狼少女を拾ったら飼うことになってしまった。   作:紅福

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大好きなお散歩にでかけましょう。
お買い物をして、公園で遊んで、帰ってきたらお風呂に入りましょうね。
そんなお話です。


ナーナさんぽ

☆ナーナばおり

 我が家には、狼が住んでいる。

 名前はナーナ。

 

 ナーナは普段、仕事で出掛けている私に代わって家で留守番をしてくれている。しかし本来、ナーナはアウトドア気質というかなんというか、性格的にも生態的にも屋内にじっと閉じ籠っているタイプではない。だから、休日や休日の前夜などにできるだけ散歩に連れ出してあげることにしている。

 もちろんナーナもそれを楽しみにしていて、散歩に出掛けるとなれば大はしゃぎで自分から準備を始める。楽しみにしすぎるあまり、もはや『さんぽ』という文字列が耳に入っただけで反応するようになってしまったので、こちらも気を遣って『さんぽ』という文字列はなるべく散歩に出掛ける時以外は使わないようにしている。

 というのが普段の私たちなのだけど、最近は少し事情が違う。

 とある日曜日のこと。

 

「ナーナ、散歩いくよ?」

「うーーー……」

 

 いつもならこの時点でお祭り騒ぎになるはずが、ナーナは床に腹這いになり、顔だけ上げてじっとりとした目でこちらを睨みつけながら唸っている。

 その原因は、コートを着させられるから。

 大前提として、そもそもナーナは服を着ることが嫌いで、彼女にとって一番落ち着く格好は『すっぽんぽん』だ。ただ、それではさすがにこちらが目のやり場に困るので、どうにかこうにかワイシャツを一枚着させているというのが現状。下半身は丸出しだけど全裸よりはマシ、ということで無理矢理納得している。これはこれで別のフェチズムが発生しているような気がしないでもないけれど、それを言い出したらキリがないので考えるのをやめた。

 さておき。散歩に出掛ける際は、更にスカートを穿かせて帽子を被らせる。下半身丸出しで外に出すわけにはいかないし、耳も隠さないといけない。これは人の目があるのだから仕方ない。これに関しては、ナーナは意外にも比較的すんなりと受け入れた。散歩に行けるというメリットを考えれば、その程度の犠牲は厭わないということらしい。ただし、ぱんつだけは締め付けのせいかどう頑張っても駄目だった。

 そんなわけで、ワイシャツ一枚と帽子にスカートというのがナーナのお散歩コーデなのだけど、今は真冬。

 外に出る格好としては、まだまだ薄着なのだ。だからせめてコートを一枚羽織ってほしい。

 要するにこれも人目を気にしてのことだ。

 人目なんか気にしなくてもよいという考えかたもあるにはあるけれど、この件に関しては、ちょっとそういうわけにもいかない。真に人目を気にしないというなら、それこそすっぽんぽんで外に出たって構わないということになってしまう。人間に紛れて野良を続けているムームがそうであるように『人間のフリ』の初歩として、パッと見ておかしくない程度には服を着てほしい。

 本当に本当に気の毒だし言いかたも悪くなるけれど、ナーナには人間に擬態してもらわないと穏便で平和な暮らしが維持できなくなってしまう可能性がある。

 だからせめてコートを一枚羽織ってほしい。二回目。

 だけど、これがなかなかにハードルが高い。

 

「ナーナ……そんな格好で外に出たら寒いよ?」

「寒くないもん」

「ですよね……」

 

 これは私が下手だった。

 ナーナの辞書に防寒の二文字はない。

 これに関しては意地で言っているわけではなく、本気で寒くないんだと思う。どうして寒くないのかとかは、もはや考えるのも面倒くさい。ナーナなんだから仕方ないと思うしかない。それこそ、この子はすっぽんぽんで外に出たって寒くないだろう。

 さて困った。

 ナーナに(できれば遺恨を残さない形で)コートを羽織ってもらうにはどうすればいいか、さっぱり見当がつかない。このままでは散歩の中止まで視野に入ってくるけれど、それは可哀想なので避けたい。

 それに、せっかくナーナに似合うと思って買ったこの真っ白なコートも、大して袖を通さないまま仕舞いこむ羽目になるのも勿体ない。

 

「これ、ナーナが着たら可愛いと思ったんだけどなあ……」

「……かわいい?」

 

 何気ない私のぼやきに、ナーナの耳がピクンと動いた。好機。

 このチャンス、私は見逃さない。

 畳みかけるようにナーナをおだてる。

 

