昨日の話だ。
夕方頃、帰宅して一息ついていた時にナナカマドの爺さんからポケッチに着信があった。
「……おう」
『おうとはなんだおうとは。もしもし位言わんか』
「……モシモシ。子供たちに会えたんだな?」
『ウム。コウキとジュン、だったな。無事草むらに入る前に会えたぞ。
しっかりと一喝もしておいた。』
「あんま怒らないでやってくれって言ったじゃねえかよ……」
『危機感に欠けていたのでな。それに、彼らはそんなこと忘れてしまうほどのプレゼントをもらって今は大喜びだろう』
「プレゼント?もしかして……」
『ウム、たまたま同行していたポケモン達がいたのでな。その内の二匹を彼らに託した』
「そうか……!随分と思い切った真似したな。
最悪『お前らのようなルールも守れんガキは、当分ポケモンも与えん!』くらい言うかもしれないと危惧していたんだが」
『未遂で済んだのでな。……お前のおかげだ。
なにより、彼らには確かに備わっていた。
仲間を思いやる心と、ポケモンを大好きでいる気持ちがな』
「……無事でよかった。報告ありがとうよ。あー、悪いが電話は苦手なんだ。じゃあな」
『お前が彼らを気にかけていた気持ちが少しわかったよ。なにせそっくりだ。カンナギタウンに住んでいた頃の、人の話をまるで聞こうとしなかったお前とシロ』
思い出話が始まりそうだったので電話を切る。
長い間連絡をしなかったことに罪悪感は募るが、だからと言っていつまでも付き合っていられない。
その後も着信があったが無視してそれっきりだ。
とにもかくにも、いい収まりどころで話に決着がついたことに安堵する。
それからなんとなくまた家を出た。
一日に二度も外出したのは久しぶりな気がする。
フラフラと歩いていると、そのうち少年達の家の近を通り過ぎる。
……だがどうにもおかしい。家の中が静かなのだ。
ポケモンをもらったその日にあれだけポケモンが好きな子供たちが大人しくしていられるはずがない。
ということは、彼らはまだ家に帰っていないという事だ。立ち止まって空を仰ぐ。
燃えるような夕焼けも鳴りを潜める時間になった。
いつもならばこれくらいの時間には彼らが解散する声を耳にしていた。明らかに門限を過ぎている。
恐らくポケモンバトルに熱を上げているのだろうとアタリを付ける。
初めてのポケモン、初めてのポケモンバトル。
盛り上がる気持ちもわかる。昔の俺がそうだったから。
……町の出口にまで来たものの、またしても悩む。介入しすぎではないかと。
今はポケモンといるのだから、野生のポケモンが飛び出てきても対処できるだろう。これ以上ただのご近所さんが干渉するには不自然だ。
そう考えながらも、町の前で止まった足が、翻ることは無かった。
もう20秒だけ葛藤してから、
「……世話の焼ける……!」
201番道路へと進んでいった。
・・・・・・
少年達はすぐに見つかった。
案の定ポケモンバトルを満喫している。
ちゃんと草むらの外で戦っているようだし、怪我をした様子もない。
杞憂だったと帰ろうとした時、草むらから小さく顔を出したガーディが怒り心頭といった様子で彼らのいる方を睨みつけているのに気が付いた。
ジュンとコウキの様子を窺うが、二人ともバトルに集中しており気づく素振りは無い。ガーディが四つ足を踏ん張って技を打つ姿勢になった。
照準は―ジュンの方か。
……今度の葛藤は1秒にも満たなかった。
勝負する二人とガーディに聞こえない声で囁く。
この辺りのポケモン、全部やってくれ。
返事は無い。
その代わりに、
静かにガーディが草むらに横たわるのを確認して、少年達に気付かれないようにそっとその場を離れた。
・・・・・・
そんなわけでナナカマドよりも事の顛末を仔細に把握していたのだが、その事を知られたくなかったため昨夜の出来事は無いものとするつもりだったのだ。
コウキとジュンの二人はただただ不思議そうにしている。これ幸いと、夜の件は聞かなかったことにして取り繕った。
「あーなんだ。その、実はだな、昨日ナナカマド……博士から連絡をもらってな。お前たちが草むらに入るすんでのところに間に合ったって話や、ポケモンをあげたってことも聞いてたんだよ。その、悪かったな!ポケモンはサプライズで見せてくれようとしてたのか!じゃ、じゃあ折角だから今見せてくれよ!」
「おーいいぜー!じゃあ見せるぞー!」
「……?あ、そういう事だったんですね……?今、紹介します!」
「コウキはやくー!!」
……相当強引だったがどうにか誤魔化せた、か?
