ヒスイ帰りのショウ   作:餅は餅や

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ハクタイ(2)

 ショウはまず屋上へ駆け上がって着替えることにした。仮称敵の女が着ている服。おそらく同じものを、ショウは持っている。

 

(あれ、時空の裂け目から来たものだったのかな)

 

 ハイカラシリーズと呼ばれていた服を身に纏う。機能性に優れたこの服をヒスイ時代のショウは愛用していたのだが、修復を重ねすぎてあまりにボロボロになってしまったため着用をやめた過去がある。

 それでも私服で潜入するよりはよっぽどマシだろう、という思いともう一つ、打算を掲げてショウは潜入を決意する。

 

(在庫、確保……!)

 

 純白の凍土の寒さにすら耐えるこの服を、ショウは真摯に求めていた。

 

 

 穏便に窓を破る手段を持っていなかったショウは、普通に入り口から潜入することにした。

 ひそやかスプレーを使い、団員に紛れる。ボロボロとはいえ着ているのは同じ服。連中は皆一様に水色のおかっぱ髪だが、流石に鬘は用意できなかったのでほっかむり。

 頭髪こそ違えど、歴戦のオヤブンすら欺くショウの隠形をそんじょそこらのギンガ団員に見破れるはずもない。

 顔の割れている受付をスルーし、堂々と奥へ進む。階段の前で見張りのようなことをしている男女が二人。ショウは普通に話しかけることにした。

 

「ちょっといい?」

「ん? どうした……っておい、やけにボロボロだな」

「そう、これのこと。替えの制服って、どこにある?」

「倉庫に行きゃいくらでもあると思う……思いますが。そうだな、お前、連れてってやってくれよ」

 

 男は見張りの片割れである女団員に声をかける。女は面倒くさそうな表情を隠そうともせず、ため息をついた。

 

「はあ? なんであたしが」

「ちょっとこっちに来い。……案内しますので、少しだけお待ちください」

 

 そうして二人は部屋の隅へ行き、話し出した。階段を上るチャンスでもあったが、ショウにしてみればあの二人がいようがいまいがあまり関係がない。意識の間隙を突くのはショウの十八番なのだ。

 そのため二人の会話に耳を澄ませ、ショウは待つことにした。

 

『いきなり何? 持ち場離れたくないんだけど』

『バカ。お前あの人の制服見たか? ボロボロだっただろ』

『そうね、みっともない。どこのしたっぱよ』

『考えても見ろ。あれだけ傷だらけになるのにどれだけかかると思う? 相当な古参、それも前線に出てるやつに違いない』

『小さい子みたいだったけど?』

『バトルの腕前が年で測れるかよ。それに見ろ、あの佇まい。なんだか風格みたいなものを感じないか?』

『そうは思わないけど……いえ、言われてみれば確かに。隙のない立ち姿っていうのかしら、そんなふうに見えるかも』

『だろ? ……幹部までとは言わないが、古参なら色んな繋がりを持ってる可能性がある。あの人自身が上位役職者って可能性もな。どうだ? いま便宜を図っておけば、この退屈な階段の見張りともおさらばできるかもしれないぜ』

『それは……なるほど。確かに』

 

 戦うような役職がある。見張りのいるビル。上階の縛られた男。ふむ、とショウは考え込んでいた。

 

(やっぱり、グレちゃってる)

 

 違う。シンオウのギンガ団はアカギが興した別組織であり、ヒスイのギンガ団の名前を借りているだけだ。そこに理念の継承も何もあったものではない。

 

 シンオウギンガ団の目的は神話のポケモンの力を使い世界を創り直すこと。リーダーのアカギが感情の曖昧さのせいで起こる争いごとを嫌い、感情のない世界を創ろうとしたのが成立の経緯である。

 そのためにポケモンを略奪したり湖を爆破したり捕らえた幻のポケモンに拷問じみた所業を行ったりする予定だ。昨今の腑抜けた悪の組織とは違う、そこそこガチの悪である。

 

 ショウは当然そのことを知らない。そのためギンガ団の現状を、『町を守るという目的を失ったため暴力装置としての側面だけが残ってしまった』と解釈した。

 

 町のためを考えれば時には力を振るうことも必要だとショウは理解している。ポケモンは災害だった。人の悪意があった。信仰を否定してでも自然そのものを敵とみなさなければならなかった。

 かつてのギンガ団は力を持つ必要があったのだ。

 

 しかし町が発展し、野生ポケモンの襲撃に怯えなくて良くなった現代。その力は一介の組織が持つには大きすぎた。

 ヒスイのギンガ団団長デンボクはそれが分かっていて、必要がなくなれば解散すると決めていたはずなのだ。それがどこかでねじれてしまって、解散に至らないままいたずらに力を振るうようになってしまっている。

 

(教えてあげなきゃ。ギンガ団が、どういうものなのか)

 

 場合によっては解散させることも視野に入れる必要があるだろう。そうなってしまえば、それを為さなければならないのは、現代において最古参であるショウ自身だ。

 少なくともショウは、そのように思った。改めて言うが、事実とは大きく異なるショウの想像である。

 

