甲冑騎士の声音は、強さが少し増していた。
『チャーリー1より本部、第4セクター制圧完了。標的は未確認』
『本部了解。チャーリー班は周辺区域の索敵を継続せよ』
『チャーリー1、了解。行動を続行する』
息が出そうなのを我慢して、通信を終える甲冑騎士の女。
焦りを必死に抑えようと頭に手を当てるが、焦燥の顔色が漏れ出てしまう。
隣で見ていたスーツ姿の男は、薄ら笑いながら口を開いた。
「どうやら、うまくは行ってないご様子」
「……ああ。想定よりも時間がかかっているな」
「騎士団と傭兵を使った陽動、空洞化したハンターギルドの活動、さらにはヴェリタスによる制圧と、爆破。ここまでは予定通りだったが、どこで歯車が狂ったのだろうね」
手にした藤色の液体が入った瓶を揺らす男。
「数日前から観察していた標的の行動パターンが変わってしまったのだ。おかげで初期の混乱で、標的を見失ってしまった」
「うーん、人とは気まぐれな生き物。予測するのは難しい、ってことかね」
窓ガラスから外の様子を伺う。
屋上から見えるホテルの周辺では、続々と騎士団の馬車やら、最新鋭の大型魔導車に乗った共和国軍やらが集まっている。
野次馬の群衆に紛れて、映写機を片手にしたジャーナリストや、少数だがギルド所属のハンターの姿もある。
だが、誰一人としてまだホテルには近づけていない。
その理由は。
ズダダダダダ――ッ。
空から撃ち下ろされる銃弾にあった。
現在甲冑騎士とスーツ男が搭乗している飛行船からの掃射だ。
屋上に停泊しているが、銃座はしっかりと地面を照準している。
「我々は無為な戦闘を望まない! ホテルに近づくな! 民間人は一切傷つけないことを約束する!」
拡声器で繰り返し叫ばれる言葉。
弾は舗道の手前一尺を砕く。
境界線。そこさえ越えなければ、狙わないという宣言だ。
「うーん、このまま標的を探し続けるのもいいが」
「……
「そう。なんだかんだで貴重な薬を、ホテル中にばら撒けばすぐになくなっちまう」
「そうか……」
返答すると、女は再び無線機を持ち上げた。
『本部から全部隊に告げる。時間がない。標的を直ちに発見し、捕縛せよ。繰り返す、手段は問わない。標的を捕縛せよ』
その様子が気にならないのか。
スーツの男は瓶の蓋を開け。
深くその匂いを吸い込む。
それで満足したのか、歩き出す。
「……どこに行くつもりだ?」
「実験と検証の続き。ちょっとした野暮用さ」
手を振りながら、
「あ、そうそう。離脱の際はおじさんのことは気にしないでくれたまえよ」
「どうするつもりだ?」
「借りは作らない主義でね」
飄々と立ち去っていった。
†同時刻。視点:ベリアル
発砲音。
呼応するような悲鳴。
ホテル上空を飛び回る飛行船からの威嚇攻撃だ。
窓から外を見ても、実際に射殺されている人は見えない。
「……何が起きてんだ」
原作LHではこんなイベントは見たことがない。
「未プレイルートのイベントか……」
リーネといい、エレノアといい。見知ったキャラもいない。
ゆえに、可能性は大いにあり得る。
「いずれにせよ、アメリアを探さないと……!」
運よくホテルが閉鎖される前に潜り込むことができた。
空から降る鉛玉を避けながら侵入するなんて手間をかけずに済んだのは幸い。
昏睡している人々の体を飛び越えながら、ホテルを駆け上る。
「眠ってるだけみたいだけど……」
叩き起こそうとしたが、誰一人起きなかった。
息はあるし、いびきをかいてるのもいる。
薄らと広がる紫の霧。
おそらくそれが元凶。
「影響を受けずに済んでるのは、運がいいのか……」
それとも何か理由があるのか。
……っと、今考察することじゃないな。
メイン階段を登り切ったところで、ちょっとした広間に出た。
……不気味なほどに人影がない。
先ほどまで、従業員にしろ、客にしろ、誰かは倒れていたものだが。
こういう時は……、
「……、誰だ?」
「おっと、バレちまってたか?」
とりあえず言っておくものだ。
気配とかそういうのは感じなかったが。
振り返ると、乱れた髪をバンダナで結んだ、スーツ姿の男が立っていた。
右手には、紫色の小瓶がある。
「誰だと聞いている」
「うーん、それは簡単には言わないようにしてるんだ、ベリアル坊っちゃま?」
「何……?」
どうやら俺のことを知っているらしい。
「俺の名前を知る程度には教養があるようだな(そんなに有名人のつもりじゃないけど)」
「それはそれは。巷じゃ、有名でね」
「ふん(有名?)」
”俺”の記憶が正しければ、外に出かけることすら稀だったのだが。
ナイトフォール家という意味では有名なのかもしれない。
「ナイトフォール家のおぼっちゃまなだけあって、流石に嗅ぎ慣れているのかな?」
「嗅ぎ慣れている……?」
「ヴェリタス。別名”真実を顕す秘薬”」
そう言うと、スーツの男は右手の小瓶を掲げ。
「君の”真実”ってのは何なのか、なんつってな」
「……おちょくっているのか、貴様?」
「とーんでもない。おじさんは何が真実かを知りたいだけなのさ」
はぐらかすように喋る男。
正直何が何だかはわからない。
ただ、このタイミングで俺の前に現れたということは……。
