SEKIRO: SHADOW DIES AGAIN, in KIVOTOS   作:まーぼーどーふ

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感想・評価・コメント等、ありがとうございます!

それと一応補足しておきますと、第2話の最後にて狼は『謎の女』に死体を遺棄される際に義手忍具の多くを奪われ、バラ撒かれています。
前の話で出てきた火吹き筒はそのバラ撒かれた義手忍具の一部であるというわけですね。
現在狼が持っている&持っていない義手忍具は以下の一覧です。
持っている:『手裏剣』『仕込み斧』『爆竹』『仕込み槍』『火吹き筒』
持っていない:『錆び丸』『仕込み傘』『霧がらす』『神隠し』『指笛』

※第6話のタイトルを変更しました。



急襲

 

狼とミコが、この奇妙な学園都市の廃校舎に身を寄せてから、数週間の時が流れていた。

 

童たち───忍術研究部の面々との暮らしは、酷く騒がしく、そして温かい。

 

彼女らと共に過ごす時間は、かつて荒れ寺で仏師や薬師のエマと過ごした、あの微かな安寧に似ていた。

 

だが、忍びの平穏など、常に薄氷の上にある。

 

ミチルが『火吹き筒』の動画を世に放った、その翌夜のこと。

 

カラン、コロン。

 

宵闇の静寂を破り、部室へと続く廊下から、下駄の音が響いてきた。

 

(……妙だ)

 

足音には、一切の迷いがない。

 

真っ直ぐに、この部室を目指している。

 

その歩法から、只者ではない気配が漂っていた。

 

「ミコ様」

 

「……はい」

 

言葉は不要であった。

 

狼は即座に立ち上がり、ミコの細い体を抱き寄せる。

 

そして音もなく跳躍し、天井に空いた大穴から、上の階へと身を隠した。

 

「えっ? お、狼殿?」

 

突然の二人の不可解な行動に、ミチルが間の抜けた声を上げる。

 

何事かとイズナとツクヨも目を丸くするが、天井の暗がりから狼が鋭い視線を送ると、三人も直感的にただならぬ気配を察し、息を潜めた。

 

直後、部室の立て付けの悪い戸が、からりと開く。

 

「にゃは。夜分遅くに失礼しますよぉ」

 

現れたのは、和装に身を包み、鉄扇を口元に当てた少女。

 

陰陽部部長、天地ニヤであった。

 

「げっ……ニ、ニヤ!?」

 

ミチルが、あからさまに嫌そうな顔を引きつらせる。

 

どうやら、古くからの顔見知りであるらしい。

 

「冷たいですねぇ、ミチル部長。折角の忍術研究部の大躍進、お祝いに来てあげたのに」

 

「お、お祝いって……なんのことかなぁーアハハ……」

 

「あの動画ですよぉ。火を噴く義手の、大人の男。……いやぁ、特ダネでしたねぇ」

 

ニヤの糸目が、弧を描く。

 

だが、その奥には氷のような冷徹な観察眼が潜んでいた。

 

上の階の暗がりから、狼は息を殺して眼下を見下ろす。

 

探りを入れてきたか。

 

(狼殿たちが隠れている穴、バレたらマズいのでは……!?)

 

(隠さなきゃ、ですね……!)

 

狼たちの存在が露見することを危惧したイズナとツクヨは顔を見合わせる。

 

いざという時に誤魔化そうと、二人は音を立てずに天井の穴の真下へと移動し、不自然に並んで立ち塞がった。

 

ニヤの飄々とした話術。

 

蛇に睨まれた蛙の如く、ミチルの言葉はしどろもどろになっていく。

 

「あ、あれはCG! そう、高度な合成術ってやつで……!」

 

「へぇ、合成、ですか。陳腐な編集───いや、時には編集すらされていない動画を投稿するあなたが、あんな鮮明な合成を?」

 

ジリ、とニヤが歩み寄る。

 

「それに……もし合成だというのなら、何故彼女たちは、そんなに強張っているんですかねぇ?」

 

ニヤの視線が、部屋の奥へと向けられた。

 

そこは、奇しくも狼たちが潜む天井の穴の、真下。

 

誤魔化そうと、イズナとツクヨがそこに立つ姿。

 

だが、それが完全に裏目に出ていた。

 

「あ、あわわ……」

 

ツクヨは巨体を縮こまらせて震え、イズナに至っては、狐の耳と大きな尻尾が、恐怖と緊張でピンと逆立っている。

 

誰の目にも、そこに『何かがある』と叫んでいるようなものであった。

 

分かりやすすぎる。

 

狼は内語する。

 

殺気すら隠せぬ未熟さ。だが、それが彼女たちの良さでもある。

 

「例えば……その穴の先に、とびきりの隠し事がある、とか?」

 

ニヤが、核心を突く。

 

鉄扇を閉じ、コツリ、と下駄を鳴らして、穴の真下へと歩み寄ってきた。

 