「可愛いよ、絶対可愛い」

「およめさん?」

「お嫁さん!」

「じゃあ着る!」

「ヒューッ、最高ゥ!」

 

 ちょっと一瞬何を言ってるか分からなかったけれど、ここは深く考えずにノリを合わせるべきだと判断した。どうやらナーナにとって『およめさん』という言葉は『可愛い』と密接に繋がっているらしい。ものすごく可愛いものイコールおよめさん、ということだと思われる。

 結婚という制度を理解しているわけではないだろうし、なんならお嫁さんが何なのかも分かっていない。たぶん。

 ともあれ、時間はかかったけれどナーナにコートを着てもらうことには成功した。

 

「ナーナ、かわいい?」

「うん、可愛いね」

「うぇ~、へへへ……」

 

 親バカである可能性は否めないものの、真っ白なコートを着てもじもじと身体をくねらせて照れ笑いするナーナがとても可愛くて、確かにこれはお嫁さんだなあ、などとよく分からないことを考えた。

 というわけで、コートを着たお陰か心なし得意気で、10分に1回くらいの頻度で『ナーナかわいい?』とニヤニヤしながら聞いてくるお嫁さんを連れて家を出た。

 

 うーん。

 お嫁さん、かあ。

 

☆ナーナつなぎ

 さて。

 今日はお散歩のついでにお買いものもしたいので、ナーナを連れて商店街へ。

 日曜日ということもあってか、混雑する時間帯は避けたはずなのに商店街には思ったよりも人が多かった。

 これは少しまずいかなと思いながら歩いていると後ろから僅かに引っ張られる感じがした。振り返ると、やっぱりナーナが私の服の裾を掴んで不安そうにキョロキョロしている。

 

「手、繋ごうか?」

「つなぐ」

 

 声に元気がない。

 手を握ってあげると不安が少し和らいだようで、ナーナは緊張でこわばっていた表情を少しほころばせて、ぴったりと身体をくっつけてきた。

 ナーナは実は、人見知り。

 普段、家で見せる無敵状態みたいなテンションとは違い、人混みなどではとても静かになる。人が多いところは苦手だし、家のなかでも配達屋さんが来たりすると隠れて吠える。

 これは意外なようでいて、意外にも意外でもなんでもない。

 そもそもナーナは人間不信なのだ。

 私もナーナを拾って間もない頃はなかなかに手こずった。

 過去に色々あったようだけれど、私もその『色々』の詳細については知らない。無闇に詮索するのもなんだし、話したい時にでも話してくれればいいかな程度に思っていたら、ずるずると月日が経ってしまった。

 今となってはもはやナーナ自身、何があったのか覚えていない可能性だってある。冗談のような話だけど、もうとっくに原因そのものをすっぽり忘れて人間不信の感情だけが残ってしまっている場合だってあり得るのだ。それならわざわざほじくり出して聞くような真似はしたくない。

 だから私は、そのまんま文字通り『色々あって人間不信になった』とだけ認識している。

 そんな子だから、現在はたまたま私個人に気を許しているだけで、人間全体に対する不信感や警戒心自体は未だに解消されていないのだと思う。まあ、このことに関しても別にナーナに詳しく聞いたわけではなく、私の憶測に過ぎない。

 買いものをする私たちに気さくに声を掛けてくれる肉屋のおばちゃんのような人たちも居るには居る。でも、そんな人たちでも、だからこそ、ナーナが実は狼だと知っても態度を変えずこれまで通りに接してくれるだろうか。そう考えると、まあ難しいだろうなというのは想像に難くない。そしてナーナはきっと、そういったことを想像だけでなく身をもって経験してきたのだろうから、人間不信になるのも仕方のないこと。人混みで不安にもなる。

 

「ナーナ、大丈夫?」

「だいじょうぶ。およめさんだから」

「なるほど。お嫁さんは強いね」

「そう! 強いの!」

 

 ナーナは強がっているけれど、まだ不安そうなのには変わりない。

 悪いことをしてしまったかなと反省しつつ、引き返すのもせっかく強がっているナーナに悪いので、予定通りお買いものへ行くことにした。

 色々と見て回るとあちこちで安売りをやっていて、なるほど混雑の原因はこれか、となった。

 日用品、食料、ペット用品。そしてお詫びもかねてナーナのおやつのビーフジャーキー(大袋)などなど。

 安いからと調子に乗って買いこんでいたら、結構な量になってしまった。パンパンの買いもの袋が両手一杯。

 

