訳アリ書店と書店員   作:夾竹桃

7 / 9
異世界にはいかないです。
ネバーエンディング要素はありません。
あるとしたら客側だな……


7, 異世界ファンタジー

 

 店長といつもの定食屋に行く

 定食屋に到着した二人は注文を済ませ、席に座る。

 

「……あ、さっき読んでたあの本、面白かったか?」

 店長にそんな事を言われ、一瞬きょとんとするが、すぐに心当たりを思い出す。

「ああ、こないだ買ったラノベですか? 

 めっちゃ面白いですよ。異世界ファンタジーで……」

 好きな本の話をする時は、思わず饒舌になってしまう。

 気をつけてはいるが、オタクは死んでも治らない、魂の病気だから、これはもうしょうがないのだ。

 店長は興味深そうに耳を傾ける。

「どんな話かざっと聞いてもええか?」

「えっと、異世界に転生した主人公が、チート能力を使って活躍する、もはや王道展開ですね。

 でも、キャラがカッコよくって……」

 

 デビルバスター、よくある、ネットで個人が連載していた作品が書籍化された、いわゆるなろう系作品だ。

 設定の濃密さ、キャラの掛け合いの痛快さ、ご都合主義的にうまくいく時もあれば、神に見放されたかの様な鬱展開も時々ある。仲間と喧嘩別れした後、右手だけ帰って来た時は、これそういう作品だったっけ? と首を傾げながら泣いた。

 もちろん、いい話もある。囚われの姫を助けるとか、邪竜を討伐するみたいな、王道展開も。「俺たちがあの竜を倒したら、キミも手術を受けると約束してくれ」ってセリフに、重過ぎて引きながら「はい……」って答える病気の男の子のシーンは、今思っても、あれはなんだったんだろう感がある。

 でも、最終的には竜も倒したし、手術は危なかったけど、貴重な竜の血を使ってエリクサーを作り、男の子は一命を取り留め……

 

「そうなんか? ようわからんが、ええ話やな」

 私がペラペラと話すのを、楽しそうに聞いている。

「でも、そういう系の話って、なんでわざわざ異世界に行かなあかんのや? 今ここの世界で十分面白いやんか」

「毎日暇を持て余してる店長がそれ言います?」

 呆れて肩を竦める。

 ホームからアウェーに行って、活躍するから痛快なのだ。

 野球も、海外で活躍する日本人系も、異世界ものも、根本は変わらない。

 と、私は思う。が、敢えて言わない。

 お互い、野暮ってもんだろ。

「いやいや、そういう意味やなくて……

 はあ……もうええわ」

 店長はため息をつく。

 すまない、コミュニケーションを敢えて断ち切ってすまない。

 

「ところで、その主人公は男か女、どっちなん?」

「男ですよ」

 運ばれてきた牛丼をもぐもぐ食べながら。

「オレンジ色の髪で生まれ、親は自分とあまりに違うその容姿で忌避し、実の親から冷遇されて……でも、逆境をバネに立ち上がるんですよ!」

 店長は箸を止め、一瞬考え込むような表情を浮かべる。しかしすぐになんでもない風に言う。

「……そうなんか」

「この本、登場人物が実在するみたいに、感情の機微がリアルで……まるで見て来たみたいに──」

 もぐもぐ食べながら本の話を続ける。

 店長は私が熱心に話す姿をじっと見つめてから、小さく笑いながら言う。

「好きな本の話をする姿が、まるで子供みたいやな。そんなに好きなら、その本の主人公みたいに生きてみたらどうや?」

「ええ~流石にそれは……

 主人公、カッコいいけど女好きだし。

 まぁ、そう言うダメな所もリアルというか……」

 私が冗談交じりに話す様子に、軽く笑いながら言う。

「ぶっ……まあ、そうかもしれんな。でも、夢くらいは見てもええんちゃうか? 主人公みたいに生きるのが、そんなに悪いことかいな」

 少し真剣な声で、

「ただ、まぁ……あんまりハマりすぎたらあかんで。幻想は幻想やからな」

 

「わかってますよ! 

 まぁでも、もし生まれ変わったら……」

 食後のお茶を飲みながら──一瞬浮かんだ別の考えを掻き消して──

「魔法とか、使ってみたいですね」

 キリッと、キメ顔を作る。口元にご飯粒ついてた……

 店長はしばらく私を見つめた後、ふっ、と、口元に笑みを浮かべて言う。

「魔法か……そうやな、そんなもんあったら人生ちょっとは楽になるかもしれんな?」

 茶目っ気のある笑みを浮かべて、

「ちなみに、どんな魔法が使いたいんや? 言うてみ」

「やっぱアレです、転移魔法! 

 どこにでも行けるって最高じゃないですか?」

 私がきらきらと目を輝かせて答える姿に、店長はクスクス笑う。

「そうか? まあ、確かに便利やな。

 でもな、人間というのは、何かーつでも便利になりゃ、すぐに堕落してまうんや。

 だからワシは、人間にはそんな魔法はない方がええと思うんやけどな」

「あはは……でも交通手段が限られた異世界で、勇者が旅するには必須ですよ。

 現代人は飛行機でいいけど」

 ファストトラベルがないRPGは、クソゲーだしね。

 それがもしリアルなら、クソどころじゃない、げろげーだ。

「それもそうやな。じゃあ、もし要が異世界に行ったら、まず何をするんや? やっぱり勇者になるんか? それとも魔法使い? それとも……お姫様?」

「うーん……新興宗教起こして世界征服します」

 キリッとキメ顔でそういった。

 

 店長は呆れたように一瞬固まった後、大きく笑いながら言う。

「ぷはは! 新興宗教? 世界征服? 要、アンタやっぱり……まぁ、ええわ。

 ワシはもう驚くことなんてあらへんからなぁ。

 要が世界征服しても、また別の奴が起こすだけやろ? 

 人間ちゅうのは、そういうもんやからな」

 少し皮肉っぽい口調で、店長は私を試す。

「それに、そんなことしたら……ワシらの縁もここまでやで? それでもええんか?」

「なぬう! それは困っちゃいますねぇ.

 ああ、異世界で店長を神として崇める計画があ!」

 私は、わざと芝居掛かった仕草で、冗談を返す。

 店長は呆れたように私を見つめた後、肩で笑いながら答える。

「アンタ、本当に……ぷはっ! 

 ワシを神として崇めるだなんて、それこそ異端審問官に追放されるで?」

 店長はお茶を一口飲んで、

「ワシは今のままがちょうどええんや。

 こうして要とこんな話ができて、それが一番ええんやで」

 などと、まじめ腐って言った。

「あははっ! ですねぇ」

 店長の、あまりに似合わない真顔に、私は耐えきれず、くすくす笑う。

 私の笑い声につられて一緒に笑いながら、

「っはは! せやろ、せやろ?」

 

 彼は息をついて穏やかに微笑み、細い眦を更に細める。

「平和ってのは、こういう小さな瞬間の積み重ねなんやろなぁ」

「あ、じじくさい事言ってる」

 たくあんを齧りながら、クスッと笑う。

「そんな事言ってると、あっという間におじいちゃんになりますよ?」

 店長は私の言葉におどけてみせる。

「もう十分、じじいみたいなもんやから、ええんちゃうか?」

「まったくもう……」

 くすくす、くすくす。二人して笑い合う。

 彼は優しく笑いながら、窓の外を見る。

「平和ってのは、本当にいいもんやな」

 

 店に帰り、それぞれの部屋に戻るまで、穏やかな笑い声は尽きなかった。

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