†次の日、7月12日。視点:ベリアル
「おはようございます」
丁寧な一礼とともに、瞳孔の開き切った顔を下げる女の子。
流れるような長く艶やかな黒髪。輝く山吹色の瞳。
やはり西洋風建築のナイトフォール家とは似合わない和服。
アメリアちゃん。昨日付けで“俺”の婚約者となった女の子だ。
「陰鬱な顔をして廊下を歩くな。俺の婚約者である貴様のような者が周囲の雰囲気を悪くすることなど、断じて許さん(おはよう!)」
そんな朝から健気に挨拶してくれる女の子に対して、想定される最悪の返事の仕方をする俺。
……いやもうちょっとなんかないかね? 挨拶に対して罵倒って……。
「…………」
見てみなさいよ。アメリアちゃん、石像みたいな笑顔になっちゃったじゃん。
……いや最初から木工ボンドで貼り付けられたみたいな笑顔だったけどさ。
「用がなければ疾くと去れ(何か用事かな?)」
「………………」
いや、別に去らなくてもいいぞー。美少女の顔があるってだけで眼福だしなー。
そもそも、朝っぱらから好きでもない婚約者の部屋の前まで来て、用事がないってことはないだろうし。
そう思ってアメリアからの返答を待っていると、
「……朝の、ご挨拶に…………」
と、失望とか絶望とか後悔とか、あるとあらゆる諦観の感情が込められた返答が返ってきた。
この表情は見たことがあるぞ。
前世で彼氏の二股がバレた時、学校にマジで包丁を持ってきた生徒副会長さんそっくりだ。ちなみに彼氏が会長で、二股相手は副会長の妹。
「殊勝なことだな(あ、それはご丁寧にどうも)」
「…………」
それでも煽り続ける俺の口。
ついには笑顔すらなくなって、完全に無と化したアメリアちゃんは、そのままこの場を立ち去ろうと振り返る。
すると、そこには、
「あら、お二方お揃いでしたか! おはようございます!」
水色の髪に真紅の瞳。メイド服の女の子。
アズーリが立っていた。
……気配を感じなかったぞおい。
「ひっ……!」
アメリアちゃんも同じだったのか、びくんと肩を跳ね上げさせてるし。
「朝食の用意ができました! お二人でいかがですか?」
「ちょう、……しょく」
未だに驚きが止まらないのか、アズーリさんの言葉を復唱するアメリアちゃん。
ちょうど俺もお腹が空いていたし、ありがたく頂こうとするかな。
「何をぼさっとしている! 冷めてしまっても知らんぞ!!(行きましょう!)」
「……あ、……は、はい」
いやいや! 別にそんなに焦ることなくね!? 誰か取って食うわけでもなかろうに。
どんだけ食い意地張ってんねん。
……確かに昨日の夕方から何も食ってねえけどさ。
「では、行きましょう! こちらです!」
上機嫌そうに先導するアズーリさん。
大ぶりに腕を振りながら彼女の後を、黙って追うことにした。
†朝食後。視点:ベリアル
配膳を終えたアズーリによる、
「後々は若いお二人にお任せします!」
なんていう、何をどう任されたのかよくわからん遺言。
霧散した水色メイド少女のおかげで、懲役30分の刑罰を仲良く過ごし。
誰も何も喋らない地獄の昼食時間を完遂した俺は、食堂からそそくさと脱出した。
学年一番優しい先生の堪忍袋の尾が切れたときよりもひでー雰囲気でも、空気が読めてないレベルで料理は美味しかった。
そして今、俺は屋敷の中を歩き回っていた。
アズーリを探すためだ。
目下の目標、それは原作開始前の死亡フラグを折ること。
LHでは、ヒロインのルートによって、ベリアルの死亡時期が変わる。その中でも最も早いのが、原作開始時にはすでに死亡していたというパターン。
原作の舞台は学校で、入学式から始まるわけだが、そこにすら辿り着けないベリアルくんが存在するのだ。
そして厄介なことに、その死因は不明。
「思い出せないだけかもしれないけど、……はっきりとした言及はなかったはずなんだよなぁ」
いわゆる、考察班でもないとわからない要素だ。
けど。
「病死や老衰はありえないよな」
体調を崩して、なんてのは、ベリアルが生き残っているルートがあるという時点で否定可能だ。
つまりは。
「なんらかの外的要因。……まあ、こんなゲームだし、殺されたんだろうな」
と、テンション高めに言ったはいいけど。
うん。
おそらく殺されてんだよなぁ……(絶望)。
というわけで、彼女の出番だ。
長い廊下を抜けた先、家の倉庫の近くで歩いていたアズーリに声をかける。
「俺と戦え、奴婢(稽古をつけてください!)」
彼女にお願いすることにしよう。
少しでも実力をつけておかないと。
「えと、珍しいご命令ですね。戦え、ですか?」
「二度も言わせる気か?(そうです!!)」
「……は、はぁ。承知致しました。では鍛錬室に向かいましょうか?」
……いや、別に今じゃなくてもいいんだけど。
倉庫整理の仕事か何かをしていたのではないのかな……?
