狼少女を拾ったら飼うことになってしまった。   作:紅福

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勝さんと恩納さんの雑談回。
このふたりにスポットを当ててみたかったので。


勝さんど

☆恩納おこし

 カタカタ、という音で目がさめた。

 別に、たいして大きい音ではなかった。それなのに目がさめたのは、この部屋にあるものが出す音として私の記憶になかったから。要するに、聞き慣れない音だったから目がさめた。

 もっと言えば、無機物っぽくはあったけど人間味のある音だった。靴音とか衣ずれとかそういう、人間が居ないと出ないジャンルの音。この部屋には私しか居ないはず。

 ベッド代わりのソファに横になったまま、目だけで部屋を見回して音の出どころを探す。すると通気口のなかから手がふたつ伸びていて、その入口に嵌めてある格子を掴んで静かに揺らしていた。

 

「恩納ァ!!」

「はっ、はいぃ!!」

 

 ホラーな絵面だから一瞬ギョッとしたけど、幸い(?)通気口のなかから手を出せる人間なら一人知っている。案の定、その子は名前を呼ばれて返事をした。

 

「何してんの、そんなところで」

「いえ、その……以前伺った時はここに格子がなかったものですから慌ててしまいまして」

「その格子はアンタが入ってくるから嵌めたのよ」

「あらあら、それはお手数をおかけしまして」

「そうじゃなくてねぇー……」

 

 通気口なんかで何してんのと聞いたつもりがこっちの意図とは微妙にズレた答えが返ってきて、若干イライラが募るのを感じる。

 まあ通気口のなかに居るのが当たりまえな恩納にとっては『そんなところ』と言われれば、通気口そのものではなくその出口にある格子の話と受け取ってしまうのも無理はないんだけど。なんか思考を突き詰めていくと、こっちが言葉足らずだったのが悪かったみたいな可能性が出てくるのがまた腹がたつ。

 っていうかそもそも、こっちは言葉通りに何してんのかを聞いたわけでもない。

 恩納が通気口から不法侵入しようとしてたことくらいは分かってる。それを分かったうえで、嫌味として『何してんの』という言葉を投げたのに、それが伝わらなかったうえにズレた答えを返されたものだから二重にも三重にもイライラさせられている。なんか微妙に向こうのペースだし。

 寝起きで無駄にびっくりさせられて、さらにこのいまいち要領をえない会話のせいで徐々に上昇してきた怒りのボルテージを抑えるため、タバコに火をつけて脳に煙をまわした。

 

「ふーーー……」

「ああっ、先生の副流煙、げっほ、ごほっ、うふふぅ」

「……」

 

 恩納の気色わるい喜びかたについてはもう、無視。

 気色わるがっていることが伝われば、それはそれで喜ばれてしまうから。

 あーめんどくさい。

 

「とりあえずー……このままだと通気口と会話してるみたいでなんか嫌だから、引き返して玄関から入ってきなさい。鍵は開いてるから」

「仕方ないですね……わかりました」

 

 何故だか残念そうな返事がして、格子にかけられていた手が引っ込んだ。

 それから少しして。

 改めて、きちんとしたルートから恩納が入ってきた。

 黒い長髪に、黒いゴシック風の服。相変わらず幽霊みたいな格好をしている。

 

「こ、こんにちは……」

「なんでちょっとモジモジしてんの?」

「いえ、玄関というものを久しぶりに使ったものですから、なんだか気恥ずかしくて……」

「うーん」

 

 言葉の意味はわかるけど、文章としての意味はわからない。いや、わからないことはないけど、わかりたくない。

 脳が理解を拒む。玄関を久しぶりに使うって、なに?

