狼少女を拾ったら飼うことになってしまった。   作:紅福

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くさそう。
だがそれがいい。


ムームびたし

 ナーナには、野良をやっている妹が居る。

 名前はムーム。

 

 こう言ってはなんだけど、ムームはナーナと違って頭がいい。

 同年代の子供と比べてもアレなほうじゃないかと思うほどアレなナーナの妹とは思えないほど、ムームは頭がいい。

 喋るとそれこそ子供の相手をしているような感覚になるナーナと違い、ムームは成人女性に近い感覚で話せる。

 これは、ムームが野良であるがゆえの特殊技能みたいなもの。

 野良とはいってもその辺の小動物を狩って食べたりしているばかりではない。人間に紛れて行動することもあるため、ムームは『人間のフリ』がどんどん上手になっていった。その結果として、人間と同様の感覚で話せるまでになったのだ。擬態と言ってもいいかも知れない。

 長い野良生活のなかで磨かれた技術なのだ。

 

 とは言え。

 いくら擬態が上手でも、中身はナーナより年下の狼である。

 ふとした言動や仕草で大人ぶっている子供のようだと思うこともあれば、そもそも人間ですらないことを思い出させられることもある。

 基本的にきちんとしているので忘れがちだけど、あくまでも成人女性『のような感覚』で話せるだけで、本当に成人女性というわけではないのだ。

 まあムームが狼であることを知らなければ、きっと『ちょっと変わっていて時々子供っぽい美人さん』に見えないこともない。たぶん。

 

 とある、どしゃ降りの日。

 ずぶ濡れのムームが遊びにきた。

 

 傘を持っていないのか、失くしたのか、それともそもそも傘をさす習慣がないのか。それは分からないけれど、当人がそのことを気に留めている様子はなかった。そういうところだよ。

 ひとまずそのままでは風邪をひいてしまうので、服は洗濯へ。

 ムームはナーナと違って『下半身』の毛がつるつるなのをコンプレックスに感じていて、身体を見られたくないといって服を脱ぐのを渋ったけれど、こういう時はそうも言っていられない。

 洗濯機を回している間、タオルで身体を拭かせてドライヤーで髪を乾かしてあげた。ムームの髪は意外にもサラサラしていて、ふわふわというかゴワゴワなナーナとは髪質が全然違うのが面白かった。

 ついでにお風呂も沸かし始めたけれど、それはそこまでしなくてもいいと言われた。ムームなりの遠慮なのか、なんなのか。まあ沸かしておけばナーナが入りたがるので、とりあえずスイッチは入れておいた。

 

 というわけで。

 現在、洗濯のために裸になったムームと、なぜか一緒にすっぽんぽんになったナーナがリビングでじゃれあっている。

 ムームが服を着るのはあくまでも野良として屋外を動きまわるにあたり目立つことを避けるためであって、根本的にはナーナと一緒で裸のほうが落ちつくらしい。なんだか普段よりもリラックスしているように見える。

 ワンプロ、というやつなのだろうか。犬同士のプロレスのような激しい愛情表現のやり取りをそう呼ぶらしい。まあふたりは狼だけど。確かにプロレスと呼んでも違和感がないほど、お互いに撫でたり揉んだり噛んだり舐めたり吸ったりしてもみくちゃになっている。

 ふたりの感性は人間とは違うので、あれが正常なんだと分かっていても、まあものすごい絵面だとは思う。モザイクなしでは絶対にお見せできない。

 さて、そんなことを考えながら頬杖をついてふたりのワンプロを眺めている一方で、私はとある別のことが気になって仕方ない。

 

 くせぇ。

 

 女の子に対してこんなことを考えるのはすごくすごく失礼なんだけど、臭い。洗ってない犬の匂いがする。狼だけど。長いあいだ溜めこんで発酵した汗とか垢とか皮脂とかその他もろもろの匂いがカクテルになって、鼻腔を通って脳にズシンとくる酸っぱ臭さになっている。そんな匂いが、ふたりのワンプロに乗っかってむわんむわんとリビング中に振りまかれている状況。

 一度に吸い込むとたぶんむせるので、浅めの呼吸を余儀なくされているほど。

 

 たいへん申し上げにくいのだけど、匂いの発生源はムーム。

 

 ナーナは意外にも(と言ったら可哀想だけど)お風呂好きなので、そういう問題とはたぶん無縁。私がナーナの匂いに慣れすぎていて鼻が鈍っている可能性は否めないけど、少なくとも散歩中などに周囲から『なんか臭くね』的なヒソヒソが聞こえることはない。