俺の急な申し出にも丁寧に対応するアズーリさんに申し訳思いながらも、それでも付き合ってもらえることに心で感謝する。
「鍛錬場だ。1秒たりとも待たせるなよ(後でいいですよ!)」
まあ、俺の言葉が伝わることはないだろうけど。
原作LHの記憶が確かであれば、アズーリさんはそれなりに腕の立つ人だったはずだ。
まあ、青髪スレンダーのメイドが戦えないってのは解釈違いもいいところだろうしね。
「では、こちらです!」
アズーリの先導で、向かうこととなった。
あ、そういえば武器。
どうしようかな。
このゲームのバトルシステムに関してはかなり詳しいほうだ。
例えば、武器のレアリティは、ライフルを除いてほとんど何の役にも立たない。
弘法筆を選ばずなシステム。武器選びには、かっこいい以上の要素がほとんどないのだ。
「よし」
と、適当に廊下に飾ってあった騎士の甲冑から、勝手に剣を奪い上げる。
伝説の剣も、この飾りの剣もほぼ変わりはないが。
この体が勝手に動いたのだ。
武器は“俺”が決めたかったのかな?
後で怒られても知らないぞ……って、俺が怒られるのか。……アズーリは気にした様子はないけど。
鍛錬場に向かう足取りは止まらず、元に戻そうという俺のささやかな意志は完全に無視された。
そして、たどり着いた室内にある鍛錬室。
ギギギとクッソ重たい鉄扉を開くと、室内ながらかなり広い砂場が広がっていた。
室内でありながら、ここだけはまるで外にいるかのような開放感と、土の新鮮な匂いがする。
さすがは貴族。
こんな場所があっても不思議じゃないのだろう。
「少々お待ちください!」
そう言うと、アズーリは鍛錬室の隣にある控室に入っていく。
武具の準備でもするのだろうか。
そう思って備え付けの椅子にでも腰掛けようと思っていたら、
「お待たせしました!」
いつものように元気いっぱいなアズーリの声。
服がいつものメイド服から、動きやすそうな稽古着になっていた。
いや、いくらなんでも早すぎね? 俺、全然お待たせさせてもらえてないんだけど??
着替えるのにかかった時間、長く見積もっても30秒とかなんだが……。まさかの魔法少女?
と、不思議に思っていると、アズーリは腰に携えたレイピアを抜き取った。
「不肖ながらベリアル様の鍛錬の相手を仕りますね!」
「やる気のようだな?(よろしくお願いします!)」
「言葉だけじゃ伝わらないことも、稽古することによって伝わるでしょうから、これも主人にお仕えするメイドのお仕事です!」
「ふん(ご丁寧にどうも)」
鼻を鳴らす俺。
いやいや、せっかく稽古の相手をしてくれるんだからちょっとは感謝しようよ“俺”。
……かといってもう一度感謝を述べるにしても、自分のことながら何を言うかわからないし、諦めよう。
今は戦闘に集中だ!
持ってきたずっしりと重たい直剣を構える。
「少しでも手加減をしてみろ? 貴様のハラワタを引き摺り出して縄跳びをしてやる(ふぅ……)」
気合いを入れるために息を吐こうとしたところ、そんな言葉が出てきた。
とんでもねえグロテスクなことを言い出しやがったぞこいつ。
というか、手加減してもらわないとだめだって! 相手の方が明らかに格上なんだから!
