狼少女を拾ったら飼うことになってしまった。   作:紅福

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飼い主の性別は非公開です。
冒頭の「※」の部分は、ご想像の性別にあわせて「パパorママ」で補完してください。


飼い主がたり

☆飼い主がたり

 我が家には、狼が住んでいる。

 名前はナーナ。

 

 ついでに私も住んでいる。

 ナーナからは『※』と呼ばれている。

 

 自分が自分の家に住んでいるという話に『ついで』という言葉を使うのはおかしいかも知れないけれど、まあそこは性格だから仕方ない。

 どうにも私は自己肯定感が低く、自分とか自己とかいうものがやたらと希薄。全くないとまでは言わないけれど、発露の仕方が途轍もなく下手だ。

 

 私はこれでも一応、極度の寂しがり屋さん。

 

 ただ、それゆえに他人との衝突を回避するために、とことん相手に合わせる癖がついてしまっている。合わせることが最優先になってしまっているお陰で、その延長で物事を受け入れる範囲も人より広い。なにか自分の理解を越えるようなことが起こっても、さっさと『そういうもの』として受け入れてしまう。何も考えていないわけではなく、それなりに色々と考えた末に『そういうもの』と判断してしまうのだ。だから何事に対してもリアクションが薄くなりがち。だって、どうせなんでもかんでも『そういうもの』なのだから。

 拾った狼と暮らすようになっても、その妹に襲われて指を噛みちぎられても、私は『そういうもの』として受け入れてしまった。

 ただしそれが100%というわけでもない。私なりに我慢もしているので、我慢である以上は我慢の限界が定期的にやってくる。そんな時は普通に怒るし、我慢の限界がきて怒るのだから、周囲にまあまあの被害を出してしまう。

 なんでもかんでも受け入れる私を見て、心が広い人だとか超優しい人だとか勘違いする人も一定数居る。そのお陰でそのような立ち位置に収まることもあるけれど、しばらくすると我慢の限界に達して定期的に怒るので大多数からの評価は最終的に『思ったほどいい人じゃなかった』といったあたりに落ち着く。

 要するにただの厄介な人なのだけど、それを隠すのが半端に上手なせいで、そして定期的にボロが出るせいで、純粋に厄介なだけの人よりも嫌われやすい厄介さが私にはある。そうやって人が寄ってきたり離れていったりした結果、孤独をこじらせている。そんな人。

 まあ最近はナーナが居てくれるお陰でだいぶマシではあるけれど、ふとしたきっかけでナーナに『思ったほどいい人じゃなかった』と判断される可能性だってなきにしもあらずなので、そうならないように気をつけたい。

 とは言え、今までも同様に気をつけたうえで失敗を重ねているのだけど。

 

 さて。

 今日はとある富豪のご自宅に招かれている。なにやら私から買い取りたいものがあるという話で、向こうから連絡をしてきた。日頃なんの関わりもない相手からの突然の連絡で、正直、心当たりがない。いや、厳密にはふんわりとした心当たりがあるものの、その話であってほしくないという気持ちが大きい。要するに気が進まないから行きたくない。

 でもさすがに『気が進まないから行きません』と答える訳にもいかないので、仕方なく準備をしている。

 ため息をつきながら支度をしている私の傍らには今回のお招きにあたって一応用意した大きめのキャリーケースがあり、ナーナがその匂いをふんふんと嗅いでいる。

 なにかあればとりあえず嗅ぐ。習性。

 

「どんな匂いがする?」

「くさーい。なにこれ?」

「これはねぇ、爆弾」

「ばくだん!?」

「そうだよー。開けると爆発するから触らないようにね」

「わ、わかった……」

「ふふふ」

 

 爆弾と聞いてナーナは警戒レベルを引き上げたようで、キャリーケースを見つめたまま体勢を低くして、尻尾を丸めてじりじりと後ずさりした。

 

 支度を終え、私の留守中にナーナが食べるためのごはんと水とおやつを用意したり、ナーナをわしゃわしゃと撫で回したりして出発前のひとときを過ごす。モーニングルーティン。

 私の出発したくなさに応じて長くなる『ひととき』は、最近のなかでは今日が一番長くなった。

 

