激重感情短編集   作:五足歩行

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これはある村で起きた夢幻のような出来事

私が夢で見たものを色々盛って田舎の怖い話にしてみました。

※この話はフィクションです。
実在する企業等が出てきますが、貶しめたり攻撃する意図はありません。
実在する人物、地名、団体等とは一切関係がありません


夢現

 

 今日は8月1日。

 

 黒色の車のボンネットで目玉焼きが作れてしまうほどの猛暑日。陽炎が揺らめく大通りから2つ内に入った裏通りにあるひっそりとした喫茶店に入る。口数の少ない四十路の店長とやる気があるんだか無いんだか中途半端なバイトの二人で営む寂れた店。よくもまぁ潰れないものだと思うが、俺のような酷暑の中態々出張って静けさを好む者がいるからかと自己完結する。

 

 ここで果物の風味がする紅茶を啜りながら本を読んだり大学のレポートを作成すると捗るのだ。看板メニューのエスプレッソコーヒーは苦くて飲めないのが申し訳ないが。

 

 入店して窓際の席に着く。今や顔馴染みとなったバイトがすっ飛んできてメニューを聞くまでもなく洋ナシのフルーツティーですね?と確認を取られる。はい、と返事をして鞄から小説を取り出す。

 

 ポコポコと茶葉から香りを抽出する音と紙をめくる音。日常の雑踏から離れ、時間の流れが遅く感じるほど緩やかな空気が漂うこの店が俺は好きなのだ。流行りだとか期間限定だとかは性にあわないんでね。今を着飾るのが楽しいとは思わない派だ。

 

 暇なのかバイトが流れているスローテンポのジャズを止め、テレビをつけた。客は常連の俺のみだからか適当に寛いで過ごしている。

 

 カウンター上に吊られている43インチのモニターは昼のバラエティ番組。怪談話のコーナーで霊感があるらしい芸人が照明を絞ったスタジオで饒舌に語っている。ドラマに引っ張りだこの俳優が神妙な面持ちで相槌を打っている。

 

「へぇーえ、怪談ねぇ。店長はそういう体験したことってあります?」

 

「…無ぇな。」

 

「俺もなんすよねぇー。だからホラーな話はどうも嘘っぽく聞こえるんすよ。」

 

「あ、そうだ。お客さんはあったりします?」

 

 突然会話の矢印がこちらを向いた。小説に栞を挟み思考する。

 

そうですね、あれは7月の____

 

 

 


 

 

 

 大学が夏休みに入り、バイトはせず、何かを専らに打ち込むこともない俺はふとなんでも揃っているはずのコンクリートジャングルが窮屈で退屈だと思い、リュックに数日分の服と数万円の現金とその他もろもろを詰めて、昼過ぎに適当な電車に乗り、適当な駅で降りて宛もなくふらふら旅をしたんだ。

 

 長いこと電車に揺られていたから、目に止まったローカルバスに乗車する頃には日が沈んでいた。うとうとしていると、車掌さんに肩を叩かれ、終点だと告げられた。

 

 とっぷりと暗い道に降ろされ、周りには切れかけてチカチカしている電球で照らされたバス停の時刻表のみ。後は畑か壁のように暗く広がる森だった。

 

 覚悟はしていたが、こうまでも闇が広がっていると少し心細かった。ギリギリ電波は繋がっているので、マップを開いて宿を探した。

 

 幸運なことに少し歩いた場所に旅館と思しき建物があった。携帯のライトで道を照らしながらたどり着いて、宿泊の可否を尋ねた。

 

「あらあら、遅くに辺鄙な所までいらっしゃいましたねぇ。お部屋なら空いてますよ。どうぞこちらへ。」

 

 その場で承諾を得て、どうにか一晩明かすことに成功した。

 

 少し遅めに起床し、チェックアウトを済ませた。そこそこな値段はしたが屋内に泊まれたのだ。何も言うまい。

 

 出発する前に、ふと気になったバス停を見ると

 

 

“川宕村前”

 

 

 そう塗料の剥げた字で記されていた。

 

 かわとう?せんご?なんて読むのかは分からなかったが便は一日に二本だけだった。相当田舎に来てしまったようだ。

 