コウキは少し引っかかっている様子だったが、二人とも腰からモンスターボールを外す。
二人ともワクワクした表情に浮かべながら、モンスターボールを両手で上下を掴んで開いた。大人になれば片手で開けるが、子供の手には少し難しい。
「それじゃあ……おいで!ヒコ!」
「へへ……!いけ!ポッチ!」
開いたボールの隙間から、一条の白い閃光の軌跡が飛び出し、小さな放物線を描く。
不定形な水たまりのように床に滞留した光は、徐々に生物の形を縁取り、やがて光が収まると、そこには2匹のポケモンがいた。
「紹介します!ヒコです!」
「オレのポケモン、ポッチだぜ!かっこいいだろー!」
飛び出してきたポケモンは、こざるポケモンのヒコザルと、ペンギンポケモンのポッチャマだった。
どちらもシンオウ地方から旅立つトレーナーが初めにもらう最初の一匹として定番のポケモン達だ。これにわかばポケモンの『ナエトル』を含めた三匹と共に、多くのシンオウ出身のトレーナーの旅は始まる。俺と幼馴染は違ったが。
二人が誇らしそうに自分のポケモンを見せるのをみてつい頬が緩む。
「そうか……。コウキはヒコザルを、ジュンはポッチャマを選んだんだな。どっちも既によく懐いてる。いいトレーナーしてるじゃないか」
俺の言葉にコウキとヒコザルは照れ、ジュンとポッチャマは胸を張る。
ポケモンはトレーナーに似るとはよく言うが、ここまで相性ピッタリなのも珍しい。
それからしばらくは2人のポケモン自慢話を聞いたり、どちらがバトルで強いか言い合いになるのを仲裁したりして、瞬く間に時間は過ぎていった。
・・・・・・
ふと時計を見ればもう9時半。二人が来てから一時間以上経ったらしい。
時間がこんなにも早く過ぎたのは久しぶりだ。俺としても名残惜しいがあまり長居すると旅の出発が遅れてしまう。そろそろ帰らせよう。
「二人とも、今日は来てくれてありがとうな。もういい時間だ。
そろそろ町を出なきゃマサゴタウンには着けてもその先のコトブキシティに到着するのが遅くなるぞ」
俺の言葉にシンクロした動きで部屋の時計を見る二人。途端に慌てだす。
「やっべ!もう9時半!?兄ちゃんの言う通りだ!急いで出ねーと!」
「本当だ……!楽しくてつい……」
パタパタとコウキとジュンが荷物をまとめている様子を眺めていると、ポケッチが鳴り出した。
発信者の名前は『ナナカマド』。
少し迷ったが電話の音を気にしてこっちを見る二人にスマン、と手刀を切って電話に出る。
「……もしもし」
流石に少年達の前で昨日の様な粗野な態度はとれない。素直に挨拶する。
『ウム、ちゃんと挨拶するようになったか。私だ。
しかし昨日何度も連絡したのに出なかったのはいただけないな。何をしているのか知らないが、電話に出られない程忙しい生活というわけでもないだろう』
「ああーーハイハイ昨日はどうもスミマセン。……で、何の用だよ?」
『実は少し頼みたいことがあってな。
今日お前の家にジュンとコウキが訪ねてきたか?昨日礼を言うように伝えてあったのだが』
「え。いや今ちょうどいるけど……。なんでまた?」
『おお、なら丁度良かった。頼み事というのはその二人についてだ』
……どうにも面倒事の予感がしてきた。
「なんですかね……」
『ウム、ジュンとコウキが今日から旅に出るというのはお前も聞いていると思うが、頼み事というのはその旅についてだ。
お前、二人に同行して町を出なさい。
フタバタウンからであればマサゴタウンを必ず経由して他の町に行くことになるだろう。その時二人を連れて私の研究所に寄ってくれ』
「ハア!?なんで俺が!」
『なんでもなにもあるか!ここ数年顔を見せず、連絡も寄越さず、生死不明の状態で周りの者を心配させたのだ!