「ナーナが持つ!」

「ありがとう。じゃあ半分ね」

「ぜんぶ持てるよ?」

「うーん……私は半分このほうが好きだから」

「そっかあ」

 

 ナーナは体力があり余っているし、私なんかよりもよっぽど腕力がある。だから買いもの袋を全部持ってもらうこと自体はまあいいんだけど、卵が入った袋だけはナーナに持たせるのはちょっと不安。というのが本音。

 というわけで買いものを終え、ふたりで半分ずつ買いもの袋を持って公園へ向かった。

 

 公園近くの並木道にて。

 商店街を離れて公園が近付くにつれて、さっきまで落ちていたナーナのテンションがじわじわと回復していくのが分かる。

 一応まだ大人しくしているものの、一刻も早く公園に行きたい、今すぐにでも走り出したいというウズウズそわそわが、繋いだ手から伝わってくる。公園へ続く道に差し掛かり、公園が見えてきたあたりから『もう走っていい? まだ? だめ?』と、声には出さないものの、ちらちらとこちらを窺う視線が物語っている。

 

「ナーナ、走りたい?」

「うん!」

「あんまり遠くに行かないでね。あと、帽子は落としちゃだめだよ」

「わかった!」

「ふふふ。じゃあ行ってらっしゃい、気を付けてね」

「はーーい!!」

 

 あまり生殺し状態を続けても可哀想だし、解き放つことにした。私のオッケーが出た瞬間、ナーナは弾かれたように公園に向かって駆け出した。なにかスポーツでもやらせたら、とんでもない記録を打ち立てそうな速度で。

 ナーナは狭い家のなかでゴロゴロしているよりも、広い公園を走り回るほうが性にあっている。理屈は不要。ナーナは走りたいのだ。身体がそういうふうにできている。

 ドッグラン、という言葉が思い浮かんだけれど、それは胸に仕舞っておく。

 中になにも穿いていない状態でスカートをひらひらさせるのはこちらの心臓に悪いけれど、そうは言っても走りやすいジャージなどを着てくれるとは思えないので、まあなにも言うまい。

 でも今日は『可愛い』と言ってあげれば多少は我慢して服を着てくれる可能性が浮上したので、そのうち挑戦してみようかと思う。

 というわけで私は、ナーナが走り出すのと同時にブン投げた買いもの袋を拾いあげ、ゆっくりと歩いてナーナのあとを追う。

 卵が入った袋を持たせなくて正解だったな、と思った。

 

☆ナーナばしり

 それから。

 公園を縦横無尽に走り回って気が済んだというよりかは一息ついたという感じのナーナとベンチで休憩。といっても私はナーナが走るのを眺めていただけなので、疲れもなにもないけれど。

 それなのにナーナのほうが私より体力が余ってそうなのは、まあ、さすが。

 ボールやフリスビーでも投げてあげたら確実に喜びそうだけど、それはあまりにも犬すぎないか、という感情により躊躇している。この子は犬ではなく狼だし、もっと言えば狼として仕方ない部分は除いてなるべく人間と同じように接してあげたいと思っている。ただ、それは人間としての傲慢ではないかとも思ったりして、結局いつものようにただ考えを巡らせるだけで何もしていないという状態。でも骨ガムはさっき買った。

 狼としてでも人間としてでもなく、ナーナとして扱ってあげられればそれが一番いいんだけど、要するにそうするにはどうすればいいかという思考。

 キャッチボールとかならアリだろうか、と隣で夢中になって何枚目かのビーフジャーキーを齧っているナーナを見て思う。アリナシの基準さえ曖昧なまま。

 そんなことを考えていると、ふとナーナがビーフジャーキーに注いでいた視線を上げた。

 

「とり」

「とり? ああ、鳥だね」

 

 ナーナの視線の先。ベンチの周りを鳩がうろうろしている。

 あまり人間を怖がっている様子はない。もしかすると、誰かが普段餌やりでもしているのかもしれない。

 

「あれムームが好きなんだよ」

「へぇ、意外だね」

「黒いやつより捕まえやすいし食べやすいって」

「そっちかぁ~……」

 

 黒いやつというのは、たぶんカラスのこと。

 まあ、そうか。野良をやっているムームに野鳥を愛でる余裕などあるわけもなく、それらを指して『好き』と言えば食べものとしての話になるのが道理。

 

「ナーナにもよく分けてくれたんだよ」

「優しいね」

「うん」

 

