グリーンだけどレッドに勝てない   作:ぐりーん

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VSコラッタ 後半

 

 コラッタ同士のバトルの基本戦略は如何に相手より多く"たいあたり"を叩きこむか。それ以上でもそれ以下でもない、どこまでもシンプルなド突き合いは原初の闘争の形そのものと言っていい。だからこそ、ちょっとした機転や工夫が活きやすい。

 

「コラッタ、"なきごえ"!」

 

 俺の必勝技の一つ、"なきごえ"。ゲームにおいては相手の"こうげき"力のランクを1段階下げる効果がある。技の説明においては可愛い鳴き声を上げて、相手を油断させる技だというが、俺の指示したものは少しベクトルが違う。

 

「ッグ、ァグギャアアアアアアァァアアアアアアァァァァァ!!」

 

 明らかに喉に負担をかけるような叫び。赤い眼を吊り上げ、射殺さんばかりの凝視で敵を睨め付ける。言ってしまえば威嚇だが、これが存外効く。

 古今東西の闘争に一つだけ共通して言えることがある。ビビらせたら勝ちだ。

 やっていることは特性"いかく"に近いか、俺の教えた"なきごえ"の目的は相手の戦意を削ぐこと。相手を委縮させ、攻撃意識を霧散させて、守りに回らせる。

 

 無論、毎度毎度効果があるわけじゃない。相手ポケモンの性格次第では、むしろ戦意を煽ることもある。

 まあ、ゲームと違いターン制ではないので"なきごえ"は撃ち得技だと思って多用している。

 

 それにポケモンに効果が出なくとも、相手トレーナーに対しても結構な効果がある。威嚇の対象は決して相手ポケモンだけでなく、相対するトレーナーたる人間も含まれる。

 平穏な日常の中にいる俺達にとって、闘争は最もかけ離れた世界に存在する概念だ。命の危機感ってヤツがどうしても乏しい。そこに浴びせられる強烈な野生の殺意。

 コラッタはポケモンとしては弱い部類に入る。ともすれば大人の蹴り一発で即死する可能性のある、明らかに人間より弱い生き物だ。

 だが、その鋭利や爪や牙は人間が遥か過去に放棄した闘争のための武器だ。例え力で勝っていたとしても、唐突にそれを向けられ、あまつさえ明らかな害意を向けられれば、大人であっても萎縮する。ましてや子供、まず正常ではいられない。

 そうしてトレーナーの方を機能不全にしてしまえば、後はどうとでも料理ができる。これで俺は10人抜きはした。(無論先生には怒られた)

 

 完全に心を折るとまではいかなくとも、多少は動揺してくれれば、そういう意図で指示した技だったが、レッドは無表情を崩さなかった。

 

「"たいあたり"」

 

 "なきごえ"による威嚇なんかまるでなんともないとでもいうようにレッドが攻撃指示する。コラッタの方は多少動揺があったが、背後から投げつけられた冷たい声に落ち着きを取り戻して突っ込んできた。

 少し意外だった。控えめなレッドはこの手のアプローチに弱いと、心のどこかでそう思っていた。

 微塵の動揺も見せないポーカーフェイス。それは感情を覆い隠すための仮面としてだけでなく、決してぶれないそのあり方はトレーナーに背中を預けるポケモンの精神的支柱ともなる。優れたトレーナーの持つべき資質。

 

 だから何だって感じだが。

 

「避けろ」

 

 タイミングを見計らって回避を指示する。"たいあたり"は読んで字のごとく、体全体を使ってぶつかる突進技だ。威力をもたせるため、技の前には必ず助走から入り、真っ直ぐ突っ込んでくる。しかも、接触寸前は運動エネルギーを殺さないよう飛び込んでぶつかってくる。

 無論、適当に避けさせようとしても、走っている相手の方が早いうえ多少身体を傾けるなりして直進方向をずらして無理やりぶつけてくる。下手な回避はかえって"たいあたり"がクリティカルヒットする危険性を孕んでいる。

 しかし、その飛び込む瞬間、踏み込みで前足が二本とも空中にあるそのタイミングは方向制御が利かない明確な隙だ。

 そうして避けると相手はまず勢い余ってコケるので、その無防備な横っ腹に"たいあたり"を食らわせていく。これを繰り返してダメージレースに勝つのが俺の必勝法だ。

 ほんとなら指示せずともポケモン側の判断で回避できるくらいになってほしいが、このコラッタは手持ちじゃないんで俺がその辺の判断と指示をするようにしている。

 

