E組からA組へ   作:蛍雪

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転校生の時間

 修学旅行の疲れがまだ残る旅行明けの日。教室に入ると、片隅に黒い箱が置かれていた。烏間先生の紹介により彼女がノルウェーから来た自立思考固定砲台、という転校生であることがわかる。まさか機械を転校生として迎えることになるとは。

 

 1時間目の授業が始まって間もなく、黒い箱から突如として6門の銃が飛び出した。驚く間もなく、教室中を弾丸が飛び交う。最初の攻撃は特に問題なく避けていたが2回目、彼女は先生の触手に弾を当てた。どうやら彼女はAIを搭載しているらしく殺せんせーの回避行動を学習し次の攻撃に反映しているらしい。次第に弾幕は加速し、もはや授業どころではなくなってしまった。

 

 それから2時間目、3時間目と機械仕掛けの転校生の暗殺は止まることを知らず、結局1日中授業を行うことはできなかった。

 

 次の日、寺坂君によって機械はガムテープでぐるぐる巻きにされ、発砲できなくなった。ようやく皆は集中して授業に取り組めるようになった。

 

 さらにその翌日。ガムテープが解かれ、さらに体積が大きくなった機械は液晶画面が広がり、生徒に親しみやすいように表情も増え、積極的に会話するようになっていた。授業中に答えをこっそり教えたり、特殊な技術で驚かせたりと、あっという間に転校生はクラスに馴染んで行った。なんなら僕よりクラスに溶け込んでいる。

 

 そしてまた次の日。片岡さんによって律、と名付けられた転校生は元の開発者の意向により退行(ダウングレード)していた。授業が開始し、律が起動した途端、弾が当たらないように一斉に教科書などで頭をガードする。発砲音がなく左を向くと、彼女は銃ではなく花を造形していた。どうやら初期化される前に、彼女自身が関連ソフトを隅に隠していたらしい。開発者の意向に背いた彼女の意思が、明確に示された瞬間だった。

 

 こうしてE組は新たな仲間を迎えた。

 

 

 

 無事、律がE組の生徒となった放課後。帰り支度をしていると、目の前に影が落ちる。座ったまま見上げると、修学旅行で同じ班だった奥田さんがいた。

 

「天音君、この後空いてる? 暗殺に使う薬品のことで相談があって」

 

「もちろん、僕に手伝えることならいくらでも」

 

 階段を登りながら理科室へ向かう。E組には簡易な実験器具しかないが暗殺目的であれば費用が下りるため、薬品には困らない。

 

「このノートに書いてあるのは全部作ったから、今日は王水を作ってみたいんだ」

 

 奥田さんが差し出したノートをには、強酸などの薬品とその効果が詳細に記されている。中学の教科書レベルは全て網羅してあり彼女の真面目さが窺える。王水は高校レベルの知識で作るとなると大学レベルだ。しかも先ほど受けた啓示――黄金を溶かし命をも溶かす、も気に掛かる。心して実験に取り掛からなくては。

 

「奥田さん、塩酸と硝酸はどちらを先に入れるべきだと思う?」

「うーん、どちらも強酸だしどちらでもいい、が答えかな?」

「正解は塩酸が先、だよ。塩酸は比較的安定した酸だから混合時の反応が比較的穏やかなんだ。でも硝酸は揮発性が高く不安定だから先に入れるのは危険なんだ」

「えっ!? そうなの? あ、危なかったぁ。天音君を誘っていなかったら事故になってたよ」

 

 ほっとする奥田さんを横目に理科室の窓を開ける。硝酸は有害な窒素化合物が生成しやすく危険なのだ。塩酸と硝酸をメスシリンダーで測り取り、空のビーカーを用意して準備完了だ。奥田さんが慎重に塩酸を入れ、ゆっくりと硝酸を入れるのを見守る。こうして王水が完成した。

 

 僕自身、王水を見るのは初めてで、硝酸の揮発性に警戒しつつも好奇心が抑えられない。せっかくだし匂いや色を観察したい。奥田さんも興味津々、手で空気と混ぜて匂いを嗅ごうとした瞬間――。

 

 突風が吹いた。

 

 思わず眼を瞑る。

 

 「あっ」

 

 奥田さんのか細い声と、パリンッという軽快な音が聞こえた。眼を開けるとビーカーが割れ、机の上と床にビーカーの破片が散らばっている。さらに液体が奥田さんの白衣に飛び散っている。

