ヒスイ帰りのショウ   作:餅は餅や

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決戦(2)

 対峙するショウとアカギに「なんだかよくわかんねえが」とセキは頭を掻く。「手は出さねえ方が良いんだな?」

「うん。なんでここにいるのかとか、そういうのは後で説明してもらう」

「そりゃこっちの台詞だ。言いたいことは山ほどあんだよ。俺も、そこのも、テルも、デンボクのダンナも、シマボシさんも、みんな」

「……そういうのも、後で」

 

 いやに笑顔のセキと、もはや一言も発さず肩をぎちぎちと掴んでくるカイ。ショウはぎこちなく目を逸らした。そのときにはエンペルトに呼びかけることで、逃げたわけではありませんよ、という風に見せる工作も欠かさない。

 

 当のエンペルトはといえば、ほとんど一気に二段階の進化を果たした自身の体を確かめるように動かして大きく鳴き声をあげていた。それに呼応するように羽を広げたドンカラス。ぐだぐだとやっているトレーナーを尻目に未だ戦意を切らさずにいるポケモンたちの姿がそこにはあった。

 ショウとアカギは向かい合うと、ほとんど同時に指示を出した。

 

「ドンカラス、あくのはど──」

早業(はやわざ)、アクアジェット!」

 

 早業で放たれた翡翠色の弾丸をドンカラスは回避すらできず、アクアジェットはその太い胴を捉えた。

 アクアジェットは圧倒的な加速により一気にトップスピードに至る技。相手からすればほとんど消えたように見えるため照準などつけようもなく、結果として相手の技の発動は遅れる。先制技たる所以である。

 

 ドンカラスは不意の衝撃を受けながらも狙いを定め、あくのはどうを解放する。早業とはいえ十分にスピードの乗った突撃、それを受けてなお技を維持できていたのは驚異的というほかなかった。

 何が彼をそうさせたかしれない。ただ一つ確かなのは、その先に心なき世界が待っていると知ってなお、彼らが勝利を目指していることだけだ。

 至近距離で放たれたあくのはどうはエンペルトの急所を穿つ。ドンカラスの生まれ持つ強運は、このときも彼らに味方していた。

 

 ところで。ヒスイでポケモンを学んだショウにとって特性というのは馴染みのない概念である。なぜかといえばヒスイでは特性を定義するに至らなかったためだ。そういう傾向があるとは認識していたものの、データの絶対数が足りなかったのである。

 

 ここでドンカラスの特性に目を向けてみる。アカギのドンカラスの特性は『きょううん』。ユクシーの鳴き声っぽい特性第一位をほしいままにするこの特性は技が急所に当たりやすいというものである。この特性が発揮され、ショウのエンペルトは大きなダメージを負ってしまった。

 

 さて、なぜ唐突に特性の話をしたかと言えば。今の急所によって特性を発動したポケモンがもう一匹いたからである。

 

「エンペルト、ハイドロポンプ!」

 

 その口から放たれる水流はまるで荒れ狂う水の竜のようだった。至近距離でそれを浴びたドンカラスが吹き飛び、柱を叩きつけられて止まる。

 エンペルトの特性は『げきりゅう』。体力が少なくなると水技の威力が増す。それはエンペルトの体力が閾値を下回ったことの証左でもあったが、しかしそれを補ってあまりある威力を発揮していた。

 

 ドンカラスはなおも立ちあがろうとしていた。濡れた羽でよろよろと羽ばたき……やがて、力なく倒れた。すると赤い光がドンカラスを包みアカギの元へ向かう。

 アカギは自身の忌み嫌う感情に塗れた顔をした。次のポケモンが繰り出される。それはショウがあの日見た、大きな青い竜の姿だった。

 

「ギャラドスッ!!」

 

 トレーナーの叫びに呼応してギャラドスは荒々しく咆哮した。偶然か、極彩色の空が何度か雷を落とす。まるで時が止まったような静寂の中、苛立ち紛れに地を打った尾が地響きを起こした。

 

 エンペルトは息を深く吸うと、いつものように胸を張った。

 

「じしんだ、ギャラドスッ!」

「ッ! 早業(はやわざ)、アクアジェット!」

「無駄だ!」

 

