激重感情短編集   作:五足歩行

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身代わり人形

 

 

 

 ある日街を散歩していると、裏路地に人形堂を見つけた。

 

 私以外の人々は誰も気に留めない、時代に置いていかれたような古ぼけた店。私は老舗ですよと言わんばかりに鎮座している。

 

 こんな店あったかな?それとも私が単に気にも留めてなかっただけか。

 

「お客さん、見ていきますか?」

 

 外から店の中を眺めていたら、壮年の店主に目をつけられた。

 

 そう言われてしまえば逃げるのも憚られるし、入らざるを得なかった。

 

「どうぞごゆっくり。」

 

 ダークウッドを主とした、趣のある店内。

私以外に客はおらず、雑多としていて狭い。

 

 木の懐かしい匂いに混じって、嗅ぎ慣れない匂いがする。

 

 見渡せば、市販のバービー人形から市松人形や精巧なビスクドールまで、店主の人形への分け隔てない愛を感じられる品揃え。

 

 床板を軋ませながら見歩くと、博物館にでも来たような気分になる。

 

 角には人かと見間違うくらいの、等身大の人形がズラリと並んでいる。

 

「そこはワタクシの作品を置いています。オーダーメイドもやってますので。」

 

 この店主、本物だ。よく見れば手先に付着した汚れと、ちらほらと服についた白い粉。自作にまで及ぶ情熱が伺える。

 

「宜しければ、お客さんの好みを教えて貰っても構いませんか?あくまで参考にします。」

 

 紙とペンを手渡された。しどろもどろになりながらも、癖を曝け出さない程々に記入して返す。

 

「ありがとうございます。また気が向いたら、お越しください。」

 

 特に買うものもないので、軽く会釈して退店した。

 

 普段行かない場所だからか、見るもの全てが別世界のようで楽しかった。

 

 私の出した要望通りの製作に取り掛かるのだろうか。買うかどうかは別として、それだけは少し気になった。

 

 まぁ、覚えていたらまた来よう。

 

 

 

 

 

 あれから、大体十ヶ月が経った。

 

 すっかり冷えて、凍てつく風が曇天から降る頃。ふと、例の人形堂の存在を思い出したのだ。造って貰えただろうか。

 

 でも、造っているかどうかは分からない。他の客のオーダーに注力しているかもしれない。

 

 そもそも、製作から完成に至るまでに要する期間すら知らない。

 

 けれども、私は何となく淡い期待を抱いて店へと足を運んだ。

 

 店主は枯葉の掃き掃除をしていた。足音で察知されたようで、目が合った。

 

「おや、あの時の。」

 

 どうやら、私の事を覚えていたようだ。

 

「ちょうど良かった、お客さんの好み通りの子が完成したんです。」

 

 私の好み通りとストレートに言われると、えも言われぬ恥ずかしさがあるがちょうどいい。

 

 私が容姿を提案したのだ、それは探すまでもなく目についた。

 

 手を前で組んで直立している、等身大の人形。存在が際立って、為す術もなく目を奪われた。

 

「いかがですか?」

 

 陶磁器のような、という形容詞さながらの白い肌。

 

 肩のラインで切り揃えた白金色の髪は光沢を帯び、それはまるで高級な絹。

 

 唇に艶が乗っている。皮膚の下の血管がうっすらと見える。隅々まで血が通っている色味の肌。並大抵の塗装技術とは一線を画している。

 

 蒼玉を丸々埋め込んだような、青く輝く綺麗な瞳。今にも爆発しそうな鮮やかさは、(あで)やかな妖しさを併せ持っている。

 

 ケープが着いた黒色のワンピースは、静謐で上品な印象を与える。

 

 服装は特に指定していなかったのだが、容姿のイメージに隙間なく嵌った。

 

 嗜好の領域と呼ぶには逸脱しすぎている美術品。

 

 これでもかというほど、魅せられた。

 

 代替不可能な職人の手前というのは、かくも心を高鳴らせるものだ。

 

 素晴らしい出来栄え。予想以上の完成度に、脱帽の意と共に感謝を伝える。

 

「こちらこそ、大変素晴らしい題材を頂いたものですから。年甲斐もなく熱を込めてしまいました。今もまだ興奮冷めやらぬ心境でして。」

 

 店主の集大成と言っても過言ではない作品。感動したのはいいものの、どうしたものか。次を切り出す言葉が見つからない。

 

「差し出がましいかもしれませんが、お礼にこの子を差し上げようかと思っています。」

 

 なんだって?