 

「あ、先生。通気口のなかが真っ黒でしたから、お掃除しておきましたよ」

「あー…………うん。まあ、ありがと」

 

 いわゆるありがた迷惑とは違う、ありがたさと迷惑さの両方を兼ね備えたこの子特有の感じ、どうにも慣れない。

 嫌いではないんだけどね。

 

「で、何しにきたの? どっか具合悪い?」

「いえ、お時間がありましたらお喋りでもと思いまして」

「……暇なの?」

「まあ、はい……そんなところです」

「ふむ」

 

 気乗りはしないけど、断る理由も特にない。

 暇なのは私も一緒。今の今まで寝てたんだし。

 

「なんか飲む?」

「いえ、お構いなく。お酒は得意ではありませんので」

「アンタ、うちにお酒しかないと思ってる?」

「……お酒を割るための炭酸水ならあるかとは思っていますが」

「それは正解」

「ありがとうございます。先生はどうされます?」

「私は飲むー。冷蔵庫にビールがあるから」

「ではお持ちしますね。一本でよろしいですか?」

「二本!」

「ふふふ、わかりました」

 

 で。

 

☆零八がたり

恩納零(以下「零」):お待たせしました。簡単にですが、おつまみもご用意しましたよ。

 

勝八刃(以下「八」):わー、ありがとう。

 

零:うふふ、いえいえ。

 

八:さて……最近どう? 元気してんの?

 

零:ええ、事情があって預かることになった子が居るんですが、その子が可愛くて可愛くて。毎日ばたばたしています。

 

八:ペット?

 

零:ペットというか家族というか……真っ白な毛並みで、とっても甘えん坊さんな子なんですよ。お風呂嫌いなのがちょっと難点ですけど……。

 

八:楽しそうで何よりだわ。そう言えば、仕事探してなかった? そっちはどうなってんの?

 

零:そうですねぇ。蓄えはそれなりにあるんですが、その子のこともあるので手に職はつけておきたくて、適当に探したり探さなかったりしています。それで実はひとつ、友人の紹介で派遣のお仕事を頂けそうではあるんですが……。

 

八:派遣ねぇ。まあ取っつきやすそうではあるわね。

 

零:ええ。ですがちょっと、業務内容が自分にあうかどうか不安でして。

 

八:何すんの?

 

零:おもに、暗殺を……。

 

八:…………え、天職じゃない?

 

零:それはよく言われますが、私は隠れるのが得意なだけなんですよ?

 

八:ああ、そっか。『暗』は得意だけど『殺』は無理ってことね。

 

零:そうなんですよ。一応、それ用にこういう道具も揃えはしたんですが。

 

八:今どっから出したの、その長ドス……。

 

零:失礼。

 

八:うーん……まあ業務内容が苦手だと思うなら、無理にそんな仕事するより婚活でもしたほうがいいんじゃないかと思うけど。私はね。

 

零:こ、婚活ですか? 無理ですよ、私なんか……。

 

八:アンタ家事全般得意だし、性格も優しいし全然いけるでしょー。それに前髪上げたら可愛い顔してるんだし、絶対モテるわよ。

 

零:こ、こうですか……?

 

八:そうそう、そうやって雑にかきあげるだけでも全然印象が違うわ。今日はそのままでいなさい。

 

零:えぇ……なんだか慣れません……。

 

八:はい、ヘアピンあげる。

 

零:あら可愛い、ウサギちゃんのヘアピン……どうしたんですか、これ?

 

八:私物だけど?

 

零:んっふん。

 

八:いま笑った?

 

零:笑ってません笑ってません。そう言えば先生、可愛いものがお好きでしたね。ありがたく使わせて頂きます。

 

八:……まあいいけど。っていうか、なんでアンタいつも前髪で目を隠してるの? 可愛いんだから普通に顔出せばいいのに。

 

零:えっ、正面を向いたまま眼球の動きだけで周囲を見渡すためですけど。

 

八:当然みたいに言ってるけど、正面を向いたまま眼球の動きだけで周囲を見渡す必要に迫られたことがないから分かんないわ……なんて言うか、根っからの不審者なのね、アンタ。

 

零:ふふふ、ありがとうございます。

 

八:誉めてないけどね……でもまあ、わざわざ長ドスまで用意したってことは一旦やってみる気ではいるの?

 

零:はい。お仕事を紹介してくれた友人の顔も立てなくてはとも思っていますし、やってみたら意外にしっくりくるかも知れませんから。

 

八:あー……もしかしてだけど、その友人ってあいつ? ナーナちゃんの飼い主の。

 

零:あ、はい。その方であってます。

 

八:あいつの顔なんか立てなくていいでしょ。泥でもなんでも塗ってやればいいわ。

 

零:そ、そういうわけには……。

 

八:っていうかねぇ……相手がアンタみたいな子だからかも知れないけど、仕事探してるだけの子に暗殺なんか紹介する? 普通。

 

零:それは……思いましたけど。でも、それよりなぜそんな仕事を紹介できるのかということのほうが気になってしまって……あの方は一体、何者なんですか?

