†視点:ベリアル
腕を伝わる衝撃は骨を軋ませる。
裂かれた体組織の悲鳴が、ギリギリと蝸牛に聞こえてはならない断裂音を伝えた。
興奮のあまりに瞳孔が開き切ったせいで、戦火を映す槍の反射光すら眩しい。
心臓の鼓動が胸をはち切れんばかりだが、耳には響かない。
ズシズシと血の上った頭を、勤めて冷静にたもつ。
なぜなら。
――――ッッッッッッ!!!!!
彼女の何気ない――一撃がッ!
命を、刈り取ってくる!
僅かに見えた光に、半ば脊髄反射で直剣を振るう。
ゴンッという衝撃を伴う音が直剣の先で爆発した。
もはや手の感覚はない。だが、感覚が無かろうとも、”握る”ことはできる。
「うおおおおおッ!!」
叫ぶ。
――叫ぶ。
――――雄叫ぶッ!!
折れそうになる心を。
奮い立たせるために!
「……」
無言で近づく死神は。
再び無数の剣戟を。
突きの一つ。
薙ぎの一つ。
斬りの一つ。
多少の傷など受け入れる前提で。
腕を貫かれようが、足を削り取られようが。
立ち続けて戦えるのであれば――!
「やめなさい!! 死んじゃうわよ!!」
雑音は耳に聞こえない。
コンマ数秒できた隙、アメリアの方を見る。
その手に握られた魔導銃のチャージの終わりを確かめたかったが。
――キンッ!
弾かれた直剣。
その余裕すらない。
飛ばされそうになる直剣を無理やり引っ張り上げる。
余った勢いがそのまま回転力となり、360度回転した先で――。
――ゴンッ!
勢いそのまま騎士女の槍と衝突した。
「……?」
思わぬ感触に己の槍を構え直す騎士。
それはそうだ。その威力の攻撃は俺にはできない。技量も力量も。
今日初めて試しただけの、相手の力をそのままにして返す技。
リーネとの戦いでたまたま編み出しただけの、急場凌ぎ。
「驚いたか、馬鹿力女?」
「ああ。お前と会ったのが
そして。
刹那、女の姿は掻き消えた。
あまりの速さに、ただ直剣を構え直すくらいしかできず。
奥歯を噛み締めた瞬間。
「ぐ――ッ!!!」
地に着いている感覚がなくなる。
自分が吹き飛ばされと気づく前に。
槍の閃光が視神経に入り。
「ッ!!」
無我夢中に、空中で直剣を振り投げる。
――ゴンッ!!
とてつもない衝撃が再び。
どこか痛みに対して他人事のようになり。
もはや何も感じられず、一瞬だけ痛みに身を任せていると。
「ガ――ッ!!」
背中全体にコンクリートの衝撃が走り。
痛みで
狭まる視界に、パチパチと星が散る。
力の入らなくなった
「あ、……は、ッァ」
横隔膜に力が入らず、呼吸すらまともにできず。
ぼーっとこのまま力尽きていくのだろうかと。
再びどこか他人事のように思えてくる……。
「……力を利用されるのであれば、反撃が不可能な攻撃をすればいいだけのことだ」
「……は、ハハ……ぁ」
「お前はよく頑張った。もう休め」
甲冑姿の女騎士は、俺の返り血だらけの槍を構え直すと。
ズシズシと一歩一歩エレノアに向かい始めた。
†
換気システムに繋がれた毒々しい小瓶。
あともう少しでそれがホテルの全員の命をうまうだろう。
その様子を少し確認したのち。
「リアンナ」
対して。
女騎士をまっすぐ見ながら、エレノアは震える手をポケットに隠しながら続けた。
「あなたが騎士団から姿を消してから数年。相変わらず元気そうで」
「ああ。お前の方は、変わったな」
「……、それはあなたもそうじゃないかしら」
一方、女騎士、リアンナの方は先ほどの剣呑な雰囲気のまま話を続けている。
その二人の姿を、アメリアは少し離れた場所から静かに見守るしかなかった。
不用意な刺激をしないために。
だが。
たとえ自身が何をしようとも、何も変わらない確信めいた無力感に、体全身から力が抜けていくような感覚に陥る。
「ことここに至っては、もはや単刀直入に聞くしかない。エレノア、商会を解散させろ」
「……いきなりね」
「いや、解散と行かなくともいい。会長の座を降りろ。そうすれば、このホテルにいる”重鎮”どもがいなくなるだけでも、この国の未来は救われる」
ゆっくり槍を振り上げるリアンナ。
その血まみれの鋒がエレノアに向けられる。
「お前、……お前たちの存在は共和国の未来を潰す」
「未来を……?」
「ああ。承諾できなければ、この場で死んでもらう」
息を呑む。
アメリアはその景色から目が離せなかった。
心臓が氷の匕首で撫でされたような……。
初めて、”母親が目の前で殺されるかもしれない”という予感が。
「そんなこと、……簡単に従えるわけないわ」
「ならば」
だから。
震える脚で立ち上がり。
その両手に改造した魔導銃を、握りしめた。
先ほどのベリアルの蛮勇に唆されてしまったのか。
まともな心理状態な訳がない。
だけど、それでも矢面に立ってしまった。
「何のつもりだ……?」
「やめなさい、アメリア」
そんな二つの声に。
震える声が答えた。
「やめな、い。私は……」
まともに言葉すら出ないけど。
淡い水色に光る魔導銃を握りしめる。
まだチャージは終わっていない。
いや、チャージが終わったとしても、リアンナに傷すら負わせられないかもしれない。
それでも。
「……そうか。ならば死ね」
そんなちっぽけな勇気に対するリアンナの答えは。
冷徹な宣言で。
振り上げられた槍は、真っ直ぐ。
母の前に立つ少女に。
その前に、エレノアはアメリアを庇うようにして抱きしめ。
立ち上がれるはずのない男が、立ち上がっていた。
「誰の許可を得て、アメリアに武器を向けている、貴様」
†視点:ベリアル
弾き飛ばされ。
再び続く一撃を。
痛みに身を任せたりせず。
見極める――!