 昨日は夜で全く見えなかったが、数十メートル先には家屋が何軒か点在していた。美しい情景に心躍る気持ちを抑え、一先ずもう一泊する旨を女将さんに伝え荷物を置き、財布と携帯をショルダーバッグに入れ出掛ける。

 

 その時気づいたが、村に入るとLTEの電波はとうとう圏外。ドがつく程の田舎だし仕方が無い、これも旅の醍醐味と割り切って歩いて散策を始めた。

 

 起伏のある田園風景でぽつぽつと住宅や施設が並んでいる。沢のせせらぎ、そよ風が森の木の葉を揺らす音、清浄な空気は五感に優しい。灰色にくすんでいた心が解けていくような気持ちがした。 

 

 故郷でもないのに懐かしさを覚えた。それと同時に腹の虫が鳴った。太陽は多分だが南中を迎えている。そういえば昨日の夜から今にかけて食事をしていないと思い、目に止まった店に入った。

 

 赤いテーブルとカウンターが数席、壁に掛けられた達筆なメニュー表。昭和なテイストで趣を感じる店内。空いてる席に着き生姜焼き定食を頼む。

 

 料理が来るまで時間があるので、入口付近の棚にあった適当な新聞を手に取った。知らぬ地名のトピックが殆どだった。まぁ、遠く離れた地方に来ているのだ、特におかしくはなかった。

 

 だが、日付がおかしかった。

 

 

___1972年7月15日

 

 

 ぎょっとして思わず携帯で日付を確認した。携帯の表示は2025年7月15日。間違いなく印字ミスでは無い。ほったらかすにしては余りにも長すぎる。紙に劣化も見られず、まるで今朝配りたてのような新しさ。

 

 冷や汗が首筋に伝った。真夏だというのにやけに寒気がした。

 

「生姜焼き定食、おまちどぉ。」

 

 完全に気が逸れていたのでトレイを持って急に現れたおばちゃんに少々驚きもしたが、平静を装いながら食事にありつく。炊きたての米に豚肉は柔らかく甘い。キャベツの千切りも歯触りが良い。新鮮さを感じる生姜焼き定食だった。

 

 値段の割には得だなぁと、もそもそもくもく箸を進め、昼食を終えた。旅館に戻って休むにはまだ日は高い。再度村を見て回ることにした。

 

 今度は反対方向に歩いてみた。個人営業の露店や交番があった。更に歩いていくと、畦道の先に3mくらいの赤い鳥居があり、奥にはお堂のようなものが見える。

 

 ちょっと前にSNSで流行ったお前あの祠壊したんか系の創作物が脳をよぎり、在りもしない一抹の不安を覚えたが、風景は見飽きてきた頃だったので鳥居をくぐって進んでみることにした。

 

 枯葉を被った古ぼけたお堂が木漏れ日に照らされて鎮座していた。御札は貼られていないし留め具が外れかかって中身が見えかけていた。隙間から見るに錆びた御神鏡のようだ。

 

 普通は神棚に祀るものがどうしてここにあるのかと思い、ほんの少し非現実的な期待を寄せたが、何も無かった。怪物が出てこられても嫌なので安心した。

 

 無害だと分かったので、気まぐれと好奇心で御神鏡を軽く磨いてみることにした。戸を開き、手に取る。

 

 錆はこびり付いていたと思っていたが、治癒しかけの瘡蓋を剥がすように爪で引っ掻いてやるとポロポロと簡単に取れ、服の裾で拭いてやると完全にとは行かないが俺の顔がぼんやりと分かるくらいには性能を取り戻した。

 

 お堂もできる範囲で綺麗にし、中に御神鏡を収めた。戸だけはどうにも出来なかった。よく見ると蝶番が軋んで撓んでおり、歪にしか閉まらない。元の形に閉め直すのは交換しかあるまい。

 

 その後は風景の写真を撮り、柄にもなく小川で生物を観察したりとまるで子供の頃の無邪気な自分に帰った気分だった。

 

 夕方頃、最後に後回しにしていた大きな大樹に近づく。根が地を勢いよく突き破り、並ぶ物が居ないほど高く高く伸びている。

 

