Beyond your swordland 作:血中ウィルキンソン濃度
初投稿です。
感想、指摘等、何卒お願いします。
石と鉄の迷宮をひた走る。
道を塞ぐ怪物の眼が、壁にかかった松明の灯りを反射して赤く光る。
一瞥し、右手の剣を肩に担ぐ。
剣が悲鳴を上げ、刀身が血色に輝いた。
跳躍。
一瞬の静寂。
放った《ヴォーパル・ストライク》は寸分の狂いなく標的のウィーク・ポイントを貫いた。
怪物が体をのけぞらせ、断末魔を上げる。偃月刀が地面に落ち、乾いた音を立てる。アルゴリズムによって動く意思無きデータであるはずのエネミーの手が、死を恐怖するように虚空を掻く。
飽くまで、無慈悲に。
パッ、という破砕音と共に怪物の体が青い粒子に崩れ、弾ける。
そこまでを無感動に見届けた後、彼は技後硬直から体を起こし、再び走り始めた。
左手の剣は今にも砕け散りそうで、右手の剣は今にも錆び付きそう。
ボロボロの黒衣を纏った剣士が、石と鉄の迷宮を駆け抜ける。
今にも野垂れ死にそうな風体なのに、伸びきった前髪から覗く相貌だけは、どこまでも剣呑だった。
首から下げた涙形の宝石だけが、唯一薄青い色彩を放っていた。
爽やかな風が水面をさらう。
赤い尾羽の鳥が二羽、頭上を飛んでいく。
点々と咲いた花は揺れ、ひらりひらりと優雅に蝶が舞う。
「あぁ……」
あまりにものどかな風景に、俺──人界統一会議代表剣士ことキリトはため息をついた。
声に驚いたように栗鼠が逃げていく。小さく鳴いた2羽の小鳥が頭上を飛んでいく。遠くの水面でぽちゃんと魚が跳ねる。
本当に、本当にのどかな昼下がり。まだ安息日には2日あるノルキア湖畔には人の姿はなく、俺は見渡す限りの草原と水面の真ん中で昼寝の真っ最中だった。
人間誰しも不意に気分が落ち込む日がある。俺の場合、今日がそれだった。
憂鬱、というほどではない。しかしどうにも頭の芯から気怠さが抜けてくれない。急な仕事がなかったのは幸いだった。アスナは病気かと心配してくれたが、特段熱や気持ち悪さがあるわけでもない。というより今の俺が風邪を引くのかも正直わからない。
とは言え工廠に顔を出すにはやる気が足りず、手持ち無沙汰にカセドラルをうろついていたら、仕事の邪魔になるからといって騎士団長様に追い出されてしまった。理不尽じゃないかと思う。思うが、「職員が萎縮する」等と言われてしまったら我が不徳を恥じ入るばかりである。
部屋に一人っきりで──アスナはロニエとティーゼと何処かに出かけている、こっちの方が正直後が怖い──ダラダラしていたら余計に気が滅入りそうだった。何処か開放的な所に行こうと、こんな所まで来てしまった訳だ。
リアルワールドよりも随分高い青空を見つめていれば、昔……ほんの昔の記憶が脳裏に蘇る。
修剣学院時代、安息日にピクニックへ繰り出した思い出。他愛もない談笑をしながら当て所なく歩いた。いや、もっと前の記憶だ。ザッカリアの街から央都へ。もっと前。ルーリッドの村からザッカリアへ。俺たちはずっとこうやって肩を並べて歩いてきた。違う。ルーリッドの村、木漏れ日の下、3人で、はしゃいで走り回った。笑い声、郷愁……。
胸の奥から迫り出してくるものを飲み下し、苦笑する。ずっと忙しくて蓋をされていた感情は、気を抜いた瞬間に心の中に忍び込んで来る。いつかはこの胸の苦しさも懐かしくなる時が来るのだろうか。
剛胆な野鼠が顔を覗き込んできた。再度苦笑し上体を起こす。ちろちろと走っていく野鼠を目で追って。
「!?」
視線を向けた先に、人影を見つけた。
自慢ではないが、俺は覚醒状態なら意識せずとも半径50メル以内の人間の位置を把握できる。しかし人影はわずか10メルほどの距離だ。不調子と物思いで精度が下がっていたのか、それとも我が心意レーダー(仮)を潜り抜けるほどの隠蔽スキルの持ち主なのか。
「精進しなきゃな……」
それは中々に怪しい風体の持ち主だった。所々ほつれたフーデッドケープに小柄な全身を包み、その下に軽鎧を着ている。たなびくケープで輪郭が分かりづらいが、胸部の膨らみから女性であることが分かる。腰に佩いているのはレイピアか。
何より異常なのは彼女の心音だ。人間である以上存在するはずの鼓動の揺らぎが一切存在しない。まるで精密な機械かのような、生気に欠けた拍動……。
背筋に微かに緊張が走る。尋常な人間ではない。
俺の視線に気づいたかのように、人影が此方を向いた。
「なっ……!」
その顔を目にした瞬間、あまりの衝撃に俺の思考は真っ白になった。
陽気に当てられ、白昼夢を見ていると言った方がまだしも現実的だ。
フードから零れる艶やかな黒髪。オニキスの瞳。陶磁の肌。桜の唇。見紛う筈もない、その姿は。
「ユイ!ユイなのか!?」
叫び、思わず走り出す。なぜ、どうやって等という疑問は途端湧き上がる激情に吹き飛ばされる。
二度と会えないと覚悟した。何度も夢に見た。もう一度だけ、愛娘を腕に抱かせてほしい。しかしそれは俺が、俺たちが手放した物だ。諦めたはずだった。いやそんな理屈はどうでも
「貴方は、誰ですか?」
「っ」
小首を傾げて呟く、その一言で俺の足を地に縫い留めるには十分だった。記憶の中のそれより大人びた声音──俺の知らない年月。冷たい声音、除き見える警戒心。思いっきり手を伸ばしたいのに、腕は言うことを聞いてくれない。
ユイの背はこれほど高くなかったと、遅まきながら気づく。
「これ」は誰だ?
ユイだ。間違いない。例え成長しようと、顔も声も立ち振舞いも、記憶の中の彼女とどうしようもない程一致している。
それでも背筋を這い回る違和感。冷え切った声音、何も映さない瞳。
「これ」は誰だ?
「君は……君は、一体?」
「私はメンタルヘルスカウンセリングプログラム1号、名称Yuiです。貴方は、誰ですか?」