ヒスイ帰りのショウ   作:餅は餅や

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ヒスイ(2)/トバリ(1)

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「旦那! ……デンボクの旦那!」

 

 市場の喧騒を裂いてセキの声はよく響いた。

 コトブキムラはギンガ団本部前。ヒノアラシが火を吹いた。煮炊きの煙が空へ立ち上っていた。

 ムラはあたかも活気付いているかのようだった。人もポケモンもなく駆け回り、あちこちざわめく声がする。

 異邦の者であれば祭りか何かと勘違いしたかもしれない。そしてすぐに気づくだろう。ムラの誰もが、笑顔を浮かべていないことに。

 

 このようなことはこれまでにもあった。人と自然とのこと。調査に出た団員が戻らぬなど、数えきれぬほどに。

 ゆえに団員たちは粛々と動いていた。血で書かれたマニュアルを、噛み締めた血でさらに汚しながら。

 冷たく映るやもしれぬそれを見て、カイは口を結んだ。

 

 団員に何事か指示を出していたデンボクは、遠く人垣の向こうに藍染の衣を纏った青年を認めた。

 傍には赤衣の少女。顔色は蝋を塗ったように白く、足取りはおぼつかない。

 コンゴウ団のリーダー、セキと、シンジュ団の長、カイ。二人が歩くと、押し合い圧し合いの最中にあった市場がすっと二つに割れた。

 

「うむう、よく戻った! して、どうだった」

 

 セキは無言で首を振る。カイの手前、言葉にするのは避けたかった。

 そうか、と短くデンボクは息を吐く。遺体の上がらなかったことへの安堵とも、未だ見つからぬことへの悲嘆ともつかぬ、ため息。

 天冠の山は雪に覆われていても、麓はそうではない。あるいは、という思いがあった。

 

「旦那の方は」

「……芳しくは、ないな。我らがマンテンボシ団員のこと、ギンガ団に協力せぬ者はおらぬ。総勢で昼も夜もなく駆け回り、天冠の山麓は当然、他の地域にも人を()っているが……見つからぬ」

「そうか。ウチもワサビには聞いてみたんだが、あいつの千里眼でも見つからねえ、と」

「……うむう」

 

 炊き出しに並ぶ団員や、市場にごった返す人々。その空々しい賑やかさの中にあっても、デンボクが歯を食いしばる音はセキとカイにまで届いた。

 セキとカイはデンボクのこのような姿を見たことがなかった。その疲弊ぶりをセキとカイに晒しているのは、ショウを特別扱いしているというより、かの事件を経て三つの団の関係が深まったという方が近しい。

 その中心人物が、今はいない。この三人が集まると余計にその空白が感じられ、誰からともなく息が漏れた。

 

「……やはり、わたしも──」

「ダメだ。時間の無駄だって言っただろ。……コンゴウ、シンジュ、ギンガ。これだけの数が動いて見つけられねえなら、単純に捜して見つかるとは思えねえ。当然捜索は続けてもらいてえが……オレたちは、別の方策を練るべきだ」

「別の方策?」

 カイは自嘲気味に笑う。

「何があると言うんだ」

 

 蹲る。聞けば聞くほど絶望的な状況に、一度は持ち直したカイの心はまた折れかけていた。ショウは雪に埋もれてしまったか、川に流れてしまったか。

 川であるならばまだ良い、カイはそう思った。そうであれば、ショウはまた肉体を付けて戻ってこられる。

 骨を洗って、川に流す。古代シンオウ人──カミナギの民を自称するコンゴウ団やシンジュ団よりさらに前の、本当のカミナギの民──の文化だが、いただいたポケモンを返すときの作法だ。かつて人とポケモンは同じだった。それなら。

 いつしか頬を涙が伝っている。拭う者は、いない。

 

「二つ」

 セキはわざと声を張った。

「二つある」

 

 セキはデンボクを見た。目には隈、髭は伸び、頬がこけている。ギンガ団の有能さは当然セキも知るところだ。その長であるデンボクがこうなってすら見つからない。その事実に心が押しつぶされそうになりながらも、セキは虚勢を張る。

 

「方策、ってより、ショウのことを知ってそうな心当たりってだけだがな。まず旦那、ディアルガさまと、パルキアはどこにおられる? ショウのことだ、知っておられるはずだろ」

「ディアルガさまは……放牧場。パルキアさまは農場に。だがな、セキよ。我らがそれを思いつかなかったと思うか? ……何も。何も語ってはくださらなかった」

「オレらならまだ分かんねえだろ? ショウがパルキアを捕まえる前、ディアルガさまはオレの体を使った。なら、試してみるべきだ」

 

