狼少女を拾ったら飼うことになってしまった。   作:紅福

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ちょっとホラーかも知れない回。
新キャラ出ます。


ナーナえがき

☆ナーナえがき

 我が家には、以下略。

 

 朗報。

 ナーナさん、文字の読み書きができてしまう。

 

 日々の教育テレビとお風呂場に貼ってあるひらがな表の賜物で、ナーナはめきめきと識字能力を高めている。数字も覚えたことで時計やカレンダーもそれなりに読めるようになり、着々とナーナのなかで世界が広がっている。誕生日も決まった。

 いわゆる『なぜなぜ期』も迎えたことで、ナーナの知識欲はとどまることを知らない。この調子でいけば、そう遠くない未来にカタカナやアルファベットもマスターして、簡単な英単語なども分かるようになるだろう。

 まあナーナがカタカナやアルファベットをマスターするとなると、毎日食べている大好きな『ドッグフード』の、その名前の意味もいずれ理解してしまうことになるんだろうけど。そうなった時、犬扱いされることを嫌う彼女は果たしてどんな気持ちになるだろう、という心配は一応している。世のなかには知らないほうがいいことも沢山あるのだ。

 でも、大人になるってそういうこと。

 だってウルフフードなんて売ってないしなあ。

 

 それはそうと。

 

 ナーナがそんな感じなので、お留守番中の暇潰し用に持たせているクレヨンとスケッチブックでのお絵描きのなかにも、文字の登場頻度が増えてきた。

 といっても別に文章が出てくるわけではなく、描いた絵の横にその名前が添えてあるだけ。それも線が一本多かったり少なかったり、向きが逆だったりはする。

 でもまあ、それでも十分すごい進歩だと感じるのは親バカだろうか。

 私が帰るとその日に描いた絵を見せてくれるので、私はそれを見て目を細めるなどしている。私のことを描いてくれたりもするので、それもすごく嬉しい。

 

 以下は、ナーナ画伯が見せてくれたとある一枚の絵の寸評。

 

『なな』『むむ』

 うんうん。

 よく描けていると思う。

 私やナーナだけでなく、ムームも笑顔で描かれているのが微笑ましい。ナーナにとってムームは笑顔のイメージなんだなあ、とわかる。

 もし私がムームを描いたとしたら表情はきっと、うん、まあ、それはやめておこう。

 そう言えばナーナはまだ『ー』を知らないようだから教えてあげないといけない、という点にも気付かされた。

 

『おほな』

 地面に咲いているタンポポと思われる黄色い花の横に、そう書いてある。

 これは『おはな』の間違いだろう。

 散歩中に公園で見付けたタンポポが気に入ったらしく、ナーナの絵にはこの黄色い花が頻繁に登場する。

 その花はタンポポっていうんだよと教えてあげたら、どうも『ポポ』の語感が面白かったらしく、しばらくツボっていた。

 そしてそれは語感が面白いだけの一発ギャグかなにかだと思われたようで、ナーナは未だにタンポポのことを『おはな』と呼んでいる。

 

『じやき』

 絵のところどころには赤茶色をした小さいなにかがあり、よく見ると私もナーナもムームも手にそれを持っていて、律儀にそれらの全てに『じやき』と名前が添えてある。その赤茶色のなにかは例外なく全てが『じやき』であるという強い意志を感じる。こういう場合、全部に名前を書かないと気が済まないタイプなんだろう。

 しばらく考えて、これは『ジャーキー』であると気付いた。解読完了。つまりこれはみんなでジャーキーを食べている絵、という解釈で合ってるはず。

 

『てき』

 これは恐らく、たまに窓の外をトコトコ横切る近所の猫だと思われる。ナーナにとってあの猫は敵であるらしい。確かにナーナはあの猫を見るたび睨んだり唸ったりしている。向こうがそれを気にしている様子はないけど。

 もしかしたら、私が時々あの猫を撫でてあげていることも関係しているかも知れない。

 まあ、敵の絵も描いてあげるのは優しいと思う。近くに『じやき』も落ちている。

 

『おんな』

 えっと、うん。

 正直、一番気になってた。

 黒くて長い髪。その前髪で目元を隠した女性、だと思う。

 髪と同様に服も黒一色。妙に細長い手足を地面について四つん這いになっている。肘や膝はつかずに手のひらと足だけで四つん這いになっているので、いわゆるお馬さんの体勢ではなく、どちらかというと蜘蛛のようだ。黒ばかりが使われている絵のなかで唯一、髪で隠れていない口だけが赤く、しっかりと口角を吊りあげて笑顔に描かれている。

