リューは激怒した。
二番煎じなので以下省略した。
まあ要するにアストレア・ファミリアでの序列を決める熾烈な戦いを、日夜ウインディと繰り広げていたのである。
端から見れば下らない低レベルの争いで、輝夜すらもはや茶化すどころか呆れ顔で放置しているのだが、リューにとっては深刻な問題であった。
確かにリューはアストレア・ファミリアの末席である。
強さにはある程度の自信はあるが、時折やりすぎてファミリアに迷惑を掛けることがあることも……まあ、少しは自覚している。
しかし、それでも新入りであるウインディに下に見られる事だけは許せなかった。
駄犬の癖にこちらをあからさまに馬鹿にしたように、鼻で笑う態度を看過できなかった。
だからリューはウインディをわからせようと、日々戦いを続けている。
本日はリューの指定席をウインディが占領していた。
大きな体を器用に丸めて、まるで人間のように椅子に座っている。
普段妖精のように軽いリューの体重しか支えていない椅子が、馬鹿犬の重さで悲鳴を上げていた。
どう見ても座り心地が悪そうなのに、ウインディはリラックスした表情で寛いでいた。
このままでは椅子が壊れてしまう。
しかし、リューは正義を掲げるアストレアの眷属である。手を上げる前に対話で解決しようとしてみた。
「退け、馬鹿犬。そこは私の席だ」
おっと、正義の味方さん。お口が悪いですよ。
もはや喧嘩を売っているとしか思えない口上に、ウインディは半目でちらりとリューを見た。
すぐに興味をなくして正面に向き直ったかと思うと、大きな口を開けて欠伸をする。
リューの事を完全に舐め腐っていた。
「……わかりました。殴ってわからせます」
正義の眷属は対話を早々に諦めた。判断が早すぎる。
「やめろ馬鹿
「しかし輝夜、私の誇りが汚されている!」
暢気に茶を啜りながら一応仲裁らしき言葉を発する輝夜に対し、リューが拳を握って怒りを露わに震えだした。
だが、輝夜はそんなリューを一顧だにしない。
「始めは面白かったが天丼が過ぎる。もう飽きたからその芸風はやめていいぞ」
「私は芸人ではない!」
リューは地団太を踏んで抗議した。それでも輝夜は完全に無視してお茶を啜る。
「……くっ。誰も私の『正義』をわかってくれない……。あの馬鹿犬もとい『悪』は誅しなければならないのに……!」
なんだか闇落ちしそうな発言をしだしたリューに、スッと暖かいお茶が差し出された。
「これは……?」
「ゲコ」
ピンクのマフラーをたなびかせた二足歩行の青い蛙が、目を細めながらこれでも飲んで落ち着けといわんばかりに優しく鳴いた。
勧められるままリューがお茶を飲む。熱すぎずぬる過ぎず、ほどよい温度の美味しいお茶がささくれ立ったリューの心を解きほぐす。
「……ほぅ」
「…………はあ。よくやってくれました、ゲッコウガ。全くこの小娘は、本当に幼稚でして」
「コウガ」
一息ついたリューに盛大にため息をついた後、輝夜が新たな相棒であるゲッコウガを労う。
ゲッコウガは気にするなと片手を上げた後、茶菓子を持ってくるために台所へ向かっていった。
「産まれたばかりのポケモン以下のポンコツか……」
「……?」
ぽつりと呟いた言葉はリューの耳に入らなかった。もし聞こえていたらまためんどくさい抗議をしてきただろう。
とにもかくにも、もはや何回目かもわからない馬鹿
アストレア・ファミリアの平和なひと時が守られたのである。
――ベキッ、バキリ。
「…………あっ」
……なんてことはなく、リューの椅子の足が折れる音と共に平穏は無残にも打ち砕かれてしまった。
「わふん」
間の抜けた声を出してウインディが椅子から転げ落ちる。
毛づくろいして気持ちを落ち着かせた後、リューの椅子をつかえねえなといわんばかりの渋い表情で見遣ると、何事もなかったかのように今度は主人であるアリーゼの椅子に座り始めた。
もちろんウインディの体重を支えきれるはずもなく、不穏に軋む音が鳴る。
この馬鹿犬、全く学習していない。
「お、おい。リオン?」
「………………………………」
恐る恐る輝夜がリューの様子を伺うと、リューは俯いた状態でプルプルと震えていた。
このままではいずれ爆発し、リビングがしっちゃかめっちゃかになる事は間違いない。
誰かこの馬鹿をとめられる奴はいないのかと、輝夜が面倒ごとを押し付けられる相手を探していると、庭に繋がる窓からこちらを覗き込むガラルギャロップの姿が見えた。
