トゲアイス「それでは魔男のイチのお披露目に向けた授業を始めます。私みたいな天才目指して頑張っていってください」
イチ「……わかった」
クムギ「はい!」
デスカラス「なんで私まで……」
ゴクラク「授業なんて久しぶりだねぇ」
魔男のイチのお披露目が決まったその日、さっそく天才魔女トゲアイスによりイチへの教育が開始された。
教育を受ける必要があるのはイチだけだが、同じデスカラス班の面子にはどういう教育方針で進めるか把握してもらうためにも今日は一緒に授業を受けることになった。
トゲアイス「イチ。あなたはそもそも文字がまったく読めないそうですね」
イチ「失礼な。『イチ』と『死対死』と『師』は読めるし書ける」
ゴクラク「偏りすごいねイッちゃん」
トゲアイス「それ以外は?」
イチ「わからん!」
元気のよい返事にゴクラクとデスカラスが笑い、トゲアイスとクムギが頭を押さえた。イチの野生児と知識の偏りは独特のものがある。
トゲアイス「お披露目に向けて、最低限の魔法知識と魔女協会の歴史を叩き込むにも文字が読めなければ話が進みません。今日はひらがなとカタカナについて学びましょう」
イチ「読めないと困るのか?」
トゲアイス「当然です。イチ、あなたはまだ知らないでしょうが世の中には相手が文字や計算ができないのをいいことに不当な契約書を用意し、魔力によって服従させようとする極悪人もいるのですよ」
イチは極悪人のデスカラスをじっと見つめた。
デスカラスは目を反らして口笛を吹いた。
以前イチとデスカラスが家族になった契約書、『師弟血判状』のことは他言してはいけない決まりになっているためイチはなにも言えない。
トゲアイス「それに、文字を読むことは人生を豊かにします。楽しい読書、優れた道具の説明、大切な人からの手紙。さまざまです」
イチ「そういえば、ゴクラクの姉も写真の側に書かれた文字を大切そうに眺めていたな」
ゴクラク「おっ、嬉しいこと言ってくれるねイッちゃん。そうそう、家族の記録って大事なもんなのよ。写真と一緒に文字を見ると忘れかけた昔のことがよく思い出せるのよね」
クムギ「……うん、そうだよイチくん」
イチとゴクラクがリチア姫の部屋に入ったときのことを思い出す。クムギはなにか思うところがありそうだが同意してくれた。
イチ「とりあえず、文字の大切さはわかった。よろしく頼む」
イチもやる気になったのを確認して、トゲアイスが五十音表を取り出す。
まずはイチに馴染み深いであろう『くま』や『ナイフ』といった簡単な単語から、デスカラスやクムギ、ゴクラクといった仲間の名前の文字での読み方と書き方。
デスカラスが時折茶々を入れていたが、クムギとゴクラクは楽しそうにイチに教えているので割とスムーズに一通り五十音表を読めるようになった。
トゲアイス「それにしても、イチもこれまでお金を使う機会はあったでしょうに商品の説明など読まなかったのですか? 私には信じられませんね」
イチ「確かに色んな所に行ったが狩ったものを物々交換した方が早いだろう。お金は持ってないし」
クムギ「そういえばイチくんがお金で買い物してるの見たことないかも……」
ゴクラク「カガミ国でも無一文だったねぇイッちゃんは」
トゲアイス「……なんですって?」
トゲアイスの目が氷のように冷たくなった。その目はイチではなく、デスカラスに向けられる。
デスカラスはそそくさと立ち上がった。
デスカラス「やべえ報告書の提出忘れてたわ。んじゃ私は仕事があるからこれで」
トゲアイス「待ちなさい、報告書はクムギから十分なものが提出されているでしょう。
まさかとは思いますが、イチの口座について説明していないのではないでしょうね」
イチ「口座ってなんだ。魔法なのか?」
クムギ「イチくん、もしかして銀行を知らないんじゃ……」
イチ「わからん。教えてくれクムギ」
まったく聞いたことのない単語に困惑するイチ。
その様子を見て、デスカラスがイチにまったく彼のお金について説明をしていないことをトゲアイスは理解した。
トゲアイス「デスカラス、貴女に魔女として……班のリーダーとしての話があります」
