集めるように手を添えながら口を開いた。
「――この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
連邦生徒会長が、この場所に私を呼んだ理由。
――組織の意思決定には、どうしても冗長な手続きを必要とする。
今回のことを例に挙げれば、連邦生徒会がそれに当てはまるであろう。
いかに何千もの学園が暴動となっても。戦車やヘリの流通量が2000%上がろうとも。
組織であれば、その暴動を鎮圧することにも無数の手続きをこなした後でしか行動を起こせない。
フィクサーは、その面倒な手続きに追われず、組織の意思決定に介入することができる。
つまり。連邦生徒会長は、ひいては連邦生徒会という組織は。
全くの外部の人間である私を、躊躇いなく組織内の下手な人間よりも高い地位に私を置いた、というわけだった。
ルールに雁字搦めになった組織の、あまりに愚かな悪手。
そう断じるのは簡単だ。
――しかし。
一瞬だけ。脳裏によぎる。
「――私のミスでした。」
「大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、貴方の選択。」
「あなたは――同じ選択をされるでしょうから。」
知らない少女の顔。どこかに懐かしさを覚える、その目。
それが、嫌に忘れられなかった。
――灼けた空の向こうには、未来があるとな。
――灰に塗れた警句をいくら唱えたところで、そこにはルビコンを変える力などない。
――託したぞ、戦友。
それは。あまりに私の末路と似通っているようにも、そして真逆にあるようにも感じた。
少しの間黙っていた私に不安げに目を向ける5人。
少々考え事が過ぎたらしい。
「紹介に預かった。」
「元ルビコン解放戦線所属。ラスティだ。本名は別にあるのだが、あまり好きではなくてね。」
「先ほど申し付かったように、本日付けで連邦生徒会のフィクサーとしての仕事を受けた。」
「至らないところもあるだろうが、よろしく頼む。」
柔和な笑みを浮かべ、自己紹介をひとつ。
託された。ならば精々やれるだけはやってやろう。
覚えのない顔だったが、あの夢の中。
確かに私は彼女を『戦友』と呼んだ。
その呼び名は、私が真に信頼する友にしか許さない呼び名だ。
いくら記憶がないとして、私がその名を呼んだのなら。
信頼に足る人物のはずだ。
私が、彼に託したように。
「キヴォトスではないところから来た方のようですが…先生だったのですね。」
「恐らくはそうなるだろうな。詳しくは私も知っているわけではないが。」
「はい。ラスティ先生はこれからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です。」
「行方不明になった連邦生徒会長が指名…?」
行方不明になった生徒会長からの指名。
本来なら呼び出し役が事の説明も、仕事の内容も教えなければならない筈。
聡い子だ、すぐにその違和に気付き困惑を浮かべるのを見ながらそう思う。
「ひ、ひとまず、こんにちは。先生。私はミレニアムサイエンススクールの――」
挨拶を返さずいるのも失礼と考えたのか、彼女は自己紹介を始める、そのすぐ前に
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと――」
彼女の健気な配慮は七神によって叩き切られてしまった。全く取り付く島もない。
「誰がうるさいですって!?わ、私は早瀬ユウカです!覚えておいてくださいっ!先生!」
しかしなんとか食らいつき、再び挨拶を足早にねじ込んだ。
そういえば先ほど七神にいの一番に食らいついたのも彼女だった。
聡く、強かであることが彼女の本質なのかもしれない。
「いい名だ。覚えておこう。」
早瀬ユウカ。スーツ姿である彼女はそう自らの名を呼んだ。
なかなか見どころのある子だ。そう忘れることもないだろう。
「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」
「連邦捜査部『シャーレ』」
「単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすら可能。」
「各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です。」
「シャーレの部室はここから約30㎞離れた外郭地区にあります。」
「今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に「とある物」を持ち込んでいます」
「先生を、そこにお連れしなければなりません」
説明口調でそう言い終えた彼女は、言い終わると同時に耳元につけた無線機に手をあてがう。
連絡を図っているようだ。解放戦線でも同じように連絡を図っていたことを思い出す。
「モモカ。シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
先に聞いた情報では、軍用兵器の流通量が上がっているとのことだった。
であれば、連邦捜査部にもヘリがあるのは何ら不思議ではないか。
「「シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?」」
「「矯正局を脱走した生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ」」
「「連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に周りを焼け野原にしてるみたいなの。」」
「「巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ?」」
「「どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。
「「まるでそこに何か大事なものがあるみたいな動きだけど?」」
「「まあでも、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な――」」
「「あっ、先輩、お昼ごはんのデリバリー来たから、また連絡するね!」」
無線機から漏れ出るそれは。
いっそ無邪気なほどの軽い声で、既に何十の死人が出ているであろう情報を放った。
七神の表情は窺えず、肩を薄く震わせている。
全くご立腹の様相であった。
あの無線の彼女の気楽さは一度置いておくとして、非常にまずい状況に置かれていることは分かった。
つまりは、戦車すら用いたデモ。というよりは紛争か。
「学園都市の命運をかけた大事なこと、か。」
「…先生?」
事態は思っていたよりも深刻だ。事を急ぐ必要がある。
幸い、こちらには銃を持った兵士が4人。
そして――ここに一人の、強化人間がいる。
「七神、君にはまだやることが残っていると見える。」
手を差し出し、ジェスチャーをする。
その銃を渡してくれ、と。
「…戦うのですか?」
少し眉を顰め、躊躇いを見せるのが見えた。
確かに、組織の長から呼び出された人間がこんなところでくたばっては
当人の面目に関わる。だが。
「どのみち、ここで何もせずに待機しているだけでは皆共倒れだ。」
「安心してくれ、これでも元兵士だ。多少は腕は立つ。」
ただの人間であるならばまだしも、この体は強化人間だ。
骨格を初めに、血液から脳まで機械に弄繰り回させてある。
人間には出来ない多少の無茶も通すことができる。
「頼む。」
少女の手に触れ、その顔を見れば。
その顔は、既に決意に染まっていた。
「…お気をつけて。私は、外郭までの進路をサポートします。」
白で全体を塗られ、青のグリップを取り付けられたハンドガンを手にする。
マガジンを抜き取り装弾数を確認。
「装弾数は15発。マガジンは2つです。」
「口径は?」
「9mmです。」
「了解した。だいたい今まで扱ってきたものと同じらしいな。」
軽く周囲を点検し、ホルスター代わりベルトとパンツの間に挟む。
「そして、今回の作戦は。私一人では解決できない問題だ。そこで――」
私は振り返り。先の3人を見つめる。
「君たちに援護を頼みたい。やれるな?」
有無を言わさぬこの状況に、皆が皆察したらしく、
各人が返答代わりにチャンバーをチェックし、戦闘準備を終えた。