筋一本一本が断ち切れ、その度に微振動となって手に感触が返ってくる。
骨が金属に抵抗し、組織を残しながらも複雑に粉砕する音。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
完全に油断をし切った男の太ももに目掛けて、思いっきり直剣を振り下ろしたつもりだったのだが……。
「……ッ! 誰だァ、テメエは!!」
倒れたまま首だけ振り返り様に叫ぶ男。まだそれだけの余力が残っていることに驚きだ。
踏みつけるようにして男の首元に脚を振り下ろす。
「あがッ!」
側頭部を地面に叩きつけられた男は、そのままその場で動かなくなった。
……呼吸はしているようなので、死んだということはないだろう。
それよりもアメリアとエレノアだ。
倒れ込んだままこちらの様子を見ているアメリア。転倒した様子だが、大事にはつながっていない。
燭台で叩かれた額を手で押さえるエレノア。運良く掠めただけだったようで、傷にはなっていないようだ。
彼女たちの無事に、ふぅ一息つく。
片や呆然とこちらを見つめる少女、片やホテルに戻ってきた俺に対して警戒を続ける女。
「ベ、ベリアル……?」
いち早く状況を飲み込んだアメリアが声を上げる。
少し遅れて立ち上がるエレノア。
「なぜ……、あなたが?
俺を睨みつけるようにして、エレノアは問いかける。
……彼女の予想では、俺はリーネに成敗されているものだったのだろうな。
不測の事態に陥っていなければ、エレノアの予想は的中していただろう。
一応外から様子が確認できないようにドアを閉じて鍵をかけ、それから彼女に答えた。
「俺がアレ如きに遅れを取るとでも夢想したか?(あの娘なら、どこかに行ったよ)」
「…………」
真剣な面持ちのエレノア。
先ほどの男のこともあって、長い黒髪から覗く額に、粒の脂汗が見えた。
「流石、ナイトフォール家の子供ってわけね」
「今更理解したか?」
「それで、あなたの要求はなにかしら?」
ゆっくりとアメリアに手を伸ばして、立たせるエレノア。
そしてアメリアを守るようにして、俺に対して交渉を持ちかけてきた。
それに応じる前に。
確認しないといけないことがある。
「エレノア・クレイトン。貴様の名前か」
「ええ、クレイトン商会の会長よ。だからあなたの要求なら、大抵は」
「いや、それはどうでもいい。それより貴様、そのガキとどういう関係だ」
倒れている男が先ほど叫んでいた名前。
その容貌からも、どこかアメリアに似た雰囲気は感じらえれる。
なんとなく、察せるものではあるが。
「母親よ。あなたにとっては、一応義母になるのかしら?」
「……ふん」
やはりそうだったか。
ならば、俺を娘に近づけさせなかったのも説明できる。
「土砂降りでもアメリアを探していただけはあるわね……。婚約者としての意地、かしら?」
「俺が意思を曲げることはない」
「まさか、ホテルを襲うテロリストすら突破して来るとは思わなかったわ」
実際ここまで来られたのは運が良かっただけ。
どこか不吉そうなスーツの男以外には出遭わずに済んだだけ。
それでも。
少なくともアメリアが危険な状況ではないので、胸を撫で下ろせる状況だ。
少し離れた場所で床に座っているアメリア。
大きな物音がしたので心配になったのだが。
息は上がっているようでも、ひどい怪我をしている様子ではない。
窓越しに轟音を響かせる飛行船が、いまだにしつこく拡声器で警告放送しているので、完全に安心できる状況ではないけど。
「……あなたの要求はわからないけど」
「?」
「金貨100枚で、どうかしら?」
そんな俺の考えを知ってかしらずか。
エレノアは言い出した。
「貴様正気か?(何を言ってるんだ?)」
「ええ。……人身売買なんかには詳しくはないけど、それでもあなたにとっては十分納得できる金額のはずよ」
……人身売買?