「まずは一発」

 

 "たいあたり"を透かされて案の定体勢を崩したところに俺のコラッタの"たいあたり"が逆に刺さる。

 先制点は取ったといったところか。他の子供連中ならここで焦って攻め気が増えてカウンターが刺さりやすくなるが、俺の読みは完璧なのでほぼ攻撃を食らうことはない。コラッタ同士の距離、歩幅と足の回転速度を計算すればいいだけなので、この程度なら目をつぶってても分かる。

 問題はコラッタの方だ。避けるタイミングってのは言い換えれば正に"たいあたり"が直撃する寸前、そこまで引き付けなければならないってことだ。敵は猛然と目と鼻の先まで迫ってきているのに、トレーナーの指示はまだこない。練度の足りないコラッタはこれで焦らされた挙句、ビビッて指示もしていないのに回避行動を取ろうとしてしまう。

 

「ギャッ」

 

 やはりというか、俺の指示を待たず避けようとしたところを狩られてレッドのコラッタの"たいあたり"が直撃してしまう。まぁ、恐怖慣れしていない低レベル帯のポケモンにはどうしても付きまとう問題だ。完璧なゲームははなから期待していない。

 返し技に"たいあたり"を指示して、負債を取り戻す。一度でも回避からのカウンターを成功させてしまえばダメージレースには優位に立てる。最悪、その後はずっと当たり当てられを繰り返しても、最初の一発分でこちらが勝つ。"きゅうしょ"に当たらなければという注釈はつくが。

 

 それにカウンター戦略のメリットはそれだけではない。効果が出るのは互いのHPを削りあった後の後半戦だ。

 

 何度か"たいあたり"を打ち合った後、やはりそれは現れた。レッドのコラッタの息が荒い。全力運動を行っているわけなのでその疲労は当然のものではあるが、明らかに俺のコラッタよりも疲弊していた。

 ダメージの差も勿論あるが、一番は走行距離の問題だ。

 カウンター戦略は基本的に待ち、その間俺のコラッタは動いていないが、攻める側はこちらに走り寄る。その後の攻撃は相手に距離を詰めてもらっているので、カウンター側はその分のスタミナを温存できる。これを繰り返せば彼我の間に決定的な体力差を生むことになる。

 

 "HP"とスタミナ、ポケモンバトルの趨勢を決定づけるそれらにここまで差がつけば勝負は決まったようなもんだ。はい、俺の勝ち!人を舐め腐った口を利いた代償は重いぞてめぇレッドこら!

 

「止めを刺せ!"たいあたり"!」

 

 最後の技を指示する。レッドのコラッタの疲労具合を見るにあの分じゃ目もろくに利いてない。この技が止めになると確信する。しかし、その後即座にその確信は裏切られることになる。

 

「避けて」

 

 ここまで回避指示なんて一度も行っていないはずのレッドが、初めてそれをコラッタに命じた。しかも、他の子供連中がするようなタイミングも糞もない願望交じりのそれとは違って、俺と同じく完璧なタイミングで。

 疲労困憊で立つことすらやっとという風体のコラッタは咄嗟でそれに反応できたようだ。よろけるように俺のコラッタの"たいあたり"を避けると、"たいあたり"中の側面にむかって身体をぶつけてくる。"たいあたり"の勢いも相まって勢いよく地面を転がる俺のコラッタと、まるで体力が尽きたとでもいうように地面に沈むレッドのコラッタ。

 

 正直ちょっとビビった。最後の最後で予想外の場面が多すぎた。それに最後のカウンター、あれは"きゅうしょ"への命中ではないが、こちらのコラッタの移動エネルギーを利用されて結果的にそれに近いダメージがでていたはずだ。現に、立ち上がった俺のコラッタはそのダメージに呻いて顔をしかめている。あれがもっと序盤に出ていたら負けていたのは俺の方だったはずだ。

 まあ兎も角だ、勝負は俺のか_______

 

「立って。まだ頑張れるよね?」

 

 死体に鞭打つような冷たい声がレッドの口から聞こえた。

 は?もしかして自分のコラッタに対して言ってんの?鬼かこいつは。いくら負けてさぞ悔しかろうが、ポケモンに八つ当たりする奴があるかよ。思わずそれを咎める。

 

