目が覚めて。
……流石に見慣れた自室。
「げ、ゲホっ!」
痛みが染みて、咽せてしまった。
我ながら情けない。しかも運の悪いことに、咳自体が痛みを増長させてる。
しばらく悶えるようにして、咳をしては痛んで、という無限ループに入ろうとしたとき、
コンコン。
というドアを叩く音と共に、俺の咳は強制中断された。
おいおい、意地でも他人のいる場所では素を出させてくれないんだな……。
「アメリアです」
喉に超絶な違和感を感じながらも、返答する。
「は、入れ!」
扉から現れたのは、やや落ち着いた桃色の和服を身につけたアメリア。
長い黒髪を短く束ねて、山吹色の瞳でこちらを見つめながら、
「…………」
腕にちょっとしたバスケットを携えて、俺の寝ているベッドの隣までやってきた。
え、えーと?
何のご用でしょうか?
もしかして、弱っている俺にそのままとどめを刺しに……!
なんて適当なことを考えていると、
「体の調子は、いかがですか」
バスケットからりんごを取り出すと、アメリアは果物ナイフで皮を剥き始め。
まるで独白のような語り方で、彼女は話を続けた。
「ひどい怪我でした」
「……」
もしかして、そんな俺の様子を見に来てくれたのか?
「何のつもりだ(……)」
「お見舞いを、と」
……律儀というにも程があるぞおい。
まるで当然のことかのように振る舞うアメリア。
「俺がくたばるとでも?(何で……?)」
思わず疑問の声を上げずにはいられなかった。
……伝わるはずもないが。
どこか心の中で参ってしまったような感覚が広がっていく。
何に対して? ……それはよくわからないが。
「……、丸一日も寝ていれば、そう邪推してしまいます」
「何?」
丸一日?
首を回して窓の外を見る。
赤くない夕日が沈みかけているが……。
「一日だと?(俺、1日も寝てたの?)」
「気づいていなかったのですか?」
剥き終えたりんごを、切り分け始めるアメリア。
「……」
「……」
サクサクと果実が切り分けられる気味の良い音が響くが。
結局は静寂が場を支配しはじめた。
「……ラバルの酸林檎です」
皿にぶっきらぼうに放り投げたリンゴを、俺の方へと渡してくるアメリア。
「ふん(ありがとう)」
「……」
そんな俺の態度を気にもかけず、仕事を終えたとばかりにナイフをバスケットに戻すアメリア。
そのまま部屋から出ていってしまうのか、と思っていたが……。
黙って俺を見続けている。
早く食えとばかりに。
……、せっかくの好意を無駄にするのも悪いし。
口の中に放り込んでいく。
「美味しいですか?」
「……(……)」
「…………」
間違いなく美味しい。けど、不思議な味だ。
りんごの食感だけど、柑橘類に似たような鋭い酸味もあって……。
……一日も何も食っていなかったのか、果肉からこぼれ出る甘汁が、カサカサに渇いた喉を潤していく。
ベッド脇の椅子に座ったまま、俺の様子を静かに見続けるアメリア。
その視線が何となく痛い。
「美味しいですか?」
「……(え?)」
呆けてしまっていた。
同じ言葉を繰り返すアメリアに。
「何か返事をしたらどうですか?」
「……なに?(え、あ……)」
「美味しいですか? と、聞いてるんです」
「……ああ(そ、その……美味しいです)」
諦観。憤怒。疑念。
そんなおおよそポジティブさなど一切ない瞳。
まっすぐ見るのが少し難しい。
「……まあ、いいです」
「貴様……(……)」
「はい、何ですか?」
「何様のつもりだ?(……)」
ところが、”俺”はそうでもないらしい。
いつになく強気なアメリアの態度に対して、苛立ったような声を上げた。
「? そんなの、ベリアル様が一番知っているのでは?」
……。
今にも噛みつきそうな”俺”の威嚇なんて。
まるで何も気にならないかのような態度。
「わかっているのか、俺の命令一つで」
「では、したらいいじゃないですか」
試すような声音が震えた。
「……」
だからと言って俺から何かいうことはない。
……”俺”も同じく黙っている。
「……あなたは」
「……?」
「あなたは何者ですか?」
先ほどから黙々とリンゴを嚥下していく俺に。
淡々と。
疑念の声が続いた。
「どういう意味だ」
「そのままの意味です」
不意打ちにも似た一撃を喰らってしまって、若干焦ってしまう。
俺が”ベリアル”じゃないことを見透かされたのか。
だが、なぜ?