「お待たせしました。ではこちらの者に案内させますので」

「ご案内いたします。こちらへ」

「ありがとう」

 

 露骨に愛想が良くなった二人を、ショウは作り笑顔で受け入れる。案内されるがままに着いて行き、倉庫に女団員と二人きり。

 

「おお……!」

 

 立ち並んだ制服に目を輝かせてしまったのはご愛嬌、何着か貰っても、とおねだりもご愛嬌。ありがとう、と礼を告げ、シュウゾウ式収納術で数着の制服をカバンに詰め込む。

 女団員はほくそ笑んだ。かなり好印象を与えた、その実感があった。

 

「あの……ところで。なんとお呼びすれば……?」

 

 打算に塗れた問いかけだった。名前を知れば眼前の少女について分かることもあるだろうし、もし上位役職者であれば好感度レースで他の団員から一歩抜きん出ることができる。

 ショウはふむ、と考え込むそぶりを見せ、口を開く。

 

「マンテンボシ、と。そう呼んでほしい」

「は、はいッ! マンテンボシ様、ですね」

「そう。よろしくね」

 

 ショウが本名を伝えなかったのは、いくつか理由がある。

 一つはポケモントレーナーのショウとギンガ団のマンテンボシを切り離すため。ショウの方でギンガ団に参加してしまうと、バレた場合双方に面倒だ。ついさっきも受付で名乗ってしまったわけであるし。

 一つはヒスイ図鑑のショウを知っている、と思われないためだ。ナナカマドとヒスイ図鑑が結びつくとシロナの件で知った。博士たちに被害が及ぶのも望むところではないし、そこからショウを辿られないとも限らない。

 そしてもう一つ。ショウにとって最も重要な理由があった。

 

(世直しは、偽名を使うもの……!)

 

 有り体に言って、ショウは少しワクワクしていた。こちらに戻って一週間ほどの間に見た、元四天王が身分を隠して悪を討つ長寿ドラマが頭に浮かぶ。印籠こそ持っていないが、最悪の場合はアルセウスを召喚して理解(わか)らせればいい。

 若干不純な動機を抱え、ショウは澄まし顔で女団員に名乗ったのだった。

 

 ちなみに。ギンガ団の幹部はマーズ、ジュピター、サターンとそれぞれ星を冠した名前をしている。マンテンボシが星の名前かは議論が分かれ三日三晩は紛糾し会議は踊りされど進まないところであるが、少なくともこのとき、女団員はこう思った。

 

──星の名前……ッ! この女の子は、幹部ッ!

 

 違う。少しだけネジの外れた、そして数体の伝説に認められた、ちょっと世界を救っただけの少女である。

 

 

「ここまでで良いよ。ありがとう」

「はっ。では、失礼いたします」

 

 最上階までの道のりは実にスムーズだった。女団員の先導により余計な誰何(すいか)もなく、その女団員も今消えた。ここからは幹部と思しき女とのタイマンである。

 ショウは一息にドアを開けた。実家のドアだってもう少し遠慮がちに開けるだろう、というくらい遠慮のない開け方だった。

 

「……何の用?」

 

 紫髪の女、ジュピターは眉をひそめた。ショウが分かりやすく侵入者であれば自転車屋の店主を取り返しに来たと判断できたのだろうが、ドアを開けたのは見慣れた制服の見知らぬ少女だ。

 

「団員よね? 名前は? 誰が入っていいと言ったのかしら」

「名前──マンテンボシ。取り返しに来た」

 

 ショウはボールを構える。ジュピターの混乱は未だ解けていなかったが、ボールを構えられては仕方がない。

 

「後悔しても知らないわよ。ズバット!」

 

 ズバットは藍鼠色の翼をはためかせ、ショウに飛びかかった。

 

 ところで。先日のクロガネジム時点でショウの手持ちはポッチャマ、ビッパ、ギャラドスであった。タイプは水、進化後水、水である。どう見てもパーティバランスがクソ悪く、草はまだしも電気の一貫性が凄まじいことにはお気づきいただけただろうか。

 

 ヒスイでは放牧場の存在と研究の名目があって乱獲を行えたショウだが、シンオウではそうもいかないと気づいたのがギャラドス捕獲後。連れて行けるのはせいぜい六匹が限度だろう。

 つまりショウは残り三匹でこの大きく歪んだバランスを修正しなければならなかった。

 そうしてショウが捕獲したのが、このポケモンだった。

 

「──カラナクシ」

 

 水である。水、進化後水、水と来て、水である。世界線が違えばマキシマム仮面の弟子の座をショウはほしいままにしていただろう。

 バランスの概念をかなぐり捨てたショウのカラナクシは、ボールから出るや否やみずのはどうを放った。

 

 ところで、ズバットは超音波によるエコーロケーションで周囲を把握するポケモンである。ここでみずのはどうと言う技についてもう一度考えてみよう。

 みずのはどうとは、水の()()を与えて攻撃する技である。

 