デスカラス「私にはねぇ! こんなガキ向けの教室にいられるか、私は自分の部屋に戻らせてもらう!」
トゲアイス「あっ、待ちなさい!」
デスカラス「バーカバーカ! 捕まえてみろおっちょこちょこアイス!」
デスカラスは魔女らしく突然箒を呼び出してすっ飛んで逃げていった。まさに子供の捨て台詞だった。
トゲアイスは青筋を立てたが、今はイチの教育が優先だ。努めて冷静にイチに向き直る。
トゲアイス「……イチ、明日からは魔法の最低限の知識と魔女協会の歴史を学んでもらいます。今日のうちに五十音表を読めるようになるように」
イチ「ああ。クムギとゴクラクが教えてくれるからなんとかなるだろう多分」
ゴクラク「俺は明日からは新しい腕の構築について杖工具部のジョーちゃんと話があるから来れねぇけど、今日はイッちゃんに付き合えるよ」
クムギ「わ、私は明日からも頑張ってサポートするよ!」
クムギの献身的な姿勢。イチも『ゴクラクの制御は俺がする。俺の制御はクムギがする』と発言していたので良い信頼関係が結ばれていることはトゲアイスも把握していた。
トゲアイス「ではクムギ、申し訳ありませんが貴女にお願いがあります」
クムギ「は、はい!」
トゲアイス「明日からイチの教育に使うこれらのテキスト。貴女が全てひらがなとカタカナに翻訳してもらえますか? 本来はデスカラスがやるべきなのですが彼女はああなので」
ドンッ! とトゲアイスはイチに知識を叩き込むテキストブックを取り出す。分厚い本が十冊はあった。
イチ「待て! これを全部覚えないといけないのか!?」
ゴクラク「てかこれ全部ひらがなとカタカナに翻訳て。イッちゃんへの給料は未払いだしもしかして魔女協会ってブラック企業……?」
あまりのテキスト量に青ざめる男性陣。
しかしクムギは、真剣にテキストブックを見つめていた。
トゲアイス「もちろん、特別手当は私から申請しましょう。ですが私とクムギは班も違う以上、強制はできません。……どうですか? クムギ」
クムギ「……やります、イチくんのためなら! 多筆《カンペリ》!!」
クムギが魔法を行使すると、カバンから大量の筆ペンと白紙が出てくる。クムギがテキストブックを開きページを捲りながら読むと同時に宙に浮かぶ筆ペン達が白紙にひらがなとカタカナで文字を書き始めた。
イチとゴクラクは知らないが、反世界の魔法との戦いにおいてクムギが情報を可能な限り記録するために使った魔法である。
ゴクラク「魔法ってこんなんもあるの? これがあったらウチの文官達が泣いて喜びそ~」
イチ「クムギ! そんなに一気に文字読んでしんどくないのか!」
クムギは速読でページを捲り、覚えた端から魔法の筆ペンを走らせてひらがなとカタカナに翻訳しているのだろう。
心配するイチに、クムギは目はテキストブックに向けて魔法を維持したまま答える。
クムギ「大丈夫、トゲアイス様から頼まれた大事なお仕事だし……それに、イチくんが私の書いた文字で勉強しやすくなるならいくらでも頑張れちゃうよ」
ゴクラク「おーおーこりゃイッちゃんの言う通り『いい奴』だねぇ。俺は明日から授業は出ないけど……こんなに尽くしてくれるんなら、やるしかないんじゃない?」
クムギの気合いの入った微笑みに、ゴクラクがイチの背中をバンバン叩く。
イチは野生児でおとなしく座って授業を受けるなど大の苦手だが、信頼するクムギがこうまでしてくれて嫌と言うほど嫌な奴ではない。
トゲアイス「イチ、あなたは『俺の制御はクムギがする』と言いましたね。その言葉、二言はありませんか?」
イチ「……わかった! 俺も明日から真剣に授業を受けると約束しよう!」
トゲアイス「よろしい。では今日はここまで。私はデスカラスと話をつけてきます」
トゲアイスは、つかつかと教室から出ていきデスカラスの捜索に向かった。
デスカラスがイチの口座を作ってないどころか報酬の横領が発覚し、最強の魔女とは思えない姿で氷漬けにされているのが発見されたのはまた後日の話。
今週末に時操編までの展開を含んだ第三限目を投稿しようと思っています。ハーメルンでも魔男のイチの二次創作が増えたらいいなあ。