 

 見て満足して帰るつもりだったが、二転三転して人形を頂く流れになった。

 

「あぁ仰らないで。ワタクシがそうしたいからそうするだけですから。何の他意もございません。」

 

 どうやら本当にその気らしい。満足しすぎてどうでも良くなってたりしてないか?

 

「これを機に同志となって頂けましたら、商売としてこれ以上の成功例はありませんので。」

 

 凄く断りづらい。NOと言って出ていけばそれっきりなのだろうが、店主とは一期一会の付き合いにならなそうな予感がしてならない。

 

 最終的に、タダという言葉にトドメを刺されて引き取る事にした。

 

「ありがとうございます。では梱包しますので、少々お待ちください。」

 

 喜びを表すかのように、てきぱきと梱包を進めていく。あっという間に、ラージサイズのキャリーケース一つ分に収めてしまった。

 

「組み立ての説明書も同梱しています。怪我の治療でも、新たな家族の迎え入れでも、いつでもお越しください。」

 

 言い回しが怖かったが、それだけ真摯に向き合っているからこそ見え隠れする奇人っぷりなんだろう。

 

 まずは家の整理から始めよう。人形とはいえ、サイズは人大。分かっていても見られているようで気になってしまう。

 

 家に帰るなり掃除を済ませ、早速組み立てた。適当な空きスペースに置いてみる。

 

 最近の人形というものは、組み立て式である上に球体関節でなくてもポージングが可能らしい。可動域は広いし、自重がしっかりしていて倒れない。

 

 数分かけて店の時と同じポーズにした。

 

 綺麗だ、とても綺麗なのだが。どうも微妙な気がしてならない。

 

 それは店主の情緒溢れる店内だったからこそ。白くて明るい我が家にはそぐわなさ過ぎるんだ。

 

 あと衣装ケースの横に置くからダメなのかもしれない。

 

 上品さと生活感は同居しないんだな。知ってたが。

 

 

 

 

 

その晩。

 

家主は眠り、時計は丑三つ時を回った。

 

暗い部屋の中、人形の赤い瞳に光が結像する。

 

人形の指先が僅かに震えた。

誰のせいでもなく、その身に宿る意思によって。

 

どうして意思が宿ったのか。それは人形さえも分からない。

店主に愛情を込められて造られた事による、早すぎた付喪神なのかもしれない。

 

そこに至るまでの経緯はどうであれ、人形は目の前で寝ている人間を持ち主として認識していた。

 

緩慢に、独りでに動き出す。

魂が最初から存在するかのように、人と遜色ない動作で優雅に歩く。

 

寝ている主人をじっと見下ろす。

その(かんばせ)に感情はまだ宿っていない。

 

ただ、見つめ続ける。

完璧に固定された姿勢は、布擦れすら起こさない。

 

熟睡している主人。首だけを動かして周りを見渡す。

一見すると整頓されているが、端には薄らと埃が溜まっている。

 

なるほどこれが「暮らし」かと、言外に学ぶ。

 

側はそこそこに理解した。

次は側の内にある為人(ひととなり)を。

 

そっと主人の頬に手を添わせ、ふにゃりと吸い付くような柔らかさと暖かさを知る。

反対の手で自身の頬を触る。かつりと接触の結果を得るだけ。硬質で冷たい。

 

自身には持ち得ぬ、生きている熱。不思議な感覚。

まだ、味わっていたい。ずっと触れていたい。

 

じんわりと、何かが罅をいれた。

 

人形は人の温もりが羨ましいと思う事はなかった。

ただ、それに包まれてみたいという欲望が芽生えた。

 

身の内側から溶かすような熱を持った抱擁を交わして、やがて愛を知るだろう。

 

主人がむず痒そうに、寝返りを打った。

手が離れた。両手を合わせる。

僅かに移った温もりは、夢を抱かせるには十分だった。

 

人形は夢を見る。弁えず、強欲に。

 

