狼少女を拾ったら飼うことになってしまった。   作:紅福

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ムームほふり

 公園にて。

 

『孤独死した高齢者の遺体に野生動物のものとみられる噛み跡』

 

 新聞の地方欄に小さく載っている記事を、じーっと見ている。

 内容はまあ、見出しにあるとおり。孤独死した高齢者の遺体に野生動物のものと見られる噛み跡があったという、簡単に説明しようとすると確かに見出しのまんまになる話。

 もう少し詳しく見ていく。

 現場は閑静な住宅地のなかの一軒家。亡くなったのは、そこで一人暮らしをしていた高齢の家主。

 発見者は近所の住人で、インターホンに応答がなかったことと玄関の鍵が開いていたことで不審に思い失礼を承知で侵入。テレビの音が聞こえたので居間を覗いたところ、居間に敷かれた布団のなかで家主が亡くなっているのを発見したとのこと。

 その後、通報をうけて駆けつけた警察により状況が確認され、検死の結果死因は老衰で、事件性はないものと判断された。

 と。

 ここまではまあ、こう言っては申し訳ないけど、よくある話。孤独死とはそういうもの。

 ただ一点だけ、普通の孤独死とは違う箇所があった。それがこの件を新聞の地方欄に載るほどのスクープたらしめている。

 見出しにもあるとおり、現場には荒らされた形跡はなかったものの遺体には謎の噛み跡があり、手の甲には鋭い爪をたててつけられたような傷もあったという。噛み跡の歯型から故人を噛んだのは大型の狼であると推測されているが、なぜ孤独死した高齢者の家に狼が居たのか、そしてその狼はどこから来てどこへ行ったのかという部分にまったく説明がつけられないため捜査関係者は困惑しているらしい。

 念のため、現場周辺では野生動物への注意を呼びかけているという。そして狼の行方に関しては引き続き調査が行われているようだ。

 

 ふーむ。

 

「あら~、あなたもそれ読んでるの?」

「あ、どうも」

 

 記事を何周か読みつつ段々とただの考えごとにシフトしつつある私に、お散歩だかお買いものだかで通りがかったおばちゃんが話しかけてきた。

 ご近所はこの話題で持ちきり。新聞の地方欄をじーっと見ている人が居れば、誰だってこの記事を読んでいるのだろうと思うほどに。

 おばちゃんだってそう思って話しかけてきたのだろう。

 

「ムーちゃんならイチさんと仲良かったし、何か知ってるかもしれないけどねぇ」

「あー……そうですね」

 

 ムーちゃんというのは、ムームのこと。

 イチさんというのは、今回亡くなった方のこと。

 

 つまり、この記事の現場、ぶっちゃけ近所。

 

 ムームは野良をやっている関係で、意外にも地域の方々とはそれなりに交流している。狼であることは隠しているものの、公園で子供の喧嘩を仲裁したり、重い荷物を運ぶのを手伝ったり、通気口から人んちに入ろうとしている不審者をぶん殴って撃退したり。

 もちろん、そういった行動のなかで一人暮らしの高齢者の家を覗いて話し相手になってあげることなどもあるようだ。

 今回亡くなったイチさんの家にも、ムームは出入りしていた。だから、そのことを知っている人なら『ムーちゃんなら何か知ってるかも』と考えるのは当然で、ムームが狼であることがバレればそれどころの騒ぎではなくなるだろう。

 まあ、噂話の権化みたいなこのおばちゃんがそこに言及しないということは、ムームの正体はまだバレていないし知れ渡ってもいないと考えて大丈夫そうだ。

 ただ、それはそれとして。

 

「それにしても怖いわねぇ、狼なんて……」

「……ですよねー」

 

 単品の話題としては言及する。

 そりゃまあ『ムーちゃん=狼』ということを知らなければ、この記事はちょっとした好奇心をくすぐるミステリーのようでもあるし、近隣住民としては近所に狼が出たってんだから『怖いわねぇ』と話さずにはいられないだろう。

 ムーちゃんの話と狼の話、セットのほうがお得ですよとはもちろん言わない。

 ただ一応、この記事を読んだ人の半分くらいが誤解しそうな点に関してはフォローを入れておこうと思う。

 

「イチさんのご遺体に事件性がなかったということは、狼の話って別件ですよね」

「え、そうなの?」

「ええ。これがもし狼被害の話であれば、もっと狼の話を大きく取り扱うでしょうし……何よりイチさんの死因はハッキリ『老衰』と書かれていますので」

「あら~、言われてみれば本当。よく気付いたわねぇ……」

 

 イチさんが亡くなった話と、狼の話は別件。

 読み手に誤解させてでも話題性を上げようとしたのか、それとも単に事実を並べたらたまたまそんなふうになってしまったのか。まあ半々くらいだろうとは思うけど、言葉というものは『後』のほうが強くなる。この記事を読んだ人の印象に強く残るのは孤独死の件よりも狼の件で、それによって『一人暮らしの高齢者が狼に食い殺された』と勘違いする人は一定数現れるだろう。

 そうじゃないんだよ、イチさんは食い殺されたんじゃなくて亡くなってから噛まれたんだよ、ということは改めて申しあげておきたい。

 実際、おばちゃんも勘違いしていた側だったようだ。

 

「それと……記事には『噛み跡』としか書いてないので、おそらく噛んだだけなんでしょうね」

「うん? どういうこと?」

「食べてない」

「ああ~」

 

 噛み跡がつけられたのは、イチさんが亡くなったあと。そして噛み跡しかなかったということはつまり、食い荒らされたりはしていないということ。これも記事にあるけれど、イチさんは布団のなかで亡くなっていたのだから。