「おい、レッド。いくらなんでもそいつは無茶って______まじか」

 

 気づけば、レッドのコラッタが立ち上がっていた。倒れこんで息を取り戻したのか、既に呼吸は整っている。しかし、その体は小刻みに震えていた。

 それは肉体疲労でも恐怖によるものでもない。肉体だけでなく、瞳孔が開き、瞼を小刻みに震わせながら短く息を噴き出している。すぐにアドレナリンによる興奮状態によるものだと気づいた。

 

「"たいあたり"」

 

 最初と変わらず、やはり嫌に静かな声。しかし、コラッタの形相は全く異なった。これまでの疲労を無視するような全力疾走で猛追してくる。

 その形相を見て、もし当たればこれまでの"たいあたり"とは全く異なる結果が生み出されることを直感した。あれは、"たいあたり"ではない。"がむしゃら"だ。

 "がむしゃら"。技としては自身の残HPと同じになるように相手にダメージを与える技。レベル差があろうが固定でダメージを与えるので、レベル1でも格上のポケモンであっても無理やり勝機を生み出す技だが、流石に現実ではそこまでの効果はない。ではどのような技なのか、文字通り決死の特攻だ。

 接触までは"たいあたり"とさして変わらない。が、組み付いたあとが問題だ。爪を立て、牙で食いつき、相手が動かなくなるまで我武者羅に相手を傷つける。まさしく手負いの獣が一番怖いという言葉を体現するような危険な技。

 

「ッ、避けろッ!」

 

 もし当たれば、これまで築き上げたダメージレースの優勢を完全に覆される。そう悟るもやることはこれまでとあまり変わらない。しかし、凡ミスなど許さないという気迫で身じろぎする俺のコラッタを抑えつけて、なんとか

"がむしゃら"を避けることに成功させる。更に返しに"たいあたり"を食らわせるが_______浅ぇ!

 さっきのダメージが後を引いている。痛みで思いっきり突っ込むことを躊躇ったのか、明らかに"たいあたり"の威力が低い。それではアドレナリンにより痛みをある程度無視してくる、興奮状態のコラッタは落とせない。

 

「ァガァァァァァッ!」」

 

 倒れこんだのも束の間、即座に起き上がり、レッドの指示もないのに奇声を振りまきながら再度突貫してくる。

 その様に俺のコラッタは完全にビビっている。次は俺の声が届かない可能性がある。仕方ない、切り札を切る。

 

「"でんこうせっか"!」

 

 先制技"でんこうせっか"。字面だけ見れば目にもとまらぬ動きで相手を攻撃する技に見えるが、低レベルのコラッタの"すばやさ"ではそんな現象を起こせるわけもないので、実態は違う。言うなれば速度の緩急による錯覚。

 やることは単純だ。特別なことをするわけではなく、むしろ逆で、手を抜く。これまでの動きを最高速度ではなく、敢えて手を抜くことで本来の速力を隠し、それまでの攻防で偽の"すばやさ"を相手に刷り込んだうえで不意を撃つ。それがこの技の正体だ。

 ここまでで俺のコラッタの速度に慣れた眼では一瞬この速度を捉えきれない。一度限りの切り札。

 

「"こらえる"」

 

 それをレッドは読み切っていたというのか。またも完璧なタイミングでこれ以上ない完璧な技で以て対応してくる。"こらえる"はゲームの仕様でいえば必ず"HP"1で耐える遅延技だが、現実においては気構え以上の何物でもない。しかしだ、無抵抗に不意を突かれるのと、来ると分かって歯を噛みしめて耐えんとするのでは、明確に受けるショックが違う。

 実際、これまでであれば攻撃の威力に転がされていたところを、レッドのコラッタは四足に力を込めて、立ったまま"でんこうせっか"を耐えた。

 

 ゲームであれば、たとえここで耐えたとしても、再度"でんこうせっか"を撃って勝負は決する。"こらえる"は何度も成功する技じゃないしな。

 だけどここは現実。ターン制でお行儀よく技を撃ちあう世界じゃない。今この場にあるのは、攻撃をその場で耐えたことで距離をゼロにした興奮状態の一匹とそれに完全にビビった一匹。結果は見えていた。

 