伝えることのできない想いは夜に溶けた。

誰に知られることもなくひっそりと。

 

今はまだ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 人の気配を感じ起床すると、そういえば人形を貰ってきたのだと思い出す。家主は私なのに、借りてきた猫のようにおっかなびっくりだ。

 

 私がうろうろする度に、人形も右へ左へ私を追うように視線が動いているような気がする。これもモナ・リザ効果を用いた技法かもしれない。

 

 ちょっと詰め込みすぎじゃないか?見れば見るほどギミックが出てくる。

 

 この空気に如何ともし難くなり、気まぐれに頬に触れてみる。冷たく滑らかだが、コツコツと無機物の手触り。寒い時期に触るのは控えた方がいいかもしれない。

 

 そういえば、人形の手入れやらアレコレを聞いておけばよかった。放置して汚してしまうのは忍びない。

 

 柔らかい毛のブラシとか、素材に優しい洗剤とか。立て続けに用ができてしまった。

 

 あの店主に聞いておけば間違いはなさそうだ。まさか二日連続で行く事になるとは思わなんだか。

 

 私は寒風に身を縮こませながら早足で店に向かった。

 

「おや、どうも。あの子はお気に召して頂けましたか?」

 

 店主は少し驚きつつも、感触を得たようなしたり顔。気恥ずかしさを押し殺して、目的である道具の所在を聞く。

 

「でしたら、そちらに一式纏めて置いてます。」

 

 ブラシにハンドブロアー、マイクロファイバーのクロス。何らかのスプレーが数本。

 

 一式の販売に加え、それぞれが選りすぐりの良品なのだろう。しっかりと値が張る。

 

「いいでしょう。海外から取り寄せた専用の道具です。本場フランスの名工が手掛けた一品でして……」

 

 商売というよりは、物の素晴らしさだけを語るトークが始まった。人や種類を問わず、オタクとは往々にしてそういう気質がある。

 

「自らの手でお世話をしてあげると、より一層綺麗になります。無料で差し上げた手前、お安く…といった風にはできかねますが。」

 

 寧ろ安心した。これもタダと言われたら流石に正気を疑った。

 

「弘法筆を選ばず、市販や一工夫で済ませるのが何よりですが…これらは専用の道具ですので、入手に些か苦労するかもしれませんね。」

 

 そして最後の最後に販促へと結びつけた。全く、商売上手で逞しい人だ。

 

「今後とも、ご贔屓にお願いします。」

 

 敢え無く購入した私の負けとは言わないで欲しい。ただ、手間をかける面倒が勝っただけだから。

 

 流されるままに、形から入る極地で人形趣味に振れかけている。となればいよいよ断捨離を始めなければ。

 

 道具を買いはしたものの、人形はまだ新品同然。まだ手入れをしなくても大丈夫だろう。その日は軽く肩をほろって終わった。

 

 近い将来、やった事のない手入れをやるのか。人形に触るのにもまだ抵抗を感じているんだぞ?

 

 というかまた物が増えた。整理するだけでも一汗かいて疲れるのに、懲りない事だ。

 

 

 

 

 

朝に主人が触れてきた事はもちろん分かっている。肩の埃を取ってもらった事も。

 

そのまま手を取り求めようとした。

動けば不審がられると思い、衝動に耐えていた。

 

動くはずのない人形が動けば、究極の話捨てられてしまうかもしれない。

誰にも悟られない心の内側で、もどかしさに揺れ動いていた。

 

その鬱憤を、もとい夢に近づくため、今宵も触りに行く。

 

首に触れる。暖かさを過ぎて熱ささえ感じる。

規則正しい静かな鼓動と共に、熱が行ったり来たり。

 

それは、人形には流れない血液。

きっと店主のような気狂いであれば、血管を彫って血のようなものを流せるのだが、今は関係の無い話。

 

熱と共に鼓動のリズムが手に残る。

人形のような紛い物ではない、生きている証。

 

視線が移る。

 

布団のベールに包まれている、胸と心臓。

熱を全身に送る源であり、幾重にも覆われて尚存在感を放つ大きな熱。

 

欲望のまにまにそっと手を滑らせ、布団の中に潜り込ませる。

服の上からでも分かる、首の時とは比べ物にならない強烈な拍動。

 