 樹の周辺には細長い杭と警告色の綱で囲まれており、樹に触れる事は出来ないようだ。遠景の写真だけ撮って離れる。夕日が背になり、橙の光が葉の隙間から漏れ、オレンジのバックライトが点いた樹は素人ながら美しく撮れたんじゃないかと自己満足した。

 

「ぁ…ぃた…」

 

 旅館に戻り、鍵を貰い部屋で暫く寛いだ。8畳一間の一人で泊まるには大きめな部屋。テーブルの上に昨日は無かった小さなチラシがあった。村の観光雑誌のようだ。…1972年発刊の。これも真新しい見た目だ。なんかもうそういうコンセプトの時代村に来たみたいだった。

 

「あーっ!ホントにいた!旅の人!」

 

 不意に縁側の障子がすぱァん!と勢いよく開かれ、見知らぬ少女がずんずんと部屋に押し入ってきた。驚いて変な声を出してしまった。

 

「女将さんから聞いたよ、久しぶりのお客さんだって!お話しましょ?」

 

 初対面だと言うのに物理的にも精神的にもえらく距離が近かった。こんな夜中に来て、親が心配するから帰りなさいとありふれた言い訳で諭した。

 

「えーつまんなぁーい。前来た人もそう言ってたんだよね。」

 

 彼女は強情なようで帰る気はさらさら無いようだった。テーブルの対面に座ると、傍にあった時代を感じる冷蔵庫をかっぴらいた。中で冷やしておいた未開封のマスカットのフレーバーウォーターを掴み、勢いよく飲み、数秒で8割ほど彼女の胃に吸われていった。自由すぎる。

 

「ぷぁ、おいしっ。ね、ね、お外のお話してよ。なんでもいいからさ。」

 

 お外と言うと多分村の外を指しているのだろう。時刻はだいたい8時半。寝るにはまだ早すぎたので、少し話をしてあげた。

 

 友人には悪いが酒に酔い醜態を晒した話や、最近起きた歯牙にもかけないような世界の出来事でも目を輝かせて聞き入ってくれた。その白い着流しに黒いおかっぱ頭でもしや座敷わらしかと思ったが、生憎俺にはスピリチュアルな感覚は備わって無い。生きた人間で間違いは無かった。福は欲しかったが。

 

 30分くらいつらつらと話した辺りで、会話のターンが入れ替わった。この村にまつわる昔話を聞かせてくれるようだ。興味があったのもあり、頬に肘をつき傾聴する。

 

「この村にはね、村の皆なら知らない人はいない古い伝承があってね。あの大きな木はもう見た?うんうん、凄いよねぇ。」

 

「あそこでね、旅人と村娘が想いを伝え合い、添い遂げたっていう伝説があるの。これはそのお話。」

 

 

むかぁしむかし。ある所にさすらう旅が好きな男がいました。

 

彼は目的がある訳では無いのに旅をする変わった御仁。

場所も分からぬままふらふらと歩いた旅の果てにこの村に辿り着きました。

 

風景はそこらと何ら変わりない田園が広がっていますが

とりわけ目を惹かれたのが村の中心に聳え立つ大木。

 

おぉ、これほどの大きな木は生まれて初めて見た

と感嘆します。

 

普段見る木とは違う大きさに圧倒された旅人は

じっくり眺め堪能しようと数日間滞在することにしました。

 

彼は明るい性格の持ち主で

村の人とすぐに打ち解けました。

 

住人と旅人が晩酌を共にするようになる頃

一人の娘が旅人に恋をしました。

 

一目惚れだったそうです。

 

楽しい時間は過ぎ去り明後日は彼が旅立つ日。

遠くに去ってしまう前に大木の前で想いを伝えます。

 

「あなたの事が好きです。ずっと私と一緒に居てください。」

 

ですが、心の底からの想いは芽吹きません。

彼は旅人。一期一会を楽しむ風来坊。

風の吹くまま気の向くままの身を固めようとは決してしませんでした。

 

叶わぬ恋は娘の身を狂おしいほどに焦がし

けれども頭は冴えたまま

無理やり男を落とす強硬手段に出ました。

 

撓垂れ掛かるように隠し持った刃で胸を一突き

娘の頬が赤く染まりました。

 

苦痛と驚愕の感情に濡れ、仰向けに倒れる男。

娘は傷口を隠すようにその上に被さります。

 