「ギャロップ、お前の主人がお怒りだぞ。どうにか鎮めろ」
そんな無茶ぶりをする輝夜だが、ガラルギャロップはその声が聞こえていないのか、じっとリューを見つめていた。
なんだかよくわからないが、ウットリと目を細めている。
まるでうちの主人、ポンコツ可愛いなあと思っているような目付きだった。
ダメだこの馬鹿ウマ……ポンコツ具合がご主人様にそっくりだ。
輝夜は遠い目をした。
そうこうしている内に、とうとうリューの堪忍袋の緒が切れた。
「……………………ふふ、ふふふ。よぉくわかりました。コレを放置することは『悪』です。――今からこの駄犬の躾を開始する」
「ええい、クソっ! 面倒な!」
そういってリューは『妖精樹の無刀』を抜刀した。
流石にそれは不味いと思って輝夜が仕方なく自分でとめようとした瞬間――。
「話は聞かせて貰った!! この場は強く美しい団長であるこの私が預かるわ!!」
「…………雑音が酷い」
「お母さん、ステイステイ」
アリーゼがベルとアルフィアを伴って乱入してきた。
しかめっ面をしているアルフィアを気にも留めず、大きな声で争いを諫めようとしている。
「アリーゼ、とめないで下さ――って、クラネルさん!? い、いえ、これは違うんです。ちょっと素振りをしようと思っただけでして!」
ベルの存在に気づいたリューが、馬鹿犬の血を求めて抜いた刀を持ってあたふたした。慌てて納刀すると見苦しい言い訳を始める。
いや、そんなの通る訳ないだろうと輝夜が冷たい目で見ていると、ベルがリューの言い分を鵜呑みにしてしまった。
「……? そうなんですか? でも、部屋の中で振ると危ないですから、庭でした方がいいですよ」
「え、ええ! その通りですね!」
「……『静寂』。この子をきちんと教育しないと、いずれ悪党に騙されますわよ」
「悪意には敏感だから問題はない。……もっとも、雌猫への警戒心は教えねばならないがな」
顔を赤く染めながら、さりげなくベルの傍に近寄ろうとしている
だが、アルフィアが魔法で牽制しようかと思い立つ前に、リューの接近を遮る者がいた。
「わふわふーーーん」
馬鹿犬、もといウインディである。
主人の椅子を容赦なくなぎ倒しながら一直線にベルに駆け寄り、途中にいたリューをその巨体で跳ね退ける。加減も知らずにベルに伸し掛かると、その顔を舐めまわした。
リューが尻もちをついたまま、手を伸ばした姿で固まる。
「あははは! ウインディ、くすぐったいよ!」
「わふわふ」
「…………あれ? トレーナーは私よね? てか、華麗に争いを収めようとした私の立場は?」
ウインディの巨体をいとも容易く受け止め、わしわしと撫でまわすベルと、嬉しそうにますます顔を舐めまわすウインディ。
それを見てしまったアリーゼが若干ショックを受けた顔で呆けていた。
吹っ飛ばされて倒れているアリーゼの椅子が、悲しくも現実を物語っていた。
「……くっ、この馬鹿犬。羨ましい……もといなんて破廉恥な――」
「ヒヒヒヒーーーーーーーーーーーン!!」
「のあぁっ!! ま、窓が!?」
リューが我に返って立ち上がろうとした時、窓を突き破ってガラルギャロップが部屋に飛び込んで来た。
輝夜の悲鳴を余所に、ガラルギャロップは『メガホーン』で突っ込みウインディを跳ね飛ばす。
「きゃいん!!」
テーブルにぶち当たり、上のものを薙ぎ払いながらテーブルが真っ二つに折れた。
「あああああ…………」
「ブルルッ」
とうとう崩れ落ちた輝夜を見向きもせず、ガラルギャロップは闘争心を露わに鼻息を荒くしている。
このガラルギャロップ、リューを馬鹿にするのは怒る姿が可愛いので許すが、ベルリューの間に馬鹿犬が挟まることだけは許せなかった。
ベルリューを妨げる者は全て敵である。
……いや、そこはリューが馬鹿にされた時点で怒っておけよ。
なんとも歪んだ愛情を、ガラルギャロップはトレーナー相手に持っていた。
「がるるるるる……!」
吹っ飛ばされたウインディが身を起こし、ガラルギャロップ相手に唸り声を上げる。
さしものウインディも効果今一つとはいえ、大技をぶち当てられて怒っていた。
「……ふっ、今度こそこの場はこの私が預かる――」
「二体とも元気が有り余ってるようだね。丁度いいや。なら、今からポケモンバトルを始めよう!」
「…………えっ?」
今度こそ強く美しい団長が、この場を華麗に収めようとしたらベルに遮られた。
「……はい?」
