ヒスイ帰りのショウ   作:餅は餅や

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トバリ(2)

 そこはギンガ団のアジトというより、アジトにも繋がっている倉庫、とでも言うべき場所だった。

 団員の数はさして多くもない。コウキのポケモン図鑑を奪った団員が二名。奥にはアジト入り口の見張りのためか一人詰めているのをショウは気配で察知する。

 

(野生ポケモンに使ってた手段、そのまま使えそうだけど)

 

 計三人。コウキを襲った二人は『武勇伝』のキャッチボールに忙しいようであるし、奥の団員は見張り役にしたって気が抜けている。

 ショウのイメージする見張りとは、コトブキムラの入り口を守っていたデンスケのような存在を指す。彼に比べればここはお粗末もお粗末。ショウであればいかようにもできる。

 物を投げて気を引く、目隠し玉で煙幕を張る、粘り玉をそのままぶつけてもいいだろう。寄せ玉には流石に引っかからないだろうが、何かしら連中が好みそうなものがあれば似たようなことはできるかもしれない。

 

 ショウとコウキは高低差のあるトバリの街、その『高』の方に身を隠していた。ひそやかスプレーを纏わせ、街路樹の灌木の中。上から見下ろすのに近い形でギンガ団を観察している。

 

「あの、ショウ? ぼくとしては、あの二人にバトルを挑む手伝いをお願いしたかっただけなんだけど」

「しっ。奥に何人いるか分からない以上、迂闊に巣に入るのは危険。相手に気づかせない、これが一番強い」

「フィールドワーク?」

 

 気もそぞろなあの三人程度であればどうとでもなる。警戒すべきは増援を呼ばれることだった。となれば最適解は奇襲だとショウは思うのだが、これはコウキのリベンジマッチでもあるはずだ。

 二人を釣り出し、正面からバトルを挑む。侮っている少年がお友達を連れてきたとてわざわざ本部に連絡などしないだろうし、ボコボコにされようが報告などできないだろう。

 

「ポッチャマ。誘い出し、行ける?」

「ポチャ」

「じゃあ、あのあたりまでお願い。コウキ、行こう」

「え? あ、うん」

 

 自信ありげに胸を叩くポッチャマを送り出し、ショウとコウキは開けた場所の近くの物陰に隠れた。死角の多さはこういうときには役に立つ。野生にでもそうだったな、と述懐。

 

 ポッチャマは見事に役割を果たしたようで、釣られた団員たちは望外の幸運に涎を垂らすかのようだった。ショウのポッチャマは翡翠色。うまくやれば図鑑と珍しいポッチャマ、二つも手柄を得ることができる。

 団員が物陰に差し掛かる。ショウは手に持ったギガトンボールを手に団員の背後を取り、そのまま後頭部めがけて──

 

「ショウ!? 何やってるの!?」

「はっ」

 

 つい、である。ショウは照れたように後頭部を掻いた。その時にポロリと落としたギガトンボールがアスファルトを盛大に凹ませたのを見て、コウキはようやく頼る相手を間違えたことに気がついた。

 ボールを構える団員たちの姿。バレてはしまったが、うっかりでえらいことになるよりはよほどマシだっただろう。

 

「なんだこいつら……って、さっきのガキじゃねえか。お目当てはこれか?」

 

 団員の手にはぷらぷらと図鑑が揺れていた。コウキは悔しさに俯きかけ、しかし団員を睨みつける。

 

「そうだ。ぼくらが勝ったら、返してもらうッ!」

 

 コウキのボールから飛び出たのは火を纏った猿のポケモン、モウカザル。

 繰り出されたモウカザルは歯を剥き出しにして威嚇した。1vs2(ヒスイ式)とはいえ負けたことがそれなりに堪えている様子で、彼もまたリベンジマッチに闘志の炎を燃やしている。

 対する団員が繰り出したのはアゲハントとドクケイル。なるほど、とショウは警戒を深める。なんせショウは黒曜の原野でアゲハントの群れに(たか)られてボコボコにされ、他の団員に助けて貰ったことがある。

 

 厄介なのはあのひらひらとした動きと鱗粉による各種状態異常。こちらの攻撃はなかなか当たらない上に呼吸するたび眠気、麻痺、毒が蓄積していく。

 ドクケイルはアゲハントに比べ直線的な動きをするがその分速い。いかにタイプ的に有利なモウカザルであろうと数的有利を取られては厳しい戦いを強いられたことだろう。

 

 実のところギャラドスのたつまきであらかた片付くとは思うのだが、ここはアカギのお膝元。ただでさえ目立つギャラドスがあまつさえ赤く、さらにここはアジト前だ。

 ゆえにショウは小さなカラナクシを繰り出した。

 

