私は主役の傷になりたいわけではなかった   作:澱粉麺

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3.ウェルメイド・プロット

 

 

 

─あは、あははは!

ねえねえ、もう一回やってー!

 

─はは、…ったく、フィリアは甘えん坊さんだなあ。

 

─お兄さんにだから、あまえてるのー!

私、他の人にはこんなこと、しないんだから!

 

 

─…ね。わたし、大きくなったらね!

ネロおにいさんの、およめさんになる!

 

─そりゃ、楽しみだな。

ならそれまで、頑張って生きないとな─

 

 

 

「───ッ」

 

 

耳鳴りに似た音が私を目覚めさせる。

先までの、瞼の裏の光景が眩しくてめまいがして、脳を揺らされた。揺れて盪けて、洗面台の前に屈んだけれど、口から吐瀉物は出なかった。

 

だから代わりに呪詛を吐いた。

過去の何も穢れがなかった自分に。今の自分に。

 

 

「……ハ、ハ」

 

 

ちらり、と横を見る。

棺桶の中のあなたを、お兄さんだったものを。

 

 

「………ひどい夢」

 

 

しばらくまた、寝床で目を瞑ってから。目を瞑ればそれで身体が休まると信じてから、最低限の見た目を整えてから下の広間に降りた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

この街に着いてから、暫くが経った。

僕は『勇者』という借り物の称号に、それでも恥じない程度には成果を挙げてはいると思う。

 

初めはまだ歩けもしないひよっこだった自分を、それでも今は胸を張って歩くことが出来ている。

今では、その成果を知って僕らに声をかけてくれる人もいるのだ。それは、喜ばしいことだ。

 

 

「ノア、こっちだ。僕に付いてきてくれ」

 

「……」

 

 

そう。『僕に』ではなく、『僕らに』だ。

無言で頷き、静かに後ろに付いてくる少女。

 

白色の長い髪をそっと揺らしながら後ろに付いてくる彼女は、ある日に出逢ったもの。

魔狒が支配した地下迷宮を行き進み、そしてその最奥に居た子だった。

No.Aと書かれた鉄の箱の中から現れ、何も記憶が無いと言うその子を、ノアと名前をつけて今も連れているのは酔狂や責任の無い優しさでは無い。

 

 

「人が多くて怖いか?

大丈夫だ。僕がついてる」

 

 

僕は、彼女を仲間として慕っている。

彼女は、僕に付いてきてくれる事を選んでくれて、そしてまた僕も彼女の強さに、大いに助けられている。

 

だが、やはり急にこうも人通りの多い場所に連れてこられれば緊張もするものだろう。

ぎゅっと、強く手を繋いで来たそれをこちらも強く、離れないように握り返した。

 

ノアが僕に頼ってくれるのならば、僕も、親愛なる仲間として彼女に寄り添うべくだろう。

嬉しそうに頬を赤らめ、ほんの少しだけ口角を上げた彼女を見て僕はきっとそれが間違いでなかったと感じた。

 

 

「…うん。ありがとう、シエル」

 

「礼なんていらない。

けど、君がそう言ってくれるのは嬉しいよ」

 

 

自然と僕の頬も緩み、嬉しくなる。

無口で一日に一度も口を開かないこともあった君が、そう言ってくれるということが、心から嬉しかった。

 

さて。そうしている内に目的地に着く。

そこはいつも懇意にしている宿だった。幾度もここに戻り拠点として使わせてもらっていたのだが、ノアと出逢った時の迷宮、それからの旅がどうしても遠場となり、久しぶりの帰還となったものだ。

 

久しく来ても変わらず。『宵の明星』亭は、宿場と酒場として今日も忙しなく動いているようだった。

その中に、手を引いて入っていく。

 

 

がやがや、と声の集合。

 

広間の黄金色の蝋燭が照らす掲示板には幾つもの依頼と情報が真贋問わずに張り出されていて、活気を表す。しかしまだこの時間になると酒場の机に人はそこまで居ないようだ。

 

この時間帯にここに居るのは、勇者志望たちを囃し立てることで満足している者、そして魔王討伐の旅路に心が折れそのトラウマを、アルコールで洗い流そうとして失敗してる者。そんな二択だ。

 

一瞥して、一礼をした。

それ以上はむしろ侮辱となる。そうするつもりは無いし、彼らにも強さがあったはずなのだから。

 

だからこそ、僕も強くあらねばならない。

腕だけでなく。心も、強く。

 

 

「相変わらず律儀だね、少年」

 

 

少しダウナーな声。

呼びかけられたその声には聞き覚えがあった。僕はそれに内心喜んでばっと振り返る。

隈のこびりついた目の下に、度の強い眼鏡。ぼさついて垂れた黒い髪は蛇のような雰囲気を醸していた。

 

何も知らなければ、不気味に見えたかもしれないその人の手を、僕は半ば強引に掴んで、ぶんぶんと振り回したら。

 

 

