訳アリ書店と書店員   作:夾竹桃

9 / 9
店長の見た目年齢は25歳くらい。



9, 好物

 

 ある日、店じまいをして、二人でゆっくりと片付けをしていた。

 

 店長が、ふと口を開く。

「そういえば、今日チョコの日やって?」

「あぁ、バレンタインって奴ですか? 

 そういや今日14日か。店長、チョコ欲しいです?」

「そうや、それや。まあ、欲しいかって聞かれたら、そりゃあ誰だって欲しいやろ。もらえるんやったら」

 にやにや笑いながらチョコをねだる様は、正直……あさましい。まぁこの人のことだから、単にチョコ食べたいだけ、だろうけど。

「じゃあ、私の秘蔵の奴をあげましょう」

 

 店長を部屋に招き、ウイスキーボンボンを手渡す。

「はい、どうぞ」

 彼は目を丸くして、手のひらに乗せられた、きらきらしい小さな箱をじっと見つめる。

「おっ、ずいぶん綺麗な箱やな?」

 箱と一緒に、目がキラキラ輝いている。

 丁寧に包装を解いて、中の丸いチョコレートを取り出す。

「ウイスキーボンボンですよ。

 中にお酒が入ったチョコレートです」

「ほう、そうなんか? これはまた珍しいもんを」

 一つを口に運ぶと、彼は顔を綻ばせた。

「おお、ほんまや。中にお酒が入ってるわ。

 ありがとうなぁ、大事に食べるわぁ」

 残りのボンボンを大切そうに懐に入れる。結構気に入ったようだ。

「溶けないように、ちゃんと冷蔵して下さいね?」

 体温で溶けないように、と忠告するが、店長はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「心配せんでも、ちゃんととっとくわ。

 それにしても、よくこんないいもん持ってたな?」

「私チョコ好きなんで」

「そうなんか? でも、これ高かったんちゃうか?」

「だから、秘蔵のなんです! 

 大事に食べて下さいね?」

 私は、ぐいっと店長に顔を寄せ、圧をかける。

「わかったわかった、大事に食べるわ。

 ところで、チョコ以外にも好きなもんあるん?」

 

「え? うーん、甘いものは好きですね。それ以外なら……卵焼きとか、だし巻きとか、伊達巻きとか……」

「卵焼き、だし巻き、伊達巻きか……

 卵料理が好きなんやな? 

 それなら、今度美味しいとこ連れてったるわ」

「わあ、本当ですか? やったあ」

 ほくほく顔で、みょんみょんと伸び縮みしながら、そわそわする。

「せや、その代わり条件があるで。

 その日の夜は、僕と酒を一杯交わしてもらわなあかん」

「ん? いいですよ。もちろん。

 だし巻きをつまみに日本酒……最高ですよね」

「きみ意外と渋いなぁ。

 ま、楽しみにしときぃ」

 

 後日、店が閉まった後、店長は私と一緒に行きつけの居酒屋へ向かう。

 約束の、だし巻きと日本酒、その他諸々を注文し、お通しをつまむ。

 そのうち、料理と酒が運ばれてくる。

「待ちかねたわ。乾杯しよか?」

「はい、かんぱーい!」

 嬉しそうに乾杯して、美味しそうに料理とお酒を味わう。

 うんまいっ! ふわふわたまごの出汁が沁みるっ! 

 天ぷらサクサクだし、お刺身も新鮮! 

 現代日本に産まれてよかったぁ〜! 

 店長は自分の杯を満たしながら、私の様子を静かに窺う。

「ふむ……やっぱりこの店のつまみは最高やな。

 君も気に入ったみたいで、嬉しいわぁ」

「ええ! とっても美味しいです」

 お酒でふわふわ笑いながら、たこわさもいただく。

 店長の目尻が優しく下がる。

「ほんま、君が喜んでくれて嬉しいわ。

 ところで……要は恋人とかおらんの?」

 唐突に、そんな事を聞いてきた。

「恋人ですか? 

 うーん、今のところ恋とかする予定は無いなあ。今はそれどころじゃないし……」

 首を傾げながら私をじっと見つめる。

「そうか? 何か理由でもあるんか?」

「最近、人生の目標が出来たばかりなので、あはは」

「なんや、その人生の目標っちゅうんは。

 僕が聞いてもええ話?」

 ……どこまで話したものか、少し迷って。

 

「うーん、抽象的な話になってしまうんですけど、月の裏に月がある事を確信して、月の裏を観測する方法を模索中、みたいな感じです」

 自分でも何言ってるのかわからないが、そうとしか表現しようがない。本当に、抽象的なことなんだ。

 他に言うなら、自分の左の眼球の裏の視神経を左の目で見る方法、とか? ちょっと例えがグロいか。

 店長はしばらく考え込んだように沈黙してから、ニヤリと笑いながら言う。

「それはまた、壮大な夢やな。

 まぁ、難しくても挑戦する価値はあるかもしれんな。

 応援しとるで、頑張りや」

「はい、がんばります」

 にっこり笑って、伝わったかどうかは兎も角、色々誤魔化せた事に安堵する。

 追及されても、他に言いようのない事だし。

 

 しばらく談笑しながら、料理を食べ進め、あらかた平らげた頃。

 隣のテーブルで酔っ払いの喧嘩が始まる。

「ちっ、まったく……騒がしいわ」

 眉間にしわを寄せながら席を立つ。

「ここの支払い済ませるから、先に出といてくれるか」

「えっと、はい。無茶はしないでくださいね?」

 苦笑いで店長に釘を指す。ほっときゃいいのに、なんだかんだでああいうのをほっとけない。

 やだ、ウチの店長、お人よしすぎる……

 居酒屋を出て、入り口の脇に立ち、店長を待つ。

 空を見上げて、少しボーっとする。

 

 綺麗に星が見える。街中にしては珍しい地域、と、前までなら素直に言えただろうが、都会の真ん中でこれ程見事な天の川は、普通じゃないから見えるんだろうな。

 果たしてそれは、私か、街か。

 

 騒ぎを治めた店長が店の外に出てくる。そして私を見ると、茶目っ気たっぷりの表情で近づいてくる。

「おや、まだ帰らんと待ってたんか?」

 店長がぐいっと私の腕を取る。

 酔ってるな、この人……無自覚甘え上戸? 迷惑な。

「この程度なら大丈夫やと思うんやけど……

 心配せんでもええよ」

「何言ってんですか、そりゃ待ちますよ。

 置いていく訳ないじゃないですか」

 腕を組みながら帰り道を歩く。

 店長は照れくさそうに笑い、眉を下げる。

「待たせてもうたんやったら謝らなあかんな。

 ふむ……ところで、なんでそんなに顔赤うなっとるん?」

 にやにや私の頬を突いて、ダル絡みしてくる。

 置いて帰れば良かったかな。

「お酒飲んだからですよ、もう。

 年下からかって楽しいですか?」

 唇を尖らせ、店長を眇める。

「はっは、いやあ、すまんな。

 ついからかいたくなるんよ。

 年の差なんてたいしたことあらへんよぉ? 

 兄ちゃんみたいに思てくれてもええんやで〜」

「はいはい」

 くすくすと笑って流す。

 

 全く、百歩譲ってもおじいちゃんだわ。

 




とりあえずここまで。
いやぁ、普通に書くのと、どっちが大変だっただろ。
予想外のことが起きるから、手綱を握るのが一番大変かもしれない。
ある程度言葉で誘導したり、誤字を逐一直してやったり……

まぁまた気が向いたら更新します。
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