SEKIRO: SHADOW DIES AGAIN, in KIVOTOS 作:まーぼーどーふ
感想・評価・コメント等、ありがとうございます!
特に感想、たくさん書いていただきビックリしました。めちゃめちゃ嬉しいです。
ツクヨといえばですが、前のドレスイベント良かったですね。なんて美しい衣装なのだ……
廃校舎に、穏やかな午後の陽射しが差し込んでいた。
ミチルとイズナは、動画の企画会議と称して、廊下で手裏剣の的当てに興じている。
その喧騒を遠くに聞きながら、ミコは、部屋の隅で洗濯物を畳んでいた長身の少女───ツクヨに声をかけた。
「その……ツクヨさん、狼が好きなものって何か知っていますか?」
「えっ……?」
突然の問いかけに、ツクヨはビクリと肩を震わせ、大きな瞳をぱちくりとさせた。
「狼さんの、好きなもの、ですか……?」
「はい。……その、いつも私のために頑張ってくれているので、何かお礼がしたいと思いまして」
ミコは俯きがちに、指先を弄る。
何百年の時を孤独に過ごしたミコにとって、誰かに贈り物をするという行為は、未知の領域であった。
ましてや相手は、あの寡黙な忍びである。
何を贈れば喜ぶのか、見当もつかなかったのだ。
「えぇっ、私はそんなに詳しくは……あの、その……」
ツクヨは困ったように眉を下げ、視線を泳がせる。
彼女にとっても、狼はまだ「少し怖いけれど頼りになる人」という認識であり、その嗜好までは把握していなかった。
「あっ」
ふと、ツクヨが小さな声を上げ、ポンと手を打った。
「どうしました?」
「あ、あの……そういえば、イズナちゃんが言っていました! えっと、修行の休憩中に……」
ツクヨは記憶の糸を手繰り寄せるように、人差し指を口元に当てる。
「狼さんは、甘いものが好きだそうです。特に……おはぎ、とか」
「おはぎ……?」
「はい。イズナちゃんが持っていたお菓子をあげたら、それはもう、凄い速さで食べたとか……あ、あと、『おはぎがうまかった』って、遠い目で呟いていたそうですよ」
おはぎ。遠い昔聞いたことがある。もち米を餡子とやらという甘味で包んだお菓子だと。以前、ツクヨと百鬼夜行の繁華街に出かけた時に食べたが、それはもう大層美味しいものだった。
(そうですか……狼は、おはぎが……)
ミコの表情が、パァッと明るくなる。
「ツクヨさん! おはぎというのは、どうやって作るのですか?」
「えっ、つ、作るんですか!? えっと、もち米と、あんこがあれば……」
「作ってみたいです。狼に、お腹いっぱい食べさせてあげたいんです」
ミコの瞳に宿る、純粋な熱意。
あの美味さを、自分が味わったあの味を、狼にも味わわせてあげたい。
それに押されるように、ツクヨはおずおずと、けれど優しく微笑んだ。
「……わかりました。家庭科室に、確かお米の買い置きがあったはずです。一緒に、作りましょうか」
◇◇◇
給湯室を兼ねた小さな調理場に、湯気が立ち込める。
炊きあがったもち米の、甘く芳しい香り。
「あ、あちちっ……!」
「ミ、ミコちゃん、大丈夫ですか!? 無理しないでください、私がやりますから……!」
すり鉢でついた米を丸めようとして、ミコは指先の熱さに悲鳴を上げた。
不器用だ。
自分でも嫌になるほどに。
牢獄で蟲を捕まえることには長けていても、繊細な料理の手順など、ミコは知る由もない。
丸めようとした米は、指にべっとりと張り付き、無惨な形に崩れていく。
対して、ツクヨの手際は見事なものだった。
「……失礼します」
彼女は大きな手を水で濡らすと、熱々の米を掌に取る。
彼女の手の中で瞬く間に美しい楕円形が形成されていく。
「凄いです、ツクヨさん……」
ミコが感嘆の声を上げると、ツクヨは恥ずかしそうに身体を縮こまらせた。
「そ、そんなことないです……私、体ばかり大きくて、手もこんなに大きいから……」
ツクヨは作業の手を止め、自分の掌を見つめる。
「細かい作業とか、可愛らしい盛り付けとか、本当は苦手で……自分でも、嫌になっちゃいます。もっと、ミコちゃんみたいに小さくて可愛い手ならよかったのに……」
その言葉には、長く彼女を縛り付けてきた悩みの影が落ちていた。
大きすぎる身体。
目立ってしまう容姿。
それは彼女にとって、常に悩みの種であり続けてきたのだ。
けれど。
「……いいえ」
ミコは、首を横に振った。
そして、米粉にまみれた自分の手を、ツクヨの大きな手に重ねる。