日が明ける頃

大木の裏で眠りこける二人を見つけた住人たち。

 

あまりにも健やかに幸せに眠っているものだから

呑気な彼らは放っておく事にしました。

 

男が死んでいるとも露知らずに。

 

その晩に、とても大きな地震が起きて

地はうねり家屋は倒壊、森は地肌を晒し

二人は隆起した根に包まれ

木の(むろ)に仕舞われましたとさ。

 

おしまいおしまい。

 

 

 

 二人は添い遂げたと言う前置きはそういう意味だった。昔話にしては大層ビターな中身だと思った。

 

 日本昔ばなしの本来のエグいストーリーを聴いた気分だ。後味の悪さはかちかち山並な気がする。あれ本当は大人向けの話で、童話の生ぬるさなど無い誰も救われない話なんだよねあれ、調べて見てほしい。

 

 

閑話休題。

 

 

 感想を一言述べ、少女の語り口の上手さを褒めた。

 

「ありがと。伝承にしては暗い話だよねぇ。」

 

「で、その男に惚れて殺した娘が私。」

 

 そそそそんなうそですよよねぇへへへ。

 

「あはは!勿論嘘に決まってるじゃん、可愛いお兄さん。」

 

 突然のカミングアウト未遂はココ最近で一番肝が冷えた。提出期限が明日のレポートの段落が一つズレていたのが日付が変わる頃に発覚した事よりもずっと恐怖した。

 

 俺の半分も生きていないような少女にからかわれ、なんか苛立ったので、仕返しとばかりに部屋から追い出すことにした。

 

「わひゃぁ!…もぉ、また明日ね!」

 

 きっぱりと障子越しに約束を交わされた。もう堪忍してください。

 

 なんだかどっと疲れたので、風呂に入り直ぐさま泥のように床に就いた。

 

 次の日、そろそろ帰ろうかと時刻表を確認するためバス停に向かうと、昨晩の少女がにやけた面で待っていた。

 

「お兄さぁーん、バスが来るにはだいぶ早いと思うなー?」

 

 一日二便。なんと始発は午後5時半。有り得ないだろうこの滅茶苦茶なダイヤは。現在は午前9時と数分。天を仰いだ。

 

「暇つぶしなら任せてよ。村の隅々まで案内したげる。」

 

 断る理由はすぐに思いつかなかった。

 

 そうして彼女による村の案内が始まった。昨日既に見たものからまだ知らない林の絶景スポットまで教えてくれた。

 

 インターネットも無いド田舎だとやる事が少ないから、こういったアウトドアな行動が主だろうから詳しいのはさもありなん。

 

 子供は風の子とはよく言ったもので、長年のインドアが祟りぜぇはぁ苦しむ俺をよそにスタコラ跳ねていきやがる。待ってくれたと思ったら顔面にでっけぇウシガエルを突き付けてきやがった。

 

 ひっくり返る俺を見て呵々大笑する彼女。

 

 …不思議と悪い気はしなかった。あれだな、よくある会社を辞め田舎に帰郷した主人公のラブストーリーみたいな遅咲きの青春。まさにその気持ちだった。

 

 コカコーラのロゴがペイントされたベンチのある駄菓子屋でミルク味の棒アイスを齧る。

 

「奢ってくれてありがとね。お兄さん。」

 

 村ツアーのお礼だと伝えた。キョトンとした顔を浮かべたが、すぐに冷えたアイスに夢中になった。

 

 アイスの残りを飲み込みふと気になった点を少女に聞いてみる。棒にはバツマークが印字されていた。はずれ?

 

「私以外の子供?そりゃあいるけど…」

 

 ここまでくるのに村中を連れ回された訳だが、子供はおろか畑を持つ大人さえ外にはいなかった。昨日の食堂のおばちゃんすら見えなかった。

 

「今日は暑いからねぇ。皆家で茹だってるんじゃない?」

 

 確かに暑かった。生まれてこの方ずっと都会住みの俺は山奥でもしっかりクソ暑いとは思いもしなかった。じっとりとした熱風は汗で濡れたTシャツを更に不快にさせる。着流しの彼女は汗ひとつかいていなかった。何を着ようが暑いはずなのに。

 

 小休止を挟んだ後、大樹に案内された。不気味な伝承の事もあり、俺は身構えた。

 