 げきりゅうによって勢いを増したアクアジェットで辛くも逃げ出したエンペルトは、しかしダメージを負っていた。じしんという広範囲な技を完璧に回避しきることはできなかったのだ。

 それでもここで引くわけにはいかないとショウもエンペルトも分かっていた。エンペルト、とショウが呟く。エンペルトはわずかに振り返り、頷きを一つ返した。

 

早業(はやわざ)、アクアジェット!」

「同じことだッ! ギャラドス、じしん!」

力業(ちからわざ)──ドリルくちばしッ!」

 

 ショウのギャラドスにドンカラスがそうしたように、エンペルトはギャラドスの青い胴にドリルくちばしで突貫する。アクアジェットの勢いをもって飛び込んだエンペルトはギャラドスに少なくないダメージを与えたあと、隆起した地面によって打ち据えられ、倒れる。

 

 ありがとう、と小さく呟き、ショウはエンペルトをボールに戻した。悔しそうに、それでも満足そうに倒れるエンペルトを見て、ショウはこの場に似つかわしくない穏やかな微笑みを浮かべる。

 残る手持ちはあと二匹。ショウは次のポケモンを繰り出した。

 

「……勝とう、ビッパ」

 

 白い石畳のバトルコートにビッパが立つ。相手のギャラドスはオヤブン個体ほどに大きく、小さなビッパと立ち並ぶとその差が否応なしに浮き彫りになる。

 ビッパは身を震わせた。恐怖があるのは間違いない。だがそれ以上に、今度こそショウのために戦えるという喜びがビッパの心臓に早鐘を打たせたのだ。

 

 ビッパは旅の始まりを思い出していた。それはショウを乗せてギャラドスの群れに突っ込んだときのことだ。

 そのときのビッパは捕まえられたという自覚すら薄く、ショウを背に乗せるのだって遊びのようなものだと思っていた。ギャラドスのナワバリに踏み込んだのだってビッパからではない。ビッパの認識の上では、ショウと遊んでいるうちに気づいたらギャラドスに囲まれていたのだから。

 

 ビッパは前を向いた。あの時の絶望を思えば、今の状況なんてちっとも怖くはない。

 なんせここにギャラドスは一匹しかいないのだ。怒りの形相を浮かべ木を薙ぎ倒しながらはかいこうせんだのを乱発するギャラドスの群れと、その群れに向かってなぜだか虫食いぼんぐりだのボールだのを投げ出すトレーナーがいない。そのことを考えれば、ちっとも。

 

 ビッパは鳴き声をあげた。ギャラドスの咆哮に比べればあまりにも弱々しい声だったが、ビッパの目は闘志に燃えていた。

 

「……ふざけているのか? そんなポケモンで何ができるッ! ポケモンとは力! 従属関係ですらなく、ましてや仲間などではない! 己の力とするものだ! それを、ビッパだと!?」

「ふざけてなんかない」

 

 ショウは少し不服そうに、証明してあげる、と呟いた。怒り狂うギャラドスを前にして、ショウはいつも通り指示をする。

 

「ビッパ、ステルスロック!」

 

 現れた岩は打ち欠いた黒曜石のように鋭く、それが透明になってギャラドスへ殺到する。当たればたとえギャラドスであってもダメージは避け得ない一撃。

 

「蹴散らせ、ギャラドス!」

 

 それをギャラドスは水を纏った尾で一蹴してみせた。ショウのギャラドスもアクアテールを得意としていたが、アカギのギャラドスのアクアテールはそれ以上に大きく、速い。巨大な肉体から生み出される運動エネルギーは尾の先に集束し、雷鳴のような音とともに衝撃波を放った。

 弾き飛ばされたステルスロックがビッパの元へ向かい、たまらずビッパは一歩跳び退る。

 

 ビッパはいつしか笑っていた。この怪物に立ち向かったのだ、エンペルトは! そのことを思うと、ビッパは体にいくらも力が漲っていくように感じた。

 ビッパが思い出していたのはクロガネジムでのこと。あのときビッパが何もできずにやられてしまったズガイドスを、ポッチャマは傷一つ受けず倒して見せた。タイプの相性、取りうる戦術。何もかもが違うことは分かっている。それでもなおビッパの胸に刻まれたのは憧れだった。