「フィリア!久しぶりだ!最近はこっちに戻ってくる事もできなかったんだけど…変わらなそうで、何よりだ」

 

「きみはだいぶ変わったね。顔つきがたくましくなったし、この暫くだけでもかなり傷が増えたようだし……はは。何より、女の子を連れるようになったか」

 

 

ちらり、と僕の後ろを指しながらにやつく彼女。ノアについての紹介をする前に、フィリアは近付いていった。

 

 

 

「初めまして。シエルくんのガールフレンドかな?きみも随分…変わった、身体をしてるけれど。

…まあ、なんでもいいか。よろしくね」

 

「……」

 

「すまない。ノアはすごく無口なんだ」

 

「ノアちゃんか。かわいいね」

 

 

ノアは暫く、近付いたフィリアに警戒するような目付きをしていたが、そうして手を差し出されると、渋々と言うように握手を返し。そうしてからまた隠れるように後ろに下がった。

先まで僕に笑顔を見せてくれていたこともあり、人見知りと無口が改善したのかと思ったがまだ先は長そうだ。

 

 

 

「……どこで、あんな子と出会ったの?」

 

「旅先の、迷宮の中で。

でも、出自は関係はない。ノアは、僕の頼れる仲間でパートナーだ。なんであっても、変わりはない」

 

「!…そうだね。…それでこそ、きみだ。

きみの真っすぐさだ」

 

 

 

フィリア。彼女は、そう言うと僕と、ノアとをじっと見た。そうしてからぼそりと何かを呟いた。

 

…彼女に出会って、こうして会い続けるようになってからも、もう随分と長く経つ。それでも彼女の独り言の意味がわからないことがある。まあきっと、そういうものなのだろう。と、聞き流す事にしている。僕の人生の経験の浅さ故なのだ、と。

 

 

「…やっぱりきみは、輝いてる。この劇の主役だ。きみたちは、それにふさわしい……」

 

 

そう、うっとりと呟いてから。

彼女はまた正気に戻ったように僕に向き直る。そうしていつもの如くに気怠げな声で話し出した。

 

 

「それじゃあ、きみの話を聞かせて。

…と、言っても。今や話題の勇者さまになってきたシエルくんに出来るアドバイスもそろそろ無いけど」

 

「そんなことは無いだろう。僕は今でも貴女に頼ってばかりの半人前だ。いつかはそうとも言ってられない時があるかもしれないけれど」

 

「はぁ、買い被ってもらってるようで申し訳ないけれど、私は本当に大した人間ではないの。

そう頼られても、困るよ…」

 

 

 

「………」

 

 

しばらくまた、久しぶりに、二人での話をして、探索と冒険についてのアドバイス。まるで見ていたかのような動きについての指南。そうしてはフィリアと話している所を、ノアは離れてじっと見ていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

「ふう、ようやく一息つけるな」

 

 

宿屋に荷物を置き、日用品を買いにとまた市街に出る。ノアも道に慣れておくべきだろうと部屋から連れてきたは良いものの、先までとは露骨に態度が違う。つまらなそうに、足元の石を蹴ってこっちに付いてきていた。

 

 

「……シエル。さっきの、女の人は…」

 

「?…ああ、フィリアの事か?彼女には、ずっと世話になっててな。僕がまだ義憤感だけ振り翳していたひよっこだった頃に彼女と出会って、それからずっと助けてもらってるんだ。彼女は、最初の恩返しだってずっと言っててくれてるけど、そんなものとっくに返し終わっているだろうに」

 

「…彼女がいなければ、僕はもっと早く、のたれ死んでいたはずだ。それこそノアと出会う事もなく、もっともっと早くに。だから本当に感謝してる」

 

 

かつん。石が跳ねる。

ノアが強く、路傍の石を蹴ったのだ。

 

 

「…すごく、楽しそうに話をするね。あの人の」

 

 

「そうかな。そうだろう。

なんてったって、恩人なんだ。僕はフィリアを尊敬しているよ。隠してるし、大層なものじゃないなんて卑下するが、きっと何か高名な人ではないかな?

闇術の技も、普通ではあり得ないし」

 

 

「…尊敬…」

 

「ああ、尊敬だ!心の底から、尊敬してる」

 

「本当に、尊敬?」

 

「?そんなに疑うことがあるか?」

 

 

「…そ。なら、いい」

 

 

げしり、と石を蹴っていた足が、今度は僕に当たる。そのつまらなそうな顔からそれはわざとだ、ということがわかり、何をするんだと聞くがつんと答える事は無い。

 

一体、なんなのだろうか。

それがわかることは、まだ出来ないのかもしれない。僕はまだ、仲間としてノアを知ってはいないしな。

 

 

さあ、また日々が過ぎる。

日が落ちて、夜闇が世界を包む。

宵の明星亭は、さらにその蝋燭を燃やして、煌々と灯りを放っていた。

 

席に、フィリアはいない。

この夜になると彼女はいつもいなくなってしまう。何かやることでもあるのだろうか?

