ヒスイ帰りのショウ   作:餅は餅や

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ハクタイ(1)

 ハクタイジムを攻略し二つ目のジムバッジを手に入れたショウは、ギンガハクタイビルの外壁に張り付いていた。ムベに教わった忍者機動は今や熟練の域に達し、籠を担いだオオニューラと比べても遜色ないほどである。

 

(やっぱり)

 

 窓を覗きこむ。宇宙のような壁紙の部屋で男とピッピが縛られており、その傍らにはハイカラな衣装の女。女は男に何かを要求しているようで、険しい顔を向けている。

 

(ギンガ団が、グレちゃった)

 

 

 クロガネからハクタイに向かうルートは二つある。コトブキまで戻ってハクタイの森を抜ける道と、砂の坂を自転車で登って二〇六番道路を行く道だ。

 ショウが選んだのは自転車のルートだった。自転車は持っていないが、ショウは壁を登れる。なんならギャラドスにだって乗れる。

 

 コトブキに戻っても良かったのだが、ショウはその感慨を戻ってきて一回目の来訪で使い果たしている。

 シンオウ生まれゆえに『近くの大都市コトブキシティ』には行ったことがあったし、コトブキムラのどこがどう発展して、というのはクロガネの前に見て回っている。

 とりあえずジムバッジを集めよう、とゆるく旅をしているショウは、ジムのある町を優先的に巡ることにした。

 

 なおこのショートカットの裏ではコウキがギンガ団と1vs2(ヒスイ式ダブルバトル)を強いられていたり、ジュンがギンガ団から谷間の発電所を奪還したりしていた。ショウはただサイクリングロードの下をビッパで爆走しただけである。

 

 そうして訪れたハクタイシティ。とりあえずでハクタイジムを粉砕し、ショウはポケモン像──ディアルガとパルキアが合体したような姿の像──の前に来ていた。

 

(……今度、合体してもらおう)

 

 ショウは目をきらめかせてそんなことを思った。彼らはそんなこともできるのだと、この像を見て知った。

 アルセウスから生まれた最初の二体。今はどちらもコトブキムラにいる。ディアルガは放牧場で遊んでいるはずだし、パルキアは農場で作物を育てているはずだ。こんごうだまやしらたまで変身できるのだから、合体できたっておかしなことは何もない。

 ショウのそんな考えを受信したのかは定かでないが、コトブキムラの二体はこのとき、同時に体を震わせたという。

 

「あら、ポケモン図鑑……もしかして、ナナカマド博士のお手伝い?」

 

 ショウは勢いよく振り返り、一歩飛び退った。像に夢中になっていたとはいえ、背後をとられ、あまつさえ声をかけられるまで気がつかない。そんなことができるのは、ヒスイでもムベか、某創造神くらいのものだった。

 

「びっくりさせちゃったかしら? ごめんね。それで、きみは……」

「……ショウ。図鑑は、ナナカマド博士にもらった」

「ショウ? いい名前ね。あたしはシロナ。ポケモンの神話を調べてる物好きなトレーナーよ」

 

 黒コートの女性、シロナはにこやかにそう語った。どう考えても古代シンオウ人の末裔である。あの異常アルセウス信者と、隠れ里に住まう妙齢の女性コギト。ヒスイで出会った二人の顔がショウの頭をよぎった。

 ショウはひっそりとシロナの髪型を確認した。異常な量の整髪料が付いていたりは、しなかった。

 

「食い入るように見てたみたいだったから、つい声をかけちゃった。この像に興味があるの?」

「うん。合体できるとは知らなかった」

「合体? ちょっと待って、きみ……そっか。ナナカマド博士の図鑑を持っているんだものね。知っていてもおかしくはない、か」

 シロナは一人納得したように呟く。

「『ヒスイ図鑑』から知ったんでしょう? ラベン博士の記した図鑑。あなたと同じ名前のリサーチャーが、昔のシンオウ……ヒスイ地方を巡って記したポケモンたちの記録」

 

