我が家には、狼が住んでいる。
名前はナーナ。
ナーナには、誕生日がない。
いや、無いことはないんだけど、拾った当初はナーナ自身が『日付』の概念を持っていなかったから、正確な誕生日が分からないのだ。
あの頃のナーナは、日付どころかそもそも数字の概念すら持っていなかった。まあ野良だったから仕方ないと言えば仕方ない。計算する機会なんてムームと何かを分ける時くらいのものだったろうから、もし数字を使ったとしても『2』までで足りたのだと思われる。
現在のナーナは教育テレビのお陰もあって数字の読みかたを覚え、その流れで時計やカレンダーが読めるようにもなり、日付の概念も獲得している。さらに最近では曜日も分かるようになったし、お風呂場に貼ってあるひらがな表で文字の読みかたまでマスターしつつある。天才かも知れない。
しかし、それによって困ったことも起きた。
知識が増えれば疑問も増える。天才児のナーナちゃんは、仕入れた知識を取っかかりにして新たな疑問を次々に生みだしては質問してくる。人間の子供で言えば、いわゆるなぜなぜ期にあたるのかも知れない。
ナーナのそれは、寝るまえのベッドでのお喋りタイムに本領を発揮する。
思考がすっかり固まっている大人では想像もつかないような、えげつない角度の鋭い質問を延々と投げつけてくるのだ。だから、ただ知っていることを答えればいいというものでもなく、ナーナに質問されて初めて答えを考えるようなケースも少なくない。
もちろん質問に対する答えは、ナーナが理解できる言葉で、ナーナが納得できるものでなくてはならない。難しい言葉を使って答えても、ナーナに通じなければ意味がない。ナーナが納得しなければ、納得するまで質問が繰り返される。
まあ、納得したらしたで別の新しい質問が待っているのだけど。
そのループは、ナーナが眠くなるまで継続する。
さて、そんなナーナの質問の嵐のなかに、こんなものがあった。
「ナーナのお誕生日っていつなのー?」
「うーん」
難問。
ナーナには、誕生日がない。
いや、無いことはないんだけど、と。
最初に戻る。
テレビで見たか、それとも散歩中に見聞きしたか。まずナーナが誕生日という言葉を知っていたことに、少しびっくり。ただし、言葉は知っていてもその意味を正確に理解しているかどうかは怪しい。でも、たぶん『誰にでもあるハッピーデー』くらいの認識はあるのだと思われる。
それはそれでだいたいあってるので、まあよし。
それよりも、どうもナーナのなかでは私がナーナの誕生日を把握していることになっているっぽいのが問題。
もちろん私はナーナの誕生に立ちあっているわけでもないし、ナーナの身分証も持っていないので、ナーナの誕生日を知らない。
「ねぇーねぇー?」
「んんん」
ぐわんぐわんと揺すられながら考える。
これでは伝家の宝刀の『寝たふり』もできない。
困ったことに質問が質問なので、無いとも知らないとも答えづらい。まあここで『誕生日とはなんぞや』という話をして『つまり私はナーナの誕生日を知らないんだぞ』と教えることはできる、が。
それもなんだか可哀想だ。
ナーナだって誕生日が欲しいのだろうし。
「ねぇ~ねぇ~ねぇ~?」
「んんんんん」
しばらく揺すられながら考えた結果。
ナーナの誕生日は『私がナーナを拾った日』とするのが一番収まりがいいような気がした。
その日付を伝えると、ナーナは布団を飛び出してカレンダーをめくり、クレヨンでその日にぐるぐると丸をつけた。
「ん~ふふふ、ナーナのお誕生日~ふふふ」
お気に召したようでなにより。
ナーナはご満悦の様子で布団に戻ってきて、横になったあともしばらくニヤニヤしていた。謎の歌も添えて。
さて。
それで気が済んで寝てくれるのかと言うと、もちろんそんなこともなく。
質問に対する答えが得られて満足したナーナが次にするのは当然、次の質問。
「ムームのお誕生日はいつ?」
「……うーーーん」
それは今度来た時にでも聞いてみよう、ということにしておいた。
ナーナのお誕生日は5/24
ムームのお誕生日は9/30 です。
覚えてくれたら嬉しいな。