 

「白衣を脱いで! 早く!」

 

 思わず声を荒げる。実験中なので白衣は着ているが王水は極めて強い酸だ。厚手の白衣であっても数十秒もすればボロボロになってしまう。真っ青な顔で奥田さんが白衣を脱ぎ捨てる。彼女の腕周辺を見ても王水が制服に到達している様子はない。肌を確認しても異常はない。

 

 はぁっと安堵のため息を吐くが未だに耳の奥で心臓が激しく鼓動しているのがわかる。それは彼女も同じようで力が抜けたように座り込んでいた。

 

「制服には到達してないようだけど肌にも触れてないよね?」

「う、うん。白衣、着ててよかった。天音君、ほんとに、ありがとう」

 

 まだ少し混乱しているようで呼吸が荒い奥田さんの背中をさする。良かった。最悪の事態は免れた。次第に奥田さんの呼吸が整っていく。

 

 しばらくの沈黙の後、奥田さんがゆっくりと立ち上がった。震える手で白衣を拾い上げ、端の方をそっとつまんで持ち上げる。すでに数カ所がボロボロになり、酸の威力をまざまざと見せつけていた。彼女は恐れと好奇心が混じった声で言う。

 

「……すごいね。ほんの少し触れただけで、こんなに……」

 

「うん、でも危険だから、次からはもっと慎重にやろう」

 

 奥田さんはこくりと頷いた。

 

「これから、もっと勉強して安全に使えるようにする」

 

 そう言って笑う彼女に、僕もつられて微笑む。彼女ならきっと、危険と向き合いながら、正しく薬品を扱えるようになるだろう。

 

「じゃあ、今日はここまでにしようか。片付けて帰ろう」

 

「うん!」

 

 こうして、僕たちは慎重に後片付けをしながら、今日の出来事を教訓に刻み込んだのだった。

 

 

 梅雨が訪れ、暗殺期限が残り9ヶ月となった頃。いつも通り怜司さんの運転する車で帰宅途中、前原君が他クラスの男子生徒数人に蹴られているところを目撃した。すぐさま車を止めてもらう。傘とタオルを受け取り、そちらに眼を向けると理事長が何やら声をかけていた。すぐさま杉野君達が駆け寄っている。僕もそれに追いつき、タオルを渡す。

 

「前原君、これを使って」

 

「ありがとな、天音」

 

 少し照れながら礼を言う彼は他クラスの女子にE組であるということで罵られ暴力を振るわれたらしい。その話を聞くうちに、胸の奥に何とも言えない怒りが湧いてきた。

 

「なんかさ、悲しいし……(こえ)えよ。ヒトって皆んなああなのかな。相手が弱いと見たら逆ギレと正当化のオンパレード。醜いとこ恥ずかし気なく撒き散らしてさ」

 

 そんなことないよ、と口を開きかけたが言葉にはしない。元A組である僕に、E組だからと差別を受けていない僕に、彼へかける言葉など見つからなかった。

 

 ふと目線をやると、そこには水分を吸って顔が巨大化した殺せんせーがニヤリと笑って言う。

 

「仕返しです。理不尽な屈辱を受けたのです。君達には力がある。屈辱には屈辱を。彼女達をとびっきり恥ずかしい目に遭わせましょう」

 

 一体この教師は何を企んでいるのだろう。しかし。不思議と僕らは気分が高揚していた。

 

 数十分後、僕らはとある民家にいた。まず、変装した潮田君と茅野さんがターゲットのいるカフェに入店し隣の席に座る。そして奥田さんが調合した強力なBB弾型下剤を2人が気を逸らした瞬間に千葉君と速水さんがカップに混入する。焦ったターゲットはカフェのトイレへ駆け込むが、茅野さんが使用中で使うことができない。民家に借りるという発想がない2人はコンビニへ駆け足で向かうがそこでも罠が待っていた。ナイフ術の上位成績者達がタイミングよく民家の樹を間伐し2人をズブ濡れにする。それにより汚れた姿を晒し大慌てでトイレに駆け込むこととなり屈辱を味わうことになった。

 

 仕返しが無事終了し、殺せんせーが前原君に問いかける。

 

「どうですか前原君? まだ自分が、弱い者を平気でいじめる人間だと思いますか?」

 

「……いや、今の皆を見たらそんな事できないや。一見、おまえら強そうに見えないけどさ、皆どこかに頼れる武器を隠し持ってる。そこには俺が持ってない武器もたくさんあって……」

