訳アリ書店と書店員 作:夾竹桃
ネバーエンディング要素はありません。
あるとしたら客側だな……
店長といつもの定食屋に行く
定食屋に到着した二人は注文を済ませ、席に座る。
「……あ、さっき読んでたあの本、面白かったか?」
店長にそんな事を言われ、一瞬きょとんとするが、すぐに心当たりを思い出す。
「ああ、こないだ買ったラノベですか?
めっちゃ面白いですよ。異世界ファンタジーで……」
好きな本の話をする時は、思わず饒舌になってしまう。
気をつけてはいるが、オタクは死んでも治らない、魂の病気だから、これはもうしょうがないのだ。
店長は興味深そうに耳を傾ける。
「どんな話かざっと聞いてもええか?」
「えっと、異世界に転生した主人公が、チート能力を使って活躍する、もはや王道展開ですね。
でも、キャラがカッコよくって……」
デビルバスター、よくある、ネットで個人が連載していた作品が書籍化された、いわゆるなろう系作品だ。
設定の濃密さ、キャラの掛け合いの痛快さ、ご都合主義的にうまくいく時もあれば、神に見放されたかの様な鬱展開も時々ある。仲間と喧嘩別れした後、右手だけ帰って来た時は、これそういう作品だったっけ? と首を傾げながら泣いた。
もちろん、いい話もある。囚われの姫を助けるとか、邪竜を討伐するみたいな、王道展開も。「俺たちがあの竜を倒したら、キミも手術を受けると約束してくれ」ってセリフに、重過ぎて引きながら「はい……」って答える病気の男の子のシーンは、今思っても、あれはなんだったんだろう感がある。
でも、最終的には竜も倒したし、手術は危なかったけど、貴重な竜の血を使ってエリクサーを作り、男の子は一命を取り留め……
「そうなんか? ようわからんが、ええ話やな」
私がペラペラと話すのを、楽しそうに聞いている。
「でも、そういう系の話って、なんでわざわざ異世界に行かなあかんのや? 今ここの世界で十分面白いやんか」
「毎日暇を持て余してる店長がそれ言います?」
呆れて肩を竦める。
ホームからアウェーに行って、活躍するから痛快なのだ。
野球も、海外で活躍する日本人系も、異世界ものも、根本は変わらない。
と、私は思う。が、敢えて言わない。
お互い、野暮ってもんだろ。
「いやいや、そういう意味やなくて……
はあ……もうええわ」
店長はため息をつく。
すまない、コミュニケーションを敢えて断ち切ってすまない。
「ところで、その主人公は男か女、どっちなん?」
「男ですよ」
運ばれてきた牛丼をもぐもぐ食べながら。
「オレンジ色の髪で生まれ、親は自分とあまりに違うその容姿で忌避し、実の親から冷遇されて……でも、逆境をバネに立ち上がるんですよ!」
店長は箸を止め、一瞬考え込むような表情を浮かべる。しかしすぐになんでもない風に言う。
「……そうなんか」
「この本、登場人物が実在するみたいに、感情の機微がリアルで……まるで見て来たみたいに──」
もぐもぐ食べながら本の話を続ける。
店長は私が熱心に話す姿をじっと見つめてから、小さく笑いながら言う。
「好きな本の話をする姿が、まるで子供みたいやな。そんなに好きなら、その本の主人公みたいに生きてみたらどうや?」
「ええ~流石にそれは……
主人公、カッコいいけど女好きだし。
まぁ、そう言うダメな所もリアルというか……」
私が冗談交じりに話す様子に、軽く笑いながら言う。
「ぶっ……まあ、そうかもしれんな。でも、夢くらいは見てもええんちゃうか? 主人公みたいに生きるのが、そんなに悪いことかいな」
少し真剣な声で、
「ただ、まぁ……あんまりハマりすぎたらあかんで。幻想は幻想やからな」
「わかってますよ!
まぁでも、もし生まれ変わったら……」
食後のお茶を飲みながら──一瞬浮かんだ別の考えを掻き消して──
「魔法とか、使ってみたいですね」
キリッと、キメ顔を作る。口元にご飯粒ついてた……
店長はしばらく私を見つめた後、ふっ、と、口元に笑みを浮かべて言う。
「魔法か……そうやな、そんなもんあったら人生ちょっとは楽になるかもしれんな?」
茶目っ気のある笑みを浮かべて、
「ちなみに、どんな魔法が使いたいんや? 言うてみ」
「やっぱアレです、転移魔法!
どこにでも行けるって最高じゃないですか?」
私がきらきらと目を輝かせて答える姿に、店長はクスクス笑う。
「そうか? まあ、確かに便利やな。
でもな、人間というのは、何かーつでも便利になりゃ、すぐに堕落してまうんや。
だからワシは、人間にはそんな魔法はない方がええと思うんやけどな」
「あはは……でも交通手段が限られた異世界で、勇者が旅するには必須ですよ。
現代人は飛行機でいいけど」
ファストトラベルがないRPGは、クソゲーだしね。
それがもしリアルなら、クソどころじゃない、げろげーだ。
「それもそうやな。じゃあ、もし要が異世界に行ったら、まず何をするんや? やっぱり勇者になるんか? それとも魔法使い? それとも……お姫様?」
「うーん……新興宗教起こして世界征服します」
キリッとキメ顔でそういった。
店長は呆れたように一瞬固まった後、大きく笑いながら言う。
「ぷはは! 新興宗教? 世界征服? 要、アンタやっぱり……まぁ、ええわ。
ワシはもう驚くことなんてあらへんからなぁ。
要が世界征服しても、また別の奴が起こすだけやろ?
人間ちゅうのは、そういうもんやからな」
少し皮肉っぽい口調で、店長は私を試す。
「それに、そんなことしたら……ワシらの縁もここまでやで? それでもええんか?」
「なぬう! それは困っちゃいますねぇ.
ああ、異世界で店長を神として崇める計画があ!」
私は、わざと芝居掛かった仕草で、冗談を返す。
店長は呆れたように私を見つめた後、肩で笑いながら答える。
「アンタ、本当に……ぷはっ!
ワシを神として崇めるだなんて、それこそ異端審問官に追放されるで?」
店長はお茶を一口飲んで、
「ワシは今のままがちょうどええんや。
こうして要とこんな話ができて、それが一番ええんやで」
などと、まじめ腐って言った。
「あははっ! ですねぇ」
店長の、あまりに似合わない真顔に、私は耐えきれず、くすくす笑う。
私の笑い声につられて一緒に笑いながら、
「っはは! せやろ、せやろ?」
彼は息をついて穏やかに微笑み、細い眦を更に細める。
「平和ってのは、こういう小さな瞬間の積み重ねなんやろなぁ」
「あ、じじくさい事言ってる」
たくあんを齧りながら、クスッと笑う。
「そんな事言ってると、あっという間におじいちゃんになりますよ?」
店長は私の言葉におどけてみせる。
「もう十分、じじいみたいなもんやから、ええんちゃうか?」
「まったくもう……」
くすくす、くすくす。二人して笑い合う。
彼は優しく笑いながら、窓の外を見る。
「平和ってのは、本当にいいもんやな」
店に帰り、それぞれの部屋に戻るまで、穏やかな笑い声は尽きなかった。