「ほら、ここ見てよ。人が入れそうなくらい広いでしょ。」

 

 川沿いに面する木の裏には、確かにぽっかりと空いた穴があった。不思議なのは一枚の板で作られたような隙間の無い見た目。榁、とは上手く言ったものだと感心した。

 

「どうやったらこんな育ち方するんだろうねぇ。」

 

 特殊な磁場とか根を伸ばすルート上にあった岩石とかが関係しているのかもしれないと予測をつけた。専門の学会に紹介すれば飛びついて調査を始めるだろうなと大学生らしく考えた。

 

 木の謎について彼女と談笑し、青と朱の混じった色の空になる頃に、俺ははっとしてバス停まで急いだ。

 

「あ、もっかい泊まっていったら?」

 

 呼び止める声を無視して走った。今日の曜日から視線を下に進めていくと、5時の場所には短い黒い横棒が描かれていた。運休日だった。

 

「だから言ったのにねぇ。くすくす。」

 

 からからと笑う彼女。してやられた気分だ。余計に恥と汗をかいて今すぐ上裸になってしまいたかった。

 

 そんなこんなでまさかの三連泊。いよいよ懐が寂しい。多くは無い軍資金に底が見え始めてきた。何せここは決済端末が無かったのだから。携帯からなら残高にあるだけ幾らでも金を引き出せると言うのに。不便な地だ。

 

 で、なんとあいつは俺の部屋まで着いてきた。全くおかしい奴だ。初めから泊まる気でいたのだ。何故帰らないか問いただしても右へ左へ上手にはぐらかされるのみ。

 

 どうにか帰らせたい俺と泊まりたい少女のいたちごっこは終わりが見えないと音を上げた俺の根負け。ほっといてノートパソコンを開いてレポートを仕上げる事にした。面倒で面倒で仕方が無かったが、今はこれが最も有意義に時間を使えると確信していた。

 

「何それ!見せて見せて!」

 

 やはり彼女の興味がノーパソに向いた。触る気は無いが見ていたいらしく、素早く俺の股座に座り特等席を確保した。

 

 パチパチとキーボードを叩く音、CPUの駆動音。小さく聞こえるカエルのコーラス。彼女は物珍しさに黙りとしていた。

 

「今って何してるの?」

 

 静寂を破ってそう直球に聞かれたから、

 

”二次元における強いベクトルが発生した時の効果とそれが及ぼす副次効果のまとめ”

 

 のレポート作成と返した。早い話スマブラのベクトル変更を纏めたレポートである。夏休みだしお題はなんでもいいから仕上げてきてねって言ったのは教授なのでね。

 

 彼女はあたまのわる((ᐛ))いひとの様にフリーズしていた。子供が大学生の回りくどい論理じみた話を理解できるはずもないので無視して入力を続ける。

 

 ワードが一枚と少し完成した所で今日は終わりにした。明日こそ帰るぞと心に誓い、俺の股座に座る彼女をどかして10時を指す前には寝た。彼女はどうせ布団に潜ってくるのだろうと思っていたが、意識を向ける頃にはこつぜんと居なくなっていた。

 

 寝ている時、何かにいきなり叩き起された。ローギアの脳みそのまま誰かに手を引かれ旅館を出た。

 

 火事かと思い後ろを向いても火の手は無い。一体誰だと目を擦った。旅館の女将さんだった。

 

「お客さん、お客さん!起きたかい!?」

 

 焦った様子で肩を揺すってくる。なんだなんだと欠伸をしながら聞く。何故か俺たちは村の方へと歩き出していた。ふらふらと誰かに導かれているかの如く。

 

「何か魘されているようでしたよ。それに物凄い形相だったもので…」

 

 悪夢でも見ていたのだろうか。しかし全く中身を思い出せない。そして何故外に連れ出されたのかも答えてくれなかった。

 

 いつの間にか、例の大樹の元に来ていた。女将さんはこちらを見定めるかのごとく、じぃ…と俺を見つめていた。

 

「ここはずっと今日から進むことは無いのです。あの大きな樹を見て下さい。古くからこの村にある詩がありまして…」

 

 突然何かに取り憑かれたかのように喋り始めた。

 

 

旅人よ、旅人よ

 