「ズバット!? しっかりしなさい、ズバット!」

早業(はやわざ)。みずのはどう」

 

 最初の一発が飛んできた時点で、ズバットはまともに飛べなくなった。電灯の光を月の光と誤認してしまうガーメイルのように、バタバタと壁に激突を繰り返す。

 そこに容赦なく追い討ちをかけられるのが我らがショウである。それも早業、あっけなくズバットは倒れた。

 

 ジュピターの顔が怒りに歪む。普通に打倒されていたとしたらここまでの怒りは見せなかっただろう。

 しかしやられ方がやられ方だ。目の前の生意気な小娘をいかにして叩きのめすか。ジュピターの頭の大半をそれが占めていた。

 

「スカタンク! どくガス!」

 

 ボールから出るや否やスカタンクはどくガスを放った。捕まえていた男もピッピも関係ないと、密室を毒ガスが覆う。

 ショウはカバンから手拭いを取り出して咄嗟に口を覆った。そのままカラナクシに指示を出し、スカタンクに接近させる。当然ショウ自身もローリングで接近しておく。

 

 スカタンクの毒ガスは空気中に拡散するように飛ぶ。上方下方どちらにも拡散するが、積極的に上方に浮き上がるわけではないので、空気とはあまり重さが変わらないのかもしれない。

 ショウのスカタンクについての調査はベノムショックや火炎放射が主だったが、スカンプーの調査やスカタンクの調査過程においてどくガスは何度も見た。

 ガスはいずれ室内に充満するだろうが、放った直後であればスカタンクの後方は比較的安全地帯となる。

 

 ショウは相手の懐に潜り込み、ポッチャマをボールから出す。1vs2(ヒスイ式)。ビッパをボールから出す。1vs3(ヒスイ式)。ギャラドスは流石に出せない。

 思えばショウはいつも一の側だった。群れをなして襲ってくる野生のポケモン。どこぞの野盗三姉妹。たまには複数の側も良い。ショウはこんなときにもかかわらずそんなことを思った。

 

「卑怯なッ!」

「どっちが」

 

 ジュピターが吠える。先にバトルの範疇を超えたのは敵の女だ、とショウは思う。

 ショウが複数匹を同時に出さずにいたのは、現代のバトルのルールに則っていたからだ。

 ルールを破れば報復もまた苛烈になる。躊躇がなくなる。最悪の場合、このビルに詰めている団員すべてが襲ってくる可能性すらあっただろう。だから一対一のお行儀の良い試合をしていた。

 先のどくガスはそれを超えた。ショウが回避していなければ命中していただろうし、受けたときにどうなるかはヒスイで実証済みだ。さらに言えば早く倒さなければポケモンたちと縛られた男すらも危うい。

 

「みんな。早業(はやわざ)──」

 

 一斉攻撃。紫色の煙が晴れると、スカタンクは目を回していた。唇を噛み締めるジュピターに、ショウは声をかける。

 

「じゃあ、この人は貰っていく」

「待ちなさい……! このまま返すと思う?」

 ジュピターがそう言うと同時に、ドアが開いた。

「失礼します! ……ジュピター様!? マンテンボシ様、これは……?」

 

 騒ぎすぎたのか、入って来たのはショウを案内した女団員だった。階下からはどやどやと人の声がしており、ショウは逃走経路である窓をちらと見た。

 

「ふぅん? どうやら形勢逆転みたいじゃない……いえ、待ちなさい。そこのお前、いま、マンテンボシ様、と?」

「えっ? は、はい。そのように伺っておりましたので」

「……幹部? いえ、違う。私の知らない幹部だなんてそんなはずがないもの。あなた、何者?」

 

 ジュピターは狼狽を隠せずにいた。襤褸(ぼろ)のようなギンガ団の制服を着た、異常な強さを誇る女。幹部たる自分が知らないはずはない、そう思いつつも、疑念は晴れずにいた。

 立ちすくむジュピターを尻目に、ショウは誇らしげに胸を張る。

 

「マンテンボシ。ギンガ団の団長にもらった。あなたたちの知らない団長に」

 

 ショウにしてみれば、もはや潜入はバレてしまったので本当のことを言っただけだった。あなたたちの知らない団長とは当然デンボクのことであり、アカギの裏の顔だとか、そういう意図はまったく持たない。

 持たないのだが、ジュピターは顔を青くしてどこかに電話をかけ始める。ショウは腰をわずかに低くし、いつでも逃げ出せるような姿勢で待った。

 

『……私だ』

「アカギ様ッ!? 私です、ジュピターです! 今、マンテンボシと名乗る女に襲撃を受け──」

『マンテンボシ?』

 

 電話口の低い声はジュピターの金切り声を遮るように呟いた。決して大きな声ではなかったが、静まり返った部屋には大きく響いた。

 

『その女は今もいるか?』

「ッ!? は、はい。目の前に」

『ふむ。では、私が赴こう』

 

 電話が切れる。ジュピターの顔に浮かぶのは、絶望だった。

 

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