先ほどと同じ攻撃に対して、なんとか対応させていく。
体の感覚なんてもはや残ってない。
動いているかもしれない体を無理やり動かして。
戦えているかもしれない戦況を無理やり転がす。
見えている閃光に合わせて、神経に命令を出し。
聞こえてくる風切り音に、直剣を当てがう。
ただただ、闘志を焚べて。
終わらない地獄に立ち向かう。
「ああああぁぁァァアアアああああ!!!」
ただの絶叫。
溢れ出す血液の
折れた骨が、これ以上動かない痛覚だけを返してくる。
それでも。
俺は負けるわけにはいかない。
「貴様が、殺すというのなら」
俺の命なんか軽い。
それを今日ほど実感したこともない。
対応しきれなかった槍が、脇腹を削り取っていく。
がくりと、体に入る力が失われる。
それでも、気力で立て直す。
気付けのために剣のない方の手で抉られた脇腹の傷を握り締め。
溢れ出した
「……ッ!」
その血による目潰しが効いたのか。
隙を逃さず。
「はぁァアアアああ!!!」
渾身の一撃を。
全体重を込めて。
放つ――ッ!
――ガキンッ!!
ああ。
だが、通らない。
もう一度膝を立てて。
立ちあがろうと。
「ッ…………、ッ……!」
力が入らない。
立ち上がらないといけないのに……!
もう諦めろ。
十分戦っただろ。
そんな諦観が、絶望が地面からぬるりと手を伸ばし、俺の体に絡みついてくる。
だめだ……!
このままだと心が、折れる。
「頑張れ……ッ!」
いいや。
聞こえてこない。
見えてこないのだ。光が……ッ!
†視点:アメリア
立ち続けようとするベリアル。
だが、数度。
自身の血液で
でも、その闘志はまだ燃え尽きていません。
体は限界。これ以上戦わずとも、命に関わるのでしょう。
私がすべきことは、これ以上戦い続けることを止めること。そんなのは、わかっています。
でも、このホテルに取り残された数百人の命。
それにここにいる私たち数人を含めて。
ベリアルが戦わなければ。私が戦わなければ。全員が死ぬ。
「心が、折れそうだ……ッ!」
そんならしくない弱音が出てきました。
だけど。彼が欲しいのは、”もう諦めてもいい”という優しい言葉なんかじゃない。
もしその心が折れそうなのであれば、私が支えましょう。
「頑張れ……ッ!」
「見えてこないのだ。光が……ッ!」
もし光が見えないのであれば。
「頑張れ! ベリアル!!!」
私だけが、彼の光になるんだ!
†
「轟ォォォオオオ!!!!」
自分でも訳がわからない声が出た。
体の奥底から溢れ出す力に震える。
覚め始めていた夢想に、再びどっぷりと浸かり直す。
感覚が戻りつつある手に、握る力が戻っていく。
曇り始めていた視界が冴え渡る。
心臓から流れ出る血流に熱が帯び始めた。
「……まだ抗うか」
そんな俺の様子を見て、少しばかり眉を顰める女騎士。
鼻で笑ってやろうと思ったが、呼吸すらままならない。
揺れる視界の端。
アメリアの抱える魔導銃が、柔らかな光を溢れさせていた。
だから。
俺は賭けに出ることにした。
「あ、あぁぁァァア、アアあああ、あ!」
先ほどと同じく。
捨て身の突進。
今回は、俺の返り血による目眩しもない。
そんな俺の一撃をこともなげにあしらうか。
それとも――。
「せめてもの餞別だ。我が槍の一撃で屠ろう」
まともに構え。
真っ直ぐに俺に向かうリアンナ。
ああ。
賭けには勝利した。
あとは気力のみ。
突進で彼女の懐に入る直前。
全身の力を抜ききり。
やってくる一撃に、全集中を極める。
「ッッッ!!!」
構えた直剣でその攻撃を受け止め――!
その勢いを殺さず、千切れそうな腕で直剣を繋ぎ止め。
翻り様に直剣を、その頭蓋に叩きつける!
「……ッ!」
油断からか、まともに一撃をくらい。
軽く一歩のけぞり、一瞬にして警戒度を上げたリアンナ。
だが。
その隙さえあれば――!
「撃てえええェェエエエエッ!!」
打ち合わせはなかった。
でも、アメリアなら、何を撃つべきかわかるはずだと思った。
鈍い銃声と。
つんざく破砕音。
空に舞う、緑に蛍光を放つ毒々しい液体。
粉々に吹き飛ばされる吸気システムを確認し。
屋上に続く扉をたたき開けられる音と共に。
俺の視界は反転した。
次回でこの事件は一区切りしそうです。
いつも感想、誤字訂正、本当にありがとうございます! もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけると、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!
ベリアルくんに難易度を設定してあげてください! 現状はノーマルです!
-
イージー(無双タイムだ!)
-
ノーマル(現状維持!)
-
ハード(血湧き肉躍る苦闘を!)
-
ナイトメア(世界の深淵を覗こう!)