SEKIRO: SHADOW DIES AGAIN, in KIVOTOS 作:まーぼーどーふ
洞窟を抜けると、どうやら大木の根本らしき処に出てきた様だった。
足元には、大木が落とす影に桜の花弁が散らされている。
今でも上空から舞い落ちる花びらを辿るように目線を上げると、見える夜空の半分が、途轍もない大きさの桜花に覆われていた。
「これは………」
源の宮でも見た事のないくらいの、思わず恍惚するほどの美しく雄大な幹。桜で雲を象ったらこうなるだろうと思える、常識の埒外の花の実り。
己が魂が吸われそうになるほどに見とれそうになるそれから目を背けて夜空を見上げると、奇妙な晄輪が大きく浮かんでいることに気が付いた。
「あの輪は……なんだ……?」
何故空に輪が浮かんでいるのか。少なくとも葦名にはあのような輪は無かった。地獄、あるいは異国の地ならば、あの輪が在る事が常識なのか?
見上げ、しばらく思案に耽っていると。
「おいお前、ここで何してる」
不意に声をかけられ、女子らしき声のする方を見向くと、珍妙な面───葦名の天狗も着けていたが如くだ───に黒紫の縦縞装束に身を包んだ
その何かとは、蛇の目、あるいは内府の兵が用いてただろう火銃に似ている。だが、全体が黒く塗りつぶされており、絡繰りじみた外観をしていた。
このままでは撃たれる。
そう確信した狼はすぐさま楔丸を引き抜き、童に対し構えを取った。
「なんだお前、抵抗する気なのか? ていうか刀? 銃は持ってないのか?」
狼が構えると、次第に声に訝しみが表れてくる。
疑いの気を露わにする童に注視すると、彼女の頭上にも、奇妙な晄輪が浮かんでいる事に気付いた。
「……まあいい、質問に答えろ。さもなくば撃つ………お前は誰だ?どこから来た?」
そんな事も束の間、童の一声により一触即発の空間が訪れる。
主導権を握るのは童。否定すれば戦が始まるこの場で、
「……言えぬ」
童が引き金を引き込んだ。
甲高く連続する銃声。続く音は狼の呻き声かと思われた。
だが、
キキキィン
「……は?…嘘だろお前」
葦名流。それは、攻撃を受けるのでなく、水の如く受け流す。
童の眼前には、高速で飛ぶ鉛玉を弾き流した忍びが立っていた。
「な、な……なんなんだよおまえええぇ!!!」
銃は刀より強し。そう思い込んでいた童は半狂乱に陥り、無闇に弾を乱れ撃つ。
一方の狼は冷静に、童から流れ出る僅かな殺気を気取り、咄嗟に忍義手を振り下ろし、忍具を付け替え、烏羽を散らして構を取る。
今度こそ命中する。
童がそう確信した乱射はいつの間にか狼が残した烏羽の影に消え、気付いた時には童は背後を取られていた。
「えぅゔッ───」
「お命、頂戴致す」
叩き切られる童の背。刃が刻む傷は異に浅かったが、熟達した忍びの攻めに童は体勢を崩さざるを得なかった。
刹那見える、致命的な隙。
童の命を成す箇所がありありと見え、隙を逃すことなく、狼はそこに己が刀身を刺し貫いた。
筈だった。
「……っ!? 刃が……!?」
「へへっ……んだよ大した事ねぇなぁ?」
貫きは浅く、殺しには至らず、逆に狼の唯一の牙である楔丸が童の身体に捕らわれてしまった。
致命的な隙が───ただし此度は狼に現れる。そして、
「死ね!!!」
引き抜こうと思うがその瞬間、童が背面に放った鉛玉が悉く狼の顔面を蜂の巣にし、辺りに根を張る桜の樹面を血染めに変えたのだった。
◇◇◇
「…………えっ………血?」
正気が戻り気付いた時に、童は初めて自分が何をしてしまったかを理解した。
「お、おい、おい、ねぇ!!」
血の源流に直ぐに駆けつける童。
「い、生きてる、よな? 死んでる訳ないよな!?おい返事しろよ!!!」
男の頭は、見るも無惨な穴だらけだった。
「う……うそだよ、うそうそうそだって………!!」
背中の痛みも忘れ、大きく叫ぶ。
自らの過ちが信じられなかったのだ。
「だって……だって!!知らなかったんだよこんなの!!!!」
「あぁ、そうだ。お前は知らなかったのだ」
そこで、何者かからか声をかけられる。
この死体の怨念なのだろうか?