☆飼い主だまし

 そんなわけでキャリーケースをゴロゴロと引っ張って、件の富豪のお屋敷に到着。

 使用人さんに出迎えられ、長い廊下を抜けて応接室に通されると、私を呼びつけた張本人がそこで待っていた。

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 彼を一目見て、私は思わず『うわーすごい』と声を漏らしてしまいそうになった。

 毛皮のコートを着て葉巻を咥え、ブランデーグラスをゆらゆらさせている手の先には宝石をあしらった指輪がこれでもかとはめられている。太い首には純金であろう鎖みたいな太いネックレスがかけられていて、ちゃらちゃらと耳障りな音をたてている。いかにも、あまりにも、露骨に富豪。もはや富豪のコスプレかと思うほど。小学生が見たら『富豪』とあだ名をつけるレベルの富豪が、そこに居た。

 

「どうも。お招きにあずかり光栄です」

「うん、そこに座って」

「失礼します」

 

 うわー当たり前のようにタメ口だ、などと感心しながらテーブルを挟んで向かいあう形で座る。そして私は当たり前のように敬語。

 お茶とお菓子を出してくれた使用人さんが退室して応接室に二人きりになると、彼は待ちかねたように話しはじめた。

 

「さて、早速だが。まずは聞きたいことがある」

「はい」

「きみとよく一緒に散歩している彼女、あれは人間ではないよね。狼かな? それとも犬?」

「……なんのことでしょうか」

 

 いきなりの、直球の問い。

 そこに至るまでに普通は解消すべき疑問をいくつかすっ飛ばしている辺りでもう既に色々とバレている気配は感じるものの、ひとまず知らないふりをしてみる。

 けれど、そんなささやかな抵抗は虚しく、一笑に付された。

 

「とぼけなくてもいいよ。うちでも以前ああいうのを飼っていたからね、見ればなんとなく分かるんだ」

「そう、ですか」

「きみたちが散歩しているところを町で見掛けてね。もしかしてと思って少し調べたんだよ」

「そうなんですね。そういうことであれば、お話させて頂きます……うちの子は、狼です」

 

 渋々ながら白状する。

 少し調べたという言葉をどこまで信用するべきかは分からないけれど、きっと嘘をつく意味はない。彼はおそらく、この話し合いのなかで私が嘘をつくかどうかも見極めようとしている。『少し調べた』などとわざわざ言うからには、そういう意味も含まれていると思ったほうがいい。

 それに、同じような子がここで暮らしていたということなら、隠す意味はあまりない。

 まあうちの子を指して『ああいうの』と言ったことには少しカチンと来たけれど、とりあえず抑える。

 

「うちに居たのも狼だったんだよ」

「はあ」

「まあ、うちで飼っていたのはもっと小さかったがね。まだうちに居れば今頃きみのところの子ぐらいに育っていたかも知れない」

「そうなんですね。あの……『居た』というのは?」

 

 過去形なのが気になった。

 

「逃げたんだよ。脱走してしまってね」

「脱走……ですか?」

「うん。黒いのと白いのが居たんだけどね、二匹一緒に逃げてしまった」

「………………へぇ」

 

 黒いのと白いの。

 心臓が大きくドクンと波打ったのを感じた。

 なんというか、事情が変わった。もしかしたらこれは、ものすごく、知ってる話のような気がする。

 

「ところで、だ。きみのところのやつは、どうやって手に入れたんだ?」

「……拾いました」

 

 たぶん、話が繋がった。

 

「なるほど。では、うちから逃げたのと同じやつかも知れないね」

「そう、ですね」

 

 すごく、嫌なパスだ。

 イエスと答えればこちらの旗色が悪くなるのに、イエスと答える以外の選択肢がない。

 

「そう警戒しないでくれ。なにも返してくれなどと言うつもりはない」

 

 それはそう。

 ここから逃げた子とうちのナーナが同じ子とは限らない。仮に同じ子だったとしても、今になって返せというのは筋違いだ。それにしたって、まずは同じ子かどうかきちんと調べるのが先。