 ムームに関しては、野良生活のなかで日常的にお風呂に入れる環境を確保できているとは考えにくい。言ってしまえば、お風呂に入らない日だって普通にあるだろう。正直、これまでにもムームが若干匂うなと感じることはあったけど、事情を考えれば仕方ないよねと思うことにしていた。

 ただ、今回に関しては『ちょっと匂うな』どころの騒ぎではない。溜めこんでいた汚れが雨に濡れて、それを半端に乾かしたことで匂いが何倍にも増幅してしまっている。

 ちなみにナーナは『おもしろいにおいがするー!』と言って、興奮気味にハフハフしている。ムームもそれに気をよくしているみたいだけど、私はナーナが尻尾をぶんぶん振りながら生ゴミの匂いを嗅いでいた時も同じことを言っていたのを知っているので、ちょっと、どのようなリアクションをするのが正解なのか分からない。

 だからとりあえず頬杖をついて、ふたりとも元気だねぇみたいな顔をしながらワンプロを眺めるふうを装って、呼吸を浅くして耐えている。

 

 と、ここでお風呂が沸いた。

 それを受けて、ナーナちゃんからのご提案。

 

「おふろ、みんなで入りたーい!」

「天才か……?」

 

 ナーナ・イズ・ゴッド。

 この瞬間、極めて自然な流れで事態が解決にむけて動きだした。

 洗ってない犬の匂いも、一旦お風呂に入ってくれさえすればなんとかなる。なんとかならなくても、洗った犬の匂いぐらいにはなるだろう。

 でも私はさっき一度断られている手前、改めて風呂に入れとは言いづらい。それに、うちの浴室は別に広くもなんともないので、みんなで入ったらギチギチになるのが容易に想像できる。

 だけどナーナにはそんなことは関係ない。みんなでお風呂に入りたいと思ったら入りたいと言うだけ。ナーナは直球かド直球しか持っていないのだ。

 それに、ムームもナーナの提案であれば遠慮なんかせず素直に受け入れるだろう。

 

 と、思われたのだけど。

 

「……うーーーん」

「ど、どうしたの、ムーム」

「ふたりだけで入ってくれば?」

「えっ?」

 

 驚いた。

 普段のムームであれば、大好きなナーナお姉ちゃんの言うことなら大概は問答無用で全肯定する。全肯定できないようなことでも、なるべく肯定しようとする。

 ところが今回は眉間に皺を寄せて唸り、そして断った。即答しないどころか断るなんて、私が見てきたなかでは異例中の異例だ。

 

 それが何故なのか、という疑問はナーナの一言ですぐに解けた。

 

「あー、そっかあ……ムーム、おふろきらいだもんね」

「え、そうなの?」

「そうだよ、泳げないからきらいなんだって」

「そうなの!?」

「……」

 

 ムームは何も言わず、気まずそうにそっぽを向いた。ナーナを疑うわけではないけど、どうやら本当のことらしい。

 言われてみれば、ムームだって狼だ。ナーナが平気でお風呂に飛び込む子だから忘れてたけど、水を怖がってお風呂やプールに入りたがらない犬も、それに頭を悩ませる飼い主さんも世の中には沢山居る。そう考えればあり得る話ではある。

 ムームがあまりお風呂に入らないのには、そんな理由もあったのだ。そりゃ野良だからといって、苦手なものが何もないわけではない。

 

 まあ『泳げない』と『お風呂が嫌い』が事実だとして、そこに因果関係がない可能性はある。ナーナが深く考えずに『ムームは泳げないからお風呂が嫌い』と解釈しているだけで、本当はなにか野良としてお風呂を避けなければならない事情があるのかも知れない。例えばマーキング的な意味合いで匂いを落としたくない、とか。

 とは言え、それにしたって匂いはもうちょっと控えめでもいいんじゃないかとは思う。犬にしろ狼にしろ、人間より鼻がきく方々なのだし。

 ムームがどんな生活をしているのか分からないけど、人間のなかに紛れる機会があるなら今の状態では匂いが邪魔になってしまうこともきっとあるだろう。

 まあ、これは私の勝手な想像でしかないけれど。

 他にもっと、私やナーナには想像もつかないような理由があっても、べつに不思議ではない。

 

「なんか意外だね、ムームが泳げなくてお風呂嫌いだなんて」

「なによ、悪い?」

「お水に入るのがいやで、ないちゃったこともあるもんねー」

「お姉ちゃあん!?」

 