不孝者が溜めに溜めたツケを、昨日の少年達にポケモンをあげた分の借りと併せて返しに来い!』
「……う」
正直面倒だ。子供たちと旅に出るのはまだいいとして、研究所に行くのは……。自分から死地に行くようなものだ。とはいえ『借りを返せ』と言われると突っぱねることが出来ない。大勢に迷惑を掛けてきた自覚はある。
「はぁ……分かったよ。研究所まででいいんだな?」
『ウム、では頼んだぞ』
そういって電話は切れた。沈んだ気持ちでリビングに戻ると荷物の整理を終えたジュンとコウキが俺を待っていた。
「あ、サクさん。それじゃあおれ達そろそろ町を出ます!今日はありがとうございました!」
「兄ちゃんありがとうな!そのうちテレビ出るくらいすっげートレーナーになるから応援しててくれよ!」
退去しようと立ち上がる二人を尻目に、ここ数年間使っていなかったリュックを取り出して、荷物を詰めだす。不思議そうにする二人に話しかけた。
「ああ、応援してるよどっちも。ただ、お別れは少し待ってくれ。ナナカマド……博士に俺も研究所に来るよう言われてな。俺もマサゴに行かなきゃならなくなった。
見ての通り俺はポケモンを持っていないんだ。よければマサゴまでは同行してくれないか?」
「え、もちろんです!元々ジュンとマサゴタウンまでは一緒に行く予定だったので!さっきの電話、ナナカマド博士からだったんですね!」
「ああ、よく分かったな。そう、ナナカマド博士から。何となく気づいてたかもしれないが、俺が子供の時からの知り合いでな。
昨日電話したのをきっかけに、君たちと一緒に顔出せ、ってさ。悪いな、流石にこの格好じゃ町の外までは出れねえから、少し待ってくれ」
衣装ケースから服を雑多に取り出して、洗面所に移動して着替える。
上と下で色の違うクタクタのスウェットから、上は臙脂色の縦セーター、下は黒のカーゴパンツに。
次に髭を剃る。だらしない恰好をしていたら、ナナカマドに何と言われるか分かったもんじゃない。
玄関のクローゼットから黒のロングコートを取り出し軽く羽織って雪色のマフラーを巻く。同色のニット帽を長く垂れた前髪を搔き上げて仕舞い込みながら被る。外出用の準備が整ったことを確認して、リビングに戻った。
「おおーー!」
「ええー!そうなるのかよ!!」
リビングとコウキとジュンが俺をみて何だか騒いでいるが、時間も随分押している。
二人に家を出るよう促した。
「待たせて悪かった。先に外出ててくれ」
「絶対普段からコッチの方がいいと思う……」
「だよなー!かっちょよすぎだろ!!」
「……?」
よく分からないが二人を外に出す。
……これからすることは見られたくない。最後にもう一度リビングの前に戻った。
・・・・・・
俺は誰もいなくなったリビングに向かって声を掛ける。
「……そんなわけだ。思いがけない面倒事引き受けることになった。
別にお前に何かしてくれって訳じゃないが、ついてきてくれ」
一方的に告げた後、再び玄関に行く。
相棒とは子供のころからの長い付き合いだが、コミュニケーションは基本こちらが一方的に話しかけて終わりなのが常だ。滅多に返事が返って来ることは無い。
が、今日は違った。背中越しに気配がする。
振り返ると、床に黒い渦が出来ていた。
墨汁をひっくり返したような濃い影から一匹のポケモンが、音もなく出現した。
全体的なフォルムは人に近い。胴体と二本の細い脚、肩から指の先まで全身は闇の様な黒をしていて、常に影の様に定まった形を取らず、揺らめいていた。頸元は赤く一周して盛り上がっており、何より特徴的なのが、煙が空に立ち上るような形をした頭部だった。
翡翠色の瞳が、こちらを見据える。
「お、珍しいな?顔見せるの。お前もアイツらに何か刺激を受けたか?」
『……お前と一緒にするな、過保護め。同行はする』
返事をすると再び床の中に融けて消えていった。
あのナリと雰囲気で実は心優しいポケモンなんだから面白い。
・・・・・・
ドアを開ける。家の前ではジュンとコウキが待っていた。
「本当に悪い、待たせた。さ、行こうか」
鍵をかけて、歩き出したジュンとコウキの後をついていく。アイツも姿は見えないが、後を追ってきてくれている筈だ。
過保護なのはわかっている。
それでも、昨日彼らの背中を見てから眼に灼き付いて離れない、あの幻影を無かったことにはできなかった。ジュンとコウキに聴こえないよう、そっと俺は相棒に呟く。
「分かってるよ。 『ダークライ』」
過去にもがく男の旅が始まった。
ご覧いただきありがとうございます!
ようやく主人公サクの相棒ポケモン、ダークライが出せました!
子供の時から好きなポケモン、ダークライを中心に話を書きたかったので嬉しいです。
ジュンとコウキはもう何話かで一旦登場終了の予定です。
あくまでサクが主人公の旅、のつもりなので、、、
感想お待ちしております!