折角ならば彼女ともいつか、酒を交わしたいものだ。

 

酒。僕はまだ、酒を飲まないがいつかはこの味に酔う時もあるのだろうか。

 

そんな想像ができなくて、少し笑った。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

……無能で、怠惰で、ずぼらで弱気な私が、魔術なんてものを必死に学んだのも、自分にとってはまるで奇跡のようだった。

 

死体を紡いで紡いで、それらしい形を作って、それをうごかすためには莫大な魔力と、そしてもっと恐ろしいもの。人の、部品が沢山沢山必要だった。

 

 

きらきらと輝きを放っていた人たちと関わってから、それとは程遠い穢れた汚れのように吐き気を催しながら棺桶に縋りついて。意味もなく泣き出して私はあなたの名前を呼び続けた。

 

ネロ。ネロ、ネロ、ネロ、ネロ。

ネロ。私が、作ってあげるから。

 

 

こりこり、ぶちぶち。

最近はまた、『当たり』が少なくなってきた。

毎日、毎日毎日の所業。初めの頃は幾つも見つかって、これなら完成もきっとすぐだ、なんて楽観的になっていたけれど、今はまた焦燥感に襲われる。

何より、さすがにやりすぎたようで。

 

大ぴらにばれはしなくても、行方不明になった人の数がいよいよおかしい、となって。厳戒態勢を敷かれ始めていることがまた、うざったい。

 

 

『……ゴ、ロス、ロス……』

 

 

『あなた』も、声をあげられず、不満そうに死体を殴り続けてフラストレーションを発散している。

はあ、くそ、くそ、くそ。

苛立ちのままにのこぎりを突き立てて。

 

 

 

ぱち。ぱち、ぱち、ぱち。

こりこりという、骨を切る音の代わりに響いてきたのはその、空気の含んだ拍手音だった。

私は緩慢にそっちに、顔を向けた。

 

 

「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい。

素晴らしい、才能だ。

これほどの闇が、在野に埋もれていたとは」

 

 

仮面を着け、気取った格好をした男。

魔の王を気取るくだらない、かっこつけたがりの、その手下か何かだということは分かった。

 

私はそれの耳が気になって、腕から闇を放って動きを止めて、殴りかかる『あなた』への迎撃を邪魔させた。そうしてのこぎりでそれを切り取った。

 

そう、してから。ぐずぐずと手の内で黒く消える耳を見て、がっかりした。

 

 

「なんだ。あなたのパーツ、腐ってる」

 

 

「く、くくく。恐ろしい。

恐ろしい実力だ。闇術の支配に、ここまで高品質なアンデッドの作成。そして何よりも…」

 

「何よりも、殺戮に躊躇がない。あなたはそれのタガが壊れている!なんと恐ろしいことか!」

 

 

パーツ交換も出来ないなら、どうでも良い。その場を切り上げて帰ろうとしていた私たちに慌てて追いつき、そいつが言うには、こういうことだ。

 

 

「私たちに力を貸せなどは言いません。

寧ろ逆に。私たちが、あなたに力を貸したいのです」

 

「あなたは、いいや、あなたたちは今まだ通りに、あなた方のやりたいことを続けるといい。ただ…」

 

「ただ、善意の情報提供として。あなたたちに、この人物の部品こそが適合するかもしれない。もしくは、それに近しいのではないか、と教えはしますが」

 

 

要するに、私の目標を手伝ってくれるということだった。それも無条件、こちらにデメリットも無しに。

 

 

怪しい。

 

けれど、だけれど、それに乗るべきだということに変わりはなかった。私は、『あなた』を治すためならなんでもする。そう決めたのは、遥か昔のこと。魔王とやらに、なにか利用をされたとしても、それは結局どうでもいいことなのだ。

 

ショウ・マスト・ゴー・オン。一度、踊り始めたのならば、最後まで道化を演じ続けなければならない。まったく、よくできたプロットだ。

 

 

「……ねえ、『あなた』。

私はもう、およめさんにはなれないよね」

 

『……』

 

 

くく、と笑う。困った時は、いつもこうやって、だんまりになってしまうのだ、このひとは。そんなのとっくに無理だって、言ってくれてもいいだろうに。

 

それでいい。

別に悔やむことはない。

 

 

(……ずるずる、ずるずる)

 

 

そうして、私はその日を終えた。

翌日から、何が待ってるかを敢えて考えずに。

ただ寝床で、目を瞑っていた。

目を瞑るだけでも、少しは休まると信じて。

 

 

 

((フィリア、久しぶりだ!))

 

 

(………)

 

 

だけれど、ただ、一度だけ。

つむった瞼の裏に、一度だけ眩しい光の残光が見えた。無意味に、想起した。それに目眩を起こすように、私はまた、強く強く目を閉じた。

 

会ってしまった、光は私を苦しめるだけなのだろうかなんて、無意味なことを考えることは、やめた。

 

 

 

 

 

 

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