 放っている。異彩を。

 あまり、人が描いた絵に対してこういう言葉を使うものではないと心得てはいるけれど、語弊を恐れず言うのなら、これは『よくあるやつ』だ。ホラー映画とかで見る、子供が描いた楽しげな絵のなかに一箇所だけ不穏な部分があるっていう、アレ。ナーナが絵を見せてくれた瞬間に『うわぁ、よくあるやつだ』と言いそうになったほどの、よくあるやつ。

 どうしよう、めちゃくちゃ怖い。

 

 イタズラで私を驚かせようとしている線も一瞬考えたけれど、まあそれはないだろう。

 ナーナがイタズラをしないとまでは言わないけれど、こういうジャンルのイタズラはしないと言いきれる。

 ナーナがするイタズラというのは、せいぜい構ってほしくて家事の邪魔をするとか、テンションが上がっちゃってティッシュを箱から全部出すとか、そんな程度。ナーナのイタズラには基本的に悪意や計画性といったものがないのだ。

 そんなナーナの性格的な理由に加えて、この『おんな』を創作するにはそれなりのインプットが必要だと思う。要するに、このデザインを思いつくだけの材料がナーナの頭のなかにないと、発想にすら至らないはずなのだ。

 だから、ナーナが私を驚かせるためにわざとこういう絵を描いて見せるようなことはしない、というかできないと言える。ナーナはそこまで賢くはない。ナーナは見たまんま、感じたまんまを描いているだけだろう。

 えっと、つまり。

 

「ワンチャン、これが実在するってコト……?」

 

 その可能性はある。

 ナーナが見たまんま、感じたまんまを描いているというのなら、実際にこういう『おんな』を見かけて、それをそのまんま描いたと考えるのが一番自然だ。

 たぶん、この可能性は考えれば考えるほど揺るぎないものになっていく。

 

「ナーナ、これ……」

「じょうず?」

「えっと………………うん、上手だねー」

「やったー!!」

 

 ほらもう、どう見ても悪意ゼロだもん。

 絵を誉められたので、即興で喜びの舞をぐねぐねと踊っている。尻尾もぶんぶん振っている。

 ここまで計算ずくなら大したものだ。

 

 さて。

 どうやらナーナは『おんな』を敵としては描いていない。

 怖いのはビジュアルだけで、見ようによってはみんなと同じ笑顔で描かれているということになるし、よく見ると手元に『じやき』もある。敵は猫だけだ。

 現状、私一人が勝手に怖がっているだけという見方もできなくはない。悔しい。

 

「ナーナ、この『おんな』って誰なの?」

「おんなはねー、ともだち」

「友だちかあ……」

「うん、おるすばんのときに遊んでくれるんだよ」

 

 友だちだそうです。

 どうやらナーナは留守番の最中この『おんな』と会っているらしい。誰よ、そのおんな。

 可能性があるとすれば、教育テレビの番組内に出てくるキャラクターとかじゃないだろうか。なんかこう、視聴者と一緒に体操したり遊んだりする系の番組にこういうのが居る、とか。ナーナの絵で見るとちょっと怖い見た目になってしまっているだけで、本物はもっと可愛いデザインの着ぐるみだったりするのかも知れない。

 テレビに出てくるお気に入りのキャラクターを『遊んでくれる』と表現する可能性。それを友だちと呼んで、絵に描く可能性。

 あると思います。

 

 たぶんそう。

 そうであってほしい。

 

「ナーナ、これって普段どこに居る人なの?」

「ベッドのしたとかー、れいぞうこのうしろとかー、あとソファのしたとかー」

「おっ、ほ……」

 

 思った以上に近いところに居た。

 完全に想定外というか、想定したくなかったので考えないようにしていた可能性をピンポイントでブチ抜かれたお陰で変な声が出た。

 この『おんな』は、家のなかに居る。

 そして、何を隠そう我々はソファの上でこの会話をしているのだ。

 可能性で言えば、今この瞬間、真下に居てもおかしくないということ。

 

「あの、ナーナ……この人(?)って今も家のなかに居るのかな」

「いるよー?」

「ど、どこに……?」

「このした」

「下? うわっ!?」

 

 ナーナが言ったのとほぼ同時。

 ソファの下から真っ黒な影が這うように高速で飛び出して、そのまま一切音をたてずに窓を開け、そこから外に飛び出していった。

 人間、だと思う。

 動きは人間離れしていたけれど、少なくとも人間の形はしていた、ように見えた。

 