「『癇癪を起こした子供がそのまま大きくなった』、『自らの欲望のままにだけ動く人間』……。この家でのあなたの評価です」
「それがどうした?」
「アズーリさんですら、あなたがどんな人なのかよくわからないのだと言うのです」
「……」
……いや。どうやら、俺が転移、もしくは憑依したことについてのことではないようだ。
どちらかというと、俺の言動の相違の話のようだ。
「あなたは私に、なにを望んでいるのですか」
「なにを望んでいるか、だと?」
「はい。あなたの婚約者として、……あなたが命令一つで、いかようにでもできる相手として」
……、先程の意趣返しなのだろうか。
この婚約がどのような形のものかは正直よくわかってない。
普通なら、夫婦なんてものは対等な立場にあるはずなのだけど、明らかにアメリアは俺に対して弱い立場であるように振る舞っている。なにかしらの理由があるのだろう。
けど。
少しだけ息を吐いて。
俺は、語気を強めた。
「自分で考えてみたらどうだ?(お前の好きなようにしてくれ)」
「……私には、あなたの考えがわかりません」
「自分で考えろと言ってるのがわからないのか、貴様は(俺のことなんか気にせずに)」
まっすぐ彼女の目を見て。
俺は続けた。
「貴様の人生だ。俺には関係ない(お前の人生だからな)」
「……」
「貴様が望めば、婚約ごと消し去ってやってもいいぞ(婚約含めて、好きにしろよ)」
正直気に入らなかったのだ。
こんなわかりやすい悪役にあてがわれた婚約者など、どう考えても碌なことにはならない。
そして、俺には彼女を解放する術などない。……立場的な意味でも、口調的な意味でも。
だからこそ。
昨日の決闘は俺が負けなければならなかった。
アメリアには、王子様に救われた姫様になってもらうのだ。
「この婚約は、クレイトン商会とナイトフォール家を結ぶ大事な……」
「知らんな。俺には一切関係のない話だ(……)」
勝手に口から、無責任な言葉が溢れた。
けど、今回は……。
”俺”のせいじゃない。
俺がそう思ってただけだ。
「貴様の立場、貴族家の繁栄、俺にとってはそれらのどちらも瑣事に過ぎん」
「……随分と、身勝手なんですね」
「そうだ。それがどうした」
「……、いいえ。あなたらしいなと思いました」
先ほどまでの無表情に。
少しだけ柔らかな笑みが読み取れて。
少し不思議な感覚と、安堵感を感じた。
……同時に。
ダリウスが彼女の王子様になってしまったのが。
羨ましかった。
そんな俺の些細な嫉妬を知ってか知らずか、アメリアは再び仕事モードの表情に戻った。
「……体は痛みますか?」
「俺を誰だと思っている?(まあ、今は大丈夫だよ)」
「先ほど咳き込んでたみたいですが」
少し強がって見せたが。
そんなものはお見通しだったようだ。
「俺の勝手だ(……正直、多少はまだ痛いよ)」
「……」
「用が済んだなら、さっさと退出しろ(けど、気にしなくていいよ)」
ぶっきらぼうな物言いに対して、アメリアは特に怒った様子もなく、
「わかりました」
用は済んだとばかりに立ち上がった。
……おそらくだが、貴族の婚約者の最低限の仕事として見舞いに来てくれたのだろう。
まさに仕事を終えたってところだ。
「何かあったら呼んでください」
「……ああ」
そう言って去る後ろ姿に。
俺はなんだかちょっとした物寂しさを覚えてしまって。
碌に伝わりもしないと知っていながらも。
声をかけてしまった。
「待て」
「?」
「
「……私はあなたの命令には逆らえませんから」
……、欲しかった返答は来なかったけど。
それでも諦観み溢れる死んだ目で答えられるよりはマシだ。
「つまらんな(そうか)」
「……」
若干溢れてしまった本心。
……できれば、『気が向いたら』とかでも言って欲しかったものだ。
とはいえ。
命令し命令される関係性を望まない俺の独りよがりに過ぎない。
夕日が沈む空を見ながら。
俺は少しため息を吐いた。
†8月19日。視点:ベリアル
ダリウスとの決闘騒ぎから数週が経った。
さすがはゲームの世界のおかげなのか、それともたまたまベリアルの体質なのか。
ボロボロになった体は数日でピンピンに戻った。
あの負けイベントの後。
どうせならアメリアの味方になりそうなダリウスがいる今のうちに婚約破棄まで漕ぎつければいいんじゃねという俺の高度な柔軟性を持った臨機応変な対応は、ただの謹慎処分で終わってしまったのだ。
うーん。いたいけな女の子が卑劣な手でちょめちょめされてると言われたのに何もしないとか、まさかルーカス貴様竿役適性があるのか?
