SEKIRO: SHADOW DIES AGAIN, in KIVOTOS 作:まーぼーどーふ
感想・評価・コメント等、ありがとうございます!
続きを待っていてくださる人がいて本当に感謝しかないです。
これからもボチボチ更新していきます。
それはそうとドレスイズナいつ来るのかな……
カチリ。
カチリ。
油の匂いと、鉄が擦れる微かな音。
廃校舎の裏手に広がる雑木林、その木漏れ日の中に、独り座する男がいた。
隻腕の狼。
彼は左手の義手を外し、丹念に手入れを施していた。
バネの具合、紐の緩み、絡繰りの噛み合わせ。
命を預ける相棒ゆえ、その点検に余念はない。
数日が過ぎた。
あの騒動の後、ミチルの厚意により、狼とミコは廃校舎での寝泊まりを許されていた。
彼女らの好意は温かい。
だが、それは同時に、狼にとって現状が「居候」であることを意味していた。
忍びが、童に養われている。
かつての葦名であれば、恥辱と断じられたやもしれぬ。
だが、背に腹は代えられぬ上、ここにはここの「掟」があるらしい。
『狼殿、あまり外には出ないでね? こっちじゃ大人の男の人は珍しいから、すっごく目立っちゃうから……』
ミチルの忠告である。
目立つということは、即ち敵を呼び寄せるということ。
ミコの正体───その血に宿る「不死」の力。
それを嗅ぎつける輩が、この奇妙な都市にも潜んでいる可能性は否定できない。
ゆえに、狼は人の目のつかぬ早朝や、こうして人気のない林で時を潰し、牙を研ぐ日々を送っていた。
平和な刻だ。
鳥の囀り、風に揺れる葉音。
血の匂いも、硝煙の臭いもしない。
ふと、狼の手が止まる。
研ぎ澄まされた感覚が、背後の殺気───否、もっと稚拙で、しかし真っ直ぐな気配を捉えたからだ。
「───イズナ流忍法ッ!!」
頭上からの奇襲。
色鮮やかな花弁と共に、小さな影が降ってくる。
狼は振り返りもせず、ただ上体を僅かに逸らした。
ブンッ
空を切る苦無。
影は地面に着地するや否や、バネの如き動きで追撃を仕掛けてくる。
「まだまだぁっ!!」
繰り出される連撃。
小柄な体躯を生かした、獣のような体術。
だが、狼にとっては、止まって見えるに等しい。
右、左。
最小限の動きでいなし、時には義手の硬い部分で受け流す。
「たぁぁぁっ!!」
渾身の回し蹴り。
狼はそれを、左手一本で軽々と受け止めた。
「……」
「ぬぐぐぐぐ……!」
足を掴まれたまま、服を抑えながら空中で藻掻く影。
狐の耳と、太い尻尾を持つ少女───イズナであった。
「……今日で、幾度目だ」
狼は呆れたように吐息し、イズナを地面へと下ろす。
ここ数日、彼女は隙あらばこうして狼に挑みかかってきていた。
「むぅぅ……また防がれました! 流石は狼殿、鉄壁です!」
悔しげに耳を伏せるイズナ。
だが、その瞳に諦めの色はなく、むしろ爛々と輝いている。
狼は、ふと疑問を口にした。
「……何故、挑む」
実力差は歴然。
赤子と大人ほどの開きがあることは、彼女自身が一番理解しているはずだ。
それでも、イズナは挑んでくる。
いなされ、投げ飛ばされ、息を切らしても、翌日にはまたこうして向かってくる。
その原動力は、何処にあるのか。
イズナは、土埃を払いながら、真っ直ぐに狼を見上げて言った。
「それは、イズナが忍者だからです!」
「忍者……」
「はい! 忍者は決して諦めないのです! 相手がどんなに強くても、どんなに高くても、修行して、工夫して、いつか飛び越えてみせるのが、忍者なのです!」
彼女は拳を握りしめ、青空に向かって宣言する。
「イズナは、キヴォトス最強の忍者を目指しているのです! だから、いつか必ず……狼殿のような、ううん、狼殿以上のすごい忍者になってみせます!」
「……」
俺を超える、か。
その言葉が、狼の古き記憶を呼び覚ました。
かつて。
まだ己が、ただの「飢えた狼」であった頃。
巨大な背中があった。
義父、薄井の梟。
恐ろしく、強大で、そして誰よりも忍びであった男。
『強くなれ、狼よ』
その背中を追い、いつか超えてみせると、血反吐を吐きながら修行に明け暮れた日々。
そして、主・九郎への忠義。
どれほどの強敵が立ちはだかろうと、何度殺されようと、決して折れずに立ち向かった戦いの日々。
(……似ているな)
姿形は違えど、その根底にある「芯」は、同じだ。
狼は、目の前の小さな狐の中に、かつての己と、忍びとしての純粋な魂を見た。
「狼殿……」
イズナが、もじもじと指を合わせながら、上目遣いに言った。