「て、手加減なしですか……? 流石にそれは……」
「この俺相手に手を抜くつもりだったのか、貴様? この場で首を刎ねてやってもいいんだぞ!!(いやいや! 手加減してください!!)」
「えーと……つまりその装飾用の剣を用いて、私と決闘をご所望でしょうか? 命を賭けると……」
と、少しばかり心配そうな声で確認をしてくれたアズーリ。
いやいやいやいや!! 転生後初イベント戦でいきなり命を賭けるのは違うよ、ベリアル・クン!?
だからあらん限りの強い意志で返答する!
「ハンデにちょうどいい(手加減してください!!)」
違う! 逆! ハンデをされる方なの! する方じゃなくて!
「…………」
ほらみろ、当惑してるぞアズーリ!
いやまじでうちのベリアルくんがすんません!
心は優しい子なんです。大目に見てあげて、手加減してください!!
「ベリアル様が死んでしまいますよ?」
最終通牒まで来たぞ!
心なしか、声がちょっと低いし!
前言撤回なら今だぞ、ベリアルくん!
「死ぬならばそれまでのこと。敗者とはそういうものだ(お願いします! 手加減を!!)」
俺の言うことちょっとは聞いてくれないですかね、“俺”!?
このままだと死んじゃうよ?
知らないよ!?
いや、俺自身のことだから知らないよじゃ済まされないんだけども!!
「……では、お命頂戴します――!」
先ほどまで明るかった声と一転。
まるで氷柱のような声音で、彼女は宣言する。
刹那――
――閃光を放ち、レイピアの先端が首のすぐ隣を通過する!
喉に一直線に向かってきたレイピアをずらすための防御の反応すらギリギリ!
そのまま追撃に移るため、僅かにレイピアを引くアズーリ。
……っ! やばいって!
全力でその場を跳んで下がる!
直剣よりリーチの短いレイピア相手には、距離を取ることが鉄則!
しかし跳んで離れた俺に、一切の容赦無く距離を殺して攻撃を続けるアズーリ。
「ぐ……!」
服越しでも感じる風圧!
目で追うことがギリギリな一撃一撃を、全て冷静に見極め、最低限の動作で避けていく!
そうしなければ――怪我ではすまない……!
大陸シリーズのオンライン対戦で最も使われる武器こそレイピア。
数千時間のプレイ時間のうちの半分近い時間が、レイピア相手の対戦だった。
ゆえにそのモーションは脳の髄まで刻み込まれている!
ゲームならば、上半身だけ避けたり、僅かにしゃがんだりといったことはできなかったが、……今はこの身は俺の体!
そういったボタンではできない細かい動きも可能! ズルかもしれないが、死なないためにはやるしかない!
「……?」
なかなかに攻撃が命中しないことに疑問の表情のアズーリ。
……よかった。ゲームの知識が生きて。
……じゃなきゃ死んでた。
だが、今の俺じゃ、どんな一撃でも、受けてしまえばDEAD END。
ならば、どうするか!
「ふんっ!」
攻撃に合わせてカウンター!
頭上から突き下された一撃に対して、体を斜めにしながら、剣を振り抜く!
ジリジリと全身にアズーリの静かな闘志を迸る電流のように受け止め、歯を食いしばった一撃。
彼女がゲームシステムに囚われた存在ならば、――このタイミングでの一撃は、避けられない!
――スッ。
そして俺の剣はからぶった。
アズーリは僅かに体をのけぞらせ、難なくかわしたのだった。
「チ……ッ!」
それは決してゲームのキャラクターができる動きではない。
プログラミングされたモーションには存在しない動き。
だからこそ。
冷静に油断なく、彼女の剣筋に全身の集中力を注ぎ込む。
眼前の女の脅威度が変わった。
こいつは、敵対プレイヤーじゃない。
生きている人間だ。
「……」
まるで俺の反撃を蟻の叛逆かのように軽く対処してみせたアズーリ。
その攻撃は想定していたとばかりに、流れるようにして再びレイピアを振るう。
止まることのない剣撃。
やまない追撃の嵐を、何とかゲームで培った知識で対応するが……。
(明らかに攻撃の手数が多い!!)
