「こんな話を聞いたことはあるかい」
宿の主人は、旅の傭兵に向かってそんなことを言った。
このあたりの地域では有名な話らしく、宿の主人の祖父の代よりも前から語られているとのことだ。その話に興味を持った傭兵は、宿の主人に続きを話してくれるよう頼み込んだ。
聞いた話はこうだ。
この街からも見えている山脈のいずこかに〝剣の山〟と呼ばれる一角があるという。
その山肌には樹の代わりに剣が生えているのだとか。実際は地面から生えているわけではないのだろうが、いつから突き立っているのかもわからない剣群を、そう言い表さずにはいられないほどの景観なのだそうだ。
朽ちることなく風にさらされ続ける剣の群れを抜けると、そこには屋敷があるのだという。
その屋敷には魔女が住み、日々刀剣を鍛え続けているとか。山肌に突き立つ剣の群れはすべて彼女の作品であり、魔剣の類も数本では収まりきらないらしい。だが、もし、〝剣の山〟を見つけても、突き立つ剣の中にどれほど素晴らしい刀剣を見つけても、山肌からそれらを一本たりとも抜いてはいけない。
魔女が怒り、殺しに来るからだという。
しかし、魔女に直接出逢え、かつ気に入られたならば、この世に二本とない魔剣を造り出してくれるかもしれない。
殺されない保証はなく、殺されずとも生きて山脈を降りられる保障もない。
幾人もの旅人が〝剣の山〟を探し、山脈へ足を踏み入れ、帰らぬ人となった。
だが、魔剣を持ち帰った旅人は、例外なく人生の成功を収められるのだという。
話を聞き終わった傭兵はさっそく山登りの準備を始めた。話した内容とは裏腹に自分のことを止めようとしない宿の主人に、傭兵は少々戸惑いがあったが、魔女が鍛える魔剣の誘惑には勝てなかった。
明朝、傭兵は山脈へ向かい歩き始めた。
一ヶ月以上の時間を山の中で過ごし、食糧も尽きかけたときだった。
木々に紛れるように、大地に一本の剣が突き刺さっているのが傭兵の視界に収まった。その剣に彼が駆け寄ると、数メートル先にも同じように剣が大地に突き立っている。
「これは……」
傭兵は確信した。俺は〝剣の山〟の麓に辿りついたのだ、と。
一本、また一本と剣は増えてゆき、それを一心不乱に追う傭兵は、いつの間にか森を抜けきってしまっていたことに気付き、同時に周囲の景色に思わず嘆息をもらした。
「オォ、これは――」
傭兵が見た景色は、確かに宿の主人が言ったような剣の群れだった。しかし、傭兵が想像していた不毛の大地に無骨な刀剣ばかりが騒然と並ぶ、暗く荘厳なながめとは全く違っていた。そのながめを、彼は咄嗟に言葉に表すことができなかった。
確かに、無骨な刀剣もところどころに見受けられはするが少数だ。山肌に突き刺さる剣群のほとんどが、貴族や王族の佩(はい)剣(けん)に並ぶ豪奢な造りをしていた。一介の傭兵が見ても解るほどにそれらは鋭く、また不思議な力を秘めているようにも思えた。
蜜に誘われる虫のように突き立つ剣に手を伸ばし、引き抜こうと力を込めた瞬間に傭兵は我に返った。宿の主人は言っていた。突き立つ剣群は一本も抜いてはいけない。
傭兵は逃げるように手を離し、改めて周囲の景色を見渡した。
ゆるやかな傾斜には若草が茂り、風にのった瑞々しい春の薫りが鼻をくすぐる。草原に突き立つ刀剣はそのどれもが煌びやかで、そのうえ武器としても一級品なのだと見て取れる。