 ポッチャマはいつも胸を張ってどんな相手にでも立ち向かっていた。それは当然、今もだ。敵わないと知ってなお立ち向かい、ビッパに後を託したのだ。

 

 ──そして、ビッパの体が光り始めた。

 

 風がビッパを中心に渦を巻く。鼻のツンと痛くなるような山頂の冷えた風だ。それに包まれながらも、ビッパは内側から迸るマグマのような熱を感じていた。

 

 やがて光は収まった。ぎらぎらと目を輝かせて、ビーダルはギャラドスを睨みつけた。

 

「ビーダル──」

「進化したから何だと言うのだッ!」

 

 アカギはそう叫んでギャラドスにアクアテールを命じる。そう、進化したとはいえビーダルはこの膨大な運動エネルギーを受け止めるだけの質量を持たない。

 だからショウが指示したのはこの技だった。

 

「まるくなる!」

 

 音速の尾を体を縮めて紙一重で躱し、ビーダルは風でころころとショウの足元まで転がった。ショウとビーダルは目を合わせ、頷きあう。

 

「ビーダル。前に教えたアレ、いけそう?」

 

 ビーダルは力強く何度も頷いた。その様子にショウは微笑を浮かべ、いくよ、と呟いた。

 

「早業──ころがる!」

 

 言うが早いかビーダルは猛烈な勢いで転がり出す。ビッパのころと比べて馬力が上がり、丸くなった体の外径は大きくなった。

 それが何を意味するかというと、つまりスピードが出過ぎたのである。成長を果たしたビーダルのころがるは、ぶっつけでやるにはあまりに難しすぎたのだ。

 

 いくつもの柱で跳ね返り、時には輪郭をなぞるようにころころと乗り越え、ギャラドスの頭の先から尾の先までを転がり倒して、こんどは尾の先から頭の先へとごろり倒し──そして、ピタッ、とビーダルはギャラドスの目の前に着地。

 

「力業」

「ギャラドス、はかいこうせん!」

 ギャラドスの口腔にエネルギーが集まる。流石と言うべきか、それを放つまでのタイムラグは一秒にも満たない時間だった。

 だが、当たれば瀕死は免れないだろうその光線を前にしてなお、ビーダルは足に力を込めた。

 

「ギガインパクト!」

 

 衝撃。それが轟音と暴風を巻き起こしながら槍の柱中を駆け抜けた。

 咄嗟にしゃがんだショウが立ち上がるころにはギャラドスは倒れ、そしてビーダルはくらくらと目を回していた。衝撃の瞬間に頭と頭で鐘のような音を鳴らしたのをショウは聞いていたのでさもありなんといった風情。

 ビーダルをボールに戻す。時間をおけばまだ戦えるだろうが、今は反動で動けないようだった。きっと進化直後で力を込めすぎたのだろう。そのあたりの習熟はこの戦いが終わってからだ。

 

 そう、アカギの持つモンスターボールは()()。アカギは憎々しげな眼差しで、最後のボールに手をかけた。

 

「まさか、この力を使うことになるとはな……!」

 

 そう言ってアカギが繰り出したのは──オオニューラだった。ニューラに比べて伸びた体躯、発達した手指には毒々しい鉤爪。本来であればシンオウにはいないはずのポケモン。アカギがショウに対抗すべく新たに用意した力。

 その光景を前にして、ショウはなぜだか無性に楽しくてたまらなかった。思わず小さく笑い声を漏らしてしまい、アカギの眼がショウを射抜くように光った。アカギからしたらたまったものではなかっただろう。

 

「何がおかしい……!」

 

 ショウはアカギに見せつけるように最後のポケモンを繰り出す。それは身の丈三メートルにも達する魚ポケモン。ヒスイの河川における頂点捕食者。

 

「イダイトウ。この子もヒスイのポケモン」

 

 ショウのポケモンはここに来て堰を切ったように進化を始めていた。バスラオもそのうちの一匹だ。ナナカマドがここにいたら興奮のあまり倒れてしまっていたかもしれない。

 たくさんのコイキングがぴちぴちと跳ねていたリッシ湖、槍の柱での決戦……進化できるだけの素地は十分にあったのだろう。その白いヒレを踊るように動かしてイダイトウは悠々と宙を泳いでいた。