「あー、いっちゃったー……」

 

 あれが『おんな』らしい。

 お友だちがダッシュで帰ってしまった(?)のでナーナは残念そうにしているけれど、私は不覚にも、驚いてしばらく固まってしまっていた。

 

☆おんながたり

 後日。

 改めて我が家を訪れた彼女は恩納(おんな)と名乗った。本当におんなさんだった。

 ナーナも『おんなだー!』と興奮しているので、どうやら本当にこの人が『おんな』であるらしい。

 

「先日は驚かせてしまって申し訳ありませんでした。いつか飼い主さまにもご挨拶しなくてはと思っていたのですが……」

「えーと…………はい、お気になさらず……?」

 

 言いたいことは山ほどあるものの、恩納さんの見た目のインパクトと、それに不釣りあいな態度に面食らってしまったお陰でどこから突っ込んだらいいか分からなくなってしまい、しょうもない返ししかできなかった。

 

 髪は黒のロングヘアーで、ゆるくウェーブがかかっている。

 長い前髪を真ん中で分けて目を隠していて、色白の顔は鼻と唇しか見えない。

 服装はシンプルで、ゴシック風の黒いワンピースに黒い薄手のカーディガンを羽織っているだけで、アクセサリーの類は身につけていない。

 黒い長髪に黒い服。そして細身で身長も高いものだからシルエットがやたらと縦に長い。強めのモザイクをかけたら恩納さんか黒い棒か分からなくなると思う。そんなレベルで黒い。そして長い。

 まあ特徴的なビジュアルはしているものの話してみると物腰の柔らかい美人さんで、とても先日のアレと同一人物とは思えないが、色々な状況証拠を総合して考えるにそこは間違いないようだ。

 ひとまず、せっかく来てくれたのだからということでリビングに通してお茶を出すことにした。

 その間にも、ナーナは恩納さんに『ナーナこれ持ってるんだよ!』と言っておもちゃを自慢したり『おんな、これ食べる?』と言ってボーロをあげたりしている。熱烈歓迎モード突入。

 恩納さんもそれに対して律儀に『あら素敵』と言っておもちゃを誉めたり『ありがとうございます、頂きますね』と言ってボーロを食べたりしている。それ犬用だけど。

 うーん。

 いつの間にか愛犬がお客さんに懐いていたことを知った時の感情。狼だけど。

 

 それはさておき。

 お茶を飲んで一息。

 

「ええと、それで……あなたはなぜあんなところに……?」

「昔から得意なんです。頭さえ入れば身体の間接を外してどこにでも入ることができますし、こうやって壁や天井に張りつくことも……」

「いや、そうじゃなくて……うーわ」

 

 私が相槌をうつよりも早く、恩納さんは実際に壁に張りついて見せてくれた。しかも無音で。しかも逆さに。

 ナーナの絵を見て『蜘蛛みたい』と思ったのは正しかったらしい。実物も割と蜘蛛っぽい。

 間違いなく先日のあの人だ。いや、これ人かなあ。壁や天井に張りつけるのって、得意とかいうレベルの話なんだろうか。

 いや、違う、そうじゃない。今したいのはその話じゃない。そっちも気になるけど。

 

「あの、そうじゃなくてですね。なぜ我が家でソファの下に隠れていたのかという話がしたいんですが」

「あら、すみません……」

 

 そういって、申し訳なさそうに壁から降りる恩納さん。もちろん無音。とりあえずその張りつきスキルに関しては、突っ込むのを諦めた。というか突っ込むタイミングを逃した。

 ひとまず知りたいのは、恩納さんが我が家に居た理由。ナーナの話によればソファの下だけでなくベッドの下や冷蔵庫の裏に居たこともあったようだし、人見知りのナーナが懐くとなると結構な頻度で隠れていたということになる。

 となると一日や二日の話ではないだろう。

 なんのために、そんなことをしていたのか。

 

「実はとあるお方から、あなたがたの監視を仰せつかりまして……」

 

 壁から降りてテーブルに戻った恩納さんは、また申し訳なさそうにしながらとても不穏な答えを返してきた。

 監視。なかなか馴染みのないワードだ。

 いやそれよりも、その返答は少しおかしい。

 誰かの指示で私たちを監視していたというのが本当だとして、その監視対象である私たちが居るところで易々とそれを話すだろうか。

 