話にあった〝剣の山〟は実在した。俺はそこに辿りつくことができた。言い表せぬ感動が傭兵の胸に満ち満ちていく。
どれほどの時間、傭兵はその景色に心奪われていただろうか。
いつの間にか日は落ち、夜の帳が降りてきていた。上空にある星々の輝きが山肌に突き立つ剣群を照らし出し、太陽が出ていたときよりもずっと神秘的な風景へと変わっていた。傭兵はその輝きに包まれながらゆっくりと歩を進めていく。彼の目的は、決してこの剣の群れを目に焼き付けることではない。この先にあるという屋敷が彼の目的地であり、そこに棲む魔女に会い、魔剣を造ってもらうことこそが本当の目的なのだ。
傭兵の心は躍っていた。これほどの剣たちを鍛える者が魔女と呼ばれているとはどういうことだろうか、と。とんでもない。きっと、素晴らしい人物に違いない。
魔女と呼ばれる人物に会うことがより一層楽しみになった傭兵の足は、自然と早足に、やがて駆け足になる。しばらく走り続けると、彼の前方に屋敷が見え始めた。どんな屋敷だろうと期待していた割に、普通の造りをしていたことに傭兵は落胆を隠しきれずにいたが、この際外見などどうでもいいのだ。
宿の主人が話していたことはここまですべて本当だった。〝剣の山〟、その奥に建つ屋敷。そして、魔女さえいれば、あの話はすべて本当だったということになる。
喜びと期待ではち切れそうな胸の内の感情をすべて吐き出すように、傭兵は叫んだ。
「夜分に申し訳ない! 誰かいないか!」
反応があるまで叫ぶつもりだった傭兵だが、息切れの方が先だった。息を整えていると、屋敷の扉が静かに開いた。顔を出したのは、幼さが抜けきっていない十代終わりの少女だった。血を頭から被っているのかと見紛うほどの長い赤髪、前髪から覗く琥珀のような瞳と、一見して派手な見た目ではあるが、彼女自身の清楚な顔立ちが、それらを決して下品には見せておらず、むしろ
「どなたですか?」
「あ、ああ、俺は旅の傭兵だ。この〝剣の山〟と屋敷、そして魔女の話を聞き、ここまで足を運んだ。どうか、魔女に会わせてほしい。そして、俺のために一本、剣を鍛えてくれないかと頼みたいのだ!」
「まあ、そうですか。ではお入り下さい。詳しい話は中で傾聴させてもらいます」
傭兵はそのまま屋敷の中へ招き入れられ、客間へと案内された。
少女はそのまま対面へ座り、二コリと優しいほほえみを傭兵に向けた。傭兵は首をかしげ、魔女を呼んできてほしい、と少女に頼むと、彼女は言った。
「私がその魔女です。にわかには信じられないかもしれませんが、あなたよりもずっと長くを生きてきました。この周辺に刺さる剣も、間違いなく私が鍛えたモノたちです」
「なんと……。件の魔女がこれほど可憐な少女だったとは」
「見てくれなど瑣末事です。では、お聞かせ願えますか? あなたの望む剣を」
「あ、ああ。そうだ、それが目的だったな!」
傭兵は、心のままに手に入れたい剣の像を魔女に話した。
今の俺に不釣り合いでもいい。いつか俺が担い手として相応しくなるほどの剣。大地のように強く、稲妻のように鋭いモノがいい。その剣で俺は戦場を駆け抜ける。幾多もの敵兵を討ち取り、名誉を手に入れる。やがて騎士の称号を手に入れ、果てには国を手に入れて見せる。そのときこそ、俺はお前に恩を返しにこよう。魔剣の打ち手、偉大なる鍛冶の魔女であると!
