†視点:ベリアル
激昂した“俺”の兄であるダリウス。
実際、これまでの戦いは、ギリギリのギリギリだった。
気力的にも、実力的にも。
だけど、ベリアルに転生、憑依してから自らを鍛え続けた甲斐は間違いなくあった。
アズーリの時のように相手の動きが手に取るようにわかる……なんてことはもうない。
原作の系列、大陸シリーズという箱庭で猛威を振るったレイピアはともかく、それ以外の武器モーションも全て覚えているわけもなく。
それでも少なくとも直剣の振るい方を一週間近く研究に研究を重ねたのは無駄ではなかった。
魔法を使っていないダリウスの猛攻を凌げるほどには、無駄ではなかったのだ。
だけど、ここらが限界かな。
格上に間違いない一撃を返したことに、これ以上ない満足感を感じながらも、悟る。
限界まで酷使した体には、ほとんど体力は残っていない。
こうなるとわかっていれば、直前まで鍛錬場で修行などしなかっただろうに。……というのは負け惜しみか。どうせそうであっても勝てるわけなかっただろう。
それに、この戦いは負けないといけない。
彼我の実力差、という理由だけならば、易々と負けてやるつもりはなかった。
だけど、それ以外に大きな理由がある。
今まさにこの決闘を見守り続けている少女――アメリアを見る。
鍛錬室に漂う空気に当てられたせいか、若干息が上がっているように見えた。
けど俺に見られて体をピクッとさせたのを確認して、若干安心した。それくらいの余裕があるなら大丈夫だろう。
この戦いは負けイベントである理由はアメリアにある。
原作LHのヒロインたる彼女は、主人公の通う士官学院に入学するはずだ。
だけど、ベリアルの影響下にある――つまり、ベリアルの婚約者である限りは、それは不可能なはず。
ということは……。
「深海の怒りよ……!」
魔法を行使するための詠唱を始めるダリウス。
空気中に散らばる魔力がその体に集まり始め、ダリウスの体を中心に藍色の帯のような軌跡を描く。
ばちばちと肌に静電気があたる感覚。
そしてダリウスは服と髪を集まった魔力による風にも似た流れによって靡かせる。
「悠久の時を経て育まれし力を我のもとに集わせ……!」
そんな魔法行使の前兆をその身で示すダリウスこそ、アメリアが士官学院に入学できるきっかけになる。
俺の想定する概略したストーリーはこうだ。
極悪非道のベリアルの婚約者となったアメリア。
このまま彼の魔の手によって凌辱されてしまうか、というときに助けに入ったのがベリアルの兄であるダリウス。
ダリウスはベリアルをコテンパンにやっつけ、アメリアに指一本触れるなと指示を出し、アメリアを士官学院に送り出した。
そう。
これならばなんの矛盾もない。
アメリアは無事凌辱系ヒロインとして学生となり、ダリウスの影響が弱まった学院で、主人公の選択の間違いによってベリアルの為すがままにされるされるのであった……。
凌辱ゲーにとりわけ詳しくない俺でもわかるくらいには、シンプルなシナリオだ。
「あらゆる災厄と敵意を打ち砕く潮流となり……!」
その持っている黄金の剣に激しい海の潮を集めるダリウス。
……こうなれば俺にはもう勝ち目はない。
この世界では魔法を使える者とそうでない者には隔絶した実力差がある。
この戦いに負けたのちは、ダリウスにアメリアのことはひとまず任せられていいだろう。
少しばかりの安堵の……、気持ちになる。
同時に、どこか嫉妬、苛つき、無気力感にも襲われてしまった。
毎朝こんな性格の悪い“俺”にも挨拶するほどの健気で可愛い女の子だ。
婚約者という役割のせいとはいえ、律儀に俺にも優しさを振り舞うことができる。
そんなアメリアが、いつまでも“俺”のことで気に病むことはない。いや、気に病むべきではないのだ。
「立ち塞がる障害を呑み込み喰らえ!!!」
振り下ろされる剣。
鍛錬室を覆うような大波。
潮のムカつく匂いが鼻腔をくすぐる。
一度受ければタダでは済まない。
この負けイベントにおける理不尽技。
現状では何をどう足掻こうが対処が不可能。
「ああ……」
だけど。
なぜだろう。
この圧倒的な絶望を前にして、俺の心は震え上がっている。
この世界で初めて見る魔法の行使。
いつか辿り着かなければならない境地。
それを前にして。
「どうせ負けるのならば――」
どうせ勝てないのならば――。
俺はこれにどれくらい喰らいつけるか――!
「――試したくなるだろうがァッ!!」
†視点:アメリア
決闘の決着は、……ついてしまいました。
最後まで立ち向かいながらも、波に呑まれて倒れるベリアル。
そして魔法を使い、息が絶え絶えながらも立ち続けたダリウス様。
そんな状態を見て、いても立ってもいられなかった私は……。
私を助けるためにと戦ったダリウス様……、ではなく。
なぜか満身創痍ながらも立ち上がり続けようとするベリアルに手を差し伸べようとして。
一歩踏み出したのに、体に力が入らなくて倒れそうになって……。
……なぜそんなことをしようとしたのか一瞬自分のことがわからなくなって。
私のために戦おうとした男と、謎の覚悟で立ち続けた男と……。
なんで私は、ベリアルに……。
散々私に酷いことをしようとしていた男の無様にも倒れている姿に、可哀想だとかの感情が出てきちゃって……。
頑張れ! なんて途中思ってしまうしで。
……ほんのわずかに。
でも誤魔化しようもないほどに。
ベリアルのことがカッコよく見えてしまって……!