 

「イダイトウは散った仲間の想いを背負って泳ぐ。だから、強いよ」

「何を終わった気でいる、マンテンボシ……! 私は負けぬ。過去の英雄にも、くだらない世界にも!」

 

 先手を取ったのはアカギ、指示したのはフェイタルクロー。鉤爪を濡らす毒液は黒々と輝いてイダイトウに迫る。

 

(当たれば毒、麻痺、眠り。受けるわけにはいかない)

 

「早業、アクアジェットで避けて! 距離をとって早業、シャドーボール!」

「切り裂け! でんこうせっかで接近、フェイタルクロー!」

「弾いて早業、ウェーブタックル! 加速して──」

「フェイタルクローで迎撃──」

 

 二匹のポケモンが目まぐるしく動き回る。二人のトレーナーはぐるぐる舌と頭を回し声を張り上げる。二人と二匹にとって、今ここにそれ以外の何もかもが存在しない。

 イダイトウにとってこれはほとんど初めてのトレーナー戦だった。ここまで戦えているのは本能的に備わったポケモンの無念を背負うという機能のおかげにすぎないと、イダイトウ自身にも分かっている。

 背負ってきてしまったいくつかの無念。小さな背中では背負えなかったいくつもの悲しみ。仲間に託された想い。トレーナーが寄せる信頼。

 すべて背負って宙を泳ぐ。尾鰭のひと掻きの力強さと言ったらない。背負った重さに耐えられるだけの強さを、今の自分は持っている。

 

 剥がれ落ちた鱗の欠片がダイヤモンドダストのように舞う。幾度もの交錯で毒に冒された体は氷の下を泳ぐように重く、水の推進力で無理やりに動く。息が上がっているのは相手も同じ。必要なのはタイミングだった。すべての力を乗せた一撃を喰らわせる、そんなタイミング。

 

 

 そしてこのトレーナーが、その瞬間を見逃すはずもない。

 

 

「力業──」

「この、私が……!!」

 

 幾重にも渡るスピードのコントロール。その果てにショウが作り出した針の穴のような隙を目掛けて、イダイトウは泳いだ。

 

「ウェーブタックル!」

 

 何よりも早く、力強い一撃がオオニューラを捉えた。崖を行くために軽量化されたオオニューラの体で耐えられるはずもなく、軽々と吹き飛び、アカギを巻き込んでごろごろと転がる。

 ショウは大きく息をつき、こう呟いた。

 

「私の勝ち」

「……新しい世界、新しいギンガ。見果てぬ夢だと言うのか」

 

 アカギの呟きは抱えたオオニューラの柔らかな毛皮に吸い込まれ、ショウに届く前に霧散した。

 そしてショウは続けざまに息を吸うと、こうも呟いた。

 

「クロバットからオオニューラまでほとんど一貫して素早いポケモンの毒や急所狙い、あと威力が高い技で速戦即決しようっていうコンセプトが感じられる良いパーティだったと思う。クロバットとギャラドスの対面では正直してやられた部分が結構あってギャラドスがほとんど落とされちゃったのがこっちとしても予想外というか、私の目線だとそっちのギャラドスをどうするかっていうのが一番の課題だったからギャラドスにギャラドスをぶつけるプランが──」

「ごめんなさい、遅れちゃって! ……って、あれ? もう終わっちゃったかしら?」

 

 ショウが全てを台無しにしかねなかったところを救ったのはシンオウチャンピオンのシロナであった。ガブリアスに乗ってやってきた彼女は槍の柱へ向かっていた団員たちを蹴散らしてきており、遅れたのもそのためだ。

 シロナの見た光景は、幹部たちを倒しショウを見守っていたジュンとコウキ、死屍累々のありさまのギンガ団、見慣れぬ衣装に身を包んだ集団、勝ち誇るショウ、ディアルガとパルキアの足元で蹲るアカギ──そしてその傍らに立つ、イチョウのシンボルを身につけた青い服の青年。

 

「いいえ、今すべてがはじまるのですよ」

 

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