E組からA組へ   作:蛍雪

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転級の時間

 天から啓示を受けた。

 

 何の因果か、月が7割方消失し、二度と満月を拝むことができなくなった日に。

 

『椚ヶ丘中学校3年E組に所属せよ』

 

 やけに具体的な啓示だ。今までは、白き刃も紅を知る――この日は犬に噛まれかけたや、見えぬ先ほど足を止めよ――この日は曲がり角で走ってくる人とぶつかりそうになった、などの抽象的かつさまざまな解釈ができるものだったから。

 

 そんなことよりE組へ行け? 何の冗談だろうか。

 

 E組、正式名称椚ヶ丘中学校特別教科クラスはさまざまな制約が課せられている。不便な山奥の校舎へと隔離され全てのクラスより優先順位が下がり教師や他の生徒より侮蔑の視線を受けることとなる。何より、学食がない。

 

 だがE組へ行くことは至極簡単だ。成績不良や校則違反、暴力行為のいずれか満たせばE組へ行くことができる。いや、行かなければならない。

 

 今、A組に在籍している僕からすればE組に行くことは何のメリットもないが啓示が間違っていたことはない。腹に満ちるは糧かそれとも禍かという啓示を無視し夜中におなかの調子を崩したことがある。しばらくの間、焼き肉が食べられなくなってしまったのを今でも覚えている。あれは本当に辛かった。

 

 春休みを満喫しながら過ごし終わり始業式の最中、あることに気づいた。

 

 最近、啓示を受けていない。

 

 啓示は不定期だが1週間に1度は受けることができる。内容と頻度はバラバラだが啓示を受けられるようになってから間隔が1週間空いた日は1度もない。極めつけに始業式が終わった後の小テスト。最後の4択で外してしまった。普段だったら何かしらの啓示を受けていたはずなのに、おかしい。啓示の力がなくなってしまったのだろうか。一般的な人間は得ることができない啓示だが失うとどうしても惜しい。失った力を遺憾に思いながら眠りに就いた。その1週間後、僕は飛び起きることとなる。

 

『椚ヶ丘中学校3年E組に所属せよ』

 

 7時のアラームが鳴る10分前。僕は啓示に起こされたのだ。ここまで強制的に目覚めさせられたのは初めてである。よほど僕をE組へ行かせたいらしい。ならばいいだろう。行くか、E組へ。手早く着替え、いつもより早く朝食を済ませ、鞄の中身を確認する。怜司さんが開けてくれたドアから車に乗りこめば真っ直ぐ学校へ向かう。

 

 左手の時計で時刻を確認すると今は7:15。半には学校へ着き理事長と話をすることができれば今日にでも僕はE組行きだ。

 

 E組行きになる方法を考えながら校舎へ到着する。正門は開いていないようだが問題ない。守衛に学生証を見せればすぐに通してくれる。A組とは全てにおいて優先されるのだ。この優先権も今日、いや数時間後には終わりだ。明かりも付いていない校舎を悠々と歩き、理事長室へ足を運ぶ。短く息を吐き、ノックをする。

 

 コンコンコン。シンとした廊下に上質な木の扉の音が響く。

 

「3年A組、天音啓です。お話があって参りました」

「入りなさい」

 

 案の定、理事長はいた。重厚な扉を開き、そっと閉める。

 

「朝早くから登校だなんて素晴らしいね、些か早すぎるようだけど、お話とやらに関係があるのかな」

 

 相変わらずこの人は主導権を握らせないように口火を切り、皮肉を混ぜてくる。気に留めるそぶりを見せず少し微笑みながら返答する。

 

「はい。僕のE組への転級を認めていただきたいです」

「……随分急な提案だね。だが、君は全国でもトップクラスの成績に教師からの評判も良い。落とす理由が見つからないね」

「では今から理事長に対し暴力を振るいます。そうすればE組ですよね、理事長」

 

 そう言うと少し驚いたそぶりを見せ、椅子からゆっくり立ち上がり机の前に立った。

 

「おいで、屈辱を味あわせてあげよう」

 

 こくり、と頷き理事長に1歩近づく。右の大振りを顔に向けて1発。しかし呆気なく躱され理事長の足が腹に減り込み扉まで吹き飛ばされ、腰を強く打ちつける。痛い。途轍もなく痛い。武道は嗜む程度と聞いていたがここまで強いとは予想していなかった。

