訳アリ書店と書店員 作:夾竹桃
店主が今日も本の山で寝そべっている。
……腰、痛くならんのだろうか?
「……ああ、来はったん?
ふぁぁ……おはようさん」
店主はあくびをして、目元を擦っている。
猫かな?
「店長、ひょっとして毎日毎晩ここで寝てんすか.?」
呆れて思わずジト目になる。
せめて奥の休憩室で寝ればいいのに。
「そんな事ないない……たまたまや、たまたま」
「はぁ、そっすか」
ぱたぱたとはたきで本の埃を払う。
店長は面倒くさそうに体を起こしながら、
「はは、そないに真面目に仕事することあらへんよ。
緩くやろうや、緩く」
「店長はいささか緩すぎでは?」
苦笑しながら、掃除する手を進める。
別に私だって、真面目だから仕事をしているわけじゃない。
あまりにも暇だから、掃除するくらいしかやる事がないのだ。
「僕は気ぃが向いた時に、ちょちょ〜っと手伝えば、それでええやろ?」
「あの店長? 私バイト、どっちかってぇと、私が貴方を手伝う側……」
「あら? 気付いてしもたん?」
「さては働く気無いっすね?」
呆れて店長をはたきではたく。結構埃が舞う。
店長は気にも止めずに、ダラダラしている。
「いやいや、働く気ぃもちぃとはあるよ? 本当本当。
君はうちの店でゆるーく働いて、そこそこのお給料をもろて、実質無職のヒモになれるチャンスを掴んだんやで? 光栄に思わなあかんよ〜?」
たぶん、その繋がってるヒモから、対価として命吸うタイプなんだよなぁ。
「いやあの、まぁはい……バイト代くれるなら何でもいいっす」
「お金に執着するんは、あまり感心せえへんで。
欲が多いと、ろくなことあらへんからなぁ」
「いや、生活費……」
「生活費なんかいるんか? ここに住み込みで働いてるんやし、食費も全部僕が持ってるんやから、ただ楽に過ごしたらええんやない?」
「それにしたって出費はあるでしょうよ。
ほらその、化粧品とか……結構嵩むんだよな」
「化粧品? そんなん塗らんでも、十分別嬪さんやない。
若いうちから無理に着飾ったら、後でボロ雑巾みたいになるで?」
「やかましいですよ!」
いつの時代の化粧の話だ。
般若のような顔で、ビシバシと店長をしばく。
この稲荷野郎、さては人間社会舐めてるな……
化粧は正装であり、気合いであり、面倒なのだ。
ちゃんとするには、毎日顔を洗った後、化粧水、乳液……諸々塗ってケアしないといけないし、TPOに分けてメイク……するのは面倒だから、普段は無難なメイクしかしてないけど、それでも、下地、ファンデ……目の周りも細々したのがいっぱいだし、口紅は体調に合わせて変えてるし、あークソめんどくさい。お前がすっぴんだと思ってるこの顔は、数々の面倒くささの上に成り立ってんだよ!
客が来なくても、メイクしない理由にはならないし!
……いかん、取り乱すな、私。
「ははっ、怒ったんか?
それにしても、最近の化粧品ってそんなに高いんか?
いくらくらいなん?」
「だいたい、化粧水が安くて二千円くらい?
百均で買えば百円〜五百円だけど。
それからファンデが……」
結構、馬鹿にならない値段を挙げていく。
肌に合う合わないがあるから、値段が全てじゃないんだけどね。私は肌に合わないのがいっぱいあって、探すの面倒なのと、フリーターで収入がまちまちだったから、だいたい百均メイク、だったけど……
余裕があれば、そりゃあそれなりのを使いますよ。余裕があれば。主に金銭と時間の。給料はいいからなぁここ。
「……へぇ、なんや、随分かかるもんやな。
せやなぁ、僕の髪の毛の面倒見てくれるなら、それくらい出してもええけど?」
「髪? 店長の?
