――ふ、と目が覚める感覚がした。
先ほどまでの明るさのせいか、嫌に部屋が暗く思える。
接続されていたコードをタブレットから引き抜き
身辺を軽く整える。
それと同時に電気が点滅を始め、部屋が白く光る。
先の制御権が戻った影響だろう。
となれば、アロナのクラッキングは上手くいったという事に他ならない。
疑っていたわけではないが、本当にあの短時間で完了させていたとは。
RaDどころか、封鎖機構…いや、どの企業よりも最速の記録ではないだろうか。
七神リンが戻ったのはちょうどそのタイミングだった。
「どうやら、完了したようですね」
「こちらでも制御権の確保を確認できました。」
「なんとか、仕事は果たせたようだな。」
「えぇ、これで行政管理を進めることが出来ます。お疲れ様でした、先生」
「キヴォトスの混乱を防いでくれたこと、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします。」
「面倒ごとを押し付けられたのはお互い様だ。事後処理は任せてしまって構わないのか?」
「えぇ。ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから討伐いたします。」
「…まあ、手柔らかにな。」
「それでは…いえ、もう一つありましたね。」
「連邦捜査部、『シャーレ』をご紹介いたします。」
「ついてきてください。」
今思い出したように言う彼女に少し笑みを浮かべ
カツカツと足音を鳴らし振り向くその背中を追うように
身体を翻した。
その部屋は、想像よりも近く――というべきか
ちょうど地下を出てすぐの上階だった。
ACのレティクルにも似た二重円に、十字を足したようなデザインの看板。
その隣には、『空室。近々始業予定』の文字。
「長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね。」
「前任者も居なかったのか。」
「えぇ。我々としても、会長から先生の話をお伺いするまでは謎の空室でしたから。」
そう聞くと、増々連邦生徒会長という人間が不思議に見える。
内部の人間にも、私の情報を漏らしていない。
一体あの人物はどこで私を知り、ここへと呼びだしたのか。
そして――なぜあの夢の中、あの少女を戦友と呼んだのか。
未だその人物像すら掴めない連邦生徒会長に幾つかの違和を抱きながら
その部屋のドアを開いた。
「ここが――シャーレの部室です。」
大きなワークデスクに、複数台のPCモニター
そして椅子と窓際にホワイトボード。
壁にはファイルをまとめたケースと
そして――ガンラック。
企業のデスクワーカーとヴェスパー部隊の頃の自室を混ぜたような部屋だ。
いかにも面白みはない殺風景な仕事道具と、どちらかと言えばPCよりも見慣れている「仕事道具」。
「ここで、先生としてお仕事を始めるといいでしょう。」
「そういえば、職務内容については聞いてはいなかったな。」
「なにから始めるべきか。」
「シャーレは、その権限だけはありますが目標のない組織なので」
「特に何かをやらなきゃいけない…という強制力は存在しません。」
「キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき――」
「所属に関係なく、先生が希望数生徒たちを部員として加入させることも可能です。」
「やりたい放題だな、それは。」
「面白いですよね。捜査部、とは呼んでいますが」
「その部分に関しては連邦生徒会長もとくには触れていませんでした。」
「まさに、先生がやりたいことを何でもやって良い。という事ですね。」
「私は、随分と気に入られていたようだな。――連邦生徒会長に。」
そう言葉を零すと、彼女は窓の外を見やる。
「――本人に聞いてみたくとも。連邦生徒会長は相変わらず、行方不明のまま。」
その目は…どこか遠く。大きく広い、青空を映す。
「私たちは――彼女を探すことに全力を尽くしているため」
「キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力はありません。」
「今も連邦生徒会長に寄せられてくるあらゆる苦情。」
「支援物資の要請。環境改善。落第生への特別授業。部の支援要請等…」
言い切ると同時に、彼女は私へ振り向く。
「…もしかしたら。」
「時間が有り余るシャーレなら。この面倒な苦情の数々を解決できるかもしれませんね?」
やや辛辣に、しかし圧のないどこか温和な笑みを浮かべ彼女は言った。
最初の切羽詰まった状況よりかは幾らか余裕のある表情だ。
それを思えば、今回の件が上手く引き揚げれたのだなと安心する。
「…そうだな。幸い、暇と時間は腐るほどある。せめて有効に使うのが得策だ。」
まだ知らなければならないことはいくつもある。
彼女はどこで私を知り、どうやってここに呼んだのか。
『シッテムの箱』とはどこで作られ、私の手元に流れ着いたのか。
そして――戦友と呼べる彼女は、どこへ行ったのか。
「そのあたりに関する書類は、机の上にたくさん置いておきました。気が向いたら、お読みください。」
――すべては、先生の自由ですので。
最後の言葉を言い終わる彼女の顔からは初対面の時とは明らかに異なる幾らかの安らぎを感じた。
「――最後に。」
「?」
――『連邦生徒会長』と、『君』は親しかったのか?