 

「もう終わりかな? 天音君。すぐに教室に戻りなさい、A組のね」

 

 しかし、僕は負けていない。左手に掴んだ金属の冷たい感触が僕に勝ったことを教えてくれた。どう考えても勝負が付いたのに返答がない僕を見て不審に感じているのだろう。

 

「理事長、これを見てください」

 

 見せつけるようにゆっくりと左手を開く。それを見た瞬間、理事長の作られた笑みが剥がれ落ちた。そう、僕は暴力行為でE組へ行くのではない。理事長を脅してE組へ行くのだ。この理事長に対して拳のみで肩をつけようとするほど僕は愚かではない。登校中に考えた策が見事に嵌った瞬間であった。ついでに理事長の偽りの顔が暴かれた瞬間も見られたので素直に嬉しい。

 

 未だ僕の左手にある金属の物体、即ち理事長がいつも身につけているネクタイピン、が理事長にとって大切でないわけがないのだ。いくら理事長が武道に長けていたとしても僕の手の中にある以上、迂闊に手は出せない。それを理事長も理解しているのだから今、僕に分があるのだ。ゆったりとした沈黙が流れたのち、理事長は席へ戻り引き出しから紙を取り出し書き始める。

 

「いいだろう、この紙と交換だ」

 

 差し出されたのは転級通知、しかも指導部からのものではなく理事長から。逆らう意思がないことを態度で示しつつ机へ歩み寄る。コト、と僅かな音をたてピンを返却した。紙を受け取り内容を一読しサインを確認する。よし、問題なさそうだ。

 

「無礼な真似をして申し訳ありませんでした」

 

 と一言残してから理事長室を立ち去る。返答はなかったが問題ない。僕はこの紙を手に入れたのだ。教室に置いてあった所持品を回収し、痛む腹を抑えつつ。授業開始までは時間があるので遅れることなく辿り着きそうだ。

 

 旧校舎に着いて改めて本校舎との格差に驚く。山の上なので空気は澄んでいるが雰囲気はどことなく重たい。とりあえず靴を下駄箱の1番下へしまい本校舎から持ってきた上履きに履き替えた。僕の姿を見てざわつくE組の教室を通り過ぎ、教員室へ向かう。3回ノックをするとすぐにどうぞ、と声がかかったので遠慮なく入室する。教員室には教師が1人しかいなかった。まさか全教科この人が教えているのだろうか。許可したはずの教師も僕が見かけない顔だったのか少し驚いている。

 

「おはようございます、今日からE組に在籍することとなった天音啓です。よろしくお願いします」

「ああ、俺は防衛省の烏間という者だ。」

 

 E組への転級通知を手渡すと烏間さんは少し話さなければならないことがある、と言う。恐らく、何故防衛省の方がここにいるのかということだろう。

 

「まず、ここからの話は国家機密だ。君には任務を依頼したい。具体的には……」

 

 まとめるとこうだ。

 1, E組の担任は月を破壊した超生物である。

 2,その超生物は来年の3月に地球を破壊する。

 3,それを阻止するために世界中が超生物を殺そうと研究をしている。

 4,E組の生徒達にも協力してもらい生存率を少しでも上げたい。

 

 にわかには信じがたいがここまでの嘘をつく理由もない。これが啓示のことで間違いないだろう。その超生物と関わること、もしくは依頼を達成することが僕にとって良いことが起こるのだ。非日常的なことだが不思議と心にスッと入ってくるのを感じる。

 

 僕は烏間さんの後に続き教室へ足を運んだ。教室のドアを開けた烏間さんの後について教室へ入ろうとした瞬間――ドンッと爆風が襲い、視界が真っ白になる。熱と衝撃で反射的に目を閉じたが、次に目を開けたとき目の前には……黄色い怪物がいた。

 

「初めまして、転入生さんですね。私はE組の担任です。どうぞよろしく」

 

 そう言うとそいつは触手のようなものを突き出してくる。握手を求めているのだろう。超生物、と呼ばれていたし名前も未だないのだろう。どこの猫だ、そう思い手を差し伸ばそうとするとナイフのようなものが手の前を横切った。

 

「天音君、こいつがその超生物だ。君にも是非、暗殺に協力してもらいたい」

 