ダリウスは謹慎を言い渡されたってのに、領地の視察や家庭教師の授業などで忙しそうだったけど。
夏季休暇が終われば、士官学院に戻るってのに、勤勉なことだよ。
俺は、謹慎を言い渡されたことをいいことに毎日鍛錬室に通い詰めていた。
問題児であったおかげで、貴族だというのに“俺”には何もやることがない。
それと、最近は一人寂しく鍛錬室に篭ることも少なくなってきた。
鍛錬室で篭る俺の様子を観察にアメリアが訪れていたのは知っていたのだが、気づいたら自分から武器を取って訓練を始めているのではないか。
どういう感情の変化?
挨拶のたびに暴言を吐かれるのはアメリアも嫌だろうということで、最近は徹底的に口を噤んでいるんだけど。
おかげで、アメリアから何を話しかけられても無視してしまってるんだぞ。
近づくことさえ嫌だろうに……。
ある日、意を決して聞いてみた際には、
「その見窄らしい銃撃を視界に入れるだけで不快になる(Youはナゼここで修行を?)」
「……精進します」
「それとも、自ら進んで俺に体を差し出す気になったか?(俺がいたら気分悪くならない?)」
「……お好きなようにしてください」
という何も伝わらなかったうえに、原因究明に全く役に立たない会話で終わった。
心なしか随分と塩対応になってない?
というものの、お互い距離を置いて別々の修行をしたり、俺の修行を一方的に見ていたりと。
その外見に似た気まぐれな猫のような彼女の反応が気になって、同じようにして彼女が銃剣を振り回すところをマジマジと見ていたら、
「……っ!」
顔を真っ赤にして辞めたりしてて。
その反応が可愛くて時たまやっていると。
ついには俺がアメリア観察を始めたときに無言で発砲してきて、
「なっ!? 貴様!(え、ちょっ!?)」
「私の観察をするほど暇なら、相手をしてください!!」
という流れで、最近では一緒に模擬戦をしながらの稽古も珍しく無くなってきてたりする。
ちなみに彼女は容赦なく実弾をぶち込んでくるので、いつも戦々恐々である。
けど、ここまで来れば彼女の心境の変化を悟れないほど鈍感な俺でもなかった。
大嫌いな俺がいるのに関わらず、鍛錬室に頻繁に通っている点。
やたらと俺の動きを観察したがる点。
そしてついには俺に斬りかかってきた点。
「そうか。アメリアは士官学院の入試に向けて頑張り始めたんだ!」
自室で昼食をとり、久方ぶりにベッドでゴロゴロしている俺は、最近あった出来事を整理しながら独りごちた。
修行に明け暮れる日々だったが、今日は鍛錬場が掃除のために締め切られているので、怠惰を貪っている。
夕方には終わるとアズーリが言っていたので、それまでは謹慎中なのもあって自室ごもりである。
とはいえ謹慎も明日までということにはなっているが。
ダリウスのいないときを見つけて時たま図書室に入っては本を物色するのだが、そこによれば士官学院の入試はかなりの狭き門。
試験問題が難しいのは当然として、実技試験も課されるという。
その対策のために今のうちから……と考えるならばおかしな話ではない。
レベルが幾分ばかり高い俺の動きを参考にしたり、稽古相手に選んだりするのも納得だ。
タイミングとしては、ベリアルが成敗されて自由を手に入れたアメリアがやっと自分のことに時間をかけられるようになった、というこれ以上ないほどに明確なもの。
「……けど、俺のせいでアメリアの修行の邪魔になってないかなぁ」
一人で鍛錬室で鍛錬に勤しむアメリア、というのがおそらく原作LHの設定のはずだろう。
そこに俺というイレギュラーが入るのはどうか。
彼女の成長速度の阻害になっているつもりはないけど……。
「俺がいるだけで嫌な気分になってるだろうし……、気も散るよなぁ」
とはいえ、俺に修行の場所がないのも困る。
……探せばあるだろうけど。
いや、探しに行くのも悪くはないかもしれない。
転生後、未だに屋敷の外に一度も出かけていない。
屋敷の窓越しには、かなり栄えているナイトフォール領の街ラバルが見えるし、レベル上げついでに色々と外の世界にも出かけてみたい気持ちもある。
魔獣にも出会わなかった異世界転生なんてのは味気ないのにもほどがあるだろう。
「謹慎が解ける明日から鍛錬室はアメリアに譲って、俺はどこか他の場所を探そう!」
そう決心する俺だった。
†次の日、鍛錬室にて。視点:アメリア
「ベリアル様。鍛錬室で修行を続けてください」
「なんだ貴様藪から棒に」
「ベリアル様は別に私の鍛錬の邪魔にはなってませんし、……ベリアル様がいたって、私の気分は悪くなりません」
