沖縄での強化合宿、もといE組最大規模の暗殺計画まであと1週間。
暗殺教室はイリーナ先生の師匠、ロヴロさんに指導を受けていた。
「ライフルの頬付けは真っ直ぐ下に、が基本だ。首を傾けるとサイトが見づらい」
ロヴロさんのアドバイスを受け、再度ライフルを構え直す。頬付けは真っ直ぐ下に。トリガーを引くと的の中央へ吸い込まれていく。サイトも見やすいし肩の力がちょうど良く抜けている気がする。
「こういう感じですね、ありがとうございます」
お礼を言うとロヴロさんは軽く頷いて次の生徒の指導を行なっていく。後1週間、やれることは全てやっておきたい。その後も的に向かいあうこと数十分。そろそろ別のメニューを取り組もうかと思っているとロヴロさんの声が聞こえた。
「曰く、"死神"と。ありふれた仇名だろう? だが死を扱う業界において"死神"とは唯一絶対、奴を指す。神出鬼没、冷酷無比。夥しい数の屍を積み上げ、死そのものと呼ばれるように至った男。君たちがこのまま殺しあぐねているのなら……いつかは奴が姿を現すだろう。ひょっとすると今でも、じっと機会を疑っているかもしれないな」
死神、か。ロヴロさんにそこまで言わせる男とは一体どのような人なのだろう。そして神出鬼没な死神が何故男であると発覚したのだろう。そして最強のターゲットと最強の殺し屋。2人が対峙したらどのような結末になるのだろうか。そこまで考えたところで頭から思考を追いやる。現れるか不確かな人物に割く時間はない。気を取り直して基礎体力をつけに走りに行った。
爆音を響かせるエンジン。肌を焦がす勢いで照らす太陽。僕らと殺せんせーは船の上にいた。
「「「島だーーー!!」」」
皆んなの声を聞き甲板に上がると潮風の香りと共に島の全景が見える。目を凝らすと僕らの考えたドームもある。注文通り作ってくれたようで一安心だ。
タラップから降りたらまずは班行動。殺せんせーの視線を固めつつ各自で暗殺の準備を開始する。
グライダーに水中遊泳、海底洞窟巡り。全てをこなした殺せんせーはディナーの時には真っ黒に日焼けしていた。
「夕飯はこの貸切船上レストランで、夜の海を堪能しながらゆっくり食べましょう」
磯貝君が殺せんせーにグラスをサーブしながら話しかける。
「な、なるほどねぇ……。まずはたっぷりと船で酔わせて戦力を削ごうというわけですか」
「当然です。これも暗殺の基本ですから」
「実に正しい。ですが、そう上手く行くでしょうか。暗殺を前に気合いの乗った先生にとって船酔いなど恐るるに「黒いわ!」」
足りません、という声がツッコミによってかき消される。確かに今の殺せんせーは皮膚が真っ黒である。目が黒一色なのも相まってどちらが正面なのかすら分かりづらい。
「ヌルフフフフ、お忘れですか皆さん。先生には脱皮があることを」
ややこしいからなんとかしてよ、というクラス全体の雰囲気に飲み込まれて殺せんせーは帽子を持ち上げ頭頂部の皮膚からピピッと亀裂を走らせる。
「黒い皮を脱ぎ捨てれば、ホラもとどおり。こんな使い方もあるんですよ。本来はヤバい時の奥の手ですが……」
そこまで言ったところで本人も奥の手をもう使ってしまったことに気づいたようだ。情けない声をあげて顔を覆っている。計画を練ってから各自特訓してきたのだ。間違いなく今までで1番近くまで刃を届かせることができるはず。
船上ディナーが終わり船酔いした先生をドームへ案内する。ドームの中で待つのは映像を作った村松君と岡島君。
「さ、席につけよ、殺せんせー」
「楽しい暗殺」
「まずは映画鑑賞から始めようぜ」
殺せんせーが特等席へ座ったところで僕もその隣に着席する。殺せんせーのすぐ後ろには狭間さん。数メートル後ろにクラスの一部が待機し他の生徒の不在を隠す。