万事休す。ミチルが絶望に顔を覆う。

 

狼は、音もなく楔丸の柄に手をかけた。

 

正体を暴かれれば、斬るしかない。

 

ミコ様を守るためならば、この童とて例外ではない。

 

だが、その刃が抜かれるよりも早く。

 

ピクッ、と。

 

イズナの狐耳が、あり得ない方向へと傾いた。

 

 

 

カチ。

 

カチ。

 

ピー。

 

 

 

極度の緊張の中、イズナの研ぎ澄まされた聴覚が、床下から微かに響く異音を捉えた。

 

それは、木造の廃校舎には絶対にあるはずのない、無機質で、冷たい機械音。

 

かつて、悪党らが用いていた『爆弾』の起動音に酷似していた。

 

「……ッ!!」

 

イズナの顔色が一瞬にして蒼白になる。

 

「伏せてぇぇっ!!!」

 

その悲痛な叫びが、部室に木霊した瞬間。

 

轟音。

 

圧倒的な熱と爆風が、床を下から突き破った。

 

「きゃあああっ!?」

 

「なっ……!?」

 

紅蓮の炎が吹き荒れる。

 

古い廃校舎は、その激しい衝撃に耐えきれず、断末魔のような軋み声を上げた。

 

ドォン! ズガガガガッ!

 

あちこちで連鎖的に起こる爆発。

 

床が抜け、壁が崩れ落ちる。

 

爆破、だと!?

 

狼は、崩落する床板の上でミコを抱き抱え、姿勢を低くした。

 

舞い上がる粉塵。

 

視界を奪うほどの、爆煙。

 

「狼っ……!」

 

ミコが、狼の胸に顔を埋める。

 

夜空を覆う星々が、崩れ去る屋根の隙間から、無残にも顔を覗かせていた。

 

容赦のない殺意。

 

これは、単なる脅しではない。確実に、この場にいる者全てを一網打尽にするための、苛烈な死の罠であった。

 

ズガァァァァンッ!!

 

最後の大爆発が、ついに廃校舎の屋台骨を完全にへし折る。

 

上階から、崩落した巨大な梁や瓦礫の雨が容赦なく降り注いできた。

 

「……ぐぅっ!」

 

ミコを庇い、覆いかぶさるようにうずくまる狼の背を、巨大な瓦礫が容赦なく叩き潰す。

 

メシャリ、と。

 

肉と骨がひしゃげる、致命の音。

 

忍びの強靭な肉体をも容易く砕くその重圧に、狼の口から大量の血が吐き出された。

 

「お、狼……っ!? あ、ああ……!!」

 

ミコの悲痛な叫びも虚しく、崩壊は止まらない。

 

下の階にいたミチルたち、そしてニヤの姿も、瞬く間に土煙と瓦礫の山に呑み込まれていく。

 

圧倒的な破壊の連鎖。

 

全てが崩れ落ちる中、狼の意識は、腕の中のミコの温もりを残したまま、ひた闇へと沈んでいった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

もうもうと立ち込める土煙。

 

焼け焦げた木材の臭いと、むせ返るような粉塵の中を、一枚の漆黒の羽が舞い落ちる。

 

烏の羽。それが瓦礫の山に静かに着地したのを見届け、粉塵の向こう側に立つ影が、短く呟いた。

 

「……()()()()()

 

その呟きは、崩壊の余韻に掻き消されていく。

 

「あ……ぁ……」

 

崩落した廃校舎の残骸。その凄惨な瓦礫の山から、小さな身体が這い出した。

 

竜源ミコである。

 

彼女の身体は、先程までの凄まじい破壊の中心にいたにも関わらず、無傷であった。

 

だが、その衣服と白磁のような肌は、酷く赤黒い液体で塗れている。

 

「……あぁ、ああ……っ」

 

血だ。

 

自分の血ではない。自分を庇い、その背にすべての重圧と死を背負った、ただ一人の忍びの血。

 

ミコの心の中で、堰を切ったように感情が氾濫する。

 

つい数分前まで、確かにそこにあった温かい時間。

 

ミチルが笑い、イズナが騒ぎ、ツクヨが微笑み、狼が静かに見守っていた。

 

そして、ツクヨと共に作った、不格好な、けれど温かいおはぎの味。

 

自分たちを包んでいた、あの他愛のない、けれど何よりも尊かった日常。

 

それが、一瞬にして瓦礫の下へと消えた。

 

「ミチル、さん……! イズナさんっ! ツクヨさん……!」

 

絶望に暮れ、ひび割れた声で名を呼ぶ。だが、瓦礫の山は沈黙したままだ。

 

そして、何よりも。

 

自分の足元で、完全に事切れている狼の姿が、ミコの心を粉々に打ち砕いた。

 

自分が生き延びるために、大切な人の命を犠牲にしてしまった。

 

「すまないっ狼……すま、ない……っ」

 

