Beyond your swordland   作:血中ウィルキンソン濃度

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4.シューティング・スター

 細剣使い──アスナは目に飛び込んできた非現実的な光景にも、さして感情を動かすことは無かった。驚きや戸惑いを感じるには、あまりに精神が疲弊しきっていた。

 いつもなら幼い人影に声を掛けたり、或いはすわ幽霊かと飛び上がったりしただろう。その代わりに、隣に腰かけて簡易焚火を展開する。AIよりよっぽど機械らしい動きで。

 体に染み付いた動きをただ反復するように、黒パンをかじりポーションを飲む。不味い不味いと文句を言っていた携行食でも、どうしてだろう、舌先で転がせば味わい深く感じる。

 それほど疲労や空腹が蓄積していたのか。それとも、隣から聞こえる不味い不味いという声がないからか。

 

 パチパチと薪の爆ぜる音だけが、小さな安地部屋に響く。

 

 ひとつため息をつき、どうして自分はこんなところに座っているのだろう、と自問する。

 あの地獄のようなボス戦が終わったあと、他の攻略組に混ざって六層に上がらず、独り迷宮区を降りる決断をしたのは一体何故だろう。ちょっと記憶にないほど居心地の悪い──最大限ぼかした表現──空気だったから、或いはただただ一人になりたかっただけかもしれない。

 

 当て所なく迷宮区を彷徨った。モンスターとの戦闘で死にかけたのも一度や二度ではない。霞がかった頭で、このまま燃え尽きるように死ぬのも良いとさえ思っていた。

 この浮遊城はクリア可能なゲームなどではなく、プレイヤーを苦しめる拷問部屋に過ぎない。真綿で首を閉められ続けるならいっそ、モンスターと戦い、戦い、戦い続けた果てに倒れる事こそが、唯一解にして最適解なのではないか。

 

 馬鹿らしい。

 本気でそう思っているなら、わざわざ安全地帯まで来て、味気ない回復ポーションを啜ってなどいない。

 ならば自分は本気で生きたいと思っているのか?それも違うだろう。

 結局これは八つ当たりのようなものだ。もう何も考えたくない。剣を振ってさえいれば、頭の中を空にできる。剣を振ってさえいれば、空白を感じずにすむ。

 あの破砕音を思い出さずにすむ。

 

 揺らめく炎を見つめていると張りつめた思考はほぐれ、物思いが顔をのぞかせる。

 私はどうすればいいの?

 私はどうやって、何を支えに生きていけばいいの?

 誰かに怒鳴りたくて、すがり付きたくて、子供みたいに喚き散らしたくて。

 包み込むように護ってくれる人は、もう、いない。

 

「おねえちゃん、泣いているの?」

 

 私、泣いている?

 頬に触れても滴はないけれど、なぜか自分は泣いているのだと納得がいった。

 ほんのすこしだけ、心が軽くなった気がする。

 

「ええ……ええ。悲しいことがあったの。とても、悲しいこと」

 

 自分でも意外なほどに、言葉がすっと出てくる。

 

「……あなたはどうしたの?家はどこ?」

 

「いえ?」

 

「帰る場所は、あるの?」

 

「帰るばしょ……往くとこ?わかんない……」

 

「……どうやって、こんなトコまで来たの……?」

 

「わ……わかんない。何も……」

 

「そう……私と一緒だね」

 

 初めて見たときは気にもしなかったが、少女の着ているワンピースは冬の迷宮区には不釣り合いなほど寒そうだった。

 アスナはなぜ自分があのような言葉を発したのか、後になって振り返っても、答えは出せなかった。

 

「ねえ……えっと、名前。なんて言うの?」

 

「ユイ……。ユイ。わたしの、名前」

 

「うん、ユイちゃんね。私の名前はアスナ」

 

「アスナ……おねえちゃん?」

 

「ええ、そう。ねえ、ユイちゃん。その……」

 

 

 

「私と一緒に来ない?」

 

 

 もしかしたら。

 もしかしたら、彼女と一緒にいれば、彼女を護ることを目標にすれば、自分はまだアンクラッドで生きてゆけるかもしれない。

 それは壁に空いた穴を有り合わせのもので埋めるようなものかもしれない。致命的で不可逆的なひび割れから目を逸らしながら、だましだまし過ごすようなものかもしれない。でも多分、人生ってそういうものだ。

 アスナも、アスナの相棒も、自分に空いた穴をお互いで塞ぎあいながらここまで上ってきた。彼女は例え自分が消えたとて、アスナが崩れるのをよしとしないだろう。

 

 ──あなたは、生きて

 

 思い出さないよう必死にこらえていた、最後の言葉が響く。

 彼女の言葉の意味が、彼女が最後に笑った理由が、少し分かった気がした。

 ようやく自分の心音が聞こえてきた。

 なぜならそれは多分、

 

「……うん!」

 

 ユイのこの笑顔を見れば、きっと彼女も笑ってしまうだろうから。

 

 そうだよね、ミト。

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