 

八:あー、それは私も正確には知らない。

 

零:えっ?

 

八:何回か調べてやろうともしたんだけど、結局よく分かんないのよね。直接聞いてもちゃんとした答えは返ってこないし。

 

零:はあ……。

 

八:聞くたびに違う素性を話すのよ、あいつ。それこそ暗殺やってたって話すこともあれば、探偵だったって話すこともあるし……あとパチプロやってたとか言ってたこともあったわ。どれが本当か分かんないのよ。逆に全部本当かも知んないし。

 

零:……うーん、私が聞いた時もそんな感じでしたねぇ。

 

八:なんて言ってた?

 

零:何者でもないし誰でもない、自分はただの『飼い主』だと仰っていました。

 

八:あー……でもまあ、今はそれが一番正解に近いのかも知れないわね。ナーナちゃんの飼い主ってのは確かだし。

 

零:それは、そうですが……『何者でもない』というのはどうなんでしょうか。

 

八:……まあ、ねぇ。

 

零:今回紹介して頂いたところは暗殺依頼のリストが壁に貼り出されていて、それを自由に眺めて自分に合ったものを受注するという形式の場所だったんですが……あの方を標的にした依頼もありましたよ。しかも複数件。

 

八:思ったよりカジュアルな場所ね……まあ、あいつに関してはどっから恨まれてても不思議じゃないっていうか『あいつならしょうがない』って思えちゃうかも。

 

零:そういうものですか。

 

八:どういう経緯で恨まれてるかとか、個別の事情はもちろん分かんないけどね。例えばだけど、アンタの元職場が爆破されたのもあいつが絡んでたりするんじゃない?

 

零:えっ……ご存知だったんですか?

 

八:あ、え? 本当にそうなの?

 

零:えっ?

 

八:いや……あいつ、なんでか原因不明ってことになってる事件の真相に近いところに居たりして、それで恨まれてるパターンも稀によくあるから、あくまでも『例えば』の話で挙げたつもりだったんだけど。

 

零:そ、そうでしたか。確かに……不謹慎な表現にはなりますが、あの件によって大きな損をされた方も沢山いらっしゃったかとは思います。そういう意味では、真相が明るみになれば飼い主さまもただでは済まないかと……。

 

八:でしょ。っていうか、これに関してはアンタが真相を知ってる風なのもちょっと意外なんだけど。

 

零:それは……実は思うところありまして、勝手ながらこっそりとあの件を『原因不明』とするお手伝いをさせて頂きましたもので。飼い主さまはご存知ないでしょうけれど。

 

八:えー、そんなことやってたんだ……証拠隠滅、的な?

 

零:そんなところです。

 

八:……まあ辞めたい辞めたいって言ってたし、アンタにとってはそうなってくれたほうが色々と都合がよかったってことなんでしょうけど……よーやるわ。

 

零:うふふ、ありがとうございます。

 

八:誉めてないけど。まあ、そのお陰であいつはまたまんまと『原因不明』になったって訳ね……悪運の強いやつだわ。

 

零:あはは……。

 

八:で、そろそろ聞いておきたいんだけど。

 

零:なんでしょう?

 

八:アンタ、私のことを殺しにきたのよね?

 

零:……あら。

 

☆勝しばき

「……お見通しでした?」

「当たり前でしょ、誰だと思ってんの」

「うふふ、さすがです」

 

 伊達に闇医者なんかやっていない。

 恨まれる心当たりぐらい、私にもある。

 刺客を送りこまれた経験だって一度や二度ではないし、三度でも四度でもない。今回はそれが恩納だったってだけ。

 

 タバコに火をつけてひと吸い。

 ゆっくりと煙を吐く。

 

「本当に先生を殺してしまう訳にもいきませんので、形だけ訪問して先方には『失敗した』と伝えるつもりだったんですよ」

「はん、舐められたものね。アンタごときに私が殺せるとでも?」

「……ごとき、ですか?」

 