ミコは、血溜まりの中に崩れ落ちる。

 

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

 

消え入りそうな声で咳き込みながら、ただひたすらに許しを乞う。

 

五百年の孤独よりも深い絶望が、彼女の胸を締め付けていた。

 

だが、そんな彼女の慟哭を断ち切るように、ザッ、と瓦礫を踏みしめる足音が響いた。

 

「……やはり、噂通りか」

 

粉塵の向こうから、人影が歩み寄ってくる。

 

丈の長い袴、腰に差した刀、そして背に負った大弓。

 

キヴォトスの生徒としては明らかに異質な、古の武者の如き出で立ちの少女であった。

 

少女は、血に塗れながらも傷一つないミコを見下ろし、感嘆の息を漏らした。

 

泣いている場合ではない。

 

ミコは震える足を叱咤し、よろめきながらも立ち上がった。

 

この惨劇を引き起こした元凶。大切な人たちを奪った敵から、目を逸らすわけにはいかない。

 

「あなたは……誰、ですか……!」

 

血を吐くようなミコの問いに、少女は淡々と答えた。

 

「俺は、葦名ミツル」

 

俺、というひどく寡黙で、冷徹な声。

 

葦名。その名に、ミコは息を呑む。狼が語っていた、かつての故郷の名。

 

「葦名の再興……そのために、お前の持つ『不死』が必要だ」

 

ミツルは、ミコを真っ直ぐに見据え、言い放つ。

 

「俺と、不死の契りを交わせ」

 

強要。

 

それは、弱き者から全てを奪い去る、強者の傲慢であった。

 

「……お断り、します」

 

ミコは、血に塗れた拳を固く握りしめた。

 

不死の苦痛。

 

死ねないという呪いが、どれほど人の心を歪め、尊厳を奪い、絶望の淵へと叩き落とすか。何百年間も、冷たい牢の中で、蟲を食らいながら生き延びてきた彼女が、一番よく知っている。

 

「あの苦痛を……呪いを……! これ以上、広めるわけにはいかない……っ!」

 

たとえ己の命がどうなろうと、それだけは断じて認められない。

 

ミコの瞳には、決して屈せぬという確かな意志が宿っていた。

 

「……そうか」

 

ミツルは、短く吐息する。その顔に、感情の色はない。ただ、己の成すべきことを成すという、冷酷なまでの使命感のみがある。

 

「ならば、無理矢理にでも連れて行くまで」

 

ミツルが、腰の刀の柄に手をかけ、ミコへと歩み寄る。

 

もう、誰も助けてはくれない。

 

逃げることも叶わない。

 

ミコが、その残酷な運命を甘受しようと、強く目を閉じた、その時。

  

ドクンッ、と。

 

あり得ないはずの鼓動が、瓦礫の下から響いた。

 

「……なに?」

 

ミツルが、警戒して足を止める。

 

桜色の、淡い光。

 

死の澱みを打ち払うかのように、瓦礫の隙間から、その光が漏れ出していた。

  

「……ッ!」

 

ミコは、信じられないものを見る目で、それを見た。やはり、あの牢で見た景色は幻ではなかったのだと。

 

ミツルもまた、僅かに目を見張る。

 

粉塵と瓦礫の中から、血に塗れた隻腕の男が、ゆっくりと立ち上がったのだ。

 

回生。

 

主の血を与えられし忍びは、その使命を果たすまで、何度でも黄泉の淵から這い上がる。

 

「……貴様が、契りを」

 

ミツルが、油断なく刀の鯉口を切る。

 

狼は、全身の骨が軋む痛みを無視し、右手の楔丸を静かに抜き放った。

 

そして、ミコを背に庇うように、ミツルとの間に立ち塞がる。

 

「……ミコ様は、やらぬ」

 

死線を超えた忍びの眼光が、冷徹な刃となってミツルを射抜く。

 

夜風が、再び粉塵を巻き上げる。

 

血に塗れた廃墟の跡地にて、二つの葦名の剣が、今、静かに交えられようとしていた。

 





『黒烏の遺し羽』

瓦礫の山に舞い落ちた、一枚の黒羽

人肌のような暖かみが残っており、
何者かが、この場に潜んでいた証である

その羽は、北の薄井の森に棲むという、
霧がらすの羽によく似ている

捕まえたと思っても、羽が残るばかり

姿を見せず、策を弄し、
破壊の後に嘲笑うように舞うそれは、
間違いなく其処に、在ったのだ



◇◇◇



『回生』

主の血を与えられし忍びに宿る、不死の力
命落とそうとも、黄泉の淵から這い上がり、
再び刃を握ることができる

かつて自刃によって断ち切ったはずの命であった
だが、暗い牢の底で新たな主と契りを交わしたことで、
桜色の澱みは、再び狼の血脈に宿っていた

主を護り、その望みを叶えるため、
たとい幾度死のうとも、忍びは蘇る
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