 

「そういう事です。強い弱いはひと目見ただけじゃ計れない。それをE組で暗殺を通して学んだ君は、この先弱者を簡単にさげすむ事は無いでしょう」

 

 うん、と元気よく肯定した前原君はこれから他校の女の子とご飯に行くらしく、残された僕らはただただ見送るしかなかった。

 

 

 烏間先生の教える体育の時間。

 木の棒の上に立ち、目の前のボールをナイフで狙っていたがE組皆んなはお世辞にも集中できているとは言えない状況だった。好奇心を抑えられず倉橋さんが烏間先生に尋ねる。

 

「先生、あれ……」

「気にするな、続けてくれ」

 

 とは言われても気になるものは気になる。木の影に隠れきれていないイリーナ先生と見知らぬ男性が対先生用ナイフを構えて烏間先生を狙っているのだから。

 

 気もそぞろなまま終わった体育の授業終わりに烏間先生は事情を説明してくれた。どうやらイリーナ先生の師匠とイリーナ先生で烏間先生の模擬暗殺で勝負をつけようとしているらしい。号令により休み時間に入ると早速イリーナ先生が水筒を持って近づいてくる。

 

「カラスマ先生〜。おつかれさまでしたぁ〜、ハイ冷たい飲み物!」

 

 普段とは違う声と態度に誰もが何かが飲み物に入っていると一瞬にして悟る。即座に烏間先生が断ると諦めきれないイリーナ先生は転んだふりをして背負ってもらおうとしている。これ以上は見ていられない。

 

「イリーナ先生、作戦変えてみたら?」

 

 磯貝君と共に彼女を起こしながら提案してみる。

 

「さすがにそれじゃ俺らだって騙せねーよ」

「仕方ないでしょ! 顔見知りに色仕掛けとかどうやったって不自然になるわ!」

 

 三村君も苦言を呈するがイリーナ先生は開き直っている。だが彼女も立派な暗殺者。この教室に来てただ英語を教えていたわけではない。

 

 昼休み、ホットドッグを食べながらカルマ君が言う。

 

「見てみ、天音君。あそこ」

 

 視線の先には木の下で昼ごはんを食べる烏間先生の姿が。そしてそれに近づく対先生用ナイフを持ったイリーナ先生。

 羽織っていたものを脱ぎ、木の後ろへ回り服の中に仕込んだワイヤーで烏間先生の足を絡め取り体勢を崩す。そのまま馬乗りになり、一直線にナイフを振り下ろす。

 

 決まったかと思われたが、さすが烏間先生。寸でのところでイリーナ先生の両手を受け止める。力勝負ではイリーナ先生に分はない。しかし彼女の思いの強さに根負けしたようでイリーナ先生はナイフを当てることに成功した。

 

「当たった!」

「すげぇ!」

 

 盛り上がる教室と残留決定に安堵しているイリーナ先生。ロヴロさんにも認められたようで僕らもどこか誇らしい。

 

 梅雨真っ盛りのある日。

 E組のみんなは2人目の転校生が来るということで浮わついていた。ガララッと音を立てて教室に入ってきたのは白装束の男性。生徒にしては少し異質な存在だ。その人はゆっくり右手を前にだし、ポンという軽い音と共に鳩を出してみせた。

 

「ごめんごめん、驚かせたね。転校生は私じゃないよ、私は保護者。……まぁシロとでも呼んでくれ」

 

 殺せんせーでさえも手品に驚いて奥の手の液状化を使って教室の隅に逃げていた。一言二言殺せんせーと会話した後、シロさんは呼びかける。

 

「おーいイトナ! 入っておいで!」

 

 一体どこに呼びかけているのかはわからなかったがシロさんの顔の向きは僕の方を向いていた。表情のよく読めない顔がどこか不気味に感じる。

 

 バキッ!  ガラガラガラ!

