私は主役の傷になりたいわけではなかった   作:澱粉麺

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8.カタストロフィ

 

 

 

目覚め、空だけが見える。

一瞬の無意識は、だからこそ一瞬それまでの記憶を遠ざけて私を幸せな微睡に包んでくれた。

 

 

「げほっ!げほっ、げほっ!あー…」

 

 

晴れ空から除く太陽の光は、割れた眼鏡を通して歪んだ光になり私の頭をずきずきと責め立てている。

空は今や怠いくらいの快晴で、ずっと闇の中にいた私を嘲るようだった。

 

そうだ。私は、負けたんだ。

横を向く。

動かない、『あなた』が見える。

立ち上がれない身体を鞭打って、ぐいと首だけ動かしてさらに周りを見る。

片腕に布を巻き、止血する少年の姿。

用心して、まだ私たちを見張るノアちゃん。

 

疑問が、一つ。

はて。

なんで私はまだ生きているんだろう。

 

 

「慰めものにしたり?」

 

その冗談に、二人とも声は返してこない。

それは呆れてものも言えないというわけでもなく、二人ともにその余裕がないということ。ちょっと話すほどの余裕も。

 

だからなおのこと、わからない。

 

 

「私を生かしてどうするの。

首を刎ねて討伐を証明しなよ。そうすれば君たちは報酬を得られて万々歳。そうして神経をすり減らしながら、私たちを見張る必要だってないのに」

 

 

青白い顔をした少年が血混じりの咳をしてから、ふらふらとこっちに近づく。折れたレイピアを杖にして、死にかけの老人のように。

 

 

「…命をもって償う、なんて甘えだ。

死ねばそれまでの罪が精算されるなら、死ねばどんな罪をも犯していいかのようではないか」

 

「…?」

 

「貴女は自分勝手だ!勝手に命を奪い、勝手に関わって、勝手に死にざまを選ぼうとしている!僕はそれが許せない!その身勝手を、その汚さを!だから!」

 

 

レイピアを、鞘にしまった。

そうして君はふらつき重心も失ったその青白い顔で、それでも堂々と言ったんだ。

ば、と、掌を上に。前に差し出して。

 

 

「だから僕は貴女に手を伸ばす!僕はそれでもまだ貴女を信じているんだ!

一緒に行こう。共に戦おう、フィリア!」

 

 

…私がその手に、何一つ反応できなかったのは、色々な理由があった。

呆れてものも言えなかったという感情。ただ単に身体が反応できないくらいに消耗していたこと。身体の至る所が、魔術の反作用でぼろぼろだった。

 

そして、確かにあった、胸がいっぱいになったこの感情に名前はつけない。つけてはあげない。

それは自傷行為であり、ただの自慰だ。

 

 

 

「……ねえ。ノアちゃん。

一つだけ質問していい?」

 

「…え、私?いいけど」

 

「はは、急にごめんね。

…あなたにとって、シエルくんは大事?」

 

「うん。私の、一番大事な人だよ」

 

「そっか。なら、楽しみにしてる。

もしも少年か、もしくはきみが喪われた時。

きみたちは、どうするのか」

 

 

きっとこの子たちならば、その時に私とは全く異なる選択肢を見せてくれるのだろうか。その解の瞬間を見届けることはしたかったな。もしくはそんな事にすらならないのかもしれない。この子達は、本当に強いから。

 

 

「……少年。まさか私なんかを仲間に誘ってくれるなんて、思いもしなかった。すごく予想外だし、…本当に嬉しい。死んで償うなんて甘え。身を摘まれるようだよ。本当に、その通りだ」

 

 

彼の手を、取る。

ぱあ、と顔を明るくして私を立ち上がらせようとして…そのまま、ふらつき倒れかける。

私はそんなシエルくんを支えて。

そっと抱きしめた。

ノアちゃんが複雑そうな顔をしていたけど、それでも安心したように息はついていた。

 

 

 

 

 

「でもそれじゃだめなんだ」

 

 

 

ぶしゅ。

抱きしめたままの姿勢。片方の腕に握りぱなしだった鋸で君の足をぞり、と切る。

 

 

「な…ッ」

 

「…さようなら、シエルくん。

君と一緒に居た時間は、ネロお兄ちゃんと一緒にいた時と同じくらい、幸せだったよ」

 

 

今度は、ちゃんと足を狙った。折角きみがしてくれたアドバイスだもの、生かさないとね。

 

 

「ぐうあっ!」

 

「なっ…シエル!

……フィリア…」

 

 

「…どうして…ッ!」

 

 

ノアから発せられた非難の声は怒りよりも、困惑と、悲しみが大きい。どうして、まだそんなことをする必要がある。どうして、シエルの申し出を裏切る必要があるのか。

 

 

「あは。ついさっき言ったじゃない。

私は最初からこういう人間だったんだよ」

 

 

倒れ込んだままの少年。

私に苦渋の顔で襲いかかるノア。

その前に、立ち塞がる巨大な人影。

 

 

『マ゛!マ、モ、マモ゛ゥウ゛!』

 

「…ありがとう、『あなた』」

 

 

まだ動けるなんて、偉いね。

なら、私を運んで。彼たちが、少年たちがしばらく来れない場所まで。

必死に走って、走って。

 

背に負って、逃げる、逃げる。

 