ゲームでは、プリセットの数種類のコンボを設定して、それを使い回す。
だが、この女は明らかにそれ以上の攻撃を使用している!
ゲームの都合が……、働いていない!
たまたま、俺が無数のレイピア使いと戦ったために対応できているが……。
「……!!」
視線で射殺さんばかりの迫力のアズーリが繰り出す攻撃が、もしもレイピアではない他の武器だったらと思うとゾッとする。
だが、この場も十分な死地。
どう打開するか……!
考える間にも次から次へと変化する攻撃方法。
何とか対応しているが、体力の限界が近く、息が上がり始めていて、集中力が維持できない!
「ぐおっ!」
避けきれなかった一撃が肩を掠める。
肉が抉られ、体の奥から嫌な音が響く!
全身に神経が傷の痛みへと向けられそうになるが、歯を食いしばってレイピアに集中する!
痛すぎて、今泣けと言われたら先日のアメリアですらドン引きレベルの大号泣もご覧に入れられるが……。
だが痛みのおかげで解答が出た!
顔面に向かう突きを避ける!
次にやってきた喉への攻撃も避ける!
だが同時に――!
「はァ!」
剣を振り抜く!
それを児戯が如く意にも介さず軽く避けるアズーリ。
同時に再び攻撃のため――カウンターのカウンターとして放たれる突きを!
「がァアアアア!!!」
敢えて!
左肩で受け止める!!!
肉がちぎれ、骨が割れる!
痛みのあまり目眩がきて、少しでも気を抜けば視界が暗やみそうなのを!
「ンァァアアアアッ!!」
叫びながら我慢する!
喚き散らして、誤魔化す!!
そして。
振り抜いた剣を捨て!
そして、左肩を貫いたレイピアを握り込む!!
「!?」
俺の行動が想定できなかったのか、瞠目するアズーリ。
くくっ……! そうだろうな!
こんな攻撃、ゲーム内では絶対にあり得なかった!
つまりは、圧倒的なシナリオからの脱輪。
もしもアズーリが、後僅かに人間らしかったならば絶対通用しなかった技!
明らかに動揺したアズーリに、無理やり肉薄し!
渾身の蹴りを見舞う!!!
――ドゴッ!!
と鈍い音がして、大きく蹴り飛ばされたアズーリが、鍛錬場の砂場の上で複数回転がる。
やった!!
と思ったのも束の間。
数回転したアズーリはその勢いを使い跳ね上がると、何事もなかったかのように立った。
手加減する余裕も、躊躇う暇もなかった。
踵で踏みつけるように蹴ったのだが、まるで無傷かのようにこちらを観察するアズーリ。
前世だったら肋骨が何本か逝ってもおかしくない蹴りだったけど……。
心が折れそうだぜ……。
その死神のような目つきは未だに戦闘を諦めていないものであり、このままだと徒手格闘にでも移りそうだった。
もはや俺の許容できる負傷も体力も限界。
ゲーム的に言えば、出血異常にスタミナ回復速度低下【大】と言ったところか。
戦う前に“俺”は『死ぬならばそれまでのこと。敗者とはそういうものだ』なんて言っていたが……、ふざけるなと言いたい。
聞いているか、ベリアル・ナイトフォール!
勇気と無謀は違うし、敗北は死を意味しない!
お前がそんな根性だから、最終的にデッドエンドを迎えた挙句に、ネットミームになって笑われるんだぞ!!
勇気というのは勝機を掴むため! そして、敗北は成功のための糧だ!!
怒り心頭になりながら、俺は何とかして口を開ける。
「これまでだ!(こ、これまで!)」
限界になって崩れゆく体。
傾きつつ倒れながら見えたアズーリの表情はもはや決闘に臨むものではなく。
俺は何とか成し遂げたことに満足した……。
だが、同時に疑問を感じた。
あれ?
何で……、問題なく喋れたんだ……?
いつも感想、誤字訂正、本当にありがとうございます! もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけると、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!
ベリアルくんに難易度を設定してあげてください! 現状はノーマルです!
-
イージー(無双タイムだ!)
-
ノーマル(現状維持!)
-
ハード(血湧き肉躍る苦闘を!)
-
ナイトメア(世界の深淵を覗こう!)