「まずは三村が編集した映画を見てもらい、その後テストで勝った皆んなが触手を破壊しそれを合図に皆んなで一斉に暗殺を始める。それでいいですね? 殺せんせー」
磯貝君が代表して暗殺の流れを説明する。殺せんせーの口角が心なしかいつもより上がっている気がする。潮田君のボディチェックを済ませ準備完了。
「準備はいいですか? 全力の暗殺を期待してます。君達の知恵と工夫と本気の努力。それを見るのが先生の何よりの楽しみですから。遠慮は無用、ドンと来なさい」
まだまだ余裕そうな殺せんせーに一同、より覚悟か決まった表情になる。その余裕を崩してみせる。
「言われなくても
岡島君がそう言って電気を消す。映像が流れ出し、タイトルが表示される。『3年E組が送るとある教師の生態』制作に携わった3人以外は内容を知らないのでとても楽しみである。潮田君によると相当精神を削る内容のようだ。僕は狭間さんと共にさらに羞恥を煽るのが仕事のようだ。
『……まずはご覧頂こう。我々の担任の恥ずべき姿を』
軽快な音楽と共に三村君のナレーションが流れる。画面には目一杯に殺せんせーが頭にトンボを乗っけて卑猥な本を熟読しているのが映される。せめて学校の敷地内じゃなくて自室でやってくれ。
にゅやああああ、と奇声をあげて言い訳を並べている姿に教師としての威厳は微塵も感じられない。
『お次はこれだ。女子限定のスイーツバイキングに並ぶ巨影、誰あろう奴である。バレないはずがない。女装以前に人間じゃないとバレなかっただけ奇跡である』
スイーツバイキングに並ぶ女性の1.5倍ほどの背の高さかつ冷や汗をかきながら並ぶ殺せんせー。周りからの視線を一身に受け、なおも並び続けているところを警備員に連れられた。これは恥ずかしい。
「クックック。あーあ、エロ本に女装に、恥ずかしくないのド変態?」
狭間さんにさらに羞恥を煽られて殺せんせーは顔を覆う。まぁまぁ、と言いながら僕は殺せんせーの触手を顔から外し、追い打ちをかける。
「せっかく三村君が作ってくれたんだから最後まで見ましょうよ、先生。生徒の力作に顔を覆うなんて真似、教師失格ですよ?」
場面は大量に分身した殺せんせーがティッシュ配りの列に並んでいるところへと転換する。
『給料日前の奴である。分身でティッシュ配りに行列を作りそんなに取ってどうするのと思いきや……なんと唐揚げにして食べ出したではないか。教師、いや生物としての尊厳はあるのだろうか。こんなものでは終わらない、この教師の恥ずかしい映像を1時間たっぷりとお見せしよう』
1時間、生徒に羞恥を晒され呆然とした様子の殺せんせーを満潮が襲う。
「俺等まだ何にもしてねぇぜ。誰かが小屋の支柱を短くでもしたんだろ」
「船に酔って、恥ずかしい思いして、海水吸って、だいぶ動きが鈍ってきたよね」
「さあ本番だ。約束だ、避けんなよ」
テストで1位を取った僕らが触手を撃つ。千葉君と速水さんの服がある方角をチラリと見ている様子から囮が役立っていることを実感する。少しでもいい、殺せんせーの脳が別のことに割かれていればその分暗殺の成功率は上がる。
ミシミシとドームの壁と天井が音を立てて崩れる。間髪入れずに水中からフライボードに乗って9人が水圧の檻を作る。付近では倉橋さんの笛の合図でイルカたちが飛び跳ねてい水中からの脱出を防止しているはずだ。
そして律を始めとする射撃隊が弾幕を張って逃げ道を塞ぐ。殺せんせーには直接当たらない攻撃なので一歩も動けず弾の軌道を見ているしかない。最後にE組最強のスナイパー2人による射撃。水中にいた2人の匂いも発砲音も全て水が守っていくれている。
2人が引き金を引き2発の弾が殺せんせーの顔付近へ向かっていった。
ドッ!!!