腕に伝わって、身体が揺れる感覚。

安心感が広がって、心地よいリズムにうっとりとする。

 

もう少しだけ。一つ反応を起こすまで。起きたらそれっきりにしよう。

 

高まる緊張の最中にレイズを重ね、耽溺に浸る。

 

うず高く聳え立ったチップは、主人のスリープ・スターツによって儚くも崩れた。

 

人形は素早い動作で定位置に戻った。

落ち着いて寝息を立てている主人を見て、胸を撫で下ろす。

 

高鳴る鼓動は嘘でもうるさかった。

 

宴も酣、今日はここらでお開きに。

 

良い夢の続きを。

 

 

 

 

 

 

 

 人形を頂いてから早くもひと月。気付けば人形を眺めている時間が増えた。世話だって欠かさず行っている。

 

 どうやら、自分でも思う以上に懸想しているらしい。単純なやつめ。ピュグマリオンか。

 

 どうせ動く事も、会話をする事も叶うまい。それらは創作物だけの特権だ。

 

 だが、まぁ、そうあって欲しいと願っている私がいる。年齢イコール交際歴無しの私には、刺激が強すぎたのかもしれない。

 

 そりゃあ私の好みストライクだもの。私好みの容姿にするよう要望を出したのは私だし。

 

 慰めに、「行ってきます」だの「おやすみ」だの、軽く話しかける事も増えた。順調に店主の思う壷になっていく。

 

 それにしても、最近は疲れが取れにくくなった気がする。しかもそれは人形を持ってきた頃と一致する。

 

 ジンクスを結び付けるのはあまり良くないが、ただの気負いだと思いたい。それはそれで変な気もするが…

 

 人形の服の洗濯は別でした方がいいのだろうか。飾るだけとはいえ1ヶ月も放置してしまっていると、流石に悪さを感じる。

 

 流石に店にはもう行きたくない。手入れのヒント序でに何を買わされるか分かったものじゃないし。

 

 ただ、洗濯している間全裸になるのがなぁ……きちんと細部まで作られているからこそ目に悪い。乾くまで私のを適当に着させよう。

 

 適当にジーンズを穿かせてシャツの上にアウターを着せたら一気に店頭ディスプレイっぽくなった。少し楽しい。

 

 

 

 

 

夜になると、いつもの様に人形の時間が訪れる。

 

近頃は、主人から一言投げかけられるようになってきた。手入れもしてくれている。

 

服の洗濯で裸を見られたりもした。

脱がされる瞬間、咄嗟に動かなかった自分を褒めてやりたいと思っていた。

 

コミュニケーションをしてくる様になって嬉しいと思う反面、返事ができないこの身が恨めしい。

 

だから言葉以外の表現方法を模索する。

 

より大きな熱を探して、時間をかけて愛をダウンロードしていく。

 

心臓に耳を当てたり、太く重要な動脈を見つけてずっと触れていたり。

行動は大胆にエスカレートしていった。

 

二人で温もりを感じ合う。

意味を調べる術のない人形にとって、それが愛だと信じて疑わなかった。

 

最近主人が眠りこけて全く起きない事に付け入って、更に大きく踏み入った。

 

掌だけでは飽き足らなかったのだ。

生物の進化を辿る上で、大半が行き着くボディランゲージ。

 

愛しています。

 

そう思いながら、主人の頬に唇を落とした。

 

熱を放出して少し熱い肌は、ぐにりと少し潰れて伸びて、唇に不思議な感触を残した。

 

これが愛。なんて甘美、なんて多幸感。

 

ぷちりと堰が切れた。子猫が示す愛情表現のように、頻りに顔を押し付ける。

 

意味を言葉に変えて発散できない人形は、想いを募らせていく。

 

吹き溜まりに積もった想いは、解ける先を知らない。

 

それではまた明日。

 

 

 

 

 

 持続的な倦怠感は、日毎夜毎(ひごとよごと)に累積していく。まるでチーズグレーターにかけられたパルミジャーノ・レッジャーノのように、最大値がザリザリと削られていく。

 

 おざなりな生活習慣のせいもあるのだろうが、いよいよそれで済ませられる規模を逸脱してきた。

 