 恩納が珍しく、露骨に不快感を表情に出した。

 まあ『珍しく』というか、日頃からこういう顔をすることは普通にあったんだと思う。でも今日は髪をあげて目を出してるから特に分かりやすいってだけ。

 

「舐めているのはどちらでしょうか。これでも刃物の扱いは得意なほうなんですよ」

 

 恩納が長脇差、いわゆる長ドスを抜いてゆらりと立ち上がった。

 

「それに、室内で私に勝てるわけが……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、自信があるならやってみれば? まあ、刃物を持ったくらいでいい気になられても困るんだけど。それで私を殺せたら大したものよ」

「……」

「その代わり、失敗したらきっぱり足を洗いなさい」

「あ……」

「ほら、安心して斬りかかってきなさい。失敗させてあげるから」

「もう……知りませんからね」

 

 体勢を低くした恩納が壁を這って私の背後に回り込みつつ、天井に移動した。相変わらず、気色悪い動き。でも確かに、自信を持つだけのことはある。壁や天井に張りつくことができる恩納の特技は、当たり前だけど室内が最も効果が高い。刃物を持った恩納と室内で戦いたいかって言われたら、まあ普通に嫌。

 真上からそのまま長ドスを振り下ろしてくるかと思いきや、垂直に床に落ちて四つん這いになり、陸上のクラウチングスタートの要領で身体のバネを利用して一瞬で距離を詰めてきた。フェイントみたいな動きを繰り返していたけど、どうやら本命はここ。

 恩納が私の首を目掛けて長ドスを振りぬいた瞬間。

 ガギンという金属同士がぶつかる鈍い音がして、長ドスの刀身が折れてふっ飛び、床に突き刺さった。

 

「……は……?」

 

 何が起こったのか分からないという感じで、唖然とする恩納。

 私の手に握られているのは、いつも胸ポケットに差しているボールペン。

 事実を総合して、導き出される一番簡単な結論が咄嗟に信じられないのも無理はない。

 まさか、ボールペンに刀を叩き折られるなんて考えもしなかったでしょうから。

 

「いいでしょ、戦車が踏んでも壊れない特注品よ」

 

 刺客は送りこまれ慣れているし、返り討ちにも慣れている。

 だからこういうものの用意も、当然ある。

 

「でも、どうして、その……そんな……」

 

 刀を叩き折る性能を持った特注のボールペンとは言え、どうしてそんな小さなもので首を守ることができたのか。つまり、あれだけ変則的な動きを織りまぜて斬りかかったにも関わらず、どうやって本命の攻撃や狙われる箇所を見定めることができたのか。そう言いたいんだと思う。まだ言語化が追いついてないけど。

 簡単なこと。

 

「アンタ、本当に『視線を読まれる』ってことに慣れてないのね。首を狙う時に首を見てたらバレバレじゃないの」

「……あっ、前髪……!」

「似合ってるわよ、ヘアピン」

 

 目を出し慣れていない恩納は当然、視線を読まれることにも慣れていなかった。それだけのこと。

 照れか、悔しさか、それとも両方か。折れて柄だけになった長ドスを珍しく乱暴に投げ捨てて、恩納はただ顔を真っ赤にしてプルプルしている。

 私はその手首を掴んだ。

 

「それじゃ、約束通りね。そんな仕事はさっさと辞めて、まともな仕事を探しなさい」

「あっ、ありがとうございます……ところで先生、この手は一体……?」

 

 恩納が変な仕事を辞めてくれたのはよかったけど、それはそれとしてね。

 

「私ねぇ、こういう時はしっかりやり返さないと気が済まないのよ。まあ生かして帰してあげるし傷もつけないから、そこは安心しなさい」

 

 まだ消えていないタバコの煙を、顔に吹きかける。

 言葉の意味を理解した恩納の表情が、みるみる期待に染まった。

 

 あー、やりづら。




作品タイトルを変えました。
こちらのほうが内容が伝わりやすく、手にとって貰いやすいと判断したので。

モチベーションに繋がりますので、評価や感想などお待ちしています。切実に。
お願いします。
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