 そう言いながら烏間さんは先生に対してナイフを振るっている、しかし避けられるどころか櫛で髪の手入れをされている。気がつくと先生は紙を所持しており此方に話しかけてくる。

 

「今日から転入してきた天音君ですね。殺すことに成功すると100億円貰えるので励んでくださいね」

 

 ドアの前で立ち往生していた僕が教室へ入ると案の定集まる視線。

 

「今日からE組に転級してきた天音君です、皆で仲良く暗殺しましょう!」

「初めまして、天音啓です。1年間よろしくお願いします」

 

 一礼すると戸惑いの声が聞こえてくる。自分で言うのもなんだが成績は優秀な部類に入るので何故落ちてきたのか、そして何故このタイミングなのか、疑問を抱くのも仕方がない。

 

「お前なんで落ちてきたんだ!?」

 

 坊主頭の威勢のいい人から質問が飛んでくる。

 

「少し問題を起こしてね、理事長から転級通知を受け取ることになったんだよ」

 

 と言うとクラス全員から引かれたのを感じる。あれをどう説明すればいいのか、理事長側が周りに言っていることと食い違ってはいけないので事実を曖昧に答えるしかない。ましてや正直にE組に行きたくて、とは言えない。

 

 他に問題はないようなので軽い足取りで空いている後ろの席へ向かい座る。見慣れない景色だがこれが当たり前になっていくのだろう。座った僕を確認したところで例の怪物が出席簿を教卓に置く。

 

「HRを始めます。日直の人は号令を!」

 

 どことなく緊張感が漂う教室に不思議に思う。

 

「……き、起立!! 気をつけ!!」

 

 水色の髪のクラスメイトが発言したかと思うと皆、一斉にモデルガンを標的(ターゲット)に向けて構える。なるほど、朝礼の時間を有効活用しているのか。

 

「……れーーい!!!!」

 

 パパパパパパという軽快な音と共にBB弾のような色つきの弾が教室を飛び回る。

 

「おはようございます、発砲したままで結構ですので出欠を取ります。天音君、これを使ってください」

 

 僕も何かしら探そうとすると教師自ら僕に手渡しをしてくる。暗殺対象(ターゲット)自ら得物を差し出すなんて舐められたものだ。しかし教室を縦横無尽に飛び回りながら点呼を取る怪物は弾の雨をニヤニヤしながら避けている。

 

「天音君」

「はい」

 

 発砲音に消されないようにおなかの底から返事をする。勿論、照準を怪物に合わせながら。27人の出欠を取り終わると教師は満足そうに言う。

 

 「遅刻無し、と素晴らしい! 先生とても嬉しいです」

 

 もっと工夫をして暗殺に臨まなくては任務を達成することはできないだろう。1人思案していると茶髪の人が声を上げる。

 

「本当に全部よけてんのかよ先生! 当たってんのにガマンしてるだけじゃねーの!?」

 

 確かにこれはただのBB弾にしか見えず教師相手に対抗できるのかは怪しい。最も当たっても害がない弾を防衛省が撃たせるとは思わないが。クラスからのブーイングを受けて教師は徐に生徒の1人からモデルガンを借り、自らの触手に当てた。

 

 ドブチュッ  ビチビチビチビチッ

 

 触手が豆腐の崩れるように破壊され、床に落ち生々しい音を立てた。すぐに触手を復活させ、顔を緑と黄色の縞模様にしながら教師は言う。

 

「殺せるといいですねぇ、卒業までに」

 

 こうして、僕の暗殺教室は始まった。

 

 授業内容は本校舎に比べると簡単だが授業形態が興味深い。触手を自由自在に変化させ授業に飽きがこないようになっている。一方で授業中の暗殺行為は勉強の妨げになる為禁止されているようだ。授業を行い、学力を上げることがこの怪物にとって何かメリットがあるのだろうか。

 

 昼休み、四川省へ麻婆豆腐を食べに行った教師を見送り、鞄から携帯食料を取り出し、口に含む。このクラスは暗殺していない時、諦めの雰囲気を感じ取ることがある。椚ヶ丘の進学校が生んだ闇、通称エンドのE組。主に成績不良で本校舎から隔離された彼らは鬱々とした空気に包まれている。

 

 事件は5限目に起きた。

 昼下がりの短歌の授業。「触手なりけり」で締めるという課題の最中。水色の髪のクラスメイトが紙の後ろに短刀を忍ばせ教師の方へ向かう。

 初手を簡単に止められ、打つて無しと思われたが、ふわりと身体を教師の方へ寄せる。

 

 バアアーン!