リューも訳も分からず空返事をすると、ベルはにっこりと笑いかける。
「今日は元々、
大きな物音がしたので慌てて茶菓子片手に戻ってきたゲッコウガが、大惨事の中で一人微笑んでいるベルに首を傾げた。
「ルールは一対一の持ち物なし、技は無制限! 審判は僕、ベル・クラネルが努めます!」
「わかったわ!!」
「いやいや、わかったわじゃない! どういうことですか!?」
先ほどは出鼻を挫かれたが、こういった催しが好きなアリーゼが威勢の良い返事をする。対してリューは状況を飲み込めず、ベルに聞き返していた。
「……? ああ、ルールがいまいちわからないと! ポケモンは戦闘時に特定の道具を持たせると、様々な恩恵を得られます。でも、今回は初めてのポケモンバトルなのでなしにしています。あと、技の制限は公式バトルならポケモンは四つまでしか出せませんが、オラリオでは実戦重視になるので制限は設けていません」
「そうではなくて……いえ、もういいです」
未だにもやもやした気持ちがあるものの、ベルが先に述べた通り
リューは反論を飲み込んだ。
「わふわふっ!!」
「ブルル……!!」
それに、ガラルギャロップもウインディもやる気満々で睨みあっている。
馬鹿犬をわからせるのに丁度いい機会である。リューの目が不穏な色に染まった。
「ちょっと席を外している内に面白いことをしてんなあ」
「居間が大変な事になっていますけどね……。ネーゼ達が片づけてくれていますが」
「あいつらには悪いが、次はアタシらがバトルするからな。精々団長とリオンのバトルを見て、勉強させてもらうとするか」
輝夜とライラも見ている。
二人に情けない様は見せられないと、リューは気合を入れなおした。
「それでは…………バトル開始!!」
ベルが合図したと同時に、先手必勝とばかりにアリーゼが指示を出した。
「ウインディ、さっそく突っ込むわよ! 『しんそく』!!」
「わおーーーーん!!」
ウインディが第二級冒険者でも視認が怪しい速さで、ガラルギャロップに向かって突っ込む。
さきほど『メガホーン』を食らった仕返しをしてやると、威勢は十分であった。
「ギャロップ、衝撃に備えなさい!」
「ブルル!!」
『しんそく』を使われた以上、先手を取るのは不可能と判断したリューは防御を取ることを指示する。
リューに従い、ガラルギャロップは身構えウインディを迎える。ウインディの巨体がぶち当たり、一瞬ガラルギャロップが苦しそうな表情をするが、その場をほとんど動くことなく耐えきった。
「今です、『10まんばりき』!!」
『しんそく』を当てて気が抜けたか残身ができていないウインディに、ガラルギャロップの強烈な後ろ足による蹴りが炸裂する。
「きゃうん!?」
「ウインディ!?」
アリーゼの嘆きを余所に土を巻き上げながら直撃させ、ウインディを吹っ飛ばした。
「おお。確か炎に地面技は効果抜群だったな。後手でしっかり当てるとは、やるなリオン」
「逆に団長は少し迂闊でしたわね。遠くから攻撃すれば今の直撃は受けなかったでしょうに」
『しんそく』は確かに相手よりもほぼ確実に先に動ける強力な技であるが、考えなしに使えば痛いしっぺ返しを食らうこともある。
ポケモンバトルに慣れていない故の凡な失敗であった。
逆にリューは慣れていないながらも、『しんそく』を耐えた後に『10まんばりき』を当てるという堅実な指示をしている。
「ずるいわよ、リオン!! いきなり弱点を突くなんて!! 正義の名が泣くわ!!」
「自分の大事な相棒に適切な指示を出来ない方が、正義の眷属としてどうかと思いますが」
「……………………それもそうね!!」
勝手に喚いて勝手に納得したアリーゼが、今度こそ押し勝とうとウインディに新たな指示を下す。
「なら今度はこっちが弱点を突く番よ!! ウインディ、『かみくだく』!!」
「がうがうっ!!」
ウインディが大きな口を開き、今度こそ大ダメージを与えようとする。
「ふふふ……!! 抜群な技を食らえばギャロップも怯むはず!! そうしたら追撃で得意の『フレアドライブ』を当ててフィニッシュね!!」
なにやら捕らぬ狸の皮算用をしてほくそ笑んでいるアリーゼであるが、対峙するリューは至って冷静であった。
いや、むしろどこか呆れていた。
「……ギャロップ。耐えてからもういちど『10まんばりき』を」
「ヒヒン……」
ガラルギャロップがこいつらアホだなと憐れみながら、ウインディの『かみくだく』を受けて立つ。