 ナーナは昔、ムームと一緒に野良として行動していた。それが何らかの理由ではぐれて行き倒れた結果、私に拾われて今に至る。

 ムームはナーナのことを『野良の才能がない』と言っていた。たぶんナーナひとりでは鳩を捕まえるのも一苦労ということなのだろう。

 僅かにナーナのテンションが下がったように見えたのは、たぶん思い過ごしではない。きっとナーナは、自分に狩りのスキルがないことをコンプレックスに感じている。

 案外、ふたりがはぐれた理由もその辺にあるのかも知れない。ムームに貰いっぱなしのナーナが自分で狩りをしようと単独行動した結果、とかならありそうな話。まあこれも憶測。

 それはさておき。ムームは、ナーナのことを『メスとしての魅力が凄い』とも言っていた。胸は大きいし毛はフサフサだしたまんない、とのこと。髪の量はふたりとも大して変わらないので『フサフサ』というのは、たぶん、下半身の話。そういう意味なら確かにナーナの毛はフサフサだ。遠目から見れば黒いパンツかと思うほど。それがムームが言う『メスの魅力』に関わる部分だとすれば、確かにすごい。同じメスであるムームさえも魅了してしまっているのだから。

 生々しい話になるけれど、要するにナーナは野良として単独で生きていくことが難しいだけで、種の保存というか繁殖に有利なレベルの可愛さは持っているということ。つまりそれは、ある意味『およめさん』の適正が高いということになるのかも知れない。

 でも、仮に『俺、ナーナさんと結婚したいッス!』みたいなオスの狼が現れたら私はどうしたらいいんだろう。もちろん生きものとして考えるならば是非とも結婚して頂いて、子供を作って頂いて、幸せに暮らして頂いて、というのが理想なのだろうけど。

 なんだかそれは、ちょっと嫌だな。

 そんなことを考えていたら、目の前に半分齧られたビーフジャーキーが差し出された。

 

「あげる」

「どうしたの、ナーナ。ジャーキーもういらない?」

「はんぶんこ!」

 

 さっき私が『半分こが好き』と言ったのを思い出したらしい。

 10枚入りのビーフジャーキーの最後の1枚を半分こするのは果たして半分こと呼んでいいのかどうかはさておき、好意はありがたく受け取ることにした。よだれ付いてるけど。

 

「ナーナ、まだ遊んでいく? 帰ったらお風呂にするけど」

「もうちょっとだけ遊ぶ!」

「はいはい」

 

 その後、ナーナは日が暮れるまで公園を駆け回った。

 

 余談として。

 中に何も穿いていない状態でスカートをひらひらさせて走るナーナを見て目を丸くしていたあの少年には、何らかの性癖を植え付けてしまったかも知れない。

 植え付けたそれが、いつか芽を出し開花するかどうかは、まだ分からないけれど。

 やっぱりナーナにはジャージかなにかを着させる必要があるな、と思った。可愛いのを買ってくれば着てくれるだろうか。

 まあ、そのうち試してみよう。

 

☆ナーナぶろ

 その後。

 好きなだけ走り回ったナーナの気が済む頃には、あたりはすっかり暗くなっていた。

 帰り道、家に着いたらごはんにしようかお風呂にしようか歩きながら相談した結果、ナーナの強い希望があったのでお風呂を沸かすことに。

 帰宅して、私が夕飯の支度をしている間にお風呂が沸き、それまで私の邪魔をして遊んでいたナーナが風呂場に走っていった。

 ほどなくして、キャッホーーイみたいな声とともに盛大な水しぶきの音が聞こえた。ナーナがお風呂に飛び込んだらしい。

 意外というのは変かも知れないけれど、ナーナは意外にもお風呂好き。

 ワイシャツを羽織るのには時間がかかるうえにボタンも自分では留められないくせに、お風呂となれば驚異的な速さでシャツを脱ぐ。合法的にすっぽんぽんになれるからか、お湯に浸かるのが好きなのか、それとも両方か。ともかくお風呂が大好きだ。

 広い温泉にでも連れていったら喜んでくれそうだけど、色々と大変そうだなというのをずっと考えている。絶対泳ごうとするし。

 ちなみに、身体を洗うのは大して好きではないようなので、それに関してはこちらが責任をもって対処しなくてはならない。

 と言うわけで、夕飯の支度の目処がついたので私も参戦。

 

「ナーナ、身体洗うよー」

「えー」

「えーじゃないの。はいバンザイして」

「はーい……」

 