 二つある、そう言ったセキだったが、そこに強がりが多分に含まれていることはセキ自身よく分かっていた。

 何か動いていなければ、壊れてしまう。蹲ってしまったカイの気持ちはセキにも痛いほど分かる。

 セキとカイは同じだった。どちらがこうなってもおかしくはなかったのだ。わずかに何かが違っていれば、ここに蹲っていたのはセキの方だっただろう。

 

 放牧場。ディアルガは長い四つの足を伸ばし、すっくと立っていた。

 セキは必死に声を張る。喉は枯れ始め、聞くに堪えない声だったろう。それでも、セキは上を向く。

 

「ディアルガさま! ショウは……ショウは、今どうなっている? 無事なのか? あの神の座で、何があった!?」

 

 はるか高みから、二つの赤い瞳がセキとカイを睥睨する。何を考えているかしれない無機質にも映る赤に、二人はさらに声を張り上げた。

 

「ディアルガさま! 答えてくれ! なあ、……頼むからよう」

 セキの大きな瞳から、涙が溢れた。

「ディアルガ、わたしからも頼む! ショウについて、どんな小さなことでもいい。何か、何か、……」

 声にならない声を上げ、カイはすすり泣く。

 

 答えは、なかった。

 

 

 

 ディアルガとパルキアは判を()したように同じ顔をして何も答えなかった。セキとカイの二人は、幽鬼のように歩いた。

 

「セキ、カイ……その様子では、駄目だったようだな」

「…………おう」

 

 二つのうちの一つは潰えた。あとの一つは、ここにはない。

 

「旦那。頼んでいた、あの男は見つかったのか?」

「いや、まだだ。ギンナン殿に伺ったところ、心当たりがある、とのことだったが……」

 

 デンボクはいつもイチョウ商会が陣取っている場所を見た。平時であれば幌馬車のあるそこには他の商人が御座を敷いて居座っている。

 セキとカイに視線を戻す。若人がこうまで肩を落とすのは、デンボクにとって見ていられなかった。

 褌を締め直すため、デンボクは大きく息を吸った。

 

「まずは飯にせよ。空いた腹ではろくなことを考えぬ。幸い並んでいる数も落ち着いてきた。まずは、飯にせよ」

 

 言い聞かせる。特にカイは今にも倒れそうな体をなんとか保たせているような状態だ。こんな状態で捜索に及んでも、二次被害が増えるだけなのは明白だった。

 

(……どこにおるんや、ショウ。ギンガ団といえどいつまでも捜してはおれん。そうなれば、団長として、ワシは)

 

 デンボクはかぶりを振った。硬い声色に努めていたが、内心ではこんなもの。セキとカイがのろのろと列に並ぶ。黄色い太陽は中天に差し掛かろうとしていた。

 

 空を見上げ、目頭を揉む。真っ暗な視界の中、場違いに明るい声が聞こえた。

 

「どうやら、お困りのようですねえ?」

 

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「内緒にしてほしい」

 

 ところ変わってはじまりのま。なんならときも変わって迫真の愁嘆場から少し前である。具体的には、ショウがアルセウスの試しを乗り越えた直後。

 

 テンガン山の遥か上空、不思議な紋様の浮かぶ透明な床の上。ディアルガとパルキアは並んで膝を折っていた。オリジンフォルムをとった二体はケンタウルスのような形をしているため、傍目から見るとなんだか正座で詰められているように見えなくもない。

 これは完全に余談だがショウは二体の膝の負担をいたく気にしている。特に通常フォルムだ。

 パルキアはきっと空間を歪めて膝に負担がかからないようにしているのだろうが、ディアルガはそうもいかない。それどころかあの膝を屈めた姿勢で長い間世界を見守ったりするのだと言う。楽な姿勢で、とショウが厳命し、その結果二体はこの形となった。

 

「すぐ帰る……いや、ここの時間に帰ってくる。一旦シンオウには戻るけど、ヒスイに帰ってこないとか、そういうことは絶対ない。でもみんなは、私がいなくなるんじゃないかって不安そうにしてた。だから、内緒」

 

 絶対に言った方が良い。絶対に、言っておいた方が良い。同じポケモンから生まれた二体は同じことを思った。その上で、時間と空間を司る力をもってして二つの時代を行き来する。正しく伝えるべきだ、と。

 しかし二体は口をつぐむことを選んだ。なぜかといえば、妙に乗り気な一人と一柱が、そこに(おわ)すからだ。

 

『そうですね』

 