「ツクヨさんの手は、とても素敵です」
「え……?」
「だって、こんなにもたくさんの『温かいもの』を、一度に包み込めるじゃないですか」
ミコは、ツクヨが綺麗に丸めたおはぎを見つめる。
「私の手では、こぼれ落ちてしまうような幸せも、ツクヨさんの大きな手なら、しっかりと受け止めて、形にできる。……私には、貴女の手が、どんなものよりも、ずっと尊いものに見えます」
あの日。
『こんびに』の前で、たくさんの食べ物を抱えて走ってきてくれたのも、この手だ。
飢えた自分に、温かい握り飯を手渡してくれたのも、この手だ。
「だから、嫌わないでください。……私は、ツクヨさんのその手が、大好きですから」
「ミコ、ちゃん……」
ツクヨの瞳が潤み、耳まで朱に染まる。
彼女は言葉を詰まらせ、何度か瞬きをした後、深々と頭を下げた。
「……あ、ありがとうございます。……が、頑張りますっ!」
そこからのツクヨの動きは、迷いが晴れたかのように、より一層の優しさと丁寧さを帯びていた。
◇◇◇
夕刻。
廃校舎に戻った狼の前に、盆が差し出された。
「……これは」
狼が問う。
盆の上には、二つのおはぎが鎮座していた。
一つは、形が歪で、あんこが所々飛び出している、岩のようなもの。
もう一つは、店に並べても遜色ないほどに美しく、均整の取れた大きなもの。
「お、おはぎ、です。……ツクヨさんと一緒に、作った……んです」
ミコがおずおずと言うと、後ろに控えていたツクヨも、もじもじしながら会釈する。
「狼への、日頃の感謝を込めて……その、形が悪い方が、私のです。ツクヨさんがいなければ、到底形にはなりませんでした」
ミコが恥ずかしそうに頬を掻く。
狼は、無言で盆を受け取ると、まずはその『形が悪い方』を手に取った。
じっと見つめる。
(……似ている)
脳裏を過ぎるのは、かつての主・九郎が、不慣れな手つきで握ってくれた、あのおはぎ。
決して美しくはない。握りが甘く、いまにも崩れそうだ。
だが、そこには主の真心と、生きてほしいという願いが込められていた。
狼は、それを一口で頬張る。
「……ん」
もち米の粘り気。
あんこの素朴な甘さ。
歪な形ゆえに、口の中で解ける米の粒が、舌に直接、作った者の懸命さを伝えてくる。
狼は嚥下し、ミコを見て、静かに言った。
「……甘い。疲れが、吹き飛ぶようだ」
「っ、本当、ですか……?」
「ああ。……昔、食った味を思い出す」
その言葉に、ミコは安堵の息を漏らし、はにかんだ。
主の不器用な施しは、忍びの荒んだ心に、遠い日の郷愁と安らぎを灯すものであった。
続けて、狼はツクヨが作った美しいおはぎを手に取る。
大きく、ずっしりとした重み。
丁寧に包まれたその形からは、作った者の献身と、確かな技術が伝わってくる。
狼はそれを口に運ぶ。
均一に潰された米と、滑らかな餡。
洗練された食感は、喉を通り、空腹の胃の腑を優しく、そして力強く満たしていく。
「……こちらは、見事な手際だ」
狼が短く評すると、ツクヨは「ひゃぅ」と小さく声を上げ、耳まで赤くして縮こまった。
主が込めた、不器用な真心。
長身の少女が込めた、献身的な慈愛。
形も、食感も、作り手も異なる二つの甘味。
前者は、忍びの『心』を癒やし、後者は、忍びの『体』を癒やす。
そのどちらもが、今の狼には等しく必要で、等しく尊いものであった。
「……どう、ですか?」
不安げに尋ねるミコ。それを見つめるツクヨ。狼は短く息を吐き、二つの空になった皿を見て、静かに言った。
「……どちらも、うまい」
ただ一言。
だが、その言葉には、万感の想いが込められていた。
「……力が、湧く」
狼の瞳が、僅かに細められる。
その表情を見て、ミコとツクヨは顔を見合わせ、花が咲くように笑い合った。
薄暗い廃校舎の一角。
種類の異なる二つの優しさが、甘い香りとなって三人を包み込んでいた。
『青春の記憶・大野ツクヨ』
心中に息づく、生徒との青春の記憶
大野ツクヨ、百鬼夜行連合学院忍術研究部
その部員である
彼女は、自身の大きな身体を恥じ、
忍びとして相応しくないと嘆いていた
だが、その大きな手は、
多くのものを包み込み、守るためのものである
飢え凍えていたミコに、握り飯をくれたのも
狼の腹を満たす、甘い菓子を作ったのも
その優しく、大きな掌であった
その手は、ミコにとって
どんなものよりも温かい、救いの手である
◇◇◇
おはぎ美味しいですよね。