 まあ、彼の言う『少し調べた』のなかでそれは完了しているのかも知れないけど。だとしても私を納得させずに返せと言ったところで、それは通らないだろう。

 とは言え。

 まず間違いなく、限りなく、逃げた子たちというのはナーナとムームのことだろう、とは思う。

 それっぽい理屈を並べたところで、ひとこと『返せ』と言われた時に突っぱねられるほどの説得力を持たせられるかは、ちょっと自信がない。

 そんな私の思考などお構いなしに、彼はグイグイと話を進めた。

 

「返してくれとは言わない。売ってくれ」

 

 そういって彼は、ちょっと目玉が飛び出るような金額を提示してきた。

 ああ、やっぱり来なければよかったと、心の底からそう思った。

 つまり、これが今日の本題。彼が私をここに呼びつけてまで欲しがっている『買い取りたいもの』というのは、ナーナのことだった。

 

「どうだ?」

「……少し考えさせてください」

 

 一応、彼なりに筋は通しているつもりらしい。

 タダで返せ(または寄越せ)とは言わない、金なら出す、だから売ってくれ、と。

 まず相手を納得させるというごく当たり前のステップはお金で飛ばす。たぶん、今までそれで問題がなかったから今回もそうしよう、とお考えのようだ。そういう意図も込み込みなのだろうと感じる金額だ。

 

「ちなみにですが……なぜ、そこまでしてあの子のことを……」

「野暮なことを聞くな」

「ああ、すみません」

 

 言葉を選んでいるうちに遮られてしまった。

 まあ、想像はしていたけれど、そういうことらしい。

 

「きみのところでも、そういう風に扱っているんだろう?」

「えぇ…………まあ……」

 

 生返事で話を合わせた。

 彼にとっては常識というかなんというか。どうも純粋に『そうやって使うもの』と認識しているらしい。

 つまり、葉巻に火をつけて吸うように。グラスのお酒を飲むように。正しい使い道として、ナーナを使って性欲を解消しよう、と。

 

「うちに居た頃はまだ幼さがあったから、なかなかそういうことはできなかったが、今ならしっかりと楽しめるだろう」

 

 あー。

 聞きたくねぇー。

 

「ところで……もし、きみのところの黒いのがうちに居たやつなら、近くに白いのも居たんじゃないかと思うが、見なかったかな?」

「……見かけはしましたが、所在は分かりません」

「ふふふ、そうか」

 

 想定通り、という感じの反応。

 というよりは既に調べがついていて、私がどう答えるかを見ていると考えたほうがいいだろう。

 なんだかいつの間にか、ナーナとムームが同じ子かどうかという問題については『確定ではないが限りなく確定に近い』というニュアンスの共通認識をもって話してしまっている気がする。

 

「白いのは見るからに身体が弱そうだったから、もうどこかで死んだと思っていたがな。まあいい、もしまた見かけたら教えてくれ。もちろんお礼はするよ」

 

 そういって彼が新たに提示してきた金額は、ナーナの倍。

 ムームのほうが価値が高いのか、それとも『黒いのと白いの』のセットに価値があるのか。それとも、その両方か。なんだかあまり長く考えると具合が悪くなりそうな話だ。

 いずれにせよ、ナーナとムームのふたりを合わせてちょっとした宝くじの当選金ような額になってしまった。

 

「どうだ?」

 

 考えは巡らせた。

 ここで断れば何が起こるか。たぶん、この人がはいそうですかと諦めることはないだろう。更にお金を積むか、そうでなければお金以外の手段に出るか。なんにせよ、すんなりと帰してはくれないだろう。

 つまりこの人はこうやって穏便に話し合いの場を設けはしたが、断られることは想定していない。いや、断られたとしても穏便ではない手段に出るだけだろう。

 私を、そしてナーナとムームを逃がすつもりなどないのだ。

 ならば、不本意極まりないけれど、答えはひとつ。

 

「…………分かりました。その金額で手を打ちましょう」

「おお!」

 

 そう、言うしかなかった。

 

「いやあ、きみが話の分かる人でよかったよ。お金で解決できるならそれが一番だからね」

 