 

 という豪快な音と共に対先生特殊BB弾が教室を飛び回る。凄まじい攻撃だが仕掛けた本人は生身のはず、大丈夫だろうか。首謀者らしき3人が暗殺の成功を喜んでいるが物事はそう上手くいかないだろう。煙が晴れると実行者の姿が見える。透明の膜のような物に覆われていて無傷のようだ。そして膜を辿ると天井に張り付く怪物の姿が。

 

「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。月イチで使える奥の手です」

 

 そう言う教師は顔が真っ黒に染まり、ビキビキと血管のようなものを浮かび上がらせていた。ぱっと教師は姿を消したかと思うと、大量の何かを抱えて戻ってきた。ゴトゴトと音を立てて落ちる表札。まさかクラス全員分取ってきたのか。

 

「政府との契約ですから君達に決して危害は加えないが次また今の方法で暗殺に来たら君達以外には何をするかわかりませんよ。家族や友人……いや君達以外を地球ごと消しますかねぇ」

 

 確かにこの怪物にはそれをするだけの力がある。これでクラス全員悟ったことだろう。この教師を殺す他ない、と。首謀者達に注意し、クラスの方に向き直った教師は言う。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員それはができる力を秘めた有能な暗殺者(アサシン)だ。暗殺対象(ターゲット)である先生からのアドバイスです」

 

 緑の髪のクラスメイトにより教師は「殺せんせー」と名付けられ、授業は終わった。

 

 それから1週間過ぎ、クラスメイトの苗字がわかるようになった日の体育。防衛省の烏間さんが副担任として体育を見てくれることとなった。対先生ナイフを構え、掛け声に合わせて8方向からナイフを振り下ろす。やはり体育は人間の教師に教わった方が良い。反復横跳びでいきなり視覚分身をする教師など世界中を探してもここにしかいないだろう。

 

 授業が終わり、教室へ戻ろうとすると見知らぬ人影を見つけた。今日から停学明けした赤羽業というらしい。殺せんせーへゆっくりと歩み寄り、握手を交わしたと思った瞬間、触手が溶けた。

 

「本トに効くんだ、対先生(この)ナイフ。殺せないから『殺せんせー』って聞いたけど、せんせーひょっとしてチョロいひと?」

 

 煽られた殺せんせーの顔に血管のようなものがピキピキと浮かぶ。初めて触手を壊すことができた生徒の登場にクラス一同、驚きを隠せない。潮田君によれば暴力行為によりE組に落とされたようだ。少し自分に近しいものを感じる。

 

 赤羽君は空いている窓側の席ではなく僕と寺坂君の間の席に座った。毎週恒例の小テストを提出し終わり、荷物をまとめていると声を掛けられる。

 

「ねえ君ってさぁ、あの天音君だよね? 成績優秀だし寺坂みたいな不良でもないのになんでE組にいるの?」

 

 思えばこのクラスに来て、クラスメイトから声を掛けられたのは初めてだ。流れるように寺坂君を煽っているのも面白い。

 

「確かに僕は天音啓だよ。E組に来たのは個人的に理事長を怒らせてしまったからかな」

 「あの理事長に楯突くなんて面白いねー、あと俺のことはカルマでいいから、よろしくね優等生君」

「こちらこそよろしく、カルマ君。じゃあまた明日」

 

 軽く微笑んで教室を後にする。カルマ君が持ってたジェラート美味しそうだったな。

 

 それからカルマ君の単独暗殺は続いた。

 数学の授業中に銃で撃とうとしたり技術家庭の時間にスープを盾にしてナイフで攻撃したり。だが放課後の身投げとも取れる暗殺の失敗により心を改めたらしく次の日、隣の席に座った彼はどこか爽やかだった。




読んでくださりありがとうございました。
暗殺教室アニメ放送10周年ということとヒロアカロスを引き摺っていたところから2つの作品をクロスオーバーさせようと筆をとりました。楽しんでいただけたら幸いです。
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