トゲアイスのパーフェクトさんすう教室   作:じゅぺっと

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トゲアイスのパーフェクトほけんたいいく

 

 

「では魔男のイチ、苛虐のゴクラク。これよりあなた達に特別授業を行います。私のような天才を目指して、頑張っていってください」

「……クムギとデスカラスはいないんだな」

 

 時操の魔法とその赤子をめぐる激戦を終えた次の日の夜。

 イチとゴクラクは銀雪の魔女チクトゲトゲアイスに呼び出された。

 ここにいるのはイチとゴクラク、そして教壇に立つトゲアイスだけだ。

 これまでイチが授業を受ける時は、だいたいクムギとデスカラスが同席していた。

 このような召集は珍しい。

 

「俺たち二人だけを名指しってことは、魔法協会にいた二人には必要のない話ってことかな?」

「ええ、その通りです」

 

 ゴクラクの問いに、トゲアイスは即答した。

 そのまま一拍置いて、眼鏡の奥の目をすっと細める。

 

「そして先に言っておきますが、この授業ではいつものおふざけは禁止です。もしふざけたら、この場で氷漬けにします」

「俺はふざけたことなどないが」

 

 イチが不服そうに言い返す。

 実際、イチはもちろんゴクラクだって他所の魔女相手に悪ふざけなどしない。少し過剰な警戒にも思えた。

 その空気を感じ取ったのか、ゴクラクはすっと背筋を伸ばし、カガミ国の王子らしい端正な声音で口を開く。

 

「銀雪の魔女トゲアイス様。魔法の知識に乏しい我々にご教授くださること、感謝いたします」

「おお、王子モードのゴクラクだ」

「それで、何を教えてくださるのですか? 俺もイチも、まだここに呼ばれた理由をはかりかねています」

 

 トゲアイスはその様子に、わずかに満足したように眼鏡をくいと押し上げた。

 

「そこまで畏まらずとも結構です。本題ですが……あなた達は、魔法と人間の子供の出産に立ち会いました。それを踏まえて、確認しなければならないことがあります」

「ミネルヴァとマドカが関係あるのか」

 

 幽霊船で、デスカラス班と時操の魔法が命懸けで守った妊婦。

 そして、その腹から生まれてきた、魔法と人間の子供。

 あの夜の出来事は、イチに“子供の未来を守りたい”という気持ちをはっきりと刻みつけた。

 トゲアイスは、そのことも踏まえたうえで今ここに呼んだのだろう。

 

「あなた達、子供の作り方については理解していますか?」

「あー……そういうこと」

 

 ゴクラクが頬をかきながら、気まずそうに目をそらした。

 なるほど。先に「ふざけるな」と釘を刺した理由がよくわかる。

 

「御披露目の時にも感じましたが、あなた達は率直に言って女性たちの目を引きます。しかし、だからといって不埒な行いを許すわけにはいきません」

 

 天才魔女であり、案外教育熱心でもあるトゲアイスなりに、これは一度きちんと確認しておくべきだと判断したのだろう。

 

「子供の作り方か。動物次第だが、基本的には成体の雄と雌ががっちりくっついて、交尾をして作るんだろう」

「さすがイッちゃん、淀みないねぇ」

 

 イチは恥じることも濁すこともなく、自分の知る範囲をそのまま口にした。

 いつも通りのまっすぐさに、ゴクラクも少しだけ安堵する。

 

「動物次第、ですか。では、人間の交尾を見たことや……あなた自身がしたことは?」 「え? そこまで聞くの?」

 

 ゴクラクの安堵は、トゲアイスの容赦ない追及で一瞬にして凍りついた。

 しかしイチは動じることもなく首を振る。

 

「ない。軽々しく見せるものでも、するものでもないと村のおじさんに教わった」

「……ああ、村人との交流はあったのでしたね。よろしい」

「うむ。それと、うちの娘に手を出したら殺すとも言われた。あれは本気の目だった」 「イッちゃん、村の女の子にも好かれそうだしね~」

 

 ゴクラクの聞いた話では、イチは村の女の子から『村のみんなはイチのこと好きだし、もう村に住めば?』と何度か誘われていたらしい。

 つまり、まあ、そういうことなのだろう。

 

「さて、ゴクラク。次はあなたの番ですよ。あなたは王子として教育を受けていたとはいえ、それは十歳頃までだったはず。男女の性に関する教育は受けましたか?」

 

 ゴクラクはバクガミのせいで王宮を追放され、イチがバクガミを習得するまで王子としての地位を剥奪されていた。

 つまり彼の受けた王族教育は、子供の頃に途切れている。

 

「あー……まあ……王宮で正式な教育を受ける前に追い出されたのは……間違いありません」

 

 イチと違って、ゴクラクの返事は歯切れが悪い。

 普段の軽快さがすっかりなりを潜めているのを見て、イチが不思議そうに首をかしげた。

 

「では、正式でない教育は受けたのか?」 「……言わなきゃダメ?」

「ダメです」

「トゲアイスは頑固だ。言わないと扉を氷漬けにされて、出してもらえなくなるぞ」 「わー、すっげえ実感こもってる……」

 

 御披露目の一件で、徹底した詰め込み教育を味わったイチは、少し身震いしながら言った。

 ゴクラクは観念したようにため息をつき、ぽつりと話し始める。

 

「ある日、姉さん……リチア王女に会いに行ったら、顔を真っ赤にしててな」

「あのお姉さんがか?」

 

