ヒスイ帰りのショウ   作:餅は餅や

9 / 15
ミオ(1)

 コトブキムラを東西に分断するアマノ川。そこに架かる橋をミオ橋といった。名前は建築隊のミオという人物から取ったもので、宿舎のある通りにも同じくミオ通りと名前が付いている。

 翻ってシンオウはミオシティ。コトブキシティと二一八番道路を介して接続している港町だ。コトブキムラと同じように真ん中を川に分断されてはいるが、ショウの体感としては別の場所。おそらくここは始まりの浜あたりだろうと思っている。

 

 コトブキシティ自体もコトブキムラそのものというわけではなく、おそらくはコトブキムラを中心に開拓を続けて行った先にシンオウの形になるのだろう。

 ずいぶんと様変わりしてしまった。その事実はショウの胸中に一抹の寂寥と、それとは比べものにならないよろこびをもたらしていた。

 

(ミオシティの街並みに、『ヒスイ』は残っていないけど)

 

 ミオシティは港町。主な産業は近海のこうてつじまへと船を運び、鉱石を持ち帰ってくること。こと海運に関しては大都市コトブキシティの玄関口でもある。

 コトブキムラのころから考えると、地方がある程度発展していなければ生まれ得ない町。それがミオシティだった。

 

 だが、そこに名前が残っている。

 ギンガ団の、コンゴウ団の、シンジュ団の。さらに言えばカミナギの民たちも。ヒスイの人々が積み上げたものが、こうして今を創っている。

 

 ショウはミオの少し煙くさい潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。普通に嗅げば嫌なにおいだったかもしれない。だがそれはショウにとって、決して悪いものではなかった。

 

(……さて、図書館だっけ)

 

 少しだけしんみりしたような気持ちを抱えながら、ミオの真ん中を通る橋を渡ろうとする。そこにいた金髪の癖っ毛に、ショウは珍しく年相応の柔らかい笑みを見せた。

 

「ショウか! お前もじいさんに呼ばれて来たのか? オレは待ってる間暇だったからさ、ほら! マインバッジ! 貰ってきたぜ!」

「いいね。……ジュン、バトルしよう」

「! お前から言ってくるなんて珍しいじゃん? 望むところだぜッ!」

 

 二人は街のバトルコートに移動すると、それぞれボールを構えた。

 

「博士を待たせてるから、二匹まで。それでどう?」

「ま、あのじいさん怒らせると怖そうだからな……いいぜ!」

 

 それぞれボールから放ったポケモンは、ビッパとムクホーク。ショウは癖でバッグに手を伸ばしそうになる。飛んでいるムクホークにボールをぶつけるのはショウの得意技だった。

 

「ムクホーク! インファイト!」

早業(はやわざ)、ステルスロック」

 

 インファイト。格闘タイプの大技だ。威力は高いが至近距離まで接近するため手痛い反撃をもらいやすい技でもある。それをいきなり、というのはいかにもジュンらしい。

 それを読んでいたショウはビッパにステルスロックを指示。クロガネジムのヒョウタからもらったこの技は、周囲に見えない尖った岩を設置する技だ。待ち伏せ用、現代ではそう認識されている。

 だが。ヒスイにおけるこの技は、今よりずっと攻撃的であった。

 

「ムクホーク!?」

早業(はやわざ)、いあいぎり」

「ッ! ふきとばしだ、ムクホーク!」

 

 見えない岩に突っ込む形となったムクホークは、さらに周囲に浮かんでいたステルスロックによる襲撃を受けた。さらに迫るビッパ、ジュンはふきとばしで岩もろとも退けるよう指示。

 命中を優先した早業であったためいあいぎりはムクホークの胴をしかと打った。そして、ビッパはすでに体勢を整えている。

 

力業(ちからわざ)、ステルスロック」

 

 早業の恐ろしいところはここにある。相手が一つ動く間に、こちらは二つも三つも動く。

 ビッパが得た行動のアドバンテージは力業のステルスロック一回分。この立ち合いを決定付けるには十分だった。

 

「ムクホーク、もう一回吹き飛ばせ!」

「ホークッ!」

 

 ムクホークはその力強い羽の動きで風を巻き起こす。踏ん張っていなければ吹き飛んでしまいそうな暴風の中、力を込められたステルスロックはまっすぐムクホークへと向かった。

 尖った岩の切先がムクホークを捉えた。数秒もがくように飛んだ後、ムクホークは地面に力なく落ちた。

 

「くっ……! まだまだ、勝負はこれから!」

 

 続いてジュンが繰り出したのは、ドダイトス。背中に木の生えた亀のポケモンは、船の汽笛を思わせる重低音の咆哮を響かせた。

 