 嫌そうに両手をあげたナーナの身体をタオルで擦る。もちろん基本的には全身やるけれど、首のところだけは首輪があるのでそこそこに。

 この子は素っぱだかのほうが落ち着くという割に、首輪だけは外そうとしない。この首輪は私がナーナを拾って間もない頃に、買ってきてつけてあげたもの。

 たぶん、今の私なら絶対に首輪なんか買ってきたりしないと思う。ナーナを拾った当初の、今以上にナーナの扱いかたが分からず試行錯誤していた頃だからこその行動だった。

 そんな迷走の産物とも言える首輪だけど、ナーナは随分と気に入ってくれた。

 あまりにも気に入りすぎて、どうやらお気に入りとかそういうものを超越した意味を持つに至ってしまったらしい。というのも、以前、身体を洗うために外そうとしたら尋常ではない嫌がりかたをして『ナーナ、ここんちの子だもん』と言って泣いてしまったことがあった。いわゆるギャン泣き。あの時は宥めるのにえらく苦労した。首輪を外すイコール捨てられると勘違いしてしまったらしい。

 ナーナにとって首輪は『ここんちの子』であるために必要なものであるようだ。

 ここんちの子だもん。あの言葉は結構ズシンときた。捨てたりなんかするつもりはないからこそ効いた。だから今は、ナーナの首輪は外さないどころか、首回りに触れるだけでも細心の注意を払うようにしている。

 ただ、拾った頃に比べてナーナの身体は明らかに大きくなっている。首輪がきつくなるのも時間の問題なので、そのうち緩めてあげないといけないなとは思っているものの、果たして泣かせずに済むかどうか。

 

「はい、終わり」

「おわった?」

「うん」

 

 ナーナの身体を流して、一緒に湯船に浸かる。

 あまり広いお浴槽ではないので、膝を抱えて座ったナーナの後ろに私が座るような格好になる。ふたりで入るとギチギチで、お湯が盛大に溢れて流れていく。勿体ないなと毎回思うものの、有効な活用方法は思いつかない。

 

「あはははは!」

 

 まあ、お風呂が溢れるたびにナーナがそれを見て爆笑するので、このままでいいかと自己完結するのも毎回のこと。

 

 ところで。

 散歩に出る前のナーナの一言以降、なんだかんだで色々な角度からずっと考えているけれど、どうにもナーナが将来『およめさん』になる姿が想像できない。

 それどころか、我が家を出ていく姿すら想像できない。

 

 まあ、薄々気がついてはいる。

 

 考えれば考えるほど、私がナーナを『およめさん』にするのが一番収まりがいいのではないかと。

 別に正式に結婚しようという話ではない。性別や種族をすっ飛ばして結婚できるような制度はたぶんこの国にはないし、そういうことができる国に移住する予定もない。ナーナも別にそこまで望んでいるわけではないだろうし。

 これは単に、心構えの話。

 ペットのことを家族とか子供とか呼ぶ人が居るのと同じようなこと。およめさんと呼ぶ人が居てもいい。世のなかには無機物と結婚する人も居ることだし、そういう意味ではペットとの結婚なんて地方ニュース程度の話だと思う。

 ギリギリセーフだろう。何が?

 まあ要はお嫁さんと同じくらい大切にしてやればいいのだ。言うなれば、おままごとの重い版。私がナーナを『およめさん』と呼べばそれで成立する。

 そう、呼べば。

 

「……呼んだなあ」

 

 呼んだ。

 そう言えば、お散歩の前に。

 元々、私の身に何かあったりでもしない限りはナーナが死ぬまで、それこそ死がふたりを分かつまで面倒をみるつもりではいるけれど、果たしてそれがいいことなのかどうかは分からない。

 それこそ、昼に考えたようにオスの狼が現れたりした場合、どう対応するのが正解なのかさっぱり想像がつかない。もちろんナーナの意思も尊重してあげなくてはならない。

 まあ、なんにせよ、最後の時が来るまでは大切にしてあげよう。とりあえず、それでよし。

 少なくとも、また行き倒れるような目には遭わせたくない。

 そんな私の思考をよそに、ナーナはぷかぷか浮かぶアヒルのおもちゃを捕まえて、握って鳴らして爆笑して離してまた捕まえる、という遊びに夢中になっている。

 ふと。

 

「ねえねえ」

「ん?」

 

 アヒルを握る手を止めて、ナーナが振り向いた。

 

「うんち……」

「ちょっっと待ってね……トイレまで我慢できる?」

「がんばる」

「偉い」

 

 ペットのことを子供と呼ぶ人の気持ちが少しわかったような気がする。これは結婚生活というより子育てに近い。

 まあ、なんにせよ大切に育ててあげるとしよう。

 ナーナは、かわいいおよめさんだ。

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