そして、轟音と共に殺せんせーの全身が閃光と共に弾け飛んだ。
その衝撃によりフライボード隊も射撃隊も吹き飛ぶ。
「わあッ!」「や……やったのか!?」
驚きと困惑の入り混じった声が聞こえる。だが僕は殺せんせーの暗殺に成功したとは思えない。触手を破壊した時に触手は多少弾けはしたものの爆風ではなかったし閃光もなかった。もちろん超生物相手に今まで通りの理論が通じるとも思っていないが。
「油断するな! 奴には再生能力もある。片岡さんが中心になって水面を見張れ!」
烏間先生の指示に皆、慌てて警戒体制を整える。姿は見えないがどこにいるのだろう。注意深く観察していると水面が泡立っているのが見える。
ボコッと一際大きな泡と共にオレンジ色の殺せんせーの顔とその周りを囲む透明な球体が水面に現れた。驚きのあまり、誰も声を出すことも動くこともできない。
「これぞ、先生の奥の手中の奥の手。完全防御形態! 外側の透明な部分は、高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体です。肉体を思い切り小さく縮めその分余分になったエネルギーで肉体の周囲をガッチリ固める。この形態になった先生はまさに無敵! 水も対先生物質もあらゆる攻撃を結晶の壁が跳ね返します」
「そんな、じゃ、ずっとその形態でいたら殺せないじゃん」
矢田さんが落胆した様子で呟く。だがこの完全防御形態、そんなに美味しい話ならずっとその形態を取っていたはず。現に俊敏な動きはできそうにないし防御に特化した形なのだろう。
「ところがそう上手くはいきません。このエネルギー結晶は24時間ほどで自然崩壊します。その瞬間に先生は肉体をふくらませ、エネルギーを吸収して元の体に戻るわけです。裏を返せば結晶が崩壊するまでの24時間、先生は全く身動きが取れません。これは様々なリスクを伴います。最も恐れるのはその間に高速ロケットに詰め込まれはるか遠くの宇宙空間に捨てられることですが、その点は抜かりなく調べ済みです。24時間以内にそれが可能なロケットは今世界のどこにも無い」
完敗だ。
弱点である水に囲まれた時の対策、そして新しい形態の弱点への対策。隙がなく、奥の手をこれまで隠してきたということからも殺せんせーの異次元さが窺える。
だが、これほどまでに近く刃を届かせたのは初めてだろう。この形態の情報がなかったことは烏間先生やイリーナ先生の反応からもよく分かる。
寺坂君やカルマ君が完全防御形態の先生に手を出すがE組の纏う空気は重い。今までで1番努力した、僕らにとっては大規模の暗殺。烏間先生が一旦預かることとなり解散の雰囲気が漂う。烏間先生の持つビニール袋の中から先生は言う。
「ですが皆さんは誇っていい。世界中の軍隊でも先生を
今までにない最大級の
ホテルのロビーで駄弁るが皆、疲労感が濃く出ている。顔が紅潮し吐く息も少し荒い。
「渚君よ、肩貸しちゃくれんかね……」
中村さんが覚束ない足取りで潮田君の方へ歩み寄る。今にも倒れそうで危ない。
ドン、という音と共に潮田君にぶつかり全身がふらついた中村さんを床に衝突しないように身体で受け止める。ゼェゼェという息と受け止めた身体から異常な熱を感じる。軽く断りを入れて額へ手を当てると予想以上の熱が伝わってくる。
「だいぶ高い熱のようだから部屋まで付き添うよ、誰か案内してくれる?」
と問いかけたその瞬間。岡島君が急に鼻血を出した。少し鼻の内部が切れたというレベルではない。岡島君の両手が一瞬で血に染まる量の鼻血が出たのだ。中村さんの背中を壁にもたれかけさせ箱のティッシュを岡島君のそばへ持って行く。
「岡島君、鼻の上あたりの骨を強めに押さえて少し下を向いて」
僅かに頷く体力しか残っていない岡島君の様子に行き場のない焦燥感を覚える。
ガタッと音がした方を見るとコップが倒れている。三村君が水分を取ろうとして手元が狂ってしまったようだ。一体、何が起きているのだろう。見渡すとクラスの約半分が同じような症状が現れている。烏間先生がフロントに問い合わせるが今の時間帯、この島には医者は不在のようだ。狙ったような犯行に怪しさを感じる。
そんな時、着信音が鳴り響く。烏間先生の携帯からだ。
『……やぁ、先生。可愛い生徒がずいぶん苦しそうだねえ』
「何者だ。まさかこれはおまえの仕業か?」
『ククク、最近の先生は察しが良いな。人工的に作り出したウイルスだ。感染力はやや低いが一度感染したら最後、潜伏期間や初期症状に個人差はあれ1週間もすれば全身の細胞がグズグズになって死に至る。治療薬も一種のみの
