ミーサちゃんのご紹介
かわいいですね
我が家に、兎が住みついた。
名前はミーサ。
赤い瞳にもちもちの白い肌、その肌とおなじように真っ白な髪、そしてそこから伸びる長い耳。
小柄でむっちりとした身体つきは、おまんじゅうのような丸っこいフォルム。
気を失った状態で先日ここに運びこまれて、それ以来、なんかずっと居る。
一応、あちこち検査はしたけどどこにも異常はなく、現在は意識も回復して普通に過ごしている。食欲も旺盛。
失神の原因に関しては、おそらく突発的なもの。
そう判断したのは、そのまんま、その原因に思いあたる節があるから。
メカニズム的なことで言えば、失神っていうのは極度の緊張やストレスや恐怖によって脳への血流の急激な減少、つまり文字どおり血の気が引くことでおきる生理現象なんだけど、じゃあ要するに失神するほどの『極度の緊張やストレスや恐怖』の原因になった出来事とは一体何だったのかという話。
それはまず間違いなく、ミーサをここに運んできた奴、ナーナちゃんの飼い主にあると私は思っている。
実際あいつも、直接手は下していないけど原因は自分にあるとかなんとか回りくどいことをごちゃごちゃ言っていた。
あいつのことだからたとえ自分が仕掛けた爆弾で人が死んでも、自分で起爆したわけじゃなければ『直接手は下していない』って言いかたをするだろうし、今回のケースもそういう感じのことなんだと思っている。
あいつが直接ミーサを失神させた訳ではないけど、ミーサが失神したのはあいつのせい。要するに、回りくどいけどあいつの言うとおり。
まあ何があったか詳細は定かではないし、あいつがここに運んできたことでミーサが助かったという点を考えれば責めるのも違うかなと思うから、必要以上の追及はしていない。どうせ全容がわかったところで『そっかあ』としか言いようがなくなるのが目にみえている。だからまあ、それで終わり。
でも治療費は全額あいつに請求した。
あいつと関わると、こういうことがよく起こる。あれはもう天性のものと言っていい。
べつに、あいつは悪意を持って行動しているわけではない。まあ善意も持っていないと思うけど『理論上の善行』を選んで動いている節はある。だから何かあった時に事情を聞いていくと、ほとんどの場合あいつには非がない。それなのになぜか、あいつのせいで誰かがとんでもない大迷惑を被る羽目になっている。なんなら最悪の場合、死に至る。
でもあいつには非がないから、やり場のない怒りを抱えるか死ぬかしかない。泣き寝入りまでがセット。
悪い奴ではない、だからこそ腹がたつ。こちらに残される最後の自由は、あいつを『嫌う』ことだけ。
だから嫌い。
疫病神、と表現しても差し支えないとさえ思う。
恩納だって、結果的にハッピーみたいな感じになってはいるけど、よくよく考えたらあいつのせいで職を失っている。
正直、あいつと暮らしているナーナちゃんがなぜ無事でいられるのか、全く理解できない。
仮にもし私があいつと暮らすことになったら、次の週にはどっちかが死んでると思う。
話が逸れたけど、要するにあいつが原因ならミーサの失神も(よくも悪くも)野良犬に噛まれたようなもんだと思うしかないから、裏をかえせば再発の可能性も低いってこと。実際、しばらく一緒に生活してみたけどその兆候すらない。臆病な子ではあるけど。
だから視点を変えると、べつにミーサがうちに居座る理由はないはずなんだけど、出ていく気配はない。
まあ他に行くあても無さそうだし、無理に追い出すのも可哀想だからそのままなんとなく月日が経過して現在に至っている。
うちにミーサが住みついた経緯は、そんなところ。
さて。
ミーサが家に住みついたことで、私の生活にも変化があった。
まず何より、家に女の子を連れ込めなくなった。ミーサが居るからっていうのはもちろんそうなんだけど、そのミーサがよりによって寝室に陣取っていることが多いせいで、女の子とそういうことをする目的で使うことができない。