こんなにも日の差す場所じゃない。

三流の悪役に相応しい、もっともっと汚らしい場所に。

闇の術師に相応しい、暗い、暗い場所に。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

『ゴ、ウ゛、マ、マモ…』

 

「いいよ、もう十分。ありがとう」

 

 

 

そっと、手を頬に沿わせる。そうしたらあなたは私をそっと背中から降ろした。そうだ、もういい。

 

全くもって、シエルくんのいう通りなんだ。

私はとても自分勝手だ。

死んだ償う、なんて気はなかったけど、それでも死んで罪から逃げようとしてたのは間違いない。

 

光を受けて、きっともうあなたも止まりそうなんだろう。息もしていないというのに、肩を上下して辛そうにしている。もう十分だ。

もう、十分だろう。

 

 

「…『あなた』も、もういいよ。

こんな茶番に付き合わせてごめんね。

こんな恋人ごっこに。

こんなおままごとに。

こんな、こんな、くだらない……」

 

 

『…ア、ア゛ウ゛?』

 

 

『あなた』がこちらを怪訝そうに見た。

その顔を見て、くすりと笑う。

ほんっと、くだらない。

自分の作ったそれに。自分自身に。

 

 

「…知ってたよ。『あなた』はネロじゃない。それを憐れんで、あなたは私を騙していてくれてたことも、ぜんぶ、知ってる。わかっていたの」

 

 

被造物が創造者を愛するなんて当然のこと。そう作ったつもりで、なくても。

だからそうであってほしいと、目を逸らしていた。いいや、いつかは嘘から出た本当になると信じていた。

だけど、もう自分を騙し続けるのにも疲れてしまった。あなたは気づいているだろうか。私は、『あなた』を一度も『ネロ』とは呼ばなかったことを。

 

なぜ、わかったのか。

簡単なことだ。

 

 

 

「……だって、あの人は、ネロは。

私を愛してなんか、なかったもの」

 

 

くだらない。

くだらない。

死んだあの人を作ったなら、ネロお兄ちゃんがこっちを向いてくれるなんて思ったのかな。今度こそ貴方の心を得られるとでも思ったんだろうか。

真実はもっと残酷だ。

そもそも、そんなことなんてできなかった。

 

意味のない涙がぼろぼろと流れていく。

自らを哀れむ資格すら無いのに。

 

ああ、もう、本当に、自分が嫌だ。

蓋をしてとっくにわかってた死にたくなる事実に、それでももう、向き合わないといけない。

明るい光に、主役に当てられるスポットライトに当てられ、隠したい汚い事実は照らされてしまったから。

 

 

 

「はは、ふふ…とっくに、分かってたんだ。分かっていたんだよ。お兄ちゃんが、私を見ることなんてありえない。死んだ人が蘇ることなんてありえない。そんなの、ぜんぶぜんぶ、ぜぇんぶありえないなんてこと」

 

 

「でもね」

 

 

「…でもねぇ…」

 

 

 

最期の仕上げに。

私はあなたの手を取った。

そして、囁いた。

動かないままの、あなたの耳元に。

 

 

「…ねえ。あなたは私と一緒にいた時が幸せだった?

……ごめんね。私はあなたと共にいた時は苦痛でしかなかった。ごめんね、本当に、ごめんね…」

 

 

 

「……あなたなんて、生まなければよかった」

 

 

 

少しの間。沈黙が挟まって。

 

 

 

『……………………ウ゛』

 

 

ぶる。ぶるぶる。

ぶるぶるぶるぶると震えて震わせて。

 

 

『ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

 

 

 

この人は、私に拳を振り上げた。

そうだ。

それで、いい。

私の最期は、こうでなくてはならない。

このまま人知れず君たちと関わらずに。

 

 

(……あ)

 

その、はずだったのに。

なんで、君たちは追いついてしまうんだ。

どうして私たちの場がわかったの。

 

振り上げた手は、もう振り下ろされるのみ。

それを見て、きみは。

少年は、手を伸ばして、絶望の顔をして。

 

 

なんで。

それじゃ、意味がないのに。

このままでは、傷になってしまう。

私は主役の傷になんてなりたくないのに、なのに…

 

 

……違う。

それすら言い訳だ。

私はもう生きていたくすらない。

そしてこうして、挽肉にされる私を。

ただ見てほしくなかったんだ。

 

 

 

まだ、この私みたいな汚らしい存在を。

君の中でだけ、美しいままでいさせてほしかった。

 

 

 

だから最期に、お願いをする。

震える声で、おねがいを。

 

 

おねがい、おねがいだから。

 

 

 

「ねぇ。シエルくん」

 

 

「……目を、瞑って…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

……………

 

 

 

 

 

─すごい、すごーい!

げきって、おもしろいんだね!

 

─おう。フィリアも気に入ってくれたな。

良いよな、劇って。

まるで、俺たちまで華やかになった気分になる。

 

─でも、わたしはねー!

しゅやくにはなれないから…

お兄ちゃんのおよめさんになって、しゅやくの人を助ける人になりたいなー!

 

 

─はは。ま、大きくなったらな。

そら、ぬいぐるみ。忘れてるぞ。

 

 

 

 

どこにいくにも

あなたと人形と、いっしょだった

 

 

にんぎょうといっしょに

おそとにでた

 

 

 

 

 






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