長くて結麗ですよね、艶々だし」
獣臭するけど。
「せやろ? でもなぁ、この長い髪、かなりケアが大変なんよ。
君は手先も器用そうやし、どう?
やってみいひん?」
「はあ……? まぁいいですけど……」
ケア……まぁ、香油は使っているように見える。見た目云々じゃなく、呪術的にあれこれしているような?
私みたいな素人が触っていいのか? これ。
本人がやれというなら、いいか。
店長の三つ編みをとき、丁寧に手入れしていく。
鮮やかな橙色は、毛先に向かうにつれて、金色にも見えるようになる。艶やかで、綺麗な髪だ。
……首回りは結構ざんばらだが、まぁ、何かしらに使ったんだろうな。
櫛を取り、毛先からゆっくりといていく。癖のある髪には見えないが、まぁちょっと……やっぱこれだけは言わせて欲しい。
「シャンプーした方がいいっすよ。濡れた犬みたいな匂いしますし」
「ん〜、あと一週間は大丈夫」
思わずジト目になるが、まぁ彼には彼なりの道理があるのだろう。でも私も私なりの理由で、チベットスナギツネみたいな顔になるのは許して欲しい。
そういう深い所に踏み込んだ事はないので、よくわからないけれど、店長ってやっぱ、風呂嫌いなだけだったりするだろうか……
店長は髪をとかれて気持ちよさそうに、口元を緩めている。
私は、デカい犬をブラッシングしてる時の気持ち。
「ああ、これはかなりええなぁ。
よし、週に二回くらいやってくれたらええわ。
そうしたら化粧品代くらいは出せる」
「別に給料で充分ですけどね」
丁寧に三つ編みに結び直す。
三つ編み以外の店長は……なんかちょっと嫌だし。
「うん、ありがとう。
人に結んでもらうと、なんや気合い入るなぁ、またしばらく頑張れそうやわぁ」
「ああ、なんとなくわかる気はする」
三つ編みした髪を軽くぷるぷる振っている。
……犬かな。
「しっかり結んでもろたし、今日は早めに寝るとしますか」
「……店長? 私の気のせいじゃなければ、まだ太陽出てますよ?」
なんなら、真上にすら登っていない。
「こんな平和な日は、早めに休むに限るやん?
君はまだすることあるんか? 買い物とか行くん?」
「まぁ、店閉めるなら買い物行きますか。
店長はなんか欲しいものあります?」
「僕? 僕は特に何もいらんよ。
強いて言うなら……退屈さえ消えてくれたらそれでええわ」
冗談っぽく言うが、冗談には聞こえない。本音の一部かな?
とりあえず流すか。
「あはは……いつも暇そうですもんね」
退屈ね。暇を持て余すぐらい、長生きしてんのかね……?
そんな事より、買い物に出かけよう。
幾つかの日用品や化粧品、食料品を買って、ついでに普通の本屋で、気に入っているシリーズの新刊を買って帰る。
ふふふ、デビルバスターの新刊! 作者の筆が速くて嬉しいやらなんやら……
因みに、本以外は領収書を貰う。私は別に、そこまで細かくなくていいんだけど、店長はあれで気にしいだから、後で「なんで言わんの!」とか言われても困るし……
本は、日用品じゃないから大丈夫。他の荷物がなきゃ、もっと買いたいんだけど、まぁ仕方ない。
それにしても、と、改めて自分がいる街を眺める。
普通だなぁ……平和で、変な事とか何もない。
それはまぁ、いい事だ。
しかし、アレだな。幽霊を一度見たら、連鎖的に他の幽霊も見えるようになると言うが……街中にも案外色々、変な奴がいるものだなぁ。
今までは見えなかっただけで、魔法少女とか、魔法使いとか、不審者が普通の顔して歩いている。よく今まで気づかなかったもんだ。
「出来れば関わりたくなかったが、首を突っ込んだのは私か。しかたないな」
自分が非日常側に立った事を自覚して、重い荷物を持って店に帰った。
だらだら日常垂れ流してるだけで、タイトルに迷うわぁ。