まあ訳ありの人間が頻繁に出入りする場所だから、そもそも余計なことに首を突っこむようなタイプの子は連れこまないようにはしているけど、それにしたってね。
というか、今考えてみたら連れ込めなくなったどころか女の子と遊ぶこと自体がほぼなくなったかも。家にミーサが居るからと思うと、たまに出かけても早く帰らなきゃって考えちゃうし。
まあ突然患者が入ってきた時にバタバタしなくて済むから、そういう面ではミーサが寝室に陣取っていること自体はありがたい。診察室(という名のリビング)でごろごろしている時も、耳がいいから私より早く患者の足音を聞きつけて自分からサッと引っこんでくれるから、手がかからない。
とは言え。
ミーサが運びこまれた日、その時に限っては、それこそ部屋に女の子が居たから不可抗力として隠しきれなかったけど。
まあそのとき居たのが、まさしく『余計なことに首を突っ込まないタイプの子』だったことが不幸中の幸いというか、なんというか。
そのお陰もあって、辛うじて事なきをえた。
っていう体裁になっている。
日々食べるものも若干変化して、以前よりも野菜類を食べることが増えた。これはもちろん、ミーサが野菜好きでよく食べるから、私もついでに同じものを食べているせい。
初めの頃はラビットフードとやらを取り寄せて食べさせてみたりもしたけどお気に召さなかったみたいで、なんだかんだと試行錯誤して現在の野菜と牧草がメインの食生活に落ちついている。生のニンジンをボリボリ食べてるところなんかを見ると、わー本当に兎だーってなる。
お陰で私もサラダばっかり。
そして、食べものに関しては私の食生活なんかよりも、触れないわけにはいかない点がひとつ。
餅。
野菜やら牧草やらをメインで食べている割に、ミーサが何より大好きなのはお餅。特につぶあんの大福。
初めてミーサがお餅を食べたいと言ったときはびっくりよりも先に、本当にお餅を食べさせても平気なのかどうかっていう心配のほうが大きかった。
ミーサ自身が大丈夫って言うから大丈夫だと思いたいっていうのはあったけど、鵜呑みにするわけにもいかない。
一応、こっちも医者だから。
月の兎じゃないけど、昔っから創作においては兎とお餅には密接な関わりがある。
だからか兎の名前がついた餅菓子は全国に沢山あるし、ペットの兎にあんことかきなことかのお餅っぽい名前をつけることもよくあるみたい。
それがどうしたのかっていうと、そのお陰で『兎』『餅』で検索してもそういう情報ばっかり出てくるお陰で、一番ほしい『兎にお餅を食べさせても大丈夫かどうか』という情報に辿りつくのに苦労したっていう話。
けっこうな時間を調査に費やした結果、得られた結論は『与えないほうがよい』というもの。うん、まあ、そりゃそうでしょうねって感じなんだけど。
ただ、なぜ与えないほうがよいのかというと別に兎にとって毒になる成分が含まれているからというわけではなく、喉に詰まったり消化不良を起こしたり、さらには肥満の原因になったりするおそれがあるからということのようで。
そしてこれはあくまでも、お餅を与える対象が普通の兎である場合の話。
ミーサはどう見ても『普通の兎』ではないし、それに本人が大丈夫と言い張っているのも自身の経験則からのように思えた。
まあ、医者としての経験則で言うなら自己申告の『大丈夫』はあてにならない場合のほうが多いんだけど。
ともあれ。
考えようによっては、という注釈つきでミーサに限っては『気をつけて食べれば大丈夫』と判断できなくもない感じの状況になった。
言葉での意志疎通ができるぶん、気をつけて食べなさいよと念入りに言い含める。そうやって喉に詰まらせたり消化不良を起こしたりしないようにゆっくり食べさせつつ、万が一が起こった時に備えて水も多めに用意する。
肥満に関しては、まあ、適宜対処。
とまあそんな感じで万全(っぽい雰囲気)に準備を整えて、買ってきた大福をとりあえず半分だけ渡したら、ミーサはそれを一口で食べてしまった。