「聞いてもいないことを喋るな、小娘が」
「だから、他の場所で修行をしようとか考えないでください」
目の前の男ってバカなんじゃないの。
彼の本音を聞くためとはいえ。
ついつい部屋前で盗聴をしてしまっている罪悪感は感じていますが……。
……。いまだに首を傾げながらこちらを見るベリアルの視線に無性に腹が立ったので、私は銃剣を構えて彼に斬りかかりに行きました。
最近ではそんな私の相手を面倒がらずにしてくれるベリアルと模擬戦をするのが少し楽しいのです。
「ぐっ! 貴様……!」
などと恨めしげな声を上げながらも、手を抜かずに私の攻撃を受け止めるベリアルの反応にも慣れてきました。
そしてその日の夜。
珍しく私たちと食事を共にするアズーリさんが、
「ベリアル様謹慎明けを祝して!」
とのことで、いつにも増して豪勢な夕食を用意されていました。
「といっても、ベリアル様がお外に出かける用はないでしょうけど」
「……ふん」
「アメリア様はどうですか?」
食事の味を楽しんでいると。
アズーリさんから呼ばれました。
「えと、……ないわけではないのですが」
実はこの数日。
アズーリさんから貸与していただいた魔導銃を使用して鍛錬を行っていたのですが。
やはり鍛錬用のものなので、精度や威力などが満足いくものではありません。
「ふん、なんの用だ?」
私が出かけることに興味を持った様子のベリアル。
私相手には無干渉を貫く彼にしては、珍しいこともあったようです。
「魔導銃のパーツと、……魔導具の解析機を購入することです」
「……、あれより威力を上げるつもりなのか」
「……?」
どこか呆れたような口調のベリアル。
軍用ライフルにしては威力は強めですが、個人カスタムできる魔導銃にしては抑えめの威力のはずです。
「でしたらお二人で首都に行かれては?」
「二人で、だと?」
提案するアズーリさん。
「はい。婚約者としての甲斐性の見せ所ですよ、ベリアル様」
「なぜ俺がそんなことを……」
「それに、アメリア様はベリアル様の許可がないと出かけるのが難しい立場。ベリアル様がどうしても嫌だというのであれば、仕方ないのですが」
……。
アズーリさんの言うとおり。
私はこの家での立場は非常に弱い。貴族家との婚姻だというのに、使用人すらつけられていない。それが証左です。
だからこそ、私がなにをするか、それは全てベリアルの思うがまま。
そう思ってベリアルの顔を覗き込むと、
「……、ふん」
少しだけ戸惑ったような表情を、いつもの仏頂面で覆い潰していました。
……それもそう。私の用事に付き合うほど、彼は私に時間など使うはずがありません。
落胆して、ため息が少し溢れました。
そんな私だったのですが、
「明日昼過ぎ」
「え?」
「明日の昼過ぎだ。俺が街に出るための従者になれ」
苛立ったような声で、ベリアルは続けました。
「貴様を連れて首都に行く」
「で、でも、ベリアル……様は、用事がないと」
「聞こえなかったか。貴様と首都に行くと決めた。貴様に拒否権はない」
なにをどう思っての発言なのかはわかりません。
ですが。
明日昼、私たちは二人で首都に出かけることになりました。
☆ステータス☆
【名前】ベリアル・ナイトフォール
【基礎レベル】1
【技量レベル】12
【魔法属性】不明
【魔法詳細】未習得
【名前】アメリア・クレイトン
【基礎レベル】1
【技量レベル】8
【魔法属性】不明
【魔法詳細】不明
いつも感想、誤字訂正、本当にありがとうございます! もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけると、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!
ベリアルくんに難易度を設定してあげてください! 現状はノーマルです!
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イージー(無双タイムだ!)
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ノーマル(現状維持!)
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ハード(血湧き肉躍る苦闘を!)
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ナイトメア(世界の深淵を覗こう!)