 組み付かれ、完全に怯えきった俺のコラッタにそこから為せることはない。"がむしゃら"で起きる惨状を予知した俺はすぐにモンスターボールにコラッタを戻した。コートに残ったのはレッドのコラッタのみ。勝者は明確だった。

 

「.........いつからここまで読んでた」

 

 興奮が冷めやらないコラッタを撫でて落ちつけつつ、"きずぐすり"で傷を手当するレッドに対して、ようやく絞り出せた言葉はそれだけだった。

 

「わかんない。ただ、この子は身体強いなって思って、転ぶのとか上手くて、多分耐えられるんじゃないかなって」

「最後の"こらえる"は?」

「だってグリーンのコラッタってもっと速いんじゃないかなって思ったから。最初からそこだけ注意してたよ」

 

 地面を見下ろす。完敗だ。俺の切り札は完全に読まれ、レッドは最初から自分のコラッタの強みを活かして戦略を組んでいた。

 同時に俺はレッドのトレーナーとしての才覚を嫌というほど感じ取った。おそらくこいつは、ポケモンの持つ強みを直感的に把握できる。俺みたいに知識として覚える技や生態を知っているからとかではなく、もっとその個体が持つ、そいつ自身すら知らない本来の強みを見抜いて、その理想を思い描けるチカラ。そしてその隠されたポテンシャルを無理やり引き出すカリスマ。俺は到底持ち合わせていないそれをレッドは天賦として授かっている。

 

 .........バトル前の俺は、なんならレッドはポケモンバトル自体苦手なんじゃねえかとも思ってすらいた。手持ちを競い合わせるバトルは強烈な闘争を伴うため、そこに忌避感を持つ人間は多い。傷つけることを、傷つけられることを厭うその気持ちは誰しもが何かしらの形で持つものだ。それが、レッドにはないように見えた。

 

 コラッタ同士のバトルは如何に相手より多く"たいあたり"を叩きこむかのシンプルな闘争だ。故に、トレーナーとしての実力が如実に結果として表れる。レッドのトレーナーとしての才覚は俺より上ってことだ。

 

「グリーン?」

 

 レッドが声をかけてくる。いつも通りの感情の乗らない平坦な声だ。あいにく、どんな表情をしているかは下を向いている俺にはうかがい知れない。が、なんとなく何を思っているかだけは分かってしまう。

 「怖がらないでいてくれるよね」か。とんだ前振りだったな。

 

「アアアアァァァッ!!くそ!!!!!負けた!!!!!!レッドに!!!悔しいィィィ!!!!!」

 

 叫ぶ。空に向かって。視界の端でいきなり奇声をあげた俺に少しびくついたレッドが見えて、少し溜飲が下がる。しかし、それよりムカついたのは俺自身。なにが「レッドのトレーナーとしての才覚は俺より上ってことだ」だ。何をたかが一回の敗北ですべての優劣を決めつけているんだ俺は。確かに負けた。それは悔しい。だからこそ、この汚名は濯がにゃならん。負けっぱなしで終われるか。

 

「いいかレッド!今回はお前の勝ちだ!!!」

「う、うん」

「だけど俺は負けていない!!!!!!」

「なんて?」

 

 俺をいつも振り回しているレッドが困惑気味だ。気持ちいい。俺に主導権があることを感じる。いつもこんくらいの力関係であれたらいいんだが。

 まあ、確かに今回は完敗した。したが、なんだ。俺が負けを認めなければそれは負けではない。反省はする。改善もする。だが、負けは認めない。どれだけ負けようが俺の心が折れなければ、俺が真に敗北することは決してない。だから負けていない。

 

「だから次だ、次は俺が勝つ。一回勝ったくれぇで調子乗んなよなレッド!!!!!!」

 

 リベンジ宣言。それに珍しくレッドは呆然とする感情を丸出しに目をまん丸にして、それから微笑んだ。

 少し目を奪われた。見惚れるような綺麗な笑顔だった。

 

「うん。でも次も僕が勝つよ」

 

 やっぱこいつはむかつく。ちょっとでも可愛いとか思った自分をべこべこにしてやりたくなった。

 

 これまで俺を悩ませていたレッドは果たしてレッドなのかという議論は、今日この日決着がついた。こいつは紛れもなく俺の輝かしい未来における最大の障害であり、最大のライバルだ。こいつがゲームの中のレッド本人だろうがそうでなかろうが、そいつは決して変わりはしないだろう。

 

 

 

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