ウイルスの感染に責任者への連絡、スムーズで手慣れている。此方の様子がわかっているということはこのホテルも危ないかもしれない。犯人の目的はなんだろうか。
「もう一度聞く、おまえは……」
『俺が何者かなど、どうでもいい。賞金百億を狙っているのはガキ共だけじゃないって事さ。治療薬はスイッチ1つで爆破できる。我々の機嫌を損ねれば感染者は助からない』
「念入りだな」
「そのタコが動ける状態を想定しての計画だからな、動けないならなおさら此方の思い通りだ。山頂の「普久間殿上ホテル」最上階まで、1時間以内にその賞金首を持って来い。だが先生よ、おまえは腕が立つそうだから危険だな。そうだな……動ける生徒の中で最も背が低い男女2人に持って来させろ。フロントに話は通してある。素直に来れば賞金首と薬の交換はすぐに済む。だが外部と連絡を取ったり、1時間を少しでも遅れれば、即座に治療薬は破壊する。礼を言うよ、よくぞそいつを行動不能まで追いこんでくれた。天は我々の味方のようだ」
そう言い残して電話は切れる。後に残るのは単調な機械音のみ。正直、殺せんせーを渡すだけならデメリットはない。24時間後には諸々を吹き飛ばしてE組の元へ帰って来るはず。だが2人をホテルへ向かわせたところで相手は犯罪者。素直に治療薬を渡してくれるかも怪しいし、その後何をされるかも定かではない。
烏間先生の話によるとこの島は警察も手が出せないほどの犯罪者たちが多く宿泊するホテルのようでなおさら危険度が高い。そんな中、寺坂君が声を張る。
「要求なんざ全シカトだ! 今すぐ全員都会の病院に運んで……」
「賛成しないな。もし本当に人工的に作った未知のウイルスなら対応できる抗ウイルスはどんな大病院にも置いていない。いざ運んで無駄足になれば患者の負担を増やすだけだ。対症療法で応急処置はしとくから、急いで取引に行った方が良い」
竹林君の言っていることは間違いない。本当にオリジナルなら専用のものがないと対処できないだろう。交渉期限も短く此方に選択の余地がない。どうするべきか。
「良い方法がありますよ」
場違いなほどの明るい声が聞こえた。声の主は殺せんせー。一体どんな手が残されているのだろう。
「病院に逃げるより、おとなしく従うよりは、律さんに頼んだ下調べも終わったようです。元気な人は来て下さい。汚れてもいい格好でね」
殺せんせーの指示通りに一旦着替えてたどり着いたのは普久間殿上ホテルの裏口。崖の上にホテルが見える。
『あのホテルのコンピュータに侵入して内部の図面を入手しました。警備の配置図も。正面玄関と敷地一体には大量の警備が置かれています。フロントを通らずホテルに入るのはまず不可能。ただひとつ、この崖を登ったところに通用口が1つあります。まず侵入不可能な地形ゆえ……警備も配置されていないようです』
「敵の意のままになりたくないなら手段はひとつ。患者10人と看病に残した2人を除き動ける生徒全員でここから侵入し最上階を奇襲して治療薬を奪い取る!」
律の淡々とした説明と殺せんせーの提案が全員の耳に入る。
「……危険すぎる。この手慣れた脅迫の手口。敵は明らかにプロの者だぞ」
「ええ、しかも私は君達の安全を守れない。大人しく私を渡した方が得策かもしれません。どうしますか? 全ては君達と、指揮官の烏間先生次第です」
烏間先生の苦言に殺せんせーが明るい調子で返答する。確かに難しいが無理ではない。元空挺部隊と殺せないターゲットがいるのだから。やれるとこまではやりたい。いやこの仲間たちとならできる気がする。そう思ったのは僕だけではないようで皆次々と崖を登って上を目指す。
「無理に決まってるわ! 第一この崖よ、この崖! ホテルにたどり着く前に転落死よ!」
イリーナ先生が叫ぶが僕らは問題ない。すでに崖を登り進めているのだから。
「いや、まぁ崖だけなら楽勝だけどさ。いつもの訓練に比べたらね」「ねー♪」
「でも未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしてないからしっかり指揮を頼みますよ、烏間先生」
「おお、ふざけたマネした奴等に、キッチリ落とし前つけてやる」
「見ての通り、彼らは只の生徒ではない。あなたの元には15人の特殊部隊がいるんですよ。さあ、時間はないですよ?」
盛り上がるE組に殺せんせーが付け加えた。それを聞き覚悟を決めた様子の烏間先生が短く息を吐き号令をかける。
「注目! 目標山頂ホテル最上階! 隠密潜入から奇襲への連続ミッション! ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う! いつもと違うのは
「「「「「おう!」」」」」