その目的はわかりやすい。
「それで、何の用だ?(俺に何か?)」
「警戒させちまったか? ……といっても、尾行していた時点で、こうなるのも致し方なし、か」
「御託はいい。さっさと要件を言え」
侵入者である俺の前に姿を見せた。
その上、紫の霧の元凶と思えるような小瓶を持っている。
目的は十中八九、……俺の排除だろうか。
警戒を最大限に。
意識を直剣に向け、いつでも抜けるようにする。
だが、そんな俺を様子を見て、スーツ姿の男は、
「ふーむ。どうやら勘違いをさせちまったかな?」
「勘違いだと?」
「そう。ここで何が起きようとも、俺には興味はない」
両手を広げて、無害であるアピールをしながら。
スーツの男は続けた。
「ここで
空に飛ぶ飛行艇に向けて手で銃を作り、パンと声をあげる。
「俺には関係ない」
その仕草に息を呑んでしまう。
この男なら今からでも、そんなことをやりかねない雰囲気がするのだ。
「……ならば、俺を尾行した理由を説明してみろ」
「ただただ何をするか気になっただけ、と言っても納得しないかな?」
「嘯くな、下郎」
「はっはー。なら納得する理由でも挙げてみよう」
不吉な笑みを浮かべながら。
スーツの男は吐き捨てた。
「
「な……っ!?」
思わず手が伸びていく。
体が吸い寄せられるように、スーツの男で向かう。
この男は……!
「貴様何を知っている!?」
「おじさんはなーにも知らないさ。それよりもいいのかな?」
「何が言いたい!?」
「アメリアちゃんがどうなってもいいなら、おじさんとランデブーでも歓迎だけどね〜」
飄々とした態度で立ち去るその背中を。
俺は黙って見ているしかなかった。
†
「とはいえ」
スーツの男は独りごちながら、歩く。
「実験の方はまだ終わっていないんだな」
関わること自体が躊躇われるような声音で。
スーツの男は語りかけた。
「そこの君も、そうは思わないか?」
「誰だ、お前!?」
魔導銃でスーツの男を狙いつけながら。
語りかけたれたプロテクターを着た男は叫ぶ。
「おじさんのことはどうでもいい。それよりも君のことだよ」
開かれた瓶の蓋から、藤色の霧が溢れ出ていく。
纏わりつくような紫色が、プロテクターの男を囲う。
「お、俺のことだと?」
「そう。見たところ、出稼ぎの傭兵ってところかな? 顔からして、……西部の……帝国ってところか」
「……ああ、そうだ。……だが、それがどうした」
「はるばるご足労、お疲れ様ってことが言いたいだけ、さ」
徐々に濃度を増していく深紫。
だが、プロテクターの男はそれに気づく素振りはなく。
息が少しずつ上がっていく。
「帝国じゃあまだまだ紛争が終わらないらしいな。君も、国境を越えた出稼ぎの一員ってわけだ」
「……、俺にできる、はぁ……仕事なんてこれくらい、しかないからな」
「あぁ、おいたわしや。長旅もお疲れだろう」
スーツの男は、プロテクターの男の肩に手を回す。
まるで数年来の仲間だったかのように。
「少し、ハメを外してしまおう」
「ハメ、を……? はぁ、……はぁ」
「そうだ。ここにいる人は全員昏睡している。誰も見ていないんだ」
「誰、も……」
「君がどのように仕事を遂行しようが、誰も気にしない。君の欲望の赴くまま、動いてしまえ」
そして。
千鳥足で去っていく傭兵の男を見送ると。
不吉な男はつぶやく。
「殴ったり蹴ったりはおじさんの得意分野じゃないからねぇ」
空いていた瓶の中身は少し減っており。
蓋も閉じられていた。
「邪魔が入るってことさえわかれば十分。かといって放置しているだけじゃあ、つまらない」
魔導灯がつかず、暗む廊下で。
深紅の蛇目を光らせる。
「簡単に死なないでくれるだけでも、おじさんとしては楽しめるからさ」
霧のような言葉は。
暗闇に消えていった。
いつも感想、誤字訂正、本当にありがとうございます! もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけると、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!
プロローグの方も内容を書き換えておりますので、そちらもよかったらよろしくお願いします。
以降蛇足。
おじさんの声、石川英郎さんのイメージです。久しぶりに三國無双を遊んでて賈詡の声を聞いて、あ! この人じゃん! ってなったんですよね……。
ベリアルくんに難易度を設定してあげてください! 現状はノーマルです!
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イージー(無双タイムだ!)
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ノーマル(現状維持!)
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ハード(血湧き肉躍る苦闘を!)
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ナイトメア(世界の深淵を覗こう!)