「あの、その……だから、お願いがあるのですが……」
「……なんだ」
「し、修行を! つけていただきたいのです! 狼殿のその、神業のような体術を、是非イズナにご教授を……!!」
勢いよく頭を下げるイズナ。
その尻尾は、期待と不安で激しく左右に揺れている。
狼は腕を組み、思案した。
己の剣は、葦名流。そして忍びの技。
それらは全て「殺す」ための技術である。
平和なこの地で、童に教えるべきものではない。
だが。
「……殺し技は、教えられぬ」
「あぅ……」
「だが、身を守るための体術、心身を練る拳法ならば、見せることはできる」
「ほ、本当ですか!?」
パァッと花が咲いたような笑顔になるイズナ。
狼が思い浮かべたのは、かつて相見えた求道者たちの技。
仙峯寺拳法。
法は失われ、僧らは堕落したが、その拳の理ことわり自体に罪はない。
功徳を積み、己を高めるための拳。
それならば、この真っ直ぐな少女に相応しかろう。
「……よく見ておけ」
狼は静かに構えを取る。
◇◇◇
「……拳を」
狼が拳を突く。
「……こう、だ」
踏み込み、掌底を放つ。
「相手がこう来るならば、こうして、こう弾く」
「はいっ! シュッとして、グッ、ですね!?」
「違う。もっと、こう……ぬるり、と動くのだ」
「ヌルリ……こうですか!?」
「うむ。……そこで、こう、だ」
「こう、ドンッ!! ですね!」
……端から見れば、奇妙な光景であった。
林の開けた場所で、無表情な男と、狐耳の少女が、擬音と代名詞だけで会話しながら拳を振るっている。
狼は、言葉で理屈を説くのが不得手であった。
感覚で覚え、身体に叩き込んできた男ゆえ、教え方もまた、極めて感覚的になる。
だが、奇跡的と言うべきか。
イズナもまた、理屈より感覚で動く質の者であった。
「……今の動き、分かったか」
「はい! 背中で風を感じて、雷のように落とす……ですね!」
「……筋が良い」
狼の拙い指導を、イズナはスポンジが水を吸うが如く吸収していく。
その様子を、少し離れた木陰から、ミチルたちが眺めていた。
「……ねえツクヨ、ミコちゃん。あれ、会話成立してるの?」
ミチルが呆気に取られた顔で呟く。
「え、えっと……イズナちゃん、楽しそうですし……通じているんじゃ、ないでしょうか?」
ツクヨも困惑気味だ。
ミコだけは、握り飯───今日の昼餉だ───を頬張りながら、微笑ましそうに二人を見ていた。
「……狼があんな顔をするのは、初めて見ました」
「え? ずっと無表情だよ?」
「いえ……あれは、楽しんでいる顔です。きっと」
◇◇◇
陽が傾き、空が茜色に染まる頃。
「はぁ、はぁ……!」
イズナは地面に大の字になって息を切らせていた。
全身泥だらけだが、その顔は晴れやかだ。
「……今日はここまでだ」
狼もまた、僅かに汗を滲ませていた。
「ありがとうございました……! 狼殿、師匠!」
「……師匠はやめろ」
「えへへ……でも、凄いです。身体が、今までより軽く感じます!」
起き上がり、教わったばかりの型を繰り返すイズナ。
その動きには、既に微かながら「芯」が通り始めていた。
狼は、その小さな背中を見つめる。
誰かに物を教えるなど、柄ではない。
だが、己の技が、経験が、こうして次の者へと受け継がれていく感覚は、悪くなかった。
かつての義父も、幼き自分を見てこう思ったのだろうか。
あるいは、もっと冷徹な計算があったのか、それは今となっては分からぬ。
だが、今ここにある、師弟の真似事のような時間は、確かに温かいものであった。
「……精進せよ」
「はいっ!!」
夕陽の中、二人の影が長く伸びていた。
『青春の記憶・久田イズナ』
心中に息づく、生徒との青春の記憶
久田イズナ、百鬼夜行連合学院忍術研究部
その部員である
イズナは、キヴォトス最強の忍者を夢見ている
その夢は周囲に理解され難いものであったが、
彼女のひたむきさは、本物である
狼殿!
彼女が呼ぶその声は、
かつて孤独な狼が聞いたことのない、
陽だまりのような響きを持っている
◇◇◇
『仙峯寺拳法』
伝書に記された仙峯寺拳法の技
それを狼がイズナに伝えたもの
仙峯寺の拳法は、本来、
法を悟り、功徳を積むための武術であった
しかし、いつしか法は失われ、
寺の者たちは不死の探求に魅入られ、
その拳もまた、殺傷の道具へと歪んでいった
されど今、異国の地にて
無垢な少女がその型を振るう時
拳は本来あるべき姿へと、還りつつあるのかもしれない
◇◇◇
狼とイズナは感覚派だと思うのが私なんですよね。