魔女は、演説のように叫ぶ傭兵の声に、静かに耳を傾けていた。
すべてを語り終えた傭兵は、「そんな剣を造り出せるか」と魔女へ問う。
魔女は柔らかなほほえみを湛えつつ、しっかりとうなずいて見せた。
「完成するまで、あなたもここにいるといいでしょう。あなたの願いが刃に伝わり、それが本物の強さと鋭さへ変わってゆくはずです。さあ、今夜はもう遅い。待つだけだとしても、明日に備え、寝て下さい」
傭兵は魔女に案内され、屋敷の一室を借りることとなった。
久しぶりのやわらかなベッドに横になると、傭兵はあっという間に睡魔に飲み込まれてしまった。この一ヶ月、碌に寝ることもなく野宿を続けていた彼にとって、このベッドはもはや凶器と言ってもいいほどの心地よさだったのだ。
朝になると、わざわざ魔女が起こしに来てくれていた。朝食も用意してあるのだという。朝食中、傭兵は何か手伝うことはあるか、と魔女に訊いたが、彼女は首を横に振った。ただ、剣を想っていてくれさえいればいい、とのことだった。それ以外は、彼女の邪魔になるだけなのだと悟った傭兵は、その言葉にうなずき、借り受けた部屋へ戻り、剣を想い祈り続けた。
何日も何日も、そんな日が続いた。
魔女は剣を打ち、傭兵は魔女の言葉を信じ祈り続けた。長い時間を祈りに費やした彼は、剣はちゃんと造れているだろうか、俺の祈りは届いているだろうかと不安を抱くようになる。
だが、そのような不安はすべて、傭兵自らの強い想いでかき消した。
強く鋭い剣を造ってくれるのなら、望むのなら、そんな不安など抱いてはいけない。
刃は担い手の心を映す。ならば、俺自身も強く鋭くなくてはいけないはずだ。何度も何度も自分に言い聞かせるように傭兵はその思考を繰り返し、より強く剣に祈りを捧げた。
そして、時間にして半年。傭兵にすればどれほどの長さになったかもわからぬ時間を経て、魔女は傭兵に告げた。
「剣が完成しました。是非、その目でお確かめ下さい」
傭兵の心臓が狂ったように鳴動し始めた。彼は全身が熱く滾るのを感じていた。
部屋から出て、魔女に案内されるまま屋敷の外へと導かれる。
一目見ただけで、傭兵には解った。目の前にある剣が、俺の想いが詰まったものなのだと。
「これが……」
「ええ。あなたの想い、血肉を糧として育ち、私が鍛えた剣です」
「――オォ!」
傭兵は、魔女の言葉に疑いを持たなかった。鏡があれば、あるいは気付けたかもしれない。
そのときの傭兵は、屋敷を訪れたときよりもずっと痩せこけ、強い風が吹けば飛ばされてしまいそうなほど、脆弱な見た目をしていたのだ。
魔女の言葉は全て真実。そして――。
「これが、これが俺の剣だ!!」
傭兵は
それが、傭兵の足元に輝く魔法陣を起動させる鍵だったということも知らずに。
「……なぜ抜いたのです?」
「は? それはこれが俺の剣だからだろう! これで、俺は!」
そこで、傭兵は気付いた。この剣があれば、本当に天下を取れるに違いない、と。だからこそ、この魔女の存在は邪魔だと。誰かが俺と同じように剣を造ってくれと願えば、この魔女はおそらく快諾するに決まっている。魔剣の持ち主は世界に二人といらない。俺が最強だ! 傭兵はそんな妄執に取りつかれ、剣の切っ先を魔女へと向けた。彼女はそれに驚くことなく、逆に二コリとほほえみを浮かべた。
「俺について来い。そして、俺以外のヤツの剣など造るな。それを誓えば命だけは助けてやろうじゃないか。どうする? まあ、迷う必要などないだろう。なにせ、俺は天下を取るのだからな」
魔女のほほえみは揺らがない。
なぜなら、傭兵は出逢う前からすでに、魔女の術中に陥っていたのだから。
〝剣の山〟には魔女が棲む。
魔女は日々剣を鍛え続け、屋敷の周りは剣の森と化している。
もし〝剣の山〟に辿りつけても、「一本ぐらい」と剣を引き抜いてはいけない。
引き抜けば最後、魔女の怒りを買い、殺されてしまうだろう。
そうならないためには、魔女に直接会い、かつ気に入られることだ。
願いが届けば、魔女は剣を造ってくれるだろう。この世に二本とない、魔剣を。
だが、よく考えろ。
完成したと言って見せられた地面に突き立つ剣を、お前は手に取るのか?
〝剣の山〟には魔女が棲む。突き立つ剣は彼女の剣。
訪れた旅人の血肉を啜り、最後には命を飲み込み真の輝きを放つ魔剣。
〝剣の山〟には魔女が棲む。
優しくほほえむ魔女が棲む。
魔女はいつでも、待っている。
愚かな旅人を、魔女はいつでも待っている。