 それは白馬のようなカタチをしていた。

 体表は大理石のように硬質な白。胴から後光のように広がる金の輪と、その輪に象嵌(ぞうがん)された翡翠色の宝石然とした物体がきらめく。惑星の断面図を想起させる瞳がなんともラブリー、チャーミング。

 

 そのポケモンはアルセウスと言った。創造神である。

 

 アルセウスは瞳の赤い部分──惑星の断面図で言う内核にあたる部分──をにっこりとさせ、言った。

 

『ないしょにしておきましょう』

 

 どのような思索の末、その言葉が導き出されたのかは分からない。根本的に言葉足らず……ではなく、アルセウスは一方的に言いたいことを言う喋り方を得意としている。

 会話下手とも言えるかもしれないが、創造神を相手にそれはあまりにも不敬であるし、アルセウスだってそんなことを言われたら傷ついてしまうかもしれないので、言わないでおくこととする。

 

「じゃあ、行ってきます。困ったらこれで呼ぶね」

 

 ショウはトゲトゲしたスマホを振ってみせた。このスマホは検索はできず写真も撮れず、ゲームだってできないが、創造神や時空を司る神々と通話ができる。

 なお検索も写真もゲームもできないので、ショウが現代で使うのはもっぱらトゲトゲしていない方である。閑話休題。

 

 ショウは旅立った。そしてそのまま、この時間に帰って来ることはなかった。

 

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 そんな会話をショウはふと思い出した。なぜかといえば、目の前をふわふわと飛ぶフワライドの影分身のせいだ。

 ヨスガシティジムリーダー、メリッサ。彼女の最後の一匹は、あまりにも見覚えがあるものだった。

 

(風船割りのおじさん。どうか、見ていてほしい)

 

 アヤシシに乗って駆けたヒスイの地を、肌に触れる風を、踏みしめた緑のにおいを、そして、風船割りミニゲームを。ショウは体で覚えている。

 

「ギャラドス、早業(はやわざ)──アクアテール」

 

 横一閃。水の勢いで加速した尻尾がフワライドの本体を捉えた。

 

 

 ヨスガジムを粉砕し、ついでにそのへんにいたジュンも粉砕したショウはトバリシティを訪れていた。目的はジム挑戦である。

 トバリにはギンガ団のアジト本部があり、ショウもそれに気づいていたが、ひとまずはこれをスルーすることにした。

 

 まだ勝てない。ショウはそう判断していた。

 

 もちろん、レジェンドプレートを装備したアルセウスの分け身とともにアジトに乗り込み粉砕の二文字で片付けることは容易い。

 だがそれでは意味がない。理不尽などさらなる反骨精神を産むだけである。だからショウは、この時代の力だけでアカギを理解らせるために動いている。

 

(この子たちのリベンジマッチ。あの時よりはずいぶん強くなったけど、まだ)

 

 そうしてショウはポケモンを鍛えるための効率の良い経路として各地のジムを回っている。あてどない旅だったはずが気づけば立派な目的ができてしまった。

 メイン任務はギンガ団を更生させること。そのためにポケモンを強くする。分かりやすくていい。

 

 ジムに向かって歩く。トバリの街並はコトブキに比べれば雑多で、少し治安が悪く、起伏に富んでいる。当然死角も多いのでショウとしては少し落ち着かない感じがする。

 そんな街中を、見るからに純朴そうな少年が駆けていった。

 

(……テル? いや、コウキだっけ)

 

「どうしたの」

「うわぁッ!?」

 

 走るコウキに追いつき、声をかけた。それだけなのだがコウキは大層驚いたようで、つまづきかけたのをなんとか踏みとどまる。

 目を見開いていた顔が、はっと気がついたようにショウの目を見つめた。相変わらずテルに似た目だった。

 

「ショウ!? びっくりしたあ……って、そうじゃなくて! 助けてほしいんだ!」

「助けてほしい?」

「そう! ぼく、さっきギンガ団のやつらにポケモン図鑑とられちゃって。ちょっと前にコトブキでも襲われたばっかりなのに……二人がかりでバトルを仕掛けてくるなんてズルだよね。コトブキの時は博士が後ろについていてくれたからなんとかなったんだけど」

 

 今は博士もいないし、とコウキは俯く。ショウとしては今ここでギンガ団とことを構えるつもりはなかったのだが、そのような事情ならば手を貸すのはやぶさかではない。

 ショウはまず、コウキにひそやかスプレーをぶちまけた。

 

「うわッ!? な、何!?」

「ひそやかスプレー」

 ショウはからからとスプレーの容器を振ってみせた。

「行こう、取り返しに」

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