訳アリ書店と書店員 作:夾竹桃
次の日の朝、店のドアを開けると、店長は昨日と同じ姿勢で眠っていた。私が近づいてはたきで叩くと、ようやく目を覚ます。
「うーん……ああ、来はったんか」
「店長……本の上で寝るのやめて下さいよ……」
呆れたように言う。
もはや日常と化した、いつもの光景だ。
店長は目をこすりながら体を起こし、あくびをしながら答える。
「いや、なんや……本がフカフカで気持ちええんやもん……」
「なんですか本がふかふかって……
絶対お布団の方がいいですよ、猫じゃあるまいし」
「いやぁ……布団もええとこやけど、これこれ。本もなかなかやで。
それに、布団干すん面倒くさいしなぁ……」
「何年干してないんですか?」
「さあて……五年は干してへんかもしれんなぁ。
まあ、別に匂う訳でもないし、ええやろ。
それより、今日は客が多いみたいやな?」
「客?」
見渡すが、目に見える客はいない。
幽霊の類なら、流石に私は接客出来ないなぁ、と思いながら、店長を見ると、意味深な笑みを浮かべながら、ゆっくりと頷いている。
「ああ、もうすぐ来はるで。
ワシの勘がそう言うとるんや。
準備はええか?」
「……ええ? この店に?」
半信半疑で身構え、店の戸をじっと見る。
私が緊張している様子を見て、店長は笑いを漏らす。
「ぷはっ! そう固くなる事ないよ。
たぶん、碌でもない奴らやから、適当にあしらえばええんや」
言葉が終わるや否や、店のドアが開き、奇抜な格好をした数人の男女が入ってくる。
これから仮面舞踏会にでも行くのか? と言った仮面とドレス、男性と思わしき人は豪奢なタキシード。
人形のように統一された動きで、ゾロゾロと店に入ってくる。
その余りの奇怪さに、身体が強張り、思わず手に持ったはたきをポロリと落とす。
「い、いらっしゃいませー」
入ってきた彼らのうち、一番前に立っていた黒いマントを刃織った白髪の老人らしき男性が口を開く。
「ほう……ここが噂のあの店か?
彼奴の気配が全く感じられんと思ったら、こんな隠れ家にいたとはな」
店長は眉間にしわを寄せて、薄目で彼らをちらりと見る。
「なんや、また面倒くさい奴らが来たな。
ようこそ、うちの店へ。
ここは珍しい本が並んでますんで、ゆっくり見ていってくださいな」
「ふん、珍しい本か……周りを見回しながら どれ、一つ見てみようかの」
彼が一冊の本を手に取って開くと、突然目を見開き、顔をしかめる。
「こ、これは……なんて下品な!」
本を床に投げつける。
うちはたぶん、求める人に求める本が見つかるシステムの店だ、……言及された訳ではないが。
客は必ず何かしら買って行くし、私のように何も求めていない人間は、背表紙を読むだけで、その情報量に酔ってしまう。
……欲を読み取りそのカテゴリに合わせて本を差し出す、と言った所か。まぁようは、図書館の検索システムなんだろう。私はそもそも検索に何も入っていないから、膨大な量の情報がそのまま出ている、という感じかな。
つまり、下品な本が出たという事は、むっつりスケベジジイだったか、或いはこの老人の求むる所が、ただ店長を貶したいが為に、それをするにあたり最適な本を選んだ、という事だろう。
よし、これはキレていい。
しかし私はいい子なので、一応、店長あれ怒っていい奴ですか? と目で聞<。
店長は気にせず、投げられた本を拾いながら首を横に振る。
「ああ、悪いけど、うちの店ではそんなことしたらアカンで。
本はお客さんと同じようなもんやからな。
もう一回そんなことしたら、即追い出しますんで、そのつもりで楽しんでってくださいな」
流石店長、大人だ。私なら殴った上で筋肉バスターしていた所だ。
「なに? 混ざりものの分際で生意気な……!」
老人はカッとなったのか、杖を振り上げて店長に飛びかかった。
『
"私は目を見開いて、老人を見た。
周りの空気がずんと重くなり、老人が床に落ち、圧を感じて這いつくばる。
あれ、おかしいな、ただやめろと言っただけなのに、何故お前は這いつくばるんだ? "
店長が私の肩に手を置き、落ち着かせるように、ぽんぽんっと軽く叩く。