「カラナクシ、早業(はやわざ)──みずのはどう」

 

 インファイターのモウカザルを避け、みずのはどうがアゲハントに飛んだ。空気の流れを利用してかアゲハントは紙一重の距離で躱す。隙を狙ってモウカザルがかえんぐるまを放つも、ドクケイルがそこに体当たり。結果、モウカザルとドクケイルがわずかにダメージを負ったのみ。

 

 ふむ、とショウは考える。このまま続けても勝てるだろうが、敵方の増援を考えるとあまり時間をかけるのは得策ではない。リベンジマッチを望むコウキたちには悪いが、やはり伏兵を動かすべきだ。

 

()()()()()早業(はやわざ)──あわ」

 

 早業ゆえ威力はさしてないが、あたりを覆うようにあわは広がった。手で触れてみるとびしゃりと炸裂する。

 あの二匹の羽自体は水を弾くものの空気中の鱗粉の飛散は抑えられ、また飛ぶために軽くなっている体はわずかな衝撃にも弱い。

 

(仕方ないけど周囲への警戒が薄い。ハクタイでも思ったけど、団員の教育が行き届いてない)

 

 囮として起用したポッチャマは、団員の意識がショウたちに向かったのを確認すると気配を消して状況を窺っていた。

 ショウを見て学んだ技術だ。もとより野生、機を見るに敏。そしてそれはカラナクシも同じだった。

 

 カラナクシのみずのはどう。複数戦(ヒスイ式)を考えるとトレーナーが逐一指示している余裕はない。ゆえにショウはある程度の自己判断を許容していた。

 

 放たれたみずのはどうは周囲のあわを弾けさせながらアゲハントへと向かう。団員はアゲハントにかぜおこしを指示するが一手遅い。その大きな羽ではあわの虫籠から出ることはできなかった。

 炸裂。倒れるには至らないが、アゲハントは大きくふらついた。コウキが次の詰めに入る。かえんぐるまの熱量であればあわの影響はさしてない。

 

 そこに、ドクケイルが割り込んだ。

 

 団員の指示もなく、いくつものあわをその身に受けながら。アゲハントに比べれば直線的な、もがくような軌跡だった。

 倒れる直前、ドクケイルはかぜおこしを放った。超至近距離、最大威力。モウカザルが大きなダメージを負う。すかさず追撃に入ろうとしたアゲハントに、みずのはどうが飛んだ。

 

 2vs0、いや3vs0(ヒスイ式)。ショウたちの勝利だった。

 

 コウキはポッチャマの介入に複雑な表情を浮かべながら、団員から図鑑を受け取った。団員もまた納得はいかないようで、渋々といった様子だ。

 

(やっぱり、この時代の人たちにヒスイ式をぶつけて勝っても理解は得られない。1vs1(シンオウ式)。アカギにはこれで勝つ必要がある)

 

 ショウは気づいたことがあった。先のアカギとの邂逅、アカギは心をケムッソに例えていたのだ、と。これはトンチキなすれ違いが産んだ悲劇ではあるのだが、少なくともショウの視点ではそういうことになっている。

 どちらになるかも分からない、曖昧で不完全な心。示さなければならないのは、今目の前で起こった光景だ。

 

(アゲハントとドクケイルが、それでも手を取り合えること)

 

 ギンガ団だってそうだった。デンボクは先住のコンゴウ団、シンジュ団の長をあえて名前で呼ぶことにした。手を取り合う道を選んだ。

 アゲハントとドクケイルが、曖昧さのない全てを曝け出した心が、ああやって助け合える。それはつまり、心のかたちそれ自体が嵌り合うようにできていることの証左なのだ。

 

 先輩としてやるべきこと。ショウはポッチャマが入っていた空のモンスターボールを握りしめた。

 

 

「とにかく、ありがとう。助かったよ……博士に見つかったら、なんて言われるか」

「ごめんね。ちゃんとバトルさせてあげたかったけど」

「いいよ。あそこで騒いでたら、他の団員が来るかもしれなかったし。そもそも手伝ってくれなかったら取り返せてもなかっただろうし」

 

 コウキは努めて笑顔を作った。悔しさ、恥ずかしさ、情けなさ。去来する感情をその下に押し込める。

 コウキの気質は研究者だ。フィールドを歩く以上ある程度の強さは必要だが、それ以上の強さは求めていなかった。それがどうだ、年下と思しき女の子に卑怯な手段まで使わせて、自分の尻拭いをさせている。

 強くならなきゃ。コウキは頭を振って、苦い感情を飲み下した。

 

「そう、それと」

 コウキが努めて明るく言う。

「ミオシティの大図書館に来るように、ってナナカマド博士が。渡したいものがあるんだってさ!」

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