 ゴクラクの姉、リチアは強かな女性だ。

 多少のことで恥ずかしがるタイプには見えない。

 

「なんでも、ゴクラクも王子なんだから、こういうことはちゃんと知らないとダメだって……姉さんが、自分の教わったことを口頭で俺に……」

 

 そこまで言って、ゴクラクは自分でも思い出してしまったのか、珍しく顔を赤くした。

 

「もう結構です」

 

 トゲアイスがぴしゃりと遮り、ゴクラクに頭を下げた。

 

「王子に追放中のつらい過去を話させてしまい、申し訳ありません」

 

 教育のためとはいえ、トゲアイスもほんの少しだけ罪悪感を覚えたのだろう。それ以上は深掘りしなかった。

 

「とにかく、これで二人とも人間の性に関する正式な教育は受けていないことがわかりました。よって今夜は、その授業をします。くれぐれもふざけないように」

「わかった」

「はい……」

 

 こうして、トゲアイスによる厳粛な保健体育の講義が始まった。

 思いのほか、授業は滞りなく進んだ。

 イチもゴクラクもちゃんと真面目に話を聞いていたし、デスカラスが面白半分で乱入してくることもなかった。

 

「……というわけで、男女の営みは軽々しくするようなものではありません。もし仮に魔女協会の誰かに誘われても、はっきり断るように」

「うむ。『タイプじゃないです。ごめんなさい』だな」

「まるで魔法の呪文だねぇ……」

 

 デスカラス直伝の女避けの呪文を、イチが無駄に真顔で復唱する。

 ゴクラクは思わず苦笑した。

 

「もし万が一、魔法によって無理やり行為に及ばされそうになったら、全力で叫んででも危機を伝えるように」

「山びこくらいの声でもいいのか」

 

 山育ちのイチらしい質問に、トゲアイスは頷いた。

 

「構いませんよ。女性が魔力を用いて男性を誑かす行為は、魔法犯罪にも指定されています。助けを求めることは何ら恥ではありません」

「魔法犯罪?」

 

 イチには耳慣れない言葉だった。

 トゲアイスは眼鏡に手を添え、少しだけ迷う素振りを見せたあとで答える。

 

「……魔法犯罪については、また後日講義することにしましょう。今日は以上です。くれぐれも、魔女協会の一員として恥ずかしい行いをしないように」

 

 それだけ言うと、トゲアイスは踵を返し、さっさと教室を出ていった。

 あとに残されたのは、イチとゴクラクだけだ。

 しん、と一瞬だけ静かになる。

 その空気を破ったのは、ゴクラクのほうだった。

 

「この際だから、俺は真面目にイッちゃんに聞いておきたいことがあります」

「俺に?」

 

 真面目に、という前置きのせいで、イチも少しだけ身構えた顔になる。

 ゴクラクはそんなイチを見て、妙に丁寧な口調で問いかけた。

 

「イッちゃんって、クムギちゃんのこと好きよね?」

「ああ、好きだが」

 

 即答。イチとクムギがお互い好ましく思っているのは明らか。ゴクラクもそこは前提とした上で本命の質問をする。

 

「イッちゃんって、クムギちゃんに今教わったみたいなえっちなことしたいとか、考えたことある?」

「は?」

 

 イチのまっすぐな声が、珍しく揺れた。

 ゴクラクの目は言葉通り真面目だ。デスカラスのようにイチをおちょっくてはいない。

 

「クムギちゃんからそういうことに誘われても、さっきみたく『タイプじゃないです。ごめんなさい』って言える?」

「…………」

 

 イチが黙りこんだ。

 恥ずかしくて答えられない、という感じではない。

 そもそも今まで考えたことがなさすぎて、答えそのものが見当たらない。そんな沈黙だった。

 それでも、イチは友の質問に答えを絞り出した。

 

「………………クムギは多分、そういうことは言わないだろう」

「俺もそう思うよ」

「もし言ったとしたら、デスカラスかシラベドンナに無理やり言わされたに違いない」

「あり得るねぇ」

 

 イチの言葉を否定せず頷くゴクラクに、イチは慎重に言葉を結んだ。

 

「だから……誰に言わされたのか確認して然るべき対応をする。それだけだ」

「オーケー、オーケー。イッちゃんらしいよ。変なこと聞いてごめんね」

 

 困り顔のイチに、ゴクラクは素直に謝った。

 それから空気を切り替えるように、ぱっと指を一本立てる。

 

「んで、今日はもう遅いしこのまま寝る?」 「いや、少し頭が疲れたから、身体を動かしてすっきりしたい。鍛錬に付き合ってくれるか?」

「喜んで。俺も正直、思い出したくないこと思い出してモヤモヤしてたんだわ。お互い、気分よく寝よう」

 

 そうして二人は鍛錬室へ向かい、雑念が消えるまで組手に励むことになった。

 

 そして━━

 

「い、い、今の会話って……その……あの……! うう……っ!」

 

 二人に話しかけようとして、たまたま最後のほうだけ聞いてしまったクムギが、廊下の曲がり角で耳まで真っ赤にしてうずくまっていたことを、当の二人はまだ知らない。

 

 それはまた、別の話である。




魔男のイチ、時操編も最高でしたね。
魔法と人間の子供とかイチとゴクラクのキャーキャー言われ具合からして、ジャンプの紙面で語られることはなくても性知識に関する確認と情操教育くらいやってそうだよな~と思って書きました。
マジキーパー編もイチくんの師匠が登場してワクワクしています。
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