 

 教室の後ろの壁が壊れ、白髪の少年が入ってきた。この季節にマフラーをしているイトナと呼ばれた少年は、独り言を呟きながら、廊下を挟んで僕の隣の席に座った。それよりも、いったいなぜ、と思ったところでカルマ君が尋ねる。

 

「ねえイトナ君。今、外から手ぶらで入ってきたよね。外は土砂降りの雨なのに……なんで一滴たりとも濡れてないの?」

 

 問われた方の堀部君は教室を見渡した後、カルマ君の方にツカツカと歩み寄る。

 

「……おまえは、多分このクラスで1番強い。けど、安心しろ。俺より弱いから……俺はお前を殺さない」

 

 鼻と鼻がくっつきそうな距離で言いながらカルマ君の頭を撫でた堀部君は方向転換をして教卓の方へ向かう。頭を撫でられたカルマ君は対応を図りかねているようだ。

 

「俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれないやつだけ。この教室では殺せんせー、あんただけだ」

「強い弱いとはケンカのことですかイトナ君? 力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

「立てるさ。だって俺達、血をわけた兄弟なんだから」

「「「「「き、き、き、兄弟!?」」」」」

 

 イトナ君が放った爆弾発言を受け、教室中に動揺が走る。

 

「兄さん、おまえを殺して俺の強さを証明する。時は放課後、この教室で勝負だ」

 

 そう言ってイトナ君は教室を後にする。お菓子を机の上に広げる様や持ってきた雑誌の趣味などの共通項によりイトナ君が本当に殺せんせーと兄弟なのではと教室全体が感じ始める。

 

 そして放課後。

 机で作られたリンクの中で殺せんせーとイトナ君は対峙する。ルールはシロさんの提案したもので両者は教室の外に脚がついたら死刑、つまり負けというシンプルなものだ。

 

「暗殺、開始!」

 

 シロさんの声が聞こえた瞬間、僕は目を疑った。殺せんせーの触手が1本切り落とされているのに少ししてから気づいたぐらいだ。

 

 イトナ君は触手を持っていた。髪の毛に付いている触手を振るわせて殺せんせーの触手を切り落としたのだ。雨の中でも身体が濡れていなかった理由がよくわかる。殺せんせーの顔は、真っ黒になっていた。

 

「どこでそれを手に入れたッ! その触手を!」

「君に言う義理はないね、だがこれで納得したろう。両親も違う、育ちも違う、だが……この子と君は兄弟だ。しかし怖い顔をするねぇ、何か嫌なことでも思い出したかい?」

 

 顔に筋を浮かべて憤る殺せんせーに飄々と返すシロさん。シロさんは何か殺せんせーについて知っているのだろうか。だとしたら顔の見えない白装束を着ているのも頷ける。それとも、単に煽っているだけだろうか。

 

「どうやら、あなたにも話を聞かなきゃいけないようだ」

「聞けないよ、死ぬからね」

 

 落ち着きながらも怒る殺せんせー相手にシロさんは袖の下の機械を光らせた。その光の影響か殺せんせーの動きが鈍る。

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると君の細胞はダイラタント挙動を起こし一瞬、全身が硬直する。全部知っているんだよ、君の弱点は全部ね」

「死ね、兄さん」

 

 硬直し隙が生まれた殺せんせーをすかさずドドドドドドという音を立てながら攻撃するイトナ君。風圧と埃で床付近が見づらい。少し経って見えたのは半透明の膜。もう奥の手の脱皮を使ったのか。

 

「うっ……」

「うおおっ……」

「殺ったかっ!?」

 

 リングの周囲から驚きと興奮の入り混じった声が聞こえる。

 

「いや、上だ」

 

 寺坂君の指す方を見ると教室の天井に張り付く殺せんせーの姿が。息を切らし、少し疲労が溜まっている顔をしているが大丈夫だろうか。

 

「脱皮か、そんな手もあったっけか。でもね、殺せんせー。その脱皮にも弱点があるのを知っているよ」

 

 シロさんの言葉に続くようにイトナ君が再度攻撃を仕掛ける。生徒であるイトナ君には攻撃することができず、かといって正面から攻撃を受けるわけにはいかないので殺せんせーは回避で凌ぐしかない状況に置かれている。

 

「その脱皮は見た目よりもエネルギーを消費する。よって直後は自慢のスピードも低下するのさ。常人から見ればメチャ早いことに変わりはないが触手同士の戦いでは影響はデカいよ。加えて、イトナの最初の奇襲で腕を失い再生したね。再生(それ)も結構体力を使うんだ。二重に落とした身体的パフォーマンス。私の計算ではこの時点でほぼ互角だ」

 

 私の計算、ということは殺せんせーの何かしらのデータを持っているのだろうか。防衛省がデータを持っているのであれば烏間さんが共有してくれているはずだし潮田君が新たにメモしている点からもこれらの情報は今初めて知ったことがわかる。防衛省ではないということは外国? それだとしても地球規模での怪物相手に情報を秘匿するメリットは極めて低い。一体シロさんはどうやってそのデータを入手したのだろうか。考える僕を置いて、シロさんの口はなおも動いている。