ぐっちゃぐちゃになってしまった気持ちだから。
どんなに悪い人でも、どんなに私に酷いことをした人でも、傷ついて倒れているなら助けてあげないといけないのに。
そんな立ち上がることすらままならない男の子に。
絶対助けてあげないといけない怪我だらけのベリアルに。
なぜか私は……駆け寄ってあげることすら――
――そんな意地すら通せませんでした。
そして鍛錬室にあわててやってきた――
「ダリウス!! お前は自分が何をしたか、理解しているのか!?」
――烈火の如く怒るルーカス様。
怒髪天を衝く、という言葉はまさに当てはまるという状態です。
納得できる怒りです。
だってダリウス様は――。
「相対する者に魔法を行使することが何を意味するか、教わらなかったお前ではあるまい!!」
「……ッ!」
この世の奇跡たる魔法。
最近では魔導機関という、魔法を応用した技術が発明され、万人がその恩恵に預かっているとはいえ。
魔法を行使できるのはまだまだ少数の恵まれた人たち。
その魔法という奇跡は、決して軽々しく使ってはいけないものなのです。
無闇な魔法の行使は、国をも滅ぼす。これは大陸の数知れない国々が歩んできた歴史であり、その警句はどんな魔法書でも最初のページに書かれるほどのもの。
父の怒りに気圧されるダリウス様は、頭を下げながら黙っていました。
「私闘に魔法を使って欲しくて、お前のために教師を雇ったのではない!! ましてや出来損ないとはいえ、自らの親族に使うなど言語道断である!!」
そう言い放つルーカス様でしたが、ダリウス様は顔を上げながら抗議の声を上げたのです。
「し、しかし、父上! ベリアルがッ! ……ベリアルが悪いのです!」
「……」
黙してダリウス様に話を続けさせるルーカス様。
「ベリアルは、自分の婚約者に酷いことをしたんです! ぼ、僕はアメリアのためを思って!」
そう言い訳するダリウス様。
ベリアルが……私に酷いことを。
ここ数日のことを思い出してみます……。
すれ違うたびに吐かれる数々の暴言。
そして私を手酷く犯そうとした独り言。
……確かにベリアルは私に酷いことをしたのでしょう。
けど、それは……。
傷だらけになりながらも今やっと立ち上がったベリアルが、ダリウス様に魔法を使ってまで成敗されないといけないほどのことでしょうか……。
「はぁ……」
こめかみをさすりながら小さくため息をついたルーカス様は、
「アメリア。ダリウスの言ったことは確かか?」
と、尋ねてきました。
「そ、それは……」
と、未だの気持ちに整理がつかない私が、口籠もりながらなんとか返事をしようとしていたとき、
「身の程すら、……知らないその女に、…………どちらが上か丁寧に教えてやっただけですよ」
立ち上がることすらままならないというのに。
ベリアルは意味のわからないことを言い出したのです。
「ベリアル、お前……!」
怒りの声を上げるダリウス様。
対して、静かに返すルーカス様。
「それで、何をしたのだ」
「だってこの女は父上が私にくれたでしょう? 嫌がる女を想像し得る限りで最も卑劣な手段で徹底的に、屈服させる愉悦は、何とも言えぬ快感でしたよ」
意味がわかりません。
私はいつ、想像し得る限りで最も卑劣な手段で徹底的に、嫌がりながらも屈服させられたのでしょうか。
ベリアルは何を……?
こんな理解のできないことを言い続けるベリアルの言葉を否定しようと、
「ル、ルーカス様! 私は――」
「――貴様は黙っていろ! 賎民如きがこの場で口を開く権利があると思い上がっているのか!?」
直剣を真っ直ぐ私に向け、尋常ならざる怒りの炎でもって私を睨みつけるベリアル。
その怒りは、体を動かすことすら難しくなるほどのもの。
……もはや先ほどのルーカス様の怒りが山火事に対する蝋燭の火に見えるほどのもので。
「あと一言でも口が開くようなら、この剣の錆にしてくれる」
混乱し切った私は、黙るしかできません。
……普段の私だったら、そんなベリアルの脅しになんて屈するわけがないのに。
なぜか何も言い返せなくて。
「……もういい。お前ら二人とも、しばらく謹慎せよ」
そう沙汰を告げると、ルーカス様は鍛錬室を出ていき、
――ドサっ!
ついには倒れてしまったベリアル。
「……!」
もはや自分の体調なんて言い訳にしたくない。
私は急いで彼の方に駆け寄ろうとしたのですが、
「あらあら、ベリアル様ったらまたまた無茶しちゃって」
入れ替わりに入ってきたアズーリさんが私より先にベリアルの方に辿り着き、
「一人でも、歩け、る……ッ!」
「強がらないでくださいね〜」
嫌がるベリアルに、無理やり肩を貸しながら部屋を後にして。
「……見苦しいところを見せてしまったね。僕はいつだって君の味方だから、何か困ったときには遠慮なく言ってね」
去り際にその甘いマスクで告げてきたダリウス様。
この屋敷で一番の味方になってくれるはずだった婚約者の兄。
その笑顔が。
腐った林檎にしか見えなかった。
いつも感想、誤字訂正、本当にありがとうございます! もしもこの作品を楽しんでいただけたら、評価・感想を残していただけると、次話を書くモチベーションになります! よろしくお願いします!
ベリアルくんに難易度を設定してあげてください! 現状はノーマルです!
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イージー(無双タイムだ!)
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ノーマル(現状維持!)
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ハード(血湧き肉躍る苦闘を!)
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ナイトメア(世界の深淵を覗こう!)