私は主役の傷になりたいわけではなかった   作:澱粉麺

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5.ピエロ・ル・フー

 

私はあなたの為ならなんだってする

部品だってどれだけ集めても足りない何があってもどれほどかかってもなんであってもなにをしてもどれだけを犠牲にしてもあなたを作るその為だけに私はいまここにいる私がここにいる意味はそれだけそれだけのはずなのになにをなにでそんなにまよってるなぜわたしはあれにさわっていけないといけないなぜわたしは

 

なんでわたしは

 

 

 

 

「フィリア?」

 

 

びく、と身体を揺らしてその声に反応する。

何をしていた最中の事だったか?

そうだ、また彼らと話をしていたところ。

卓に座って、少年たちと。

 

 

「あ…う、ううん。

なんでも、ない。無いんだ。ごめん」

 

「しかし、体調も悪そうだ。

休んだ方が良いのではないか?」

 

「気のせいだよ。大丈夫」

 

「ううん。確かに今日はいつもの平常体温に比べて少し低いみたい。それに隈も濃くなってるからシエルの勘違いじゃ、ないよ」

 

 

「なら、そういう日もある。

私も、君たちほど若くないのよ」

 

 

ノアちゃんがこっちを見て分析をしてくることに私は怯えと苛立ちを同時に感じていた。勝手にそう、じろじろと見るんじゃない、ということ。その見極めと同時に一体どこまで見透かされてしまうのだろうと。私はそれらの感情を出さずちゃんと話せたろうか。そればかりが怖くて。

 

そんなことが馬鹿らしくなるくらい、私に向けられる二つの視線はただ、心からの心配。

真っ直ぐな四つの目。

碧玉のような美しい青目と、琥珀のような切れ長の目。どちらもがまっすぐこっちを見つめてくる。

 

 

 

「…貴女は本当に優しいんだな。

しかし、心配をさせまいと誤魔化したりはしなくて良いぞ。これでも僕らも成長しているんだ。だから、無理はしないでくれ」

 

 

「優しい?……私が?」

 

 

ぷっ、とつい吹き出してしまう。

おかしいじゃないか。優しいなんて言葉が私に向けられてるなんて。そんな、そんなものは。

 

 

「……少年、確かに君は成長はしてるかもしれない。でも、もっと人を見る目を身につけたほうがいいかな。だからそういうことは鏡を見て言いなさい」

 

 

そうだ。優しいという評価は君に、きみたちに渡されるべきもの。シエルが底抜けに人好しだったからこそきみたちはノアと共にいる。底抜けに優しかったからこそきみたちはそこに立っている。

すっかりと、魔王の首元に届くと噂される、筆頭の存在になってなお未だにくだらない依頼や困ってる人々に手を差し伸べ続ける、真の勇者として。名を上げているのは強さだけでなくそうした優しさのものだろうに。

 

そうだ。

立派になったものだ。

初めて会った時のあの宝石の雛は、すっかりと羽化し、もうこの目の瞬きすら追いつかないほどに高く高く飛翔していた。すっかり、逞しくなった顔を見て。

 

 

 

「私が、教えるようなことはもうなにも無いよ。本当に君たちは強くなった。うん、ほん、とうに」

 

 

そうだ。

私たちが会ってから、暫くの、時間が経って。少しだけ留まるつもりだったここに、私はすっかり居座ってしまっていて。君たちは少年らしく、スクスクと成長して。

 

そう。本当に筋肉もついて、骨格も整って。身体も大きくなって、性徴を迎えつつあって。

 

 

「はは、またそうやって謙遜をする。貴女はよく僕らに自信を持てなんていうが、貴女こそそうした方がいい!」

 

 

笑う声。追憶とトーンが違う。

変声。

ちょっとだけ、声が低くなったね。

その喉仏。

すごく、ぴったりだ。

何に?

 

 

 

「………」

 

「………違う。私は大した人間じゃないわ。

きみが、知らないだけ。

だからそんなに大袈裟に言うのはやめて」

 

 

本格的に、顔色が悪いと。

ノアが席を外して水を持ってくると目配せをした。そうして席を立ってから、シエルはそっと私の手を握る。

 

 

「何度だって言うよ。貴女は凄い人だ、フィリア。貴女が謙遜しても、僕が貴女に助けられたのは変わらない」

 

 

びく、肩を震わせたのはその手の感触の、穢れのあんまりの無さ故だったか。此方をじっと見据えてくる琥珀の目の迷いの無さ故だったか。

輝きが、私を見据えていることがまるで剣先をぎらりと向けられてるような動悸になる。

 

 

やめて。

小さい声で言えたはずだった。

だけど輝きは止まらない。

 

 

「いつだって貴女は貴女自身を低く見積もってるが、少なくとも僕らが何度も何度も救われたのに変わりはないし、それは僕の独りよがりじゃなく、ノアも他のみんなも思ってる。本当だ!」

 

 

やめて!