 ああ、普通に嫌いなだけっぽい。

 

 しかし無邪気さゆえの残酷さというか。ナーナの言葉が刃になることもあるんだなあ、と思うなど。ナーナに悪気はなかったと思うけど、今のはムームにとっては聞かれたくない話だったと思う。

 それにしても、まさか泣くほど嫌いとは。

 

 でも、それはそれとして。

 今後のため、ムームのため、あとは私の鼻のため。

 ちょっと可哀想だけど、できれば本日のところはお風呂に入って頂きたい。

 ひとまず、ナーナの言葉のなかに僅かながら突破口のようなものが見えたので、そこを探ってみることにした。

 まずは、まだ『いっしょに入りたい~』と言いながらムームに絡みついているナーナに確認。

 

「ナーナ? ムームはお水に入るのが嫌、って言ったよね」

「うんー、いったよー」

 

 聞き間違いではなかった。

 じゃあ、もしかして。

 今度はムームに確認。

 

「ってことは……ムームはお湯が張られた浴槽に入るのが嫌ってことで合ってる?」

「そうよ、だからなに?」

「じゃあシャワーだけならどうかなと思ってさ」

「……シャワーだけなら、まだ平気。でも熱いのは嫌」

「なるほど、了解。温度を調整すれば大丈夫?」

「うん、まあ、たぶん……」

 

 よかった。

 ムームは水に入るのが嫌なのであって、水を浴びるだけならまだ大丈夫なんじゃないかと思ったのだけど、どうやらそれで合っていたみたい。だから雨に濡れても気にしていなかったんだろうし。

 

 とは言え、そもそも嫌だと言ってるのに、どうすればムームがお風呂に入ることができるかのラインを探るというのは少し怖かった。案の定、ムームは生返事をしながら警戒心を強めた。まあそれは仕方ないとして、それでも譲歩する姿勢は見せてもらえたので、そこは素直にありがたい。

 本当にどうしようもない事情があるなら諦めるしかないけど、ただ嫌いなだけなら少しずつでも克服するに越したことはない。似たような状況は今後も訪れるだろうから、お互いのためにも。

 おそらく、ムーム自身もそう考えているはず。そうでなければ私が探りを入れていることに気付いた時点で暴れだしてもおかしくない。

 

「それと……」

「ん? ああ……そっか」

 

 ムームは、ものすごく何か言いづらそうにしながらナーナのことをちらりと見た。

 色々と察した。ムームがお風呂を避ける理由はそんなところにもあったのだ。

 

「ナーナ」

「なにー?」

「今日はお風呂でバシャバシャしちゃ駄目だよ」

「えー、なんで?」

「えーじゃないの。ムームにお湯がかかっちゃうからだよ」

「あー、そっかあ……」

 

 ナーナはお風呂ではしゃぐ。めっちゃはしゃぐ。この子はお風呂で最初にやることが『飛び込み』なのだ。

 熱いお湯が身体にかかるのを嫌がるムームにとって、これは確かにしんどいだろう。

 

「ナーナがバシャバシャを我慢できたら、みんなでお風呂に入れる……よ、ね……?」

 

 言いながら、確認する意味でムームに視線を送ると、ムームはまだ若干不安そうにしながらではあるものの、頷いてくれた。

 

「わかった、バシャバシャしない!」

「よし、偉い!」

 

 と言うわけで、今日に関しては三人でお風呂に入ることができたのだけど。

 ナーナが本当に『バシャバシャ』を我慢できたかどうかは伏せる。ナーナの名誉のために。

 

 その後。

 

 ギチギチでてんやわんやなお風呂から上がり、リビングに戻ったムームの言葉。

 

「えっ、臭……なにこの部屋?」

「う、うん…………何だろうね。ちょっと分からないかな」

「えー? ムームのにおモガガ」

 

 ムームの残り香だよとはさすがに言えなかったし、言おうとしたナーナの口にはビーフジャーキーを突っ込んであげた。

 

 まあ、一旦お風呂に入った程度でこの匂いを異臭と判断するということは、やっぱりこれは特にマーキング的な意味がある匂いでもないということが分かった。つまりこれは、落としていい匂いということ。

 ナーナには好評だけど、たぶんそれは忘れたほうがいい。

 ムームが定期的にお風呂に入れる環境はあったほうがいいし、たぶんそれは我が家でやってあげるのが一番手っ取り早いんだろうな、と考えるなどした。

 

 狼と暮らすのって難しい。

 楽しいけどね。

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