何か話が飛躍しているような気がするのだが……。
未だに要領を得ていない俺に対して。
長く艶やかな髪の間から打算的な視線をのぞかせ、エレノアは続けた。
「私たちの身の安全と、あなたの婚約者――あなたにとっての奴隷のアメリアを金貨100枚で買い取るわ」
なんてことを宣った。
「貴様は、一体……」
婚約者、……奴隷?
買い取る。
繋がらない言葉たちの論理関係を無理やり繋げていく。
エレノアは何が言いたいのか。
エレノアとアメリアの身の安全については、まあいい。彼女からすれば、俺がテロリストと同じ行動をしかねないからな。
彼女にとって今最も必要なものをお金で引き換えに保障してもらおうとしているのだから。
「金貨100枚あれば、あなたが望むことはなんでも叶うわ。一等地に豪邸を建てるもいいし、東の島に別荘だって作れる。酒池肉林だろうがなんだろうが思いのままよ」
金貨100枚の価値を俺に力弁する目の前の女。
俺の興味を金貨に寄せようとしているのだろう。それはわかる。
けど。
「ナイトフォール家が肩代わりしてくれたこの娘の父親のわずかな借金と差し引いても――」
だけど。
つまり、この女はこう言いたいわけだ。
「その金で、
「そう。あなたにとって悪い取引ではないはず――」
「――見縊るなよ、エレノア・クレイトン(
真っ直ぐエレノアを見つめながら、俺は続けた。
「その小娘を金貨100枚程度で買い戻せるものだと思っていたのか、貴様は!?」
「ええ。足りないというのなら、いくらでも――」
「貴様の全財産だろうと、買い戻せると思うなよ!?」
未だに娘を背中に守るように立つエレノア。
リーネをけしかけて俺を追っ払おうとしていたエレノア。
だったらなんで――、
「その小娘の面倒すらまともに見られないというのなら、そんな端金など紙切れの価値もない! そのことくらいわかっているだろう!」
止めどなく湧き出る怒りの感情が、どんどんと首より上に溜まっていく感覚。
頭蓋の血管がはち切れそうに痛い。
それでも。
俺は、言いたいことを言わないといけない気がした。
「アレを下郎から守るのが貴様の母としての責務だろう! 貴様の娘は、クレイトンのためなら――母親の持つ商会のためなら、いかなる悲痛をも我慢し続ける。対して貴様は、何をしているのだ!?」
アメリアの父の借金がどんなもので、エレノアにどんな事情があったかは知らない。
だけど、俺に差し出せる程度だというのなら。
「精々その金はそこの小汚い娘のためにでも使え」
そう言い終えると。
……やっと頭痛が少し治った気がした。
一息をついて、頭に手を当てる。異様に熱いが、あれだけ叫べばこうもなるか。
少しだけ冷静になって、思い返すと。
これじゃあ、好きなだけ喚き散らして、気が済んだだけのガキそのものだ。
今日初めて会ったよく知らないクソガキの癇癪に対して、エレノアは眉を顰めていた。
見えていないのでわからないが、アメリアもいい表情をしてはいないだろう。
身体中から居心地の悪さが感じられてきた。
ここには俺の居場所はない。
伝えないといけないことは伝えたはずだ。
あとは彼女たち二人の問題だ。
「そこの小娘はもはや俺の奴隷などではない!(この婚約はなかったことにする!)」
一方的に宣言して。
逃げるように、部屋から出ようとドアに向かった。
万が一テロリストがこの部屋を探る可能性もある。
離れたところで騒ぎでも立てて、注意を逸らしにいこう。
適当に理由を作って、歩き出す。
だが、そんな俺の右手を握る柔らかく暖かい感触。
なんだと思い、振り返ると――
「……?」
俺よりも困惑した顔で、握った自身の手を見つめるアメリア。
そんな彼女の態度にすら、俺はなぜか先と違った苛立ちを覚えた。
いつも感想、誤字訂正、本当にありがとうございます! もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけると、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!
ベリアルくんに難易度を設定してあげてください! 現状はノーマルです!
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イージー(無双タイムだ!)
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ノーマル(現状維持!)
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ハード(血湧き肉躍る苦闘を!)
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ナイトメア(世界の深淵を覗こう!)