「……あの、すみません。こちらから聞いておいてあれなんですが、それは私に話しても大丈夫なやつですか?」

「ああ、それは問題ありません。というのも私、元はとあるお屋敷でメイドをしておりまして。私に監視を命じたお方というのがそこのご主人さまなんです」

「ふむ……?」

 

 いまいち繋がりが分からなかったけれど、とりあえず続きを聞くことにした。

 たぶん、順序だてて聞かないとややこしくなるタイプの話なのだろう。

 

「それで、このお宅に潜入させて頂いたところまではよかったのですが……その日のうちにナーナさまに見つかり、しばき回されまして……」

「初日に」

「ええ、足で思いっきり……」

 

 なぜか、ほんのり顔を赤らめる。

 ナーナの蹴りって、全力で殴りかかってきたムームの拳も足で止めていたくらいだから、けっこう洒落にならない威力のはずだけど。

 よく無事だったな、この人。

 

 しかしまあ、それはそれとして。

 すみませんと言いたいところだけど、恩納さんはまだこの時点ではただの侵入者。これに関してはグッジョブ・ナーナと言わざるをえない。それでこそお留守番。

 隠れていても匂いですぐにバレる。ナーナは鼻がきくのだ。

 

「それから、どうにか弁解を重ねているうちになんとかご納得頂けたようで、そうすると今度は一転してお友だちのように接してくださるものですから……」

「うん……まあ、はい」

 

 遺憾。

 というか現状がこうなので、流れ的にそうなるだろうなとは思ったけど。

 ナーナは人見知りだけど、そこを突破したら思いのほかチョロい説、あるかも知れない。たとえそれが侵入者であっても。

 ちなみに今もテーブルの周りをうろちょろして、恩納さんにちょっかいを出して遊んでいる。

 

「それが嬉しくもあり、罪悪感もありという感じで……どう判断すべきか迷いながらしばらくのあいだ監視業務を続けておりましたら、その……」

 

 まとわりつくナーナに構いながら、恩納さんは言いにくそうに続けた。

 

「ご主人さまが、何者かにお屋敷ごと爆破されてしまいまして……」

「あ」

 

 あー。

 

「……お心当たりは、ありますよね」

「…………ええ、まあ……」

 

 しらばっくれるには、分が悪すぎる。

 相手はこちらを監視していたのだ。

 繋がっちゃった。

 そういうことか。

 

「というような経緯がありましたので……指示の件については話しても問題ありません。ご主人さまはもう居ませんし、私も現在は無職ですから」

「それは、すみません……」

 

 そう言うのも変な気がしたけれど、他に適切そうな言葉も見つからない。

 今度こそすみません。

 

「ああ、それはいいんです。お恥ずかしい話ですが……あそこはお給金はよかったのですが、あらゆるハラスメントが横行していましたので、辞めたい辞めたいと思っていたんです。きっかけを頂けたと思っていますから、お気になさらないでください」

「それもどうなんですかね」

「それに、お陰さまで蓄えもありますので当面の心配はいりませんし、このお話のなかであなたがたを脅迫しようという意図もありません。ですので、本当にお気になさらず」

「はあ、それは何よりですけど……あれ?」

 

 恩納さんが我が家の監視を始めた経緯に関しては理解した。でも、だからこそ。そうなると今度は別の疑問が沸いてくる。

 恩納さんに我が家の監視を命じた人間は、もう居ない。

 つまり。

 

「監視の指示はもう無効、ということですよね?」

「あ、はい。そうです……そういうことになります」

「ではなぜ……?」

 

 結局のところ。

 現在の恩納さんには我が家を監視する理由はない、ということになるはず。

 じゃあどうして、未だに我が家への侵入を続けていたのか。

 恩納さんは、また顔を赤らめた。

 

「それは、ナーナさまが可愛くて……つい……」

「…………えーーーと……」

 

 要するに。

 恩納さんはあんまり友だちが居ないので、ナーナが仲良くしてくれるのが嬉しくて我が家への侵入を続けていた、ということらしい。

 経緯に関しては少しごたごたしていたものの、現状は割と単純明快だった。まあ、それを聞かされてしまってはもう『そっかあ』としか言いようがない。

 

 可愛いよね、人んちの犬。

 狼だけど。

 

「すみません、こんなことを言うのも申し訳ないんですが……また遊びにきてもいいですか……?」

「はあ、それは構いませんけど……」

 

 次からは通気口ではなく玄関から来てください、とだけ伝えた。




新キャラの名前は「恩納零(おんな れい)」さんです。
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