 

「また、触手の扱いは精神状態に大きく左右される。予想外の触手によるダメージでの動揺、気持ちを立て直すヒマも無い狭いリング、今現在どちらが優勢か生徒諸君にも一目瞭然だろうねー」

 

 教室からどこか焦りの混じった声が聞こえる。

 

「さらには、献身的な保護者のサポート」

 

 またしても袖の下から機械で圧力光線を放つ。イトナ君の攻撃を躱すので精一杯の殺せんせーにシロさんまで相手する余裕はない。暗殺に正々堂々も卑怯という言葉もないのは承知だが大人が子供を盾にして安全圏から攻撃するという態度が気に食わない。あっという間に殺せんせーの脚が切断される。

 

「フッフッフ。これで脚も再生しなくてはならないね。なお一層体力が落ちて殺りやすくなる」

「……安心した。兄さん、俺はおまえより強い」

 

 殺せんせーより強いことに安堵しているようだがシロさんの援護射撃のおかげで勝てたとしても、それは真に強いとは言えないのではないか。力に固執するイトナ君はどこか危うさを感じさせる。そろそろこの放課後暗殺勝負を終わらせたい。僕はそっとズボンの右ポケットに手を入れる。

 

「脚の再生も終わったようだね。さ、次のラッシュに耐えられるかな?」

 

 パンパンッ!

 

 銃声が教室に響く。教室中の視線が僕に集められているのを感じる。そう、僕はイトナ君の触手を撃ったのだ。

 

「献身的な保護者のサポートがありなら、気まぐれな生徒の乱入もOKですよね? 僕らは僕らで殺せんせーを殺したいので今暗殺されると困るんです」

 

 シロさんに向かってニッコリと微笑む。触手がなくなり動揺したイトナ君を殺せんせーは自身の抜け殻に包んで教室の外に放り投げた。これで殺せんせーの勝ちが確定する。

 

「先生の勝ちですねぇ。ルールに照らせば君は死刑、もう2度と先生を殺れませんねぇ」

 

 顔を緑と黄色の縞模様にしてニヤニヤしながら殺せんせーは言う。煽られたイトナ君は瞳孔が開き、眉間に凄まじい皺を作っている。生き返りたいのならこのクラスで皆と一緒に学びなさいと殺せんせーが言うが全く聞こえていないようだ。

 

「勝てない……。俺が、弱い?」

 

 イトナ君の目が真っ黒に染まり、危険なオーラを纏っているのを見て、僕はいつでも銃を撃てるように用意をする。

 

 ブワッとイトナ君は触手を出すがその色は真っ黒に染まっていた。教室内の時とは比べ物にならないスピードで触手を動かしている。

 

「俺は、強い。この触手で、誰よりも、強くなった。誰よりも」

 

 すぐさま教室へ戻り臨戦体制に入るイトナ君を見てクラスの皆んなが焦りだす。

 

 ガアッ、と雄叫びを上げて殺せんせーへ襲いかかったイトナ君に照準を合わせ撃とうとした瞬間、イトナ君の首元に何かが刺さり、床に転がった。

 

「すいませんね、殺せんせー。どうもこの子はまだ登校できる精神状態じゃなかったようだ。転校初日で何ですが、しばらく休学させてもらいます。」

 

 圧力光線がある袖とはとは逆の袖の下から銃の先端が見えた。一発で昏睡状態までに持っていく代物があるとは。それよりもこの体罰のような躾け方に疑問を感じる。保護者とはいえ子供の扱いが雑すぎる。そのままシロさんはイトナ君を担ぎドアへ向かう。

 

「待ちなさい! 担任としてその生徒は放っておけません。一度E組(ここ)に入ったからには卒業まで面倒を見ます。それにシロさん、あなたにも聞きたいことが山ほどある」

「いやだね、帰るよ。それとも力づくで止めてみるかい?」

 

 超生物である殺せんせーにこんなに強気に出られる人間は珍しい、と思ったのも束の間。殺せんせーの手がシロさんの肩を掴んだと同時に溶ける。

 

「対先生繊維。君は私に触手一本触れられない。心配せずともまたすぐに復学させるよ、3月まで時間はないからね。責任もって私が家庭教師を務めた上でね」

 