「――それは。」
「…どう、でしょう」
少女は視線を伏し目がちに、迷う。
信頼できる上司だった。仕事の時も、プライベートも。
元気で。向こう見ずで。馬鹿をやる先輩で――
それでもやるべきことを見据え、しっかりとこなす。
頼れる先輩。
だから――少なくとも私は、彼女のことが好きだった。
だが、彼女が私を好きだったかは判らない。
頼りきりの我々に愛想を尽かして消えたのかもしれない。
それでも。
『あの人』はこの街に欠けてはならない、私達に必要な存在だった。
「そうか。」
男は少女のたった一言二言を聞くと、それだけで納得したように笑みを浮かべた。
「それだけ、大切だったのだな。」
――それが、君の『背景』か。
それはとても重要なことだ。
人が背負う背景。
それは私が共に歩む者たちに最も求め続けた物だった。
彼女は既に背負っている。
ならば私も、為すべきことをしなければならない。
「これを。」
彼女に借りたままだった拳銃を握る。
「この銃には、随分と助けられた。」
「――君のおかげだ。辛いこともあるだろうが、これからよろしく頼む、『リン』。」
ただその青い目を見つめ、共に道を歩む新たな友に銃を手渡した。
下に揺れていた目線が、ぴったりと合う。
「――ええ。」
――必要な時には、また連絡します。
開かれた扉から、背中が遠のき
満点の青空の下へ彼女は歩みを進めた。
「サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したのを確認したわ。」
「あの仮面の生徒はどうなったか…。」
「ワカモは自治区へ逃げてしまったのですけれど…すぐ捕まるでしょう。」
「私たちはここまで、あとは担当者に任せます。」
「了解した。…ひとまずここでの仕事は完了だな。」
「お疲れさまでした。先生の活躍は、キヴォトス全域に広がるでしょう。」
「すぐにSNSでも話題になってしまうかもしれませんね?」
「まさか顔が売れる事に気負わず誇れる日が来るとはね。」
「前は個人を特定されることは必死に避けたものだったが。」
「どんな仕事だったんですか」
「いやなに、少し変わった仕事でね。」
「これでお別れですが…近いうちにぜひ、トリニティ総合学園に立ち寄ってください。先生。」
羽川ハスミは流麗な動きで自然に一礼をした。上品な動作が様になる少女だ。
踵を返して歩みを進めるその背中を追うように
守月スズミも一礼をした後急ぎ足で羽川の後を追う。
「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。」
「ゲヘナ学園にいらっしゃったときはぜひ訪ねてください。」
先の彼女らとは違う形式の一礼を行う火宮チナツ。
風紀委員長。また知らない人物が増えた。
生徒について、まだまだ調査を行う必要があるだろう。
「ミレニアムサイエンススクールに来てくだされば、またお会いできるかも?」
「先生、ではまた!」
早瀬ユウカもまた簡素な一礼をし、各々の学園へ帰ってゆく。
リンが言うには彼女らを部員としてシャーレに迎え入れることもできる。
もしかしたら、また世話になることもあるかもしれないな。
そんなことを考えながら
私は新たな職場、シャーレに歩き始めた。