 同名どころか本人だ、とは言わず、ショウは無言で首肯する。

 ショウが実務、ラベン博士が分析を主に担当したヒスイ図鑑には当然ディアルガとパルキアについても記載がある。ついでにギラティナや、あのアレの記述だってある。

 あくまで生態が主ではあるが、神話についても概要くらいは知ることができるように書いてあるはずだ。ショウは無表情に胸を張った。

 

「ディアルガとパルキア。ヒスイ図鑑では少なくとも二匹の、すごい力を秘めたポケモンがいたとされているわ。合体するかは分かっていないけれど」

 シロナは笑って続ける。

「かなり擦り切れてしまって読めない記述も多いし、そのあたりのページは破れていたりして散逸してしまっているものも多いから。もしかしたら、本当に合体していたのかもしれないわね」

 

 ショウは保管を厳重にすることを決意した。あの二体の周辺ページを鑑みるに、どうせあの異常歴史オタクあたりが破り去ったに違いない。

 粘り玉のクラフト法はしっかりと覚えているし、むしくいぼんぐりのストックは気が狂ったように集めてある。あとは人間用の捕獲装置さえ作れば完璧だ。ムベやタイサイなら作り方を知っているだろうか。

 

「でも、この像は」

「そう、一匹。いろんな説はあるんだけどね。もともと一匹だった、とか信仰の習合……二つの神様が混ざっちゃった、とか。そもそもヒスイ図鑑自体が創作だ、なんて説もあるし」

「創作?」

「ナナカマド博士がポケモンの進化について研究しているのは知っているわね? そのテーマの一つに『失われた進化』というものがあるのだけど」

 シロナはどこか不満そうに言う。

「たとえば、昔のこの地方ではリングマがさらに進化していた、とか。ヒスイ図鑑にはそうした記述があるの。でも他の文献にはあんまり……というかほとんど見られなくて」

 

 ガチグマが今はいない。まあそうだろうな、とショウはどこか冷めた目で話に耳を傾けていた。

 

 初めてリングマが進化したときのことを思い出す。月明かりの明るい、空気のツンと張り詰めたような夜だった。

 その日は夜のポケモンを調査するため紅蓮の湿地に出ていた。空気が澄んでおり、いつもはうっすら霧がかっている湿地にもかかわらず視界は良好。そのためショウは草むらに隠れて、夜の環境を図鑑に書き記すべく筆を動かしていた。

 

 そんな時だった。手持ちのリングマが何かを掘るそぶりを見せたかと思えば、いつのまにかガチグマへと進化していたのだ。

 

 進化条件の特定には苦労した。シンジュ団キャプテンのユウガオを始めとし、さまざま言い伝えを聞き漁った。野生のリングマの群れを昼夜問わず観察し、巻物一巻き分にもなる長大なレポートを書き上げた。

 それでもなお進化方法は見つからず、諦めかけていたそのとき。ライドポケモンのガチグマが謎のアイテムを掘り当てた。ピートブロックと名付けられたそれと、ガチグマの纏う泥が同じものだと知ったのは、調べ始めて半月ほど経ったころだった。

 

 加えて満月の夜にしか進化しない、と分かるまでさらに半月。再現性の検証のためにピートブロックを探し、しかしそれもなかなか見つからない。よく野生でガチグマが存在するものだ、とショウは感心しきりだった。

 

 あんなあまりにシビアな条件では、淘汰されても不思議はない。

 きっと他にもいなくなったポケモンがいるのだろうな、とショウは思う。なんせ七面倒な進化条件を持つポケモンたちは、ガチグマだけではなかったから。

 

 ショウはそうした自然の変遷について、透徹した視点を持っていた。適者生存、弱肉強食。全て含めて今に繋がっている。ある種自然信仰に近いその考えは、ヒスイに身を置くうち培われた価値観だ。

 

「仕方のないことなんだけどね。昔は町の外はとっても危なくて、ポケモンの研究ができる人なんて限られていたから」

「そうだね。ポケモンは怖い生き物だから」

「……驚いたわね。その年でそのことを理解しているなんて」

「年は関係ない。私の幼馴染でも知ってる」

「幼馴染?」

「うん。……すごくちょうどいいところに来た。アレ」

 

