私は主役の傷になりたいわけではなかった   作:澱粉麺

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エチュード
2.シュプレヒコール


 

 

「はあ、ふう──」

 

 

大きな町に辿り着いてというもの、歩くのも精一杯。棺桶を持って歩く、のろまな女など遠目にも邪魔で、私はその視線にもまたうんざりして、それを避けるようにフードを被っていた。

 

ようやく、この大荷物を抱えて泊まれる場を見つけたというのに、そこに行くまでがまあ大変で。

げんなり、げんなりとする。

 

 

そんな私を憂さ晴らしするにはちょうどが良いと思ったか。男たちが後ろにこそりと立っていた。

たぶん、勇者候補にならんとしてこの街に集まったごろつきだろう。そしてやろうとしたことも分かってた。

 

がくん、とわざと棺桶の上に体重をかけられ。

体勢を崩して転ぶ。

分かっていてもそれは避けられなかったし、もう疲れていて、転ぶならそれでよかった。

 

だから、私の顔に当たったものが石畳の冷たい硬さではなく、誰かの体温と手であったことはまだこの時の記憶として強く強く残っている。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

強く、簡潔な口調。

そしてそれに見合わない、高い声。

ボーイソプラノが抜けきれてない声だった。その子は私をそっと立たせると、棺桶に悪戯をした男にびしりと声をかけた。

 

 

「お前たち。待て」

 

 

それもまた、簡潔だった。

なんだ坊主、そいつの知り合いか、などというような衒いにも真っ向から立ち受け止めて、首を横に振る。

そして、堂々と言っていた。

 

 

 

「通りすがりだ。だが、君たちは謝るべきだ」

 

 

…まっすぐで、ひたすらに真っ直ぐで。きらきらとしていて。それのままに美しい。

劇の主役はきっとこういう人であるべきなのだろうと心から羨む子だった。

 

 

そうだ。私は初めてここで主役と出会った。

君と出会ったんだったね。

 

次の顛末も覚えている。

そんな事を真っ向から言われたのなら、相手からしたらお前はそんなこともわからない馬鹿だ、と言われたようなもの。往来であることも忘れたように殴りかかり、そしてそれに対応されたことに激昂して。

剣を、槍を取り出して斬りかかられて、戦いが始まってしまったのだ。

 

だけど、その少年はそれをものともせず。

一人、また一人、一人と着実に無力化して、最終的に、彼自身は武器を使わないままにそれらに勝ったのだ。

 

私は、そんな戦う姿をじっと見ていた。

どういう感情でだったか。

きっと、華やかさにも目を奪われて。

 

 

「大立ち回り、だったね。…ありがとう少年」

 

「少年なんて年頃では無い。そして、感謝される筋合いも無い。結局僕は、彼らに謝らせることは出来なかったのだから」

 

 

少年は、シエルと云った。

愚直なまでに、こっちに頭を下げながら、せめてもこれはやらせてくれ、言い張り、棺桶を私の予定していた宿にまで持っていってくれて。そして、暫くして言ったのだ。

「僕もここに宿を決めていたのだ」と。

言うにはここには大きな掲示板が有り、そこに様々な情報が集まるいわば溜まり場なのだと。勇者候補としてはそれも、必要だと。

 

 

「シエルくん、きみも、勇者志望なの?」

 

「ああ。魔の王を名乗って人々に危害を撒き散らす者を、放っておくことは出来ない」

 

「へえ、立派だね」

 

 

生返事になっていたのは、自覚している。どちらかというと私は情報がたくさん集まるという方に、なるほど、それも含めてちょうどいい。そう思っていたから。

 

 

(…そうだ、そういえば)

 

…そう、してから。ふと。

ちょっと気になっていたことを口にした。

 

 

 

「ねえ、少年。きみ、戦ってる最中に右足首が痛くなることは無い?」

 

「…!なぜ、それを?」

 

 

嘘のつけない子だ。少し笑う。

それもまた、嫌いではない。

 

 

「さっきの戦い方を見て、そんな気がした。踏み込みに変な癖が付いているね。致命的なものではないけれど…そのままにしておくと多分、身体が少し歪むよ」

 

「…驚いた。

貴女は凄腕の冒険家だったのか?」

 

「は、ははは。そんな風に少しでも見える?

それなら君の見る目は無さそうだね」

 

 

む、と口を曲げる。

 

そうだ、私は知っているだけ。知って少しの経験と、あの人を助けようと必死に練習をしていただけだ。それはとっくに、無駄になって久しいけれど。

だけど知ってるからには口を出すこともできる。

 

 

「ねえ、恩返しをさせてよ。まだ雛っこ勇者くんの君に、基本をいくつか、アドバイスをしてあげる」

 

 

探索の時の基本。戦闘の立ち回り、見方。

そんな、今更というようなものではあったけど、彼にはそれはまだ新鮮なものだったようだ。

 