 何をするにも疲れ、朝起きると活力よりも億劫が激しく主張してくる。これではまるで老人じゃないか。

 

 いよいよどうにもならなくなって、物理的にも重い腰を上げて病院に駆け込んだ。

 

 長ったらしい諸々の検査を終え、医師が言うには、病気ではないが、ただただ衰弱を辿っているとの事だ。

 

 それもおかしな話だろう。風邪程度の病気は幾度もあれど、それ以上は罹患した事はない身体だぞ。

 

 最終的には、エナジーバンパイアとかいう聞き慣れない単語が出てきた。あまりにも聞きなれなさすぎて、失笑してしまった。

 

 それは読んで字の如く、誰かと一緒に居ると発症する恐れのある症例らしい。

 

『なんだかこの人といると疲れるんだよなぁ』

 

 と感じると、そうらしい。

 

『疲れるんだよなぁ』

 

 じゃないんだよ。こちとら既に疲れ果てているんだよ。

 

 入院を勧められたが、どうも人形の事が頭から離れなかった。私への慮りを辞退し、よたよた時間をかけて家に帰った。

 

 もしかすると、人形がバンパイアなのかもしれないから。それも悪くないと思う私がいる。すっかり毒されているものだ。

 

 帰る合間、原因の一環かもしれないと睨んでいた人形堂を覗いた。

 

 既に退去済みだった。早くも内装屋が改装工事をしていた。

 

 なんだ、私は狐に化かされたとでも?

 

 であれば合点がいく。そうじゃなくても、無理やり納得できる理由が欲しかった。

 

 どこかで蜘蛛の糸を欲していたのだろうか、無下にされた気がして足取りが重くなった。

 

 今の私に、店主のあれこれを勘ぐる元気はない。

 

 どっと疲労が押し寄せる。自覚した事で理解が進み、より事態の深刻さが鮮明になった。

 

 ()んぬる(かな)。私は家に着くなり倒れ伏す。

 

 人形が私を驚いた目で見た気がした。

 

 気付けば夜だった。

 

 寒い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足先に暖かさが。

 

誰の?

 

()の?

 

 

違う。

 

 

 

主人の。

 

 

 

足元には、倒れている主人が。

吐く息は短く荒く、半ば死に体となっている。

 

何故か全身が暖かい。

 

毎日触れたから分かる。

主人と同じ、生命に満ちた暖かさ。

 

でも、主人は冷たい。

 

私が奪った?

 

毎晩触れていたから?

熱の伝播だと思っていたものは、本当は生気の吸収だったという事?

 

そんな、私はただ。

 

なんで?

 

私が人じゃないから?

 

人形は、夢を見る事すら許されないの?

 

倒れていた主人を、優しく抱きとめる。

背に手を回して、離れないように。

呆気なく、期せずして夢を叶えてしまった。

 

夢を見た時とは、まるで逆。

暖かい人形。冷たい主人。

熱を啜り芽吹いた夢は、最悪の形で咲いた。

 

緩やかに主人の鼓動が弱まっていく。温度が私に抜けていく。

 

反射的に手を離す。

私に凭れた主人は、微かな息を浅く繰り返す。

 

もう助からない。

危機を伝えられぬ私ではどうしようもない。

 

理解したくない現実が重くのしかかる。

 

抱擁とは、こんなに悲しくて寂しいものではないんだ。こんな形で交わすなど、あってはならない。

 

抱擁とは、愛と暖かさに満ちていて、それを等しく分け与える素敵なものなんだ。

 

これじゃあまるで、お互いに剣を突き立て(うず)め合う拷問ではないか。

 

待って。置いていかないで。

 

どうか死なないで。

 

私はただ、あなたを愛したくて……

 

「暖かい……」

 

違う、それはあなたのものなのに。

 

返します。夢を見た私が愚かでした。

だからお願い、まだ眠らないで。

 

「美しい、人…みたいだ…」

 

───────あぁ。

 

 

 

 

 

その晩。

 

人形は熱を移され、「人」になった。

 

人と同じ温もりを持つ、けれども血の流れぬ人。

 

慟哭する事も叶わず、表情の一切を動かす事(あた)わぬ顔は、どこまでも美しくて。

 

悲愴に濡れた瞳は、ずっと乾いていた。

 

 

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