(高火力高耐久、ビッパだと有効打はあんまりないけど)

 

 ビッパは目の前に現れた自身の数倍はある体躯を、それでも睨みつけていた。ショウは笑い、指示を出した。

 

「行こう、ビッパ。ステルスロック」

「構うもんか! ドダイトス、かいりき!」

 

 ドダイトスは尖った岩をものともせずビッパに吶喊(とっかん)する。ステルスロックを生み出していたビッパはその隙を突かれ被弾、小さな体が宙を舞う。

 

 ショウがもっとも警戒していたのは『じしん』だ。ただ攻撃を当てに行こうとすれば、何もできず倒れるだけの可能性があった。そのため、被弾するリスクを負ってでも文字通り布石を置いておこうとした。

 

 結果としてたったこれだけの交錯で、ビッパは大きなダメージを負った。だが、それでも。ビッパの闘志は未だ消えず。空中で体勢を整え、ショウの声に耳を澄ませた。

 

「ビッパ、力業(ちからわざ)──ずつき!」

 

 ステルスロックを足場に、ビッパは跳んだ。浮かんでいた分の岩をドダイトスの顔目掛けて飛ばし、目眩し。その無防備な頭に、渾身のずつきを喰らわせた。

 そのまま追撃を、とビッパが足に力を込めようとしたとき、ビッパは自身へと向かうはっぱカッターに気がついた。

 命中。倒れたビッパをボールにしまい、よくやった、とショウは声をかけた。

 

「やるな、そのビッパ! だけどさ、こんなピンチ、何度も跳ね返して来たんだぜッ!」

「そうだね。ジュンなら、そうしてきたと思う。……ギャラドス」

 

 赤いギャラドスの咆哮がミオに響き渡る。何事か、と街行く人々の目が向けられ、それを惹きつけて離さない。ギャラドスはその長い体をぐるりと回し、ドダイトスを威嚇していた。

 

「はっぱカッター!」

「たつまき」

 

 先のムクホークとビッパの戦いはジュンの脳裏に未だ焼き付いていた。それゆえに接近を選べず、遠距離攻撃のはっぱカッターを選択。

 ショウとしてはどちらでも良かった。ビッパに見せたはっぱカッターではギャラドスのたつまきは超えられず、同じように吶喊してきたとしても飛べるギャラドスならば躱すくらい造作もない。

 たつまきに巻き込まれた鋭い葉はむしろドダイトスを傷つけた。ジュンは失策を悟り、焦って上擦った声を出した。

 

「ドダイトス! 近づいてウッドハンマーだ!」

力業(ちからわざ)──アクアテール!」

 

 ドダイトスの膂力から繰り出される、丸太のようなハンマー。それをギャラドスは真正面から打ち返した。

 威嚇の入った、しかも焦って打ったウッドハンマーには威力が乗り切っていない。その程度の一撃を、ショウのギャラドスが返せないわけもない。

 

早業(はやわざ)、こおりのキバ」

 

 効果抜群。二人の勝負はここに、決着を迎えた。

 

「なんだってんだよーッ!? オレ、また負けちまったよーッ!」

「ジュン」

「なんだよ! 相変わらずオレより少しだけ強いみたいだけど、次は負けないからな!」

「良かった」

「……へ?」

 

 まず最初のインファイトが良かった、とショウは目をきらめかせて語る。ジュンは珍しく困惑したような顔で、また珍しく話に耳を傾けていた。

 

「インファイトって……でもよ、当たんなかったし、あれのせいでムクホークにダメージも喰らわせちゃったし」

「私がインファイトを読めたのはジュンのことをよく知ってるから。でもムクホークの速さでいきなり奇襲されて、ちゃんと指示できるトレーナーは少ないと思う。だからインファイト自体は選択肢として悪くない。どちらかといえばその後、外れたときのことを考えておかなきゃいけなかった。やっぱりジュンのことを知ってる人とか、この間会ったシロナさんみたいな強い人とかは返してくると思う。外れたときはどうするかをポケモンとも共有しておいた方が良い」

 

「……おまえ、そんなに喋るやつだったっけ?」

 

「でもその後の吹き飛ばしは良かった。咄嗟の判断だったとは思うけど、ビッパみたいな軽いポケモンは飛ばせるし、見えない岩でも関係ない。ドダイトスならステルスロックは関係ない、と分かっていたのも良い。それとギャラドスに打ったはっぱカッターだけど、ドダイトスの体力がビッパに減らされていたこととか、最初のインファイトで手痛いダメージをもらったことも頭にあったのかもしれない。それで様子見のはっぱカッターにしたのは素晴らしいと思う。でもギャラドスはたつまきを覚えるから、はっぱカッターが必ずしも安全とは限らない。相手のポケモンについて知るのが大事」