 こう考えると、記事を読んで誤解した人が持つであろう『人間を食い殺す狼』というイメージとはだいぶ違ってくることが分かる。悪いイメージは払拭しておくに越したことはない。

 

「でも、そうなると今度は噛んだ理由が分からないわねぇ」

「ですね……そこは私もさっぱり」

 

 これは嘘。

 狼がイチさんを噛んだのにはしっかり理由があるし、私はその理由も知っている。

 なぜなら、ムームから全部聞いたから。

 

 ぶっちゃけパート2、記事の『狼』はムーム。

 ぶっちゃけパート3、記事の『発見者』は私。

 

 この件は先日、ムームが『人が死んだ時ってどうすればいいの?』といってうちに来たことが発端。

 ひとまず事情を聞いて、ムームに案内されるがままイチさんの家に行ったら、イチさんが亡くなっていた。

 あとはもう、記事にある通り。

 とりあえずムームは我が家に匿って、事情聴取の際は知らぬ存ぜぬを貫いたので、ああいう記事になってしまったというわけ。

 

 とりあえずおばちゃんとはその場でお別れ。

 これまでに話した、記事内容と実際の狼のイメージの違いの話がおばちゃん的にかなりヒットらしく、去り際に『○○さんにも教えてあげなきゃ~』と言っていた。

 利用するようで申し訳ないけれど、おばちゃんには狼のイメージ払拭のため、噂の拡散に一役買っていただこうと思う。

 

 というわけで、私は新聞をゴミ箱に捨てて帰路についた。

 

◇ ◇ ◇

 

 で、現在ムームはどこに居るのかというと。

 まだうちに居る。

 

 ほとぼりが冷めるまではあまり出歩かないほうがいいだろう。うっかりおばちゃんに捕まれば質問攻めにあう可能性もある。

 捜査の方々が思い浮かべているような『狼』が出ることは絶対にないし、大人しく待っておけば、ほとぼりが温めなおされることもないはず。

 

「おかえりなさーーい!!!」

「ただい、ごぇふ」

「お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」

 

 もはや普通に居る恩納さんには突っ込まない。

 ムームも住まわせている現状、事情が分かってくれている人の協力は普通にありがたい。

 

 発情期も終わり、すっかり元気になってタックルみたいな勢いで抱きついてくるナーナとは違い、ムームのテンションは低め。元々テンションが高い子ではないけれど、最近は特に低い。

 まあ、あんなことがあったあとでは無理もない。おばちゃんも言っていたように、ムームはイチさんと仲がよかったのだ。

 

 イチさんはムームのことを孫のように可愛がっていたのだと思う。ムームが着ている妙に高価そうな服はイチさんから貰っていたもののようだし、もちろん服だけではなく食べものも貰っていた。

 そして、イチさんはムームの正体も知っていたのだ。

 きっかけは分からない。イチさんが気づいたのか、ムームのほうから打ち明けたのかは定かではないけれど、耳や尻尾を隠せるような服を選んでくれていたのも、狼でも食べられるごはんを用意してくれていたのも、そういうことだったんだろう。

 狼とか人間とかはもうどうでもよくなっていて、ムームが遊びにきてくれることが純粋に嬉しかったのだと思う。

 

 だから。

 

『ムーちゃん、私が死んだら食べてもいいからね』

 

 と。

 そう、言っていたのだそうだ。

 だから、ムームはイチさんが亡くなったあと、言われたとおりに食べようとした。

 でも結局、噛みつきはしたが食べることはできなかった。私の指を一瞬で噛みちぎるほどの牙と顎を持つムームが歯をたてただけで食べるのを辞めたのは、まぎれもなく、そこで踏み止まる意志が働いたから。

 なぜなら、ムームとイチさんは、仲がよかったのだから。

 

 新聞の記事にもあった、イチさんの手の甲の傷。

 あれは、ムームがイチさんの手を強く握っていたから爪が食いこんだのだと思う。

 発見時、布団のなかで亡くなっていたイチさんはとても安らかな顔をしていた。孤独死と判断されたが、きっと、孤独ではなかったのだろう。

 イチさんは、孫のように可愛がっていた狼に手を握られながら亡くなったのだ。

 

 まあ『いい話だなー』で終わらせることもできるが、残念ながらそういうわけにもいかない。こちらの人生は続くのだ。

 イチさんはそれでよかったかも知れないが、お陰さまでムームのテンションは低いまま。

 まあ、いますぐに解決するようなことでもないし、時間に任せるしかないんだろうなとは思う。

 そんなことを考えながら、珍しく私の膝枕で静かにふんふんと鼻を鳴らすムームの頭を撫でる。

 

 いつだったか、ムームは『人間を食べる覚悟はできている』みたいなことを言っていた覚えがあるけれど、あれは本当に食べものに困った場合の話。今回のことはさすがにノーカンだろう。色々な意味で。

 でも個人的にはずっと、そんな覚悟をしなくてもいいような環境をムームに用意してあげられるならそれが一番だと考えている。具体的にどうすればそんな環境が用意できるのかは、さっぱり思いつかないけど。ムームは『野良のほうが性にあう』と自分で言ってわざわざ野良をやってるくらいだし。

 

 とりあえず、事態が沈静化するまでと言わず、ムームさえよければこの家にはいつまででも居てくれていい。

 食費だなんだは、まあ、なんとかする。

 そこはどうにでもなる。

 

 うとうとし始めたムームの頭を撫でながら、私は今後のことを考えたり考えなかったりした。

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