それ以上その目を向けるな。

それ以上はそんな事を言うな。

 

 

「貴女が貴女を否定しても。

僕は、僕だけは貴女を──」

 

 

 

「やめろっていってるでしょッ!」

 

 

 

耳の内側まできん、と痺れるような声。

はっ、はっ、はっ。

どっどっどっどっ。

激しい息と走った後のような鼓動が私の脳の内側から私を苛む。まるでそう言われた事に、私の本当の正体の部分がアレルギーを起こしたかのように。

 

暫く、広間の全ての音が止んだ。

 

 

 

「……す、すまない。怒らせてしまっただろうか。僕はその、そんなつもりは無かったんだ。だけれど…」

 

 

しどろもどろ。そうなっている彼を初めて見た。いくら追い詰められても、はきはきと、びしりとした口調をしていたシエル少年はそこで唯一、言葉に困り、悩んで困惑していた。

 

 

 

「……ねえ、少年。いつかのことだったかな。君は以前返しきれない恩があって、それを返すためならなんでもするって言ったよね。それは今も有効かな」

 

 

「!あ、ああ、勿論!なんでも言ってくれ!」

 

 

「じゃあ、もう二度と。

私の前に姿を現さないで」

 

「……え」

 

 

この宿場から離れよう。

そうする事にした。

私は今までの礼を、宿場の主に言った。宵の明星亭の主人は寂しくなる、と驚いたように返事をした。

そうして部屋から棺桶を引き摺り出す。

そのまま、扉を開いて外に出た。

 

 

呆然と、していたシエルは。その段階になって初めて我に返って、私の方に走って追いついた。

 

 

 

「待て、待ってくれ!なにか気に障ったなら謝る!謝らせてくれ!」

 

 

「…何かが気に障ったわけじゃない。

簡単なことだよ少年。

私は初めからこういう人間だったの」

 

 

「そんな悲しいことを言わないでくれ。

僕がきっと、悪い事をしたんだ。フィリア、貴女の優しさに甘えて、きっと何かしてしまった!だからそれを謝らせてくれ。許さずともいい、それでも…!」

 

 

足を、止めない。返事もしない。

ずるる、ずる。ずるる、ずる。

こうして棺桶を引っ張り日の下を歩くのも久しぶりだ。忌々しいことに外は曇り空で、今にでも雨を齎しそうな程だ。早く、次の宿を見つけなければ。他の街に行くのも急がないと。

 

 

ひしり。

私の腕を、彼が掴んだ。

すぐに振り解けてるようにしている、弱々しい握りは紳士的で優等生的だ。そうだ、きみは優しい。無理矢理引き留めるなんて、結局出来ないんだ。

 

 

「…あの時、貴女が『きみは一人じゃない』って、言ってくれたんじゃないか…!」

 

 

だからこそ私は最後にそっちを見てしまった。

縋り付くようなその目に、揺らいでしまった私は責められるべきだったろうか。

もう、きみと話すつもりはなかったのに。

 

 

「…その中に私は必要ないんだよ。

もう、会うことがないことを祈りたいね」

 

 

ぱし。手をはらう。吐き捨てる。

 

 

「満足した?

なら、さっさと消えてよ少年。

いや、私の方から消えるから追わないで」

 

「……お願いだから、ね」

 

 

 

ぽた、ぽた、雨が降ってきた。

石畳が濡れ始め、水滴がしたたる。

 

 

シエルくんの方に向き直った私の顔はどんなだったんだろう。追い縋っていたきみは、そこで初めて、姿勢を正した。

 

そして、俯いたままに、ぴしりと綺麗な礼をした。まるで貴族や王族かにでも向けるかのような。

 

 

 

「…ありがとうございました。」

 

「どういう理由があろうとも、僕たちがここまで来れたのは貴女のお陰です。それに変わりはない。代わりも、居なかった。貴女がどれだけ僕を嫌っても、僕は貴女を……」

 

 

貴女を、その先を飲み込み。

ふるふる、と首を振って。

無理矢理浮かべた笑顔で、此方を見た。

 

 

 

「…『尊敬』していました。

さようなら、フィリア。大切な人」

 

 

やめてくれ。

私にそんな目を向けないでくれ。

私はそんな目を向けられるべき人間じゃない。私は君たち主役に目を向けられるべき存在ではない。目を向けられることすら烏滸がましい。目を向けられるとすれば、私の役割はもっともっと汚く穢れて悍ましく。

 

いいや、違う。

 

 

君たちに。

主役たちに関わっていい人間じゃない。

主役の傷になりたいわけではなかった。

 

 

 

「…………」

 

 

 

ざあぁぁ──────

 

 

 

何かを返す資格すらなく。

棺桶を引きずり、歩く。

 

重い。

重い。

 

棺桶が、重い。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

雨、雨、雨。

しとどに降る中に立ち尽くす。

 

傘を、差し出す小さな人影。

 

 

 

「……シエル。風邪ひくよ」

 

「ノア。…ありがとう。

だけど、もう少しこのままで居させてくれ」

 

「駄目」

 

「……」

 