あなたはわたしの鳥籠で

 

居ぬなら去ねよと夢鏡

 

焦がれて時が、とどまればよいのに

 

大木の枕す幹に臥すあなた

 

朱射(あけさ)すわたしと(くく)み眠らん

 

 

「この元となった女の子が想いを遂げた旅人と榁に入ったと言われる樹です。確かに、裏に大きな木の穴があります。」

 

「こういった信憑性のある物が沢山残っているから不気味なものでだれも触りたがらない。怖がって村を出ようとする者は揃いも揃って死んでしまいました。」

 

 何を言っているか分からなかった。余りに突拍子のある話で脳が理解を拒んだ。

 

「あなたは若いからもう分かるでしょう?来るもの拒まず、去るものは殺す。この村は鳥籠。出ようとすると飼い主の不機嫌を買ってしまうのです。」

 

「どこかで今日の日付を見ましたか?1972年7月15日。伝承の日から数百年の時は流れましたが、この日を境にここはずっとそうなのです。」

 

「きっと誰かを探していたのでしょうか。貴方のような旅人を。」

 

 

 ぞわり。

 

 

 全身の毛が粟立った。まさか…

 

 

「そのとおり!ずうっとあなたを待っていたんだよ。」

 

 ぬるん、と女将さんの後ろからいつの間にか消えていた彼女が這い出た。女将さんはその存在に気付いていなかった。声も姿も俺にしか視えていないのだ。あの伝承の娘の正体は紛れも無く俺に懐いてきた少女だったのだ。

 

 息が上擦った。涙も情けなく溢れて流れた。関係の無いたった一人の娘の惚れた腫れたで人生を狂わされなければいけないのだ。何故俺なのだと。

 

「あなたは私を知らなくても、私はあなたを知っている。だからそうなるのは無理もないよ。」

 

「魂の形、揺らめき、色、匂い、味。全て憶えているからね。旅人さん。」

 

 昼間と比べどこか大人びた雰囲気の彼女に恐怖を抱く俺をよそに、女将さんは言葉を紡いだ。

 

「でも、一つだけ出る術がある。畦道の向こう、赤い鳥居のお堂に御神鏡が仕舞ってある。それを持って自分の顔を映すように掲げたらそのまま鳥居をくぐりなさい。」

 

「夢は鏡。鏡に映る己を現と固定すれば、夢幻の場所から抜け出せる。」

 

「あぁ、あれね。とっくに錆びちゃって使えないと思うけどなぁ。」

 

 降って出てきた蜘蛛の糸。

 

___でも、それじゃあ貴女や他の人は…

 

「いい。時代に捨てられた私たちは出た所で何もできやしないの。未来ある若者が使うべきよ。」

 

 そう言って俺の背をパシンと叩き、しっしと追いやるような手振りを見せた。俺は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらがむしゃらに遁走した。

 

 水銀灯が薄く照らす夜道をひたすら走り、畦道を突っ切り例の鳥居までたどり着く。いつまでも落ち着かない呼吸を繰り返しながらお堂の戸を力任せに開き、御神鏡を震える手で持つ。自身の体液で濡れた俺の顔が反射して映る。

 

「まさか、綺麗になってたとはね。予想外だよ。」

 

 一寸先も見えぬ森の中からびゅうと吹き荒ぶ風に混じって声が響く。どうして…あいつからは逃げられないのか!

 

 ここで終わってたまるかと恥も外聞もかなぐり捨て、手足を振り回し走り出す。今すぐにでもあいつに追いつかれ掴まれるんじゃあないかと錯覚を覚えるほどのプレッシャーが背中にひしひしと伝わった。

 

「そう簡単に逃がすと思う?待てよ。ねぇ。」

 

 俺はあの時の気まぐれと好奇心を心の底から褒めたかったよ。

 

 鳥居をくぐったと同時に、ぷつりと張り詰めていた神経が切れる感じがして視界が真っ暗闇に落っこちた。倒れる最後まで凝視していた鏡に彼女は映っていなかった。

 

「あは、疲れちゃった?まぁいいや、今はお休みなさいな。今は、ね。」

 

 目覚めたらあのバス停の場所だった。丁度よく市へ向かうバスが到着したから慌てて飛び乗った。

 