 そう言い残してシロさんとイトナ君は教室を後にした。

 

 

 2人を見送った後はリングのようにしていた机を元の位置に戻す。その間、殺せんせーは教卓の上に座り込みずっと顔を触手で覆っていた。

 

「ねぇ、殺せんせー。説明してよ、あの2人との関係を」

 

 木村君が尋ねたのをきっかけに教室中のあちこちから賛同の声が集まる。

 

「先生の正体いつも適当にはぐらかされてたけど……」

「あんなの見たら聞かずにいられないぜ」

「そうだよ、私達生徒だよ? 先生の事よく知る権利あるはずでしょ」

 

「……仕方ない、真実を話さなくてはなりませんねぇ。……実は、実は先生……」

 

 重々しい口調に教室中が固唾を飲んでその先を聞き取ろうとする。

 

「実は先生、人工的に造り出された生物なんです!」

 

 これは正直、予想の範囲内である。地球上でこんな恐ろし生物が天然で生まれていたら生態バランスはとうに崩壊している。教室中が納得している雰囲気に殺せんせーは驚きを隠せていない。

 

「にゅやッ反応薄っ! これ結構衝撃告白じゃないですか!?」

 

 各々の見解を共有し合うクラスに先生はもはやショックのあまり固まっている。

 

「知りたいのはその(・・)先だよ、殺せんせー。どうしてさっき怒ったの? イトナ君の触手を見て。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組に来たの?」

 

 潮田君が質問した内容はきっと誰もが知りたがっている内容だろう。静まり返った教室で殺せんせーは言う。

 

「…………残念ですが今それを話した所で無意味です。先生が地球を爆破すれば皆さんが何を知ろうが全て塵になりますからねぇ」

 

「「「「「……!?」」」」」

 

「逆にもし君達が地球を救えば、君達は後でいくらでも真実を知る機会を得る。もうわかるでしょう、知りたいなら行動はひとつ。殺してみなさい。暗殺者(アサシン)暗殺対象(ターゲット)、それが先生と君達を結びつけた絆のはずです。先生のなかの大事な答えを探すなら、君達は暗殺で聞くしかないのです。質問が無ければ今日はここまで、また明日!」

 

 どこか一方的に切り上げた先生は、そのまま教室を後にする。どうせ地球を爆破するなら、今知っても後で知っても変わりはないはず。それなのに何故今答えを聞くことを避けたのか。今その質問の答えを聞くと暗殺の意欲が薄れるなどのデメリットがあるのか? 未だ殺せんせーにへの疑問は尽きない。

 

 そんなモヤモヤとした感情を抱えたまま、誰からともなく足が向かった先は校庭だった。そこでは烏間先生が、部下たちに指示を出している。

 

「烏間先生!」

 

 磯貝君が真っ直ぐな声で呼びかける。

 烏間先生は一瞬、わずかに目を大きく広げた後、こちらへと視線を向けた。

 

「君たちか。どうした、大人数で」

 

 普段、放課後に直接押しかけるようなことはしない。それだけに、烏間先生は少し訝しんだ様子を見せる。だが、それでも僕たちは躊躇わずに踏み込んだ。

 

「あの、もっと教えてくれませんか。暗殺の技術を」

 

「……? 今以上にか?」

 

 戸惑う烏間先生に、磯貝君に続くように矢田さん、前原君、三村君が口を開く。

 

「今までさ、結局誰が殺るんだろって、どこか他人事だったけど……」

 

「ああ、今回のイトナを見てて思ったんだ。誰でもない、俺たちの手で殺りたいって」

 

「もしも今後、強力な殺し屋に先を越されたら、俺たちは何のために頑張ってきたのかわからなくなる」

 

 それが、今のE組全員の総意だった。

 与えられるだけの訓練をこなすのではない。

 他でもない、自分たちの手で。

 一番近くにいる、僕らの手で。

 

「だから、限られた時間の中で、できる限り殺りたいんです。私たちの担任を」

 

「殺して、自分たちの手で答えを見つけたい」

 

 学級委員の二人が言葉を締めくくると、烏間先生はしばし沈黙したまま、静かに僕たちを見つめた。

 やがて、ゆっくりと息を吐く。

 

「……わかった。では希望者は放課後に追加で訓練を行う。より厳しくなるぞ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。

 迷いのない声が、僕たちの意志を示すように響く。

 

「「「「「はい!」」」」」

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