 ショウの視線の先では、金色の癖っ毛に緑の葉っぱを絡ませた少年が全力疾走をしていた。

 ショウがクロガネからズイへのショートカットを決めた結果、ショウはジュンに先んじた。なんせジュンはといえばクロガネからコトブキ、コトブキからハクタイに向かう途中で発電所の奪還、その後森を抜けてようやくハクタイである。

 

「ジュン」

「わわッ!?」

 

 なんだってんだよー、と言いながらジュンは転んで転がった。相変わらず急には止まれない幼馴染に、ショウは優しく微笑む。

 

「って、ショウか!」

 

 転んだことなどなかったかのようにジュンはガバリと立ち上がった。ショウを見るや否や立板に水と喋り出す。

 

「おまえハクタイのジムバッジはもう貰ったか? 貰ってるな? よし、勝負しよーぜッ! ……って、オレのポケモン、さっきハクタイジムに挑んだばっかで疲れてるんだったーッ! また今度な!」

「そう? 残念」

 

 ポケモンを貰った直後に一度バトルした後、ジュンがどのくらい成長しているか。ショウはそれを楽しみにしていた。上からの目線ではあるが、現状は実際に遥か高みにいるので仕方がない。具体的には、テンガン山のてっぺんから長い階段を上がった先くらい。

 

「次! 次会ったときは絶対勝負しよーなッ! そうだ、おまえこの町に自転車屋があるの知ってるか? オレさっき自転車買おうと思って自転車屋に寄ったんだけどさ、いま店のおっちゃんがいなくて買えなかったんだよ。あのビルにいるらしくってさ……あれ? おまえ、ねーちゃんとかいたっけ?」

 

 ジュンのせっかちさは返答を待たないので、このように一つの鉤括弧にいくつもの話題が差し挟まれることがある。

 ビル、と言って指したのはギンガハクタイビルという悪の組織ギンガ団のアジト支部であり、ねーちゃんと言ったときに見ていたのはシンオウチャンピオンのシロナだ。

 

「違う」

「きみの友達、元気というかせっかちさんね」

 わずかに苦笑を浮かべ、シロナはジュンに向き直った。

「あたしはシロナ。ポケモンの神話を調べてるの。よろしくね」

「オレはジュン! 夢は最強のポケモントレーナーになること! よろしくな!」

「最強の? ……へえ」

 

 途端、シロナの雰囲気が変わる。へびにらみみたいだな、とショウは横から思った。頭のてっぺんから足の先まで、全てを見定めるような瞳。

 ジュンの頭に引っかかっていた色の濃い葉っぱが、ひらりと落ちて風に消えた。

 

「うん! きみたち、良いトレーナーになりそうね」

 

 ジュンが大きく息をついた。それでも、あったりまえだろ、と返す声は力強い。シロナとショウは同じ種類の笑みを浮かべて、挑戦者を見ていた。

 

 それじゃあね、と言ってシロナは去っていった。おっかねえ、とジュン。葉っぱがもう一つ頭から落ちる。涼やかな風が吹いていた。

 

「よしッ! 次はヨスガシティだ! 次会ったらバトルだからな! じゃッ!」

 

 自転車は、と言いかけてショウは口をつぐんだ。そこにはもうジュンがいなかったからだ。あの速さなら自転車なんていらないのかもしれない、とすばやさの高い親友を見送った。

 さて、とショウは視線を動かす。

 

(……ジュンの言ってた、あのビル)

 

 ジュンの怒涛の喋り倒しを、驚くことにショウは全て聞いていた。ジュンの幼馴染としての必須技能とも言える。

 

(ギンガ団のエンブレム? ちょっと違うけど……)

 

 そうしてショウはそのビルへ向かって歩き出した。

 

 

「マンテンボシ団員です」

「お出口はあちらです」

 

 要約すると上記のようなやり取りを経て、ショウは追い出された。ゆえに壁に張り付き中を窺っていたのが、冒頭部のことであった。

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