ウインディの牙が確かにガラルギャロップを捉えた。
「よし、取ったわ!! ウインディ、このまま『フレアドライブ』を――」
そう言おうとした瞬間、ウインディが『10まんばりき』でまたもや吹っ飛ばされた。
「きゃいん!!」
二度も抜群技をもろに食らったために、さすがにウインディも耐えることができず、目を回して地面に倒れこんでしまった。
ガラルギャロップはきつそうな顔をしているが、しっかりと立っている。
この場の勝者が誰なのかは明白であった。
「ウインディ、戦闘不能!! よって、勝者リュー・リオン!!」
ベルの無慈悲な宣告を受け、アリーゼが膝から崩れ落ちる。
「ええーーーー!? なんで私の華麗な作戦が上手く行かないかったの!?」
「アリーゼ……たしかに悪技はエスパーに効果抜群ですが、私のギャロップはフェアリーも複合しています。よって、悪技は等倍です」
「……………………はっ!? そ、そうだったわね!? ごめんなさーーーい、ウインディぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「ギャロップ、よく耐えて反撃してくれました。ありがとう」
自身の失態をようやく理解し、アリーゼは相棒に駆け寄って抱き起こして謝罪した。
リューも傷ついたガラルギャロップの首筋を撫でて労わっている。
ウインディをぶちのめすというリューの目的は達成できたが、アリーゼの指示ミスが敗因であるため、
素直に喜ぶことができなかった。
「……ひでえ試合だったな」
「知識が足りてないとどうなるか、良い反面教師になってくれましたわね」
あっけなく終わってしまった初めて見るポケモンバトルに、ライラと輝夜はなんともいえない表情で顔を見合わせている。
「お二人とも、お疲れ様でした。ウインディとギャロップもよく頑張ったね。今、回復するよ」
ベルはそういって『げんきのかけら』や『すごいキズぐすり』を与えて、手早く二体を治療した。
元気を取り戻したことを確認すると、二人に向かって先ほどのバトルの総評を述べた。
「リューさん。初めてのバトルでの冷静な判断、お見事でした。技を受けて的確に弱点で返す。言葉にすればシンプルですが、初心者でバトル中に相性を適切に判断できるのは凄いことですよ!」
「……あ、ありがとうございます、クラネルさん」
両手をぎゅっと握られた上で手放しに褒められ、リューの顔が赤くなる。
辛うじて礼を述べることができたが、それ以外はもじもじすることしかできなかった。
ガラルギャロップが頭をぶんぶん振り回して『行けーーー! 抱けーーーー!』と気ぶり始め、先ほどから黙っていたお母さんの額に青筋が浮いた。
そんな音はないが喧しい光景を気にも留めず、ベルは続けてアドバイスする。
「ただ、相手の攻撃を受けるよりも避けた方が良いですね。ガラルギャロップはあまり耐久があるポケモンではないので、避けて攻撃を当てる訓練をすると良いと思います。それか今回みたいに攻撃後の隙が多い相手なら、『まもる』で防いだ後で反撃しても十分当てるのに間に合いますよ」
「な、なるほど、勉強になりますね。今後も精進しましょう」
放された手を名残惜しく思いながらも、リューは素直に聞き入れた。
「……さてと」
一通りリューへの総評を終えた後、ベルは今度はアリーゼに向き直った。
ウインディをもふもふして慰めながら自分も慰められるという器用な事をしているアリーゼが、どこか恐ろしさを感じるベルの笑顔に固まる。
「えーと、その……ね? これは違うのよ!! ちょっと調子が悪かっただけで!!」
見苦しい言い訳を始めるが、ベルに通じるはずがなかった。
「アリーゼさん。後でもう一度勉強し直しましょうね。大丈夫、わかるまで付き合いますから」
「いやあああああああ!! また複合タイプの相性テストは勘弁してええええええ!!」
みっともない団長の悲鳴が、アストレア・ファミリアの庭に響き渡った。
本作の設定では、ポケモンは技を五つ以上覚えることができますが、公式バトルでは四つまでしか使えない設定になってます。
ポケモン選考理由
輝夜・ゲッコウガ
和風のポケモンであり、侍に忍者は合うんじゃないかと思ったので。
輝夜が暗殺者の一族だったので忍者を当てたというちょっと酷い理由も。
なお、このゲッコウガは茶を出してくれるような温厚なポケモンです。
ライラのポケモンはガレス同様また今度で。