訳アリ書店と書店員 作:夾竹桃
見かけ次第直してますが、残っていたら申し訳ない。
店のドアが開き、鈴の音が鳴る。
客がやってきたようだ。
「一日に客が二人……!? いらっしゃいませ!?」
驚愕しながらも、反射的に応対する。
入ってきたのは背の高い男性で、黒いマントを織り、顔の半分を覆う黒い仮面をつけている。どこをどう見ても不審者だ、昔描いた右手の令呪が疼き出すぜ。
彼が低い声で言う。
「……ここに珍しい本があると聞いたんだが」
「あ、ご自由にお探しくださいー」
にこやかに対応する。
うちは基本的に、放置スタイルだ。本が欲しけりゃ自分で探せ。だいたいバイトの私はおろか、店長ですらそんなん把握してないんじゃないか?
客はしばらくの間、書架を見て回りながら本を手に取っては元の場所に戻すのを繰り返していたが、やがて一冊の本を手に取ってレジの前に来る。
「これをくれ」
「はい」
金銭のやり取りをし、本を紙袋に入れて渡す。
「ありがとうございましたー」
客が去ると、私はようやく緊張が解けるのを感じる。そのとき、店長が私に近づいてくる。
「ようやった、要。前から思っとったけど、変な客でも物怖じしないし、ガッツあるなぁ」
「そんな事より、この店、一日に客が二人も来るなんて事あるんですね! 快挙ですよ!」
「そんな事……まぁ、そうやな。
いつも閑古鳥が鳴いてるのが当たり前やのにな。ええ事や、たぶん」
そのとき、さっきの客が戻ってきた。ただし、顔には大きな火傷の跡があり、皮膚が爛れている。彼は苦しそうに喘ぎながら言う。
「うう……た、助けてくれ……」
「何があったんですか!? て、店長ー!」
店長は動揺する私を見て、すぐに落ち着かせる。
「落ち着き、要。どうやらさっき買うていった本が関係してるみたいやなぁ」
客に近づきながら、
「どんな本を買うていったんや?」
「こ、これだ……助けてくれ……」
客が差し出した本を受け取り、しばらくの間それを見つめてからため息をつく。
「これは禁書やなぁ。読んだ者に厄災をもたらす類のもんや。
なんでそんなもんを買おうと思ったんや?」
「なんでそんなもん売ってんですか……?」
ツッコミに、店長はあからさまに明後日の方を向く。
こいつ……
「さて、それはそうと……うーん、これをどう解決したもんか」
「厄災を齎すって、呪いの類いですよね。
それって永続な感じですか? 単発で終わるタイプですか?」
私の質問にしばらく考え込むような表情を浮かべてから、店長は客を見ながら慎重に答える。
「たぶん、一回だけのようやな。
その代わり、一度発動したら、その者の人生を完全に破壊してしまうんやけど……」
漠然とした回答に、眉を顰める。
「はあ、人生をね……具体的にどのように?」
「この本を読むと、しばらくは普通の人生を送るように見えるんやけどな、ある日突然、周りの人たちが皆、本を読んだ人のことを覚えておらへんくなるんや。
一人や二人ちゃうで、全員や。
まるでその人が最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと消えてまうんやわ」
「うわキッツ……可哀想……」
思ったより重めの人生破壊に、憐れむ目で客を見る。
客は恐怖に震えながら店長の言葉を聞いている。
「どないしょかな……
うちも禁書を置いといたんは不注意やけど、そもそもあんたが禁書なんかを買おうと思ったのが問題なんやけどなぁ……責任半々っちゅうことで、治療はしてあげるわ」
半々かなぁ……? それ本当に半々かなぁ?
とは思うが、疑問は心に秘めて、見守る。
店長は割と悪魔だからなぁ。
それにどうせこっちも、この男を忘れてしまうのだろう。なら、手当するだけ穏当とも言える。
「恵和花」店長が何やら呪文を唱えると、客の体が淡い光に包まれる。しばらくすると、火傷の跡が少しずつ消えていき、爛れた皮膚も元に戻っていく。治療が終わると、客は驚いた目で自分の体を見下ろす。
「まあ、こんなもんやろ。次からは気をつけなはれや」
客を見送り、店に戻る。
「でも考えようによっては、誰からも忘れられるって、案外いいかも?
自分の人生の恥部は消える訳だし、人によっては」
「そうやねぇ……そういう考え方もできるかもしれんなぁ。まあ、そうは言っても、そんな人生味わいたないけどな、僕は」
「あはは、同感ですね。
……他に禁書なんて物騒なもの、置いてませんよね?」
「さあなぁ? どれが禁書かどうか、僕にもわからんわ。
神様や仏様、またはその辺の妖怪や精霊なんかに聞いてみいひんと……」
「わぁ……」絶対店の本は読まないと心に誓う。
店長は私の心配そうな様子を見て笑いながら言う。
「心配せんでええよ。ここには要が読んでも何の影響もない本ばかりやからな。
むしろ僕の方が心配やわ。要がいつまで我慢して、この本屋を去ってしまうんじゃないかってな」
本当にぃ? と、店長を訝しみながらも、メリットとデメリットを天秤にかける。
「いや、うーん……
……特殊な店だからか迷惑客いないし、住み込みだし……
暫くはやめませんよ」
「そうか、それは良かったわ。あ、もうこんな時間か。飯食いに行くか?」
「いいですね、奢ってください♥」
「奢るって、給料から天引きやで?」
「けちー」
店長と私は軽口を叩き合いながら、店を閉めて、近くの飲食店に向かう。
軽口を叩けるのも利点だなぁ、と考えながら。