「そのつもりなら無理矢理、運んでく」

 

「うわっ!」

 

 

少年を無理矢理持ち上げる、少女。それに怒ったような、困ったような顔をしてから。

顔を隠すように空を見上げた。

 

啜る音すらかき消す雨粒と音に、感謝をしながら。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う」

 

 

ぐしゃ。

 

魔王からの手紙は、あれ以降送られて、こない。

見捨てられた、とかではきっとない。もっと単純なこと。送られてきたものの、手紙の一つを終わらせないと次のものはこない。そういうことだろう。

 

 

「違う!」

 

 

ぐしゃ。

 

他の街に移動して、そこにまた拠点を置く事にして。そこからまた探し始めた。私の生きる意味。私の存在している意義を。

 

小さな街だった。

人も少なく、しかし穏やかな。

 

 

 

「違うッ!!」

 

 

ぐしゃ。……

 

どれほどを、無意味なままに削ぎ取って、苛立ち紛れにこうして損壊させたか。その中でもいくつか適合するものは見つける事は出来た。

だけれどその効率はすぐにわかるほど悪くなっていて。そしてその度私の傷も、そして『あなた』の傷も増えていっていた。

 

 

「ゴあ゛あああああ゛あ゛!』

 

 

だいぶ人らしくなった声の雄叫びが夜に響く。こう叫ばれてしまうと、音から気づかれて足がつく。だけれどそうして不審に思って近づいてきたものも、吟味をして確かめて部品にしてみればいい。

 

小さな街だった。

だからこそ平和で、故に自警団の練度は高くなく、その度に回収会を行なっていた。

 

 

 

納得がいかない。

違う、妥協なんて出来ない。

 

 

「違う、違う、違う違う違う!あなたの声はこんなのじゃない!こんな薄汚い声じゃない!そんな声で鳴かないで!そんな声をあげないで!」

 

『…ウ゛ゥ…』

 

 

 

もっと、ネロの声は違う。

透き通っていて、真っ直ぐに飛んできて、そしてぴしりと整っていて……

……なんて、なんてなんてなんてなんてなんて醜いことだろう。私がシエル少年の声を美しいと思った理由は主役だと最初に思った理由はただネロの声なると分かっていたからなんだと理解して。

自らの醜悪を恥じる権利すら自分にはなくて。

 

 

 

「あああ、ああああ…」

 

「ああああああああッ…!!」

 

 

ぐしゃ。

 

小さな街だった。

人の少ない街だった。

気付けば、人影は何処にもいなくなっていた。

 

 

 

(合わない。

合わない、合わない合わない!

一つも合わない!

やっぱり、彼らじゃないとだめだ)

 

 

「……」

 

(だめだ。そんなこと、できるか…

そんなことが…)

 

 

それだけは出来ない。

私が私でない物語の主役にまみえた以上、それにもう関わる事なんてしたくないのだ。だからこそ私は離れたんじゃないか。

 

 

悔やむ。

悔やむ。

知らなければこの葛藤もなく私は彼らの首を鋸で躊躇なく引くことができたはずなのに。

 

どうして、どうして私はあの時

あの光に触ってしまったんだろう。

 

 

 

(……増やすしか、ない。)

 

 

ならばどうする。

魔王からも情報を期待できないならば、数を増やして、母数の多さで質を補うしか、ない。

 

もっと。数がいる。

もっと。私だけでは手数が足りない。だからもっともっと、探す手を。人手を作る。そうして……

数で、補う。

 

 

(………私なら、できる)

 

 

皮肉なことだ。

シエルと、ノアたちが言っていた、私は、すごいという賞賛。それが私に少しの自信を付けさせて。

これが出来る、こうすることができるという確信を持ってこんな行動をしたのだ。

 

闇を手に纏って、さっきまで弄った死体を覆う。欠損した身体部分も、無理矢理に繋ぎ合わせて。

 

 

かた、がたがた、かた。

 

 

死体が、動く。

そうだ。私ならできる。

今の私にならば、出来る。

 

死体を、死体を、死体を。

闇で包んでいく。

腐肉の集団が、立ち上がっていく。

 

 

「………あ、はは」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

…ある街の異常に気付いたのは、一人の行商人。その街に行き着く用事があった彼は、その異常にすぐ気付く。あまりにも静かすぎた為だ。

 

その街には、生物が一つたりともいなくなっていた。忽然と、全くもって綺麗に。

魔王軍の襲撃か、と危惧したが、それも違う。何故なら死体すらも一つもない。

『消えて』しまったのだ。

 

以前より勇者候補行方不明事件がずっと、相次いでいる。明らかに、失踪者が多い。

それも同一の要因によると思われる。

 

 

生き残りが見たものはつまり、それらの理由。

最悪の、死操師の存在だ。

 

各地に見える、ネクロマンサー。

最低最悪の、殺人鬼。

それは常に、棺桶を引きずっているという。

 

 

 

 

……

 

 

ある日、上述のような手配書が一枚張り出された。

その羊皮紙を、ある一人の勇者が手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

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