 案の定。

 彼は言外に、この話を断られたらお金以外の手段でナーナを奪おうと考えていたことをほのめかした。

 まあ、そのへんのチンピラでも雇って私を始末するほうが遥かに安上がりだっただろうなとは思う。ナーナとムームを確保するのにチンピラが何人必要かはともかくとして。

 それをせず、こうやって交渉(?)の場を設けたのは彼なりの礼儀だったと考えることもできる。

 

「では……また後日。うちの子を連れてまいりますので、お金はその時に」

「うん、用意しておくよ」

「今日のところはひとまず、これをどうぞ」

 

 言って、私は持参したキャリーケースを差し出した。

 

「なんだそれは? きみがここに来た時から気になってはいたが……随分と大きいものだね」

「これは『ペット用品』です」

「ペット用品?」

「ええ。実は今日、こういうお話になるだろうなという想像がついていましたので用意してきたんです。色々と、趣向を凝らしたオモチャというか器具というか……そういうものが沢山入っていますので、お部屋に戻ってお一人でこっそり開けてくださいね」

「ほほっ……それはそれは、実に用意がいいじゃないか。なるほど、ありがたく頂くよ」

 

 言って、彼はひどく下卑た笑みを見せた。

 小説の表現でしか見たことのない言葉だったけれど、そんな私が見ても『ああこれが下卑た笑みってやつか』と感じる、お手本のような下卑た笑み。

 それはもう、今日一番の笑顔だった。

 

「すみません、最期にひとつだけ聞いてもいいですか?」

「なにかな?」

「ここに昔住んでいたという『黒いのと白いの』ですが……人間の言葉は通じましたか?」

「いや、通じなかったよ。芸を仕込もうとしたこともあったがどちらも『ガウガウ』とか言うばかりで、結局お手すら覚えなかった」

「……そうですか」

「それがなにか?」

「いえ、なんでもありません。ありがとうございました」

 

 商談のようなものを終えて。

 お屋敷を出て、少し歩いたあたりで見つけた喫茶店に入り、窓際の席をとってコーヒーを注文した。私がコーヒーを飲むとナーナが同じものを飲みたがるので普段はあまり飲まないようにしているけれど、今日に関してはまあ、匂い消し。

 あのお屋敷の残り香を身体につけたまま帰ったらナーナが嫌な気持ちになる、ような気がする。だからこのあとも真っ直ぐは帰らずにあちこちと寄り道をするつもり。ナーナが喜ぶようなお土産も、そのへんでなにか買っていこう。

 

 ひとまず熱いコーヒーを啜り、こみ上げる吐き気を飲み下す。

 喫茶店の窓から見えるお屋敷を眺めながら考えた。

 

 こうするしかなかった、と思う。

 

 私がもっと強ければ、他の選択肢もあったのかも知れないけれど。あんな風に言われては、私の内心はどうであれ首を縦に振るしかなかった。

 お金が欲しかったわけではない。あの場を穏便に済ますには、私が受け入れてはいと返事をするのが一番早かった。そうすれば一応、身の安全が確保される。

 私には権力も財力も腕力もないから。

 だから、こうするしかなかった。

 

 しかしまあ、あの家から脱走した子たちが本当にナーナとムームであるのなら、もうひとつ別の可能性が浮上する。

 ナーナとムームを人間不信にした張本人というのは、要するに。

 

 そんなことを考えながらコーヒーを半分ほど飲んだところで、店の外で大きめの爆発音が鳴り響いた。かなり大きな爆発だったようで、喫茶店の窓もビリビリと揺れて、店内もざわざわし始めた。

 音の出所は、あのお屋敷。ほどなくして爆発があったとおぼしき箇所から黒煙があがり始めた。

 店内に居た他のお客さんたちもその様子を窺うためにわらわらと窓際に集まり、黒煙を眺めながら口々に何があったのかしらとか怖いわねとか囁きあっている。

 私は、まさか『キャリーケースを開けたんでしょうね』とは言えず、周囲に適当に話を合わせた。

 

 申し訳ないことをしたなあ、とは思う。

 でも、まあ、ねぇ。

 

 売るわけないじゃん。

 

☆飼い主がえり

 家に帰りテレビを点けると、先ほどの爆発事故のニュースをやっていた。

 気にはなったけど、ナーナが教育番組を見たがったので、すぐそちらに合わせてチャンネルを変えた。

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