だとしたら……
「やめて!!呪わないで!!!ごめんなさいごめんなさい………」
「私を誰だと勘違いしている?」
「えっ………」
死体から目を背け、声がする方を向く。
「私だ」
「ざ、座長?」
殊に長く靡く白髪を纏め、床に届くまで伸ばした天狗の面が一人。
「いかにも。我ら魑魅一座・孤影流の此度の目的を忘れたのか?」
魑魅一座・孤影流、その座長とやらが童、もとい座員に叱咤していた。
「えっ……でも、わ、私は人、多分キヴォトスの外から来た人を殺しちゃって……」
「……これは殺しではない。ただの事故だ」
「……えっ?」
「我らの目的は御神木周辺の不審者を取り締まる事。その不審者が偶々キヴォトス人ではなかった。それだけだろう?」
言いながら、座長は徐に狼の遺体に近寄る。その後ろ姿に座員は声を上げた。
「……でも!あの方に報告しなければ!」
「…………知らなければ無かったも同然」
「……揉み消す、って事ですか」
「ああ、だからお前は人殺しではない。誰も知らなかったのだ、此処での人死になど」
「わ、私は………わ、たしは………」
遺体漁りをする座長に言い淀む座員。
だが、これ以上の言葉は出なかった。殺しを犯した事は無かった事にしたかった。忘れたかった。それが本心だった。
「お前は背中を手当てした後、別の場所の巡回に当たれ。こいつは私が処理する」
「…………わかりました」
だから座長に従った。罪を消してくれるなら、と。
そして彼女は、宵闇に消えていった。
◇◇◇
百鬼夜行連合学院・辺境の雪地にて───
死に絶えた男を背負い、雪に足跡を残す者がいた。
「存外に、容易いものだな。大人というのは」
「それはそうと、此奴が持っていた珍妙な品……義手は取り外せなかったが、それ以外は金に成りそうな品が多かったな……金貨、奇怪な羽、鉄団扇……」
「くくっ……これで当分、あの雌猫から離れて活動できよう。我らが奴の懐刀というのに、金を渋りおって」
ぶつぶつと独りごちながら、暫く歩き、辿り着いたのは棄て井戸らしき穴の側。
彼女は一度男を下ろし、最後に男の懐を物色する。
「刀が二振り………鞘も寂れているな。愛好家にも売れん、値にはならんだろう」
「………二度とその顔を見る事はないだろうな」
「まさに、犬死に、というわけか」
そして、男に見切りをつけ、刀ごと男を穴に投げ棄てた。
『霧がらす』
霧がらすの羽を仕込んだ義手忍具
構えた状態で攻撃を受けると、
霧のように瞬時にかき消え、移動する
葦名より北に離れた薄井の森には、
正体掴めぬ烏が棲む
捕まえたと思っても、羽が残るばかり
それが霧がらすである
◇◇◇
『キヴォトス人』
狼が流れ着いた地、キヴォトスに住む、
頭上に晄輪を頂く女童
どこか懐かしく、馨しき香りがする
貫く攻撃、とりわけ銃弾に対して、
高い耐性を持つ
赤目ならまだしも、
よもやここまで傷つけられぬとは
忍びの殺しを、更に研ぎ澄まさねばならぬ