 

 長い。こう思った方も大勢いると思われる。ショウが先のバトルに興奮していることはお分かりいただけただろうか。

 つまり、結論はこうである。

 

「ジュンも図鑑を書こう」

「ず、図鑑?」

「会ったポケモンを調べ尽くして、技も二十五回くらいは観察して、どのタイプの技が効くのか、どんなときにどんな行動を取るのか、全部まとめよう。こんな感じ」

 

 ショウはシンオウでの研究ノートをジュンに見せた。捕獲できる数に限りがあるため調べられる範囲だけではあるが、手持ちなどについてはヒスイのそれと遜色ない出来栄えだ。

 

「へえ……これさ、おまえが?」

「そう。白紙のノートは何冊か持ってるから、あげるね」

「サンキュな。へへ……よしッ、じゃあ、もっかいバトルだ!」

「望むところ。次は今見せなかったポケモンを見せてあげる」

「良いぜ! オレもまだポケモンいるからさ、組み合わせも変えて──」

「おまえたち」

 

 ショウとジュンは同時に振り返った。そこにいたのは、明らかな怒気を纏った白デンボク──ナナカマド博士であった。

 

「図書館に来るように、と伝えたつもりだったが……こんなところで何をしている?」

「バトルだけど」

「バトルだけど、ではないッ! 行くぞッ!」

 

 ナナカマドに連れられ、二人は一路ミオ図書館へ向かった。

 

 

 ショウ、ジュン、コウキ。久々に顔を合わせた三人は、最初のときと同じように三つのモンスターボールを前にしていた。

 

「ウム……ようやく揃ったな」

 

 眉間を押さえつつナナカマドは言う。

 

「お前たちはすっかり忘れているかもしれんが、私はポケモンの進化について研究している」

 

 進化するポケモン、しないポケモン。その違いは何か。進化するポケモンは未熟だから進化するのか? であれば進化しないとされる伝説のポケモンは生き物としての完成形か?

 ナナカマドは続ける。

 

「そこで、お前たちに幻のポケモンの調査を頼もうと思っていたのだが……事情が変わってな」

「なんだよじーさん! そんな面白そうなこと言っておいて、調査に行かせねーつもりか!?」

「そうは言っておらん。むしろ、調査と並行して調べてほしいことができた」

 

 ナナカマドの視線が机の上に向く。釣られて三人もそれを見た。ショップで二〇〇円で売っていそうなただのモンスターボールが三つ。

 

「そこに入っているのは、ここ数日で突然シンオウ地方で姿が確認され始めたポケモン! 研究者仲間から送られてきてな、どうにも、ヒスイ……シンオウ地方がヒスイ地方と呼ばれていたころに見られたポケモンではないかと言われておる」

「ヒスイ?」

 聞き覚えのありすぎる単語に、ショウは思わず繰り返す。

「ウム! 開拓時代、今からもうずいぶんと昔の話だ。ジョウトからこの地へと入植を果たしたデンボクという男が──」

「じーさん! そういうの良いから! オレもう待ちきれねーよ!」

「…………まあ、よい」

 

 ナナカマドが話し始めてずっと挙動不審にしていたジュンは、このまま長い歴史の話が始まるかと思うと居ても立っても居られず声を上げた。不服げに口を閉じたナナカマドは、モンスターボールを指して言う。

 

「このボールに入っているのは、バスラオ、ワシボン、オドシシ! バスラオ、ワシボンについてはシンオウでは未確認。オドシシに関しては数が少ないながら見られていたポケモンではあるが、見たことのない技を覚えておる。それらがどうにも、ヒスイ図鑑に記述があるもののようでな」

「ヒスイ図鑑……シンオウのポケモン研究の草分けとも言われる、ヒスイの時代に書かれた図鑑ですね」

 

 コウキが神妙に頷く。その横では、ショウが何かを考えるように顎に手をやっていた。

 

「博士。バスラオのすじは白かった?」

「そうだが……なぜ、それを?」

「上顎と下顎では上顎の方が出ていて、背鰭は二基でどっちとも棘。胸鰭と臀鰭は軟らかい?」

「……ウム。そのような形質を持っていたはずだ。既存のバスラオとは違う形質なのは間違いない。便宜上バスラオと呼んではいるが、別種の可能性も高いと考えておる」

「そっか」

 

 ナナカマドの目には困惑が見えた。長年シンオウのポケモンを調査していた自身ですら初めて観測したポケモンの性質を、まるで見てきたように言い当てた少女に。

 そんな周囲の様子を気にも留めず、ショウは黙考する。時代の違うポケモンが現れる。その現象には心当たりがあった。

 

(時空の歪みが、開いている?)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。