訳アリ書店と書店員 作:夾竹桃
ある日、店じまいをして、二人でゆっくりと片付けをしていた。
店長が、ふと口を開く。
「そういえば、今日チョコの日やって?」
「あぁ、バレンタインって奴ですか?
そういや今日14日か。店長、チョコ欲しいです?」
「そうや、それや。まあ、欲しいかって聞かれたら、そりゃあ誰だって欲しいやろ。もらえるんやったら」
にやにや笑いながらチョコをねだる様は、正直……あさましい。まぁこの人のことだから、単にチョコ食べたいだけ、だろうけど。
「じゃあ、私の秘蔵の奴をあげましょう」
店長を部屋に招き、ウイスキーボンボンを手渡す。
「はい、どうぞ」
彼は目を丸くして、手のひらに乗せられた、きらきらしい小さな箱をじっと見つめる。
「おっ、ずいぶん綺麗な箱やな?」
箱と一緒に、目がキラキラ輝いている。
丁寧に包装を解いて、中の丸いチョコレートを取り出す。
「ウイスキーボンボンですよ。
中にお酒が入ったチョコレートです」
「ほう、そうなんか? これはまた珍しいもんを」
一つを口に運ぶと、彼は顔を綻ばせた。
「おお、ほんまや。中にお酒が入ってるわ。
ありがとうなぁ、大事に食べるわぁ」
残りのボンボンを大切そうに懐に入れる。結構気に入ったようだ。
「溶けないように、ちゃんと冷蔵して下さいね?」
体温で溶けないように、と忠告するが、店長はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「心配せんでも、ちゃんととっとくわ。
それにしても、よくこんないいもん持ってたな?」
「私チョコ好きなんで」
「そうなんか? でも、これ高かったんちゃうか?」
「だから、秘蔵のなんです!
大事に食べて下さいね?」
私は、ぐいっと店長に顔を寄せ、圧をかける。
「わかったわかった、大事に食べるわ。
ところで、チョコ以外にも好きなもんあるん?」
「え? うーん、甘いものは好きですね。それ以外なら……卵焼きとか、だし巻きとか、伊達巻きとか……」
「卵焼き、だし巻き、伊達巻きか……
卵料理が好きなんやな?
それなら、今度美味しいとこ連れてったるわ」
「わあ、本当ですか? やったあ」
ほくほく顔で、みょんみょんと伸び縮みしながら、そわそわする。
「せや、その代わり条件があるで。
その日の夜は、僕と酒を一杯交わしてもらわなあかん」
「ん? いいですよ。もちろん。
だし巻きをつまみに日本酒……最高ですよね」
「きみ意外と渋いなぁ。
ま、楽しみにしときぃ」
後日、店が閉まった後、店長は私と一緒に行きつけの居酒屋へ向かう。
約束の、だし巻きと日本酒、その他諸々を注文し、お通しをつまむ。
そのうち、料理と酒が運ばれてくる。
「待ちかねたわ。乾杯しよか?」
「はい、かんぱーい!」
嬉しそうに乾杯して、美味しそうに料理とお酒を味わう。
うんまいっ! ふわふわたまごの出汁が沁みるっ!
天ぷらサクサクだし、お刺身も新鮮!
現代日本に産まれてよかったぁ〜!
店長は自分の杯を満たしながら、私の様子を静かに窺う。
「ふむ……やっぱりこの店のつまみは最高やな。
君も気に入ったみたいで、嬉しいわぁ」
「ええ! とっても美味しいです」
お酒でふわふわ笑いながら、たこわさもいただく。
店長の目尻が優しく下がる。
「ほんま、君が喜んでくれて嬉しいわ。
ところで……要は恋人とかおらんの?」
唐突に、そんな事を聞いてきた。
「恋人ですか?
うーん、今のところ恋とかする予定は無いなあ。今はそれどころじゃないし……」
首を傾げながら私をじっと見つめる。
「そうか? 何か理由でもあるんか?」
「最近、人生の目標が出来たばかりなので、あはは」
「なんや、その人生の目標っちゅうんは。
僕が聞いてもええ話?」
……どこまで話したものか、少し迷って。
「うーん、抽象的な話になってしまうんですけど、月の裏に月がある事を確信して、月の裏を観測する方法を模索中、みたいな感じです」
自分でも何言ってるのかわからないが、そうとしか表現しようがない。本当に、抽象的なことなんだ。
他に言うなら、自分の左の眼球の裏の視神経を左の目で見る方法、とか? ちょっと例えがグロいか。
店長はしばらく考え込んだように沈黙してから、ニヤリと笑いながら言う。
「それはまた、壮大な夢やな。
まぁ、難しくても挑戦する価値はあるかもしれんな。
応援しとるで、頑張りや」
「はい、がんばります」
にっこり笑って、伝わったかどうかは兎も角、色々誤魔化せた事に安堵する。
追及されても、他に言いようのない事だし。
しばらく談笑しながら、料理を食べ進め、あらかた平らげた頃。
隣のテーブルで酔っ払いの喧嘩が始まる。
「ちっ、まったく……騒がしいわ」
眉間にしわを寄せながら席を立つ。
「ここの支払い済ませるから、先に出といてくれるか」
「えっと、はい。無茶はしないでくださいね?」
苦笑いで店長に釘を指す。ほっときゃいいのに、なんだかんだでああいうのをほっとけない。
やだ、ウチの店長、お人よしすぎる……
居酒屋を出て、入り口の脇に立ち、店長を待つ。
空を見上げて、少しボーっとする。
綺麗に星が見える。街中にしては珍しい地域、と、前までなら素直に言えただろうが、都会の真ん中でこれ程見事な天の川は、普通じゃないから見えるんだろうな。
果たしてそれは、私か、街か。
騒ぎを治めた店長が店の外に出てくる。そして私を見ると、茶目っ気たっぷりの表情で近づいてくる。
「おや、まだ帰らんと待ってたんか?」
店長がぐいっと私の腕を取る。
酔ってるな、この人……無自覚甘え上戸? 迷惑な。
「この程度なら大丈夫やと思うんやけど……
心配せんでもええよ」
「何言ってんですか、そりゃ待ちますよ。
置いていく訳ないじゃないですか」
腕を組みながら帰り道を歩く。
店長は照れくさそうに笑い、眉を下げる。
「待たせてもうたんやったら謝らなあかんな。
ふむ……ところで、なんでそんなに顔赤うなっとるん?」
にやにや私の頬を突いて、ダル絡みしてくる。
置いて帰れば良かったかな。
「お酒飲んだからですよ、もう。
年下からかって楽しいですか?」
唇を尖らせ、店長を眇める。
「はっは、いやあ、すまんな。
ついからかいたくなるんよ。
年の差なんてたいしたことあらへんよぉ?
兄ちゃんみたいに思てくれてもええんやで〜」
「はいはい」
くすくすと笑って流す。
全く、百歩譲ってもおじいちゃんだわ。
とりあえずここまで。
いやぁ、普通に書くのと、どっちが大変だっただろ。
予想外のことが起きるから、手綱を握るのが一番大変かもしれない。
ある程度言葉で誘導したり、誤字を逐一直してやったり……
まぁまた気が向いたら更新します。