「まあまあ、落ち着き。僕がなんとかするから」
「はっ……私は今何を?」
首を傾けながら、大人しく引っ込む。なんかこれ以上は関わっちゃいけない気がする。
"たぶん無意味だろうし"
老人はやっと呼吸をしている、自分が今どういう状況にいたのかも、わかっていないだろう。
店長は老人を見下ろしながら、底意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「うちの店では乱暴な行動はご法度や。従えんのやったら、どうぞお帰りください。
次は、ちゃんと来てくれたらええんやけどねぇ」
「こ……この若造が!!!」
悔しそうに歯ぎしりしながら、杖をつきつき、慌てて外に出て行く。その後ろをゾロゾロと仮面の男女がついていく。なんだったんだ、あれ。
割と長く生きてそうな店長に向かって、若造って言えるの、どんだけジジイなんだ? と内心思いつつ、その場にしゃがむ。
店長は老人の後ろ姿を見ながらニヤッと笑ってから、再び私を見て肩をすくめる。
「あの爺さん、何百年も生きてるらしいで。
それなりに偉い身分の方なんやけど、プライドが高すぎてな。
もうちょい大目に見てやってくれへんか」
「あらあら、人間、歳とると耄碌しちゃってやぁねぇ」
冗談混じりに戯けてみせる。
「くっくっ、間違いないわ。
ところで、何か探してるんか?」
「ああ、さっきはたき落としちゃって……
あ、あった」
はたきを拾い、掃除の続きをしようとすると、店長が近づいて手を取る。
「いやいや、もうええよ。ワシがやるから」
「ええ、店長が掃除を……?」
明日は雪でも降るのかな? と、驚愕する。
「なんや、僕が掃除したらアカンのか?」
「いえ、すっっっっごく珍しいなって。
じゃあ私は何しよう、本棚の整理でもするかなあ」
微笑みながら、やんわりと店長は首を横に振る。
「あーそれも僕がやるから、君は休んでなさい」
「ええ、何もせず休む!?
……い、いいのかなぁ、休んじゃいますよ?」
奥の休憩室に行きつつ、心配そうに時々振り返る。
店長は手をひらひらさせて、気にせんでという様子で送る。そして彼は掃除道具を持って本棚の間を歩き回り始めた。
休憩室でソファに座ると、急に疲れが出て、すぐに眠ってしまった。
──────
眠る彼女の顔に埃が舞わないように結界を張り、静かに仕事を進める。
そうしながら、先程のことを考える。
「あれはいったいなんやったん?
なんて言うてたっけ? 意味はわかったんやけど、知らん言語……いやそもそもなんで意味はわかんねん、文脈?
いや、そう言う感じでは……」
先程見た力、魔力だの霊力だのの感じない、ただただ、要が命令して、老人がそれに従った、だけに見えるアレ。
「言霊……? にしたって魔力くらい感じるはず。
六針 要────、一体何者なんやろなぁ」
…………
数時間後、全ての掃除と整理を終えた店長が、ゆさゆさと、私を揺さぶり起こす。
「要、そろそろ起きんと。もう終わったで」
「ん……あ、すみません……わ、もうこんな時間?」
時計を見て、ずいぶん長く寝ていたと驚く。もうお昼過ぎて、小学校も終わってる時間だ。
「そうやで、かなり寝てたな。疲れてたんやろ」
「うーん、毎日こんなに暇なのに?」
疲れる要素あったかなぁ……まぁ、あの集団は、見ているだけで疲れそうな集団だったけど。
店長は首を傾げる私を見つめ、笑みを浮かべる。
「能力を使うと、自然と体力も使うんやで。君は知らんうちに能力を使ってるんかもしれんな」
「えっ、マジですか。
やだなぁ疲れは万病の元だし……」
店長は共感するようにうんうんと頷く。
「せやな、疲れは健康の大敵やからな。
まあ、この程度ならたいしたことあらへんけど」
店長は、「今日は人一倍働いたわぁ」と、首をこきこき鳴らしている。
「今日は早めに店じまい、ですか?」
店長の様子を見て、いつもの奴かな、と首を傾げる。
今日は私も、早めに休みたい気分だ。
「うーんまあ、そうやな。今日は早めに店じまいしよかぁ」
立ち上がり、伸びをして、あくびをしながら店長に続く。
あ、塩撒いておけば良かったなぁ、塩。
主人公は最強です。胸の大きさが。