Beyond your swordland 作:血中ウィルキンソン濃度
アインクラッドの迷宮区に鎮座するボス達は、1レイド約50名での攻略が適正として設定されている。それは節目であり、難易度が上がる第五層でも変わらない、それどころかより多くの人数が必要だと目されていた。それ故ボス部屋に突入した攻略組58名は想像もしなかったのだ。
第五層ボス、《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》が少人数での攻略を前提にしているなどとは。
まず彼らは、ボス部屋が下の階層よりも明らかに小さいこと──大人数が満足して展開ができない事に気がついた。続いて出現した巨大な手足による襲撃を受け、床面のラインを踏むとボスの攻撃が始まることを知った。
レイドは混乱に陥った。これほどの大人数で、移動する床のラインを踏まないことなど不可能だからだ。
とはいえ、彼らも今まで幾度も死線を潜り抜けてきた猛者たちである。直ぐに陣形を立て直した。ボスがベータテストから大きく変更されており、無理な攻略は犠牲者を増やすだけと判断したレイドリーダーは、直ぐに撤退を決断した。
命令に従い、5名のプレイヤーがボス部屋出口の階段を下り始めた所で、誰かが気付いた。
今まで天井に張り付いていたボスの顔がどこにも無い。
レイドリーダーが気づいた時には既に手遅れだった。
今まで階段の入り口だった空間はボスの口に変わっていた。
巨大なゴーレムの歯は万力のように5人を締め付ける。自らのHPバーを見つめながら、恐怖に喘ぐ彼ら。手を伸ばす仲間達の努力も虚しく、甲高い破砕音を上げて5人は浮遊城からログアウトした。
悲鳴、怒号、阿鼻叫喚。
レイドは、恐慌状態に陥った。
第一層、《インファング・ザ・コボルトロード》のカタナ攻撃。
第二層、《アステリオス・ザ・トーラスキング》の出現。
第三層、《ネリウス・ジ・イビルトレント》の毒攻撃。
第四層ボス部屋の水没。
攻略組は今まで何度も困難に直面し、そのたびに大きな犠牲を払いながらもそれを何とか乗り越えてきた。
しかし、この時は違った。
不意打ちのように5人が死んだ。撤退は不可能、対抗策は不明。狭いボス部屋は、プレイヤーたちを呑み込む怪物の腹の中だったのだ。逃げ場がない、ということは容易に人の心を折る。
何人かは叫び声を上げ階段を走り下りようとし、噛み殺された。何人かは放心のまま踏み殺された。何人かはがむしゃらに獲物を振り回しながら、握り殺された。組織的行動など取れるはずもなく、一人、また一人と光の粒子になっていった。
皮肉なことに、生存者が半分を割った頃、ボスのHPバーの減りが目に見えて早くなった。残存人数と比例するように混乱は引いていき、動ける者を中心としてスイッチローテーションが組まれた。
神経をすり減らすような、綱渡りの攻略が始まった。数は減ったが、それでも断続的に死人は出続けた。
戦闘開始から2時間19分後、アインクラッド第五層ボス《フスクス・ザ・ヴェイカントコロッサス》は討伐された。ほんの一瞬前まで鎌使いであった破片が舞い散る中、それを突き破って跳躍した黒い剣士の放った《ホリゾンタル・スクエア》が、ボスのウィーク・ポイントたる額の紋章を痛撃した。巨大ゴーレムが断末魔の咆哮を上げる中、喝采を上げる者は誰も居なかった。
生存者数、21名。
この一部始終を誰よりも詳細に観測している者が居た。MHCP001ことユイである。
彼女はゲーム攻略が始まったその時からブワレイヤーの動向を逐一観察していた。が、今回は少し勝手が違っていた。
より鮮明なデータを求めるカーディナル・システムの命令により、ヒットポイントがゼロになったプレイヤーのデータと感情パラメータを記憶する。いつものような単純な作業……そのはずだった。
カーディナル・システムは、或いはユイは、死に瀕した人間の激情を見誤っていた。
驚愕。怨嗟。嘆願。悲歎。恐怖。
彼らの感情は、データとして認識するには余りにも「重かった」のだ。壊れかけのユイのプログラムに、決定的な致命打を与えるほどに。
MHCP001は、機能を停止した。
更に質の悪いことに、彼女の取り込んだ「死のデータ」は、余りにもリアルな死の体験であった。客観的に見て、このデータを持っている存在は間違いなく「死んでいる」、そう認識できる。
さて、彼女を前にカーディナル・システムは思考した。
MHCP001は、機能を停止した。
「死んでいる」「止まった」それは、間違いなくHPバーがゼロであろう。
HPがゼロならば、逆説的にその存在はHPを持っているということだ。
ならばその存在は、
PCならば、蘇生させなければならない。今までHPがゼロになったPCはなぜか
いやしかし、蘇生場所である座標には何故かイレギュラーなオブジェクトが生成されている。仕方がないので、MHCP001が直前まで存在していた最寄りの安全地帯に蘇生させよう。
斯くして、神の使いにも等しいプログラムは、プレイヤーと同様の権限に貶とされた。もしかしたら、無念の中死んでいったプレイヤー達の、神に対する最後の一矢だったのかもしれない。
暗い迷宮の廊下に背中を預け、虚ろな目で虚空を見つめる幼い影。白のワンピースには篝火が映える。誰かプレイヤーが通りがかれば、幽霊か、さもなければ本当に天使とでも思っただろう。
その者が確かな正気を保っていれば、だが。
廊下にこつ、こつと足音が反響する。何かを感じたように、幼い人影──ユイが顔を上げる。
赤いケープに身を包んだ、