…きらきらと輝くような、若さ、綺麗さ、無垢さ。そういったものに散々触ったからだろうか。私はつい、そんなお節介をしてしまったのだ。

それは、この子が知識不足を理由に、つまらないところで死んでほしくないと思ったのかもしれない。また、それに関わりたいと思ったのかも。

 

 

「…とりあえずこんなものかな?応用やらは、まあまたいつか教えてあげるとして、最後に、おまじないを一つ」

 

 

手にぼうとした闇を纏わせて、彼の体に触る。一瞬、その闇に彼は警戒したようだが、その警戒もそこまで長引かずに、触れられるままにしていた。

 

 

「……はい、おしまい。

これで、私の恩返しは終了だよ」

 

 

「…これは…闇魔術の類か?」

 

 

「うん。だけど、大したものじゃないから安心していいよ。ただほんのちょっと、きみのずれかけてる肩の筋と骨を戻したりしただけだよ」

 

「そうか。なら、ありがとう」

 

「こちらこそ。

久しぶりに生きた人と話して楽しかった」

 

 

かたり。

まだ横に置いていた棺桶がその私の発言にちょっとだけ揺れた。冷や汗をかいたけど幸いそれに気付いたのは私だけだったようだった。

今度気づかれたらかなわない、と荷物としてそれを置いてこようとする。それじゃあね、と去りかけた背に、シエル少年が呼びかけた。

 

 

「その、貴女の名前は?」

 

「…フィリア。だけど名乗るほどでもないし、なにより貴女、って呼んでくれるの、私は嬉しいな」

 

「そうか。…その。なんだろう。さっき、貴女は応用とかはいつか教える、と言っていた。だから、僕は…」

 

 

らしく、なく。

少しだけ言い淀んでから、言い直して。

 

 

「フィリア。また、貴女に逢えるだろうか?」

 

「あくまで個人的に。私も会いたいと、思ってるよ。

それじゃあね。良い旅を、少年」

 

 

「…!ああ、貴女も!」

 

 

そうして、互いに手を振る。

それが再会の標となることを、祈って。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

割り当てられた部屋。

ばたん、と扉を閉める。

 

良い街だ、ここは。そう思った。

 

 

(しばらくは、この街でゆっくりしよう)

 

 

それは、あてどのない旅にいい加減に疲れていたからというのもある。いつ目当てを見つかるかわからない中、重い棺桶を引きずり続けての旅。

それは身体にも心にも負担がかかっていた。

そういう、こともあるし。

 

なにより。

そうだ、この街はなにより。

 

 

「……さあ、起きて。『あなた』」

 

 

起き上がった巨躯を月明かりで眺めて微笑う。にやけが、抑えきれない。

私もまた、のこぎりを手に持って。

そうして二人で窓から出ていく。

 

ついさっきの、彼ら。

さっきの、ごろつき崩れたちに用事があった。

特にその中の、一人に。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

「あっ」

 

 

驚きと、歓喜の混じった声。

久しぶりにこんな声を出した。

うっとりと、あなたに抱きついてしまう。

 

 

 

「…あはっ、あははっ。ちょっと短めに見えてたけど、でも大丈夫、ちゃんとぴったり。左の薬指がこれでくっついたよ。代替品のパーツはちゃんと処分しておかないとね」

 

 

ごろつきたちのうちの1人。

やっぱり、ぴったりのものがあった。

あの時、少年に助けられた時から目を付けていたのだ。じっと戦いを見て、良いのではないか、と。

 

 

『ゴロ、ゴ、ゴ、殺シ゛』

 

「うん、うん。久しぶりに殺せて良かったね。

…いや、前も普通にやってたか。まあ何にせよ!今日は私たち二人とも、るんるん、だ」

 

 

そうして、『あなた』に新たなパーツを紡ぎ合わせる。闇術がその縫ったところの傷をぐじゅりと無くして、馴染ませていく。うん、馴染み方が違う。やはり良い。

 

 

 

そう。この街は、いい。

勇者を集って、集って。こんな荒くれ者まで集まったものだから、つまり、急にいなくなったとしても疑問に思われない人がたくさん、たくさんいるということ。

何かをしてもばれないような場所が沢山ある。

そして、何かをもみ消すことがとても、簡単だ。

 

 

「……この街は、良い、か」

 

『?』

 

 

そう呟いて、ある一人のことを思い出す。

それは、あの実直なシエル少年。なぜ、思い出したのか。それは分かってて、それで直面したくなかった。

 

私は、心の中を認めたく無かった。

この人生劇の主役に、私たちはなれない。

 

主役とは誰か。きっと、彼だ。

そんなあの子に、もう暫く会っていたい。

もうしばらく見ていたい。

そんな感情があってしまっていた事に。

 

それらの感情もまた、この街への逗留を望んでいてしまった、ということに。

 

 

「……なんでもないよ。

さあ。ばれちゃわない内に戻ろう」

 

 

誤魔化すように、少しだけ見た目が整った『あなた』にそう呼びかけ、そしてすう、と血と漏らした小便の混じった香りを嗅いだ。

 

気持ち悪い、気持ち悪い匂いがした。

 

 

 

 

 

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