 あの夜、俺は命からがら逃げきれたんだ。安堵で泣き腫らし枯れたはずの目からまた涙が零れた。落とすまいと手に握りしめていた御神鏡はひび割れて鏡としての役割は終わっていた。

 

 これは長い小暑の夏の夢。

 

 

 


 

 

 

___お終い。

 

 

「お…おぉ、なんか…鳥肌が……作り話っすよね?」

 

「すげぇな。噺家になれるんじゃないか?」

 

__はは、ありがとうございます。あ、フルーツティーのおかわり貰えますか。喉が渇いちゃって。

 

 あれは正直夢だと言っても過言では無いと自分でも思う。撮った風景の写真は全部真っ黒になってたし、川宕村なんて調べてもそんな村は無かった。

 

 でも、夢で片付けるには難しい点もある。まず、使った旅費はきっちり消えていたのと、手のひらに割れた鏡でついた傷が残っているのだ。いてて。

 

「そうだ、お客さん。また宛もない旅行に出かけるつもりかい?」

 

 脈絡も無く藪から棒に店長から聞かれる。

 

__うーん、またこの環境に嫌気がさしたら行くかもしれませんね。

 

「鏡ってのはな、割れると良くねぇ事が起きるんだ。特に神事に使われるやつはな。」

 

「お、会計する時以外で珍しく喋ってるっすね。」

 

「うるせぇ、湯沸かしてろ。」

 

「うへ、すんませんっしたぁ。」

 

「で、だ。気付いてないかもしれねぇがお客さん、顔。随分と窶れているぞ?見てみろ。」

 

 携帯で確認してみる。…普段と変わらない顔が映っている。夜更かしのせいでできた隈が少しあるくらいか?

 

「暫く旅はやめとけ。やるならグーグルマップとかでやれ。あ、ジオゲッサーとか楽しいんじゃないか?」

 

__…はぁ。

 

 

 そう言って実はゲーム好きな店長は紅茶を淹れだした。無口な店長の珍しい忠告は何故かすんなり耳に入った。

 

「霊感ないって言ってたクセに、中々鋭いね。」

 

 気付けば小説を読む時間がなくなってしまった。バイトに釣られてベラベラと話した俺が原因だが。

 

「はいよ、洋ナシフルーツティーのおかわり。」

 

__あれ、2つも頼んでましたっけ?しかも片方は持ち帰り用のやつじゃないですか。

 

「作りすぎちまってな。まぁ面白いもん聞かせてくれたサービスってことで。代金は一杯分でいいから。」

 

「美味しそうね。ありがたく頂きまーす。」

 

 突っぱねるのも好意を無下にすると思い有難く頂く。ぐいと一息に飲み、喋って乾いた喉を潤し、少し火照った体に冷たさが走る。首元にひやりと何かを感じ、ぶるりと芯から震えたのは一気飲みをしたせいと軽いジンクスのようなものだと無視をして、持ち帰り用の紅茶を片手に退店する。分量ミスなのか心做しか軽かった。

 

 

 あれ、そういえば寒気は上からくるものだっけか。

 

 

「今日は暑いからね。飲み物のお礼だよ。」

 

 


 

 

 

これにておしまい。

 

御神鏡は神の依代

割れたとて彼女からは逃れられない

 

皆様も大事な物の取扱いには細心の注意を払いましょう。

乙女心は特にね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ、そうそう。実はこの詩には続きがありまして。

 

 

世は止まり、無間に果ては在りませぬ

 

漂うあなたで針を刻む

 

御見逸れはせぬ

 

こころを混ぜて、愛を象る

 

わたしとあなた、籠の中

 

ここは鳥籠、ひとりはふたり

 

 

お客さんには悪いけど、利用させて貰いました。

本当は見えていたし聞こえていました。

けれど素知らぬフリを演じた。

漸く訪れたまたと無い好機、みすみす逃す訳には行かないですよね?

 

 

彼女も。私たちも。

 

 

 

 

「素敵なあなた。私のあなた。絶対に解けない程きつくかたく魂で結ばれた___(旅人さん)。」

 

「来世も、ずっとその先も未来永劫ずぅっと一緒だよ。うふふっ。」

 

 





不自然な空きスペースを反転してみると面白いかもしれない
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