大丈夫大丈夫と言い張っていた手前の意地もあったんでしょうけど、もちろんそんな食べかたをすればどうなるかは明白で、普通に喉に詰まらせてしまった。
そこからはもう、どったんばったん大騒ぎで。
水を飲ませて、叱りつけて、びゃーびゃー泣かれて。
なだめて落ち着かせたあと、今度こそ少しずつ食べなさいよと言って残りの半分を渡して食べさせた。
その後、経過も観察したけどお腹を壊すようなことはなかったので、どうやら本当に大丈夫らしいと一旦判断。一旦ね。
それからも日常的に大福を食べさせてはいるけど、特に問題らしい問題は現在に至るまで起きていない。
何かあるとすれば、まあ、ついつい食べさせすぎちゃって、割としっかりめに太らせてしまったことくらい。
ミーサが丸っこいのは完全に大福の食べすぎが原因。
ここに運びこまれた時はもうちょっと細かった。
まあ、そんなこんなで。
話を戻すと、私は家に女の子を連れこめなくなったし、不本意ながら食生活は健康的になった。
思い返すと、タバコやお酒の量も減った気がする。ミーサが居るから誤飲を防ぐ意味でもタバコやお酒をその辺に置いてストックしておくようなことがなくなって、吸いたい時、飲みたい時にその都度買って消費するようになった。
このままじゃ真人間になっちゃいそう。
と、そんなことをつらつらと考えながらソファで本を読んでいる。
さて。
そのミーサは今どうしているかというと、私の隣でまた大福を食べている。
習性なのかただの癖なのかは分からないけど、ミーサが自分からソファに座ることはあまりなくて、私がソファで本を読んでいると寄ってきて隣に座る。そして何をするでもなく、身体をぴったりくっつけてくる。なんとなく、兎っぽい。
隣に座れば大福が貰えると思ってるのかも。
まあ実際あげてるんだけど。
丸っこいフォルムのちっちゃい子が、大福を両手で持ってちょっとずつむちむちと食べている様子は、なんというか、面白い。見飽きない何かがある。
時々、食べるのを中断してこちらの顔を見上げてじっと見てくることがある。そんな時は頭を撫でてあげると、満足というか納得したみたいな顔をして食べるのを再開する。
「ちゃんと水も飲みなさいよー」
「うん」
この子がどういう素性で、どこから来たのか。
それは実のところ、さっぱりわからない。
でもまあ、この子が運びこまれた時に一緒にいた子は『人間に紛れて隠れて暮らしている動物』に対して一定の理解を示しているようだったし、私が知らないだけでこういう子はよく居るとまでは言わないけど、まあ居たり居なかったりするのかも。好きな言い回しではないけど『まれによくある』って程度には。
考えてみれば野生動物(?)を家に入れて、手当てして餌付けまでしたらこうなるよねというだけの話ではあるかも知れない。
ただそれならそれで別の問題が発生するから、一応は鳥獣保護法とかその辺の法律にも目を通した。その観点からすると(ミーサを『野生の兎』と見なすのであれば)ちょっと面倒なことになるような気もするけど、まあ大丈夫でしょ。
参考にするのも癪だけど、誰かさんもナーナちゃんのことを『ペットだったり家族だったりする存在』として扱ってるみたいだし、そこは都合よく解釈することにする。
ミーサがうちに居着く理由がないのと同じく、私がミーサを追い出す理由もない。
なにかを食べてる時は静かだけど、喋り始めればけっこう声が大きいし、夜行性だからか夜は特にうるさい。不機嫌な時の足ダンダンも、結構ものすごい音がする。
ミーサが座りにくるお陰で、ソファで寝ることもあまりできなくなった。
正直いって、この子のお世話に思考が割かれることが増えて、うんざりしたりもする。
でも、それを補って余りあるほど、可愛いなあと、不覚にも考えてしまっている。